神狐への変容と新たな神の誕生 作:匿名希望
神話の荒野を生き抜き、幾千もの血と祈りのなかで神格を磨き上げてから、どれほどの月日が流れただろうか。
時代は移り変わり、日本全土が刀と火花に彩られる「戦国」の乱世となっていた。
血生臭い合戦の炎が夜空を赤く染め上げる日ノ本の片隅、かつて深い山林だった場所に、新しい、しかし古びた佇まいをまとった小さな社がひっそりと息を潜めていた。
戦乱に怯える名もなき武士や農民たちが、すがるような思いで賽銭を投げ入れ、手を合わせるその場所で、一柱の美しき女神が静かに君臨していた。
月明かりが社殿の縁側を白く照らす夜。
端正な血赤色の小袖をまとい、白銀の長髪を美しく垂らした蓮は、一人静かに膝を抱えて座っていた。
背後では、ふわりと艶やかに育った四対の白銀の尾が、夜風に揺れて重なり合っている。
神話の時代から数え切れないほどの戦と祈りを見届け、今や誰がどう見ても非の打ち所がない、圧倒的な気高さと神威をまとった「本物の女神」だった。
だが、その完璧な美貌と静謐な佇まいの内側で、今夜は激しい狂熱が彼女のすべてを焼き尽くそうとしていた。
「っ……、はぁ、ぅ……っ!」
下腹部の奥底から突き上げるような、ドロドロとした熱の奔流。
神狐から受け継いだ血肉が、そしてあの夜の数々が脳裏に焼き付けた記憶が、幾度目かの「発情の季(とき)」を告げていた。
戦国の世の荒々しい気 祀りや人々の濁った欲望を吸収したせいか、今回の発情はかつてないほどに激しく、蓮の理性を根底から揺さぶっていた。
夜風が白磁の素肌をなぞるだけで、全身の神経が電流が走ったように過敏に疼く。
かつて必死に抵抗し、守り抜こうとしたはずの女性器の核心が、今はただ誰かに満たされることを渇望し、勝手にぐちゅぐちゅと淫らな熱を漏らし続けていた。
「ぁ……あぁっ、んあ……っ!」
誰もいない社殿のなかで、蓮は自らの両手で胸元を抱きしめ、床板に崩れ落ちた。
戦国の世の神として、どれほど気高く振る舞い、人々に崇拝されていようとも、この発情の夜が訪れるたび、彼女の体はただの一匹の「雌の獣」へと引き戻される。
そして、その狂おしいまでの飢餓感の中で、彼女の脳裏に浮かぶのは、いつでもたった一人の存在だった。
――母様。
遠い昔、あの古びた社殿で自分を捕らえ、人間から神へと造り変えた、あの艶やかな雌の神狐の姿。
最終試験と称してこの過酷な歴史の荒野へと自分を放り投げ、それ以来一度も姿を見せない、絶対的な「主」にして「愛人」。
(どこにいるのですか……っ、母様……)
蓮は涙に濡れた瞳を暗闇に向け、心の中で血を吐くように叫んだ。
現代から切り離され、神話の時代を越え、戦国の荒波を生き抜いて、自分がどれほど強く気高い女神になったとしても――この体と心の最深部は、あの夜ごとに刻まれた淫らな快感と、神狐の愛欲によってしか満たされないように完全に作り変えられてしまっている。
「私を……こんな体にしておいて……っ、どうして、迎えに来てくれないのです……っ!」
自分の手で敏感に熟れた乳頭をつまみ上げ、股ぐらの疼きを宥めようと指先を這わせるたび、頭が白くスパークするような強烈な絶頂が駆け抜ける。
しかし、どんなに身悶えても、どんなに甘い嬌声を漏らしても、そこにあるのは冷たい夜気と、自分以外の誰もいない孤独な空間だけだった。
神狐の太く熱い霊的な結合。
その腕の中で溺れ、名前すらも忘れて愛されたあの濃厚な夜の記憶だけが、今の蓮にとっての唯一の救いであり、同時に最大の苦しみだった。
戦国の夜風が、激しく乱れた白銀の長髪と四対の尾をなでつけていく。
どれほど時代が変わろうとも、どれほど偉大な神として崇められようとも、この深い夜の底で、蓮はただ一人の「母様」の名を呼び続けながら、果てしない発情の熱と孤独のなかで身悶え続けるのだった。