鋼鉄のグリプス ~悪党貴族の孕ませハーレム日記~【パイロット版】 作:種をまく者
羊肉にかぶりつき、ぐいっと串から引き抜く。
噛んでいると香辛料とジューシーな肉汁が混ざり合い、口の中が野趣あふれる旨味で満たされる。
うまい。
羊肉と間に挟まれたタマネギを頬張っては薄口のワインで流し込んでいると、真夏の日差しと相まって汗が吹き出てきた。
「庶民の食べ物も、なかなかいけるな」
話を振ると、そばにいる女騎士クルルがいつも通りの無表情で頷いた。
俺に促されて同じく串焼きを食べてはいるが、その目は周囲を警戒するよう常に動いている。
今日は久しぶりにお忍びで街巡りに出ていた。
俺の顔は街の人間には全くと言っていいほど知られていないので、貴族っぽい服装さえしていなければ注目を集めることはない。
「そう気張ってないで、少しは楽しんだら? この街で危険な目に遭うことなんてそうそうないだろう」
「若様をお守りすることが私の責務ゆえ。ご容赦ください」
クルルはいつものような軽装鎧でなく、薄茶色のチュニックと長ズボンという服装だった。帯剣もしていない。ナイフぐらいは隠し持っているだろうが、傍目から見れば街にいる平民そのものだ。
俺も普段着ているような高価な服装ではない。あまりみすぼらしくしても嘘臭くなるので、「そこそこ裕福な商家の坊っちゃん」ぐらいの服装をしている。
二人とも日差しよけにターバンのような布を頭に巻いていた。
俺とクルルは商家のボンボンと、その付き添いの若い「ねえや」に見えることだろう。
少し離れた場所にきちんと武装したグリプス家の護衛の姿が見えるが、俺たちとは付かず離れずの距離を保っており、一見したところではただの街の警備兵だ。
よほど注意深く観察しない限り、俺が護衛対象だとはわかるまい。
屋台で買った羊の串焼きを食べながら、街歩きを続ける。
「クルルから見て、5年前からこの街は変わった?」
「はい。出店が多く、民の数も著しく増えております。アガドは益々活気ある街になっていると感じました」
公都アガド。
現在のグリプス領のほぼ中心部にある古都。
俺は生まれてから領内の様々な都市を移動しているが、ここ最近は多くの時間をこの街で過ごしている。父の「花の城」があるのもこのアガドだ。
アガドとは古代語で
現在はグリプス領の中心都市のひとつに定められているが、20年ほど前までは異教徒が支配している土地だった。
祖父とその仲間が激しい戦の果てに異教徒から奪回した街であり、グリプス領公都としての歴史は比較的浅い。
古代帝国の名残り、異教徒の気風、そして現在の十二精霊教文化。
アガドは複数の文化が入り混じった開放的な都市だった。
前世で言えばカトリックと回教文化が入り混じったような感じで、暖かい気候と相まって独特の情緒がある。
今は真夏のため暑い日が続くが、湿度は高くない。直射日光を長時間浴びなければ過ごしやすく、俺はこの街が好きだった。
屋台の前を歩いていると、次々に声をかけられる。
「ひよこ豆のスープはいかがですかぁ!」
「ナッツいりませんかー! 砂糖がたっぷりかかった甘いナッツだよー!」
「新鮮なエールはいらんかね〜。北部産が今なら銅貨5枚だよ!」
ひとつの屋台が目に留まる。
「らっしゃい! 坊っちゃん、この肉入りパイは山羊のチーズ入りの特製だよ! これ食ったらぐんぐん背が伸びるぜ! ほら、おっちゃん見てみなよ!」
陽気に笑うひょろひょろした店主は、確かに背が高かった。
「ふたつもらお……ください」
ついつい貴族ぶった口調になってしまうところだった。
「あいよぉ!」
店主は気にした風もなく、威勢のいい声を出してパイを切り分け始めた。
クルルが少し眉を寄せて小声で話しかけてきた。
「若――――坊ちゃま。私の分は結構ですから」
同じようにクルルにだけ聞こえるよう声を落として囁く。
「いいから今日は俺に付き合ってよ。こうやって民の生活を把握するのも、貴族や騎士の務めだろう?」
「しかし……」
「そもそも、俺を傷つけられる人間がこの街にいると思う?」
絶大な魔力を持つ俺は、常にうっすら闘気のようなオーラに包まれており、たとえ武器を持っていようとも平民に傷ひとつつけられることはない。
それどころか、魔力持ちの中下位貴族でも問題にはならない。
中下位貴族は、弱いわけではない。むしろ平民に対しては圧倒的な上位存在である。
その気になればいとも簡単に平民を殺せるし、逆に平民が死ぬ気で向かってきたところでまず傷つけられることはない。
そして、俺のような大貴族、それも男系で血を繋いできた家の男ともなれば、人間の形をした殺戮兵器のような存在となる。
戦になれば一人で一軍を捻り潰せるし、平民はおろか中下位貴族が束になって襲ってきてもそう簡単に遅れを取ることはない。
この世界では魔力量の大きな差が、そのまま家の武力差、実力差に直結する。
それゆえどこの貴族家もより魔力が濃くなるよう、男系を繋いでいくことに躍起になっているのである。
「俺を傷つけられるほど強い魔力を持つ者なら、この街に入ってきただけですぐわかるはずさ」
さらに、俺の強さを別にしてもアガドの治安はいい方だ。
街の周囲には城壁があり、出入り口は厳重な警備が敷かれている。
行き交う交易商人たちも積荷をかなり綿密に調べられる。グリプス家に仇なそうとする人間が入り込むのは容易ではないだろう。
魔力を抑え込んで実力を隠す魔術も存在はするが、大貴族が身分を偽って他都市に潜り込むような真似は貴族の沽券に関わる恥ずべき行為であり、現実的には難しい。
交易の盛んな街なので異教徒や亜人種などもちらほら見かけるが、夜の貧民窟にでも行かない限り女性でも一人歩きが出来るほど治安がいいようだった。
「そういう問題ではないのです。私の務めはあくまで……」
クルルと押し問答していると、ひょろひょろの店主が大きなパイ切れを差し出してきた。
「まいどぉ! 熱いから気をつけてな!」
クルルが店主に銅貨で支払いをし、不承不承自分の分のパイをかじり始めた。
出来たてのパイを食べながら街を歩くのはなかなか楽しい。
城内ではこんな無作法は到底許されない。買い食いして歩く今の俺をドロシィが見たら、目を白黒させてお説教を始めるだろう。
それもまた楽しそうだが……。早くドロシィに会いたいものだ。
特に目的地もなく、民衆の生活を見ながらあてどなく歩いた。
今日は街をぶらつくこと自体が目的なのだ。
正確に言えば、街をぶらついて好みの娘を探すのが真の目的だ。
プルティータから、「愛妾候補を増やすにあたってお忍びで街を散策するといい」
と提案を受けてのことだった。
しばらく街に出ていなかったこともあり、勉学が休みの日にクルルを護衛につけて散策することにしたのだ。
かのダークエルフ女は大胆にも「気に入った娘がいれば無理やり捕まえて手籠めにして構わない」と言っていた。
それを聞いた時、俺は内心ドン引きしてしまったが、こちらの世界の大貴族はそういうことを当たり前にするという話だった。
何なら平民の若い娘の中には、グリプス家の人間に
この世界に慣れてきたつもりだったが、性愛関係に関する価値観を適応させるにはまだしばらく努力が必要そうだった。
キーラとドロシィにお土産を買うことにした。
エロい下着でも買ってやろうと思い服屋を探したのだが、既製服を売る店はほとんどなかった。
この世界では貴族も平民も仕立て屋に金を払って仕立てたり、家族に服を縫ってもらうのが普通らしい。
仕方なくキーラには刺繍が入ったハンカチ、ドロシィには陶器の小瓶に入った薔薇の香りがする香水を買った。
早く二人に会って渡してやりたいものだ。
それから日用品の小売店や菓子店を見て回った。
自分が開発した石鹸やローション、贈答用の高級な砂糖菓子の店もあった。
売り子たちはまさか眼の前にいる少年が商品開発者兼出資者であるとは思わず、熱心に商品の魅力と売れ行きについて説明してくれた。
その後、十二精霊教の聖堂前を通った。
以前何度か訪れたこともあるので、今回は見学を見送った。
何百年という歴史ある大聖堂なら興味も沸くが、このアガドの聖堂は祖父が異教徒から領地を奪回した後に建てられた新しいものだ。
歴史の浅い聖堂にはあまり面白味が感じられないし、老人聖職者の説教臭い法話など少しも聞きたくない。
気がつけば夕暮れ時になっていたが、好みの女は一人も見つからなかった。
歩いた場所が間違っていたのか、若い女性の数自体少なかった気もする。
街の外れに小さな橋があり、向こう岸にも市街地があった。
そのあたりは川下の低地で、建物が密集していながらも、どこかどんよりした雰囲気が漂っている。
そちらに行ってみようと歩き出すと、クルルに引き止められた。
「坊ちゃま。そちらに行ってはなりません」
「あの辺は何があるの?」
「貧民窟です。坊ちゃまが行くような場所ではありません」
「あれがか……」
ふと、貧民窟には奴隷商人がいるという話を思い出した。先日プルティータが言っていたことだ。
少し見学してみないか、と言うとクルルに「絶対になりません」とにべもなく断られた。
「クルルが一緒なら問題ないだろう。ただ歩き回るだけだし、あの警護の兵たちも離れてついてくればよい」
「目立ち過ぎます。あんな場所に行っても坊ちゃまの見聞を広めるようなものは何もありません」
「クルル。お前だってアガドに来たのは久しぶりだろう。どうして何もないとわかる?」
「それは……」
「いいか。あの貧民窟には奴隷商人がいると聞いた。俺は父上から課せられた使命のため、自由都市の奴隷商に繋がる人脈を広げないといけないんだ」
思いつくままにべらべらと喋る。
大貴族男子の子作りは家門を挙げての一大プロジェクトであり、それはクルルもわかっているはずだ。
「つまり、貧民窟探索はグリプス家の血を繋ぐために必要なことなんだ。それでもお前は俺の願いを拒否するのか?」
「何とおっしゃろうと、私は父や警備隊長から言われているのです。坊ちゃま……いえ、若様を決して貧民窟に入れるなと。何かあっては取り返しがつきません」
俺はわざとらしく貧民窟の方を向いて、軽く魔力の波動を放ってみた。
こうすることで、ソナーのように強い魔力の持ち主がいるかどうかがわかる。
魔力の波はすぐそばにいるクルルや警護兵から反射があるだけで、貧民窟からはほとんど何の反応も返ってこなかった。
「ほらね? 何も危険はないだろう」
「たとえ危険がなくとも、決まりは守ってもらわねばなりません」
頑として聞き入れないクルルに、段々腹が立ってきた。
こんなに聞き分けが悪いなら護衛はクビにしてしまい、プルと共謀して無理やりにでも愛妾にしてやろうかという気持ちが沸いてくる。
クルルの父親で武芸指南役のシーハンも文句は言うまい。むしろ娘が俺のお手つきになって喜ぶかも知れない。
このクールな女騎士がどんな顔であえぐのか、見てみたい。
俺は深呼吸し、「わかったよ」とクルルに笑って見せた。
クルルがほっとした表情を見せた瞬間、「じゃああれは?」と橋の反対側を指さした。
クルルがそちらを向いた瞬間、魔力で身体強化して橋に向かって全力で走った。
「若様!」
背後でクルルと警護兵が叫んでいるのが聞こえる。
だが魔力で身体能力を強化した俺のダッシュに追いつける者はいない。
閃光のように橋を駆け抜けると、貧民窟の中をジグザグに進んで建物の陰に身を隠した。
それから、深呼吸をして溢れる魔力を体内に抑え込んでいく。
普通は強い魔力の持ち主は存在するだけで周囲に圧を加えてしまうが、俺が魔力を意識的に絶てば、クルルたちも魔力探知はできない。
これも転生者として幼少期から魔力と魔術について研究してきた俺だからこそできる芸当だ。
遠くの方から、俺を探すクルルと警備兵たちの足音が聞こえてくる。
その音から距離を取るように、慎重に建物をつたって移動してゆく。
道にはところどころ物乞いがうずくまっており、そのそばを汚らしいネズミが走っていた。
路地裏に出ると、だべっている3人の男がいた。
一人が俺を見つけて面白そうな顔をする。
「おやおや。お前さん、どこのお坊ちゃんだぁ?」
「こんな危ないとこ来ちゃいけねぇなぁ~~ヒヒッ」
おっ? なんだこのザコ丸出しのみすぼらしいチンピラたちは……。
二人が立ち上がって、左右から俺を挟むように立ってじろじろ俺を眺め回している。
チンピラたちはぼろぼろの服を着て髪もボサボサ。無精髭を生やしており、貧民そのものといった出で立ちだったが、顔を見たところまだ若い。恐らく20代だろう。
一人だけ木箱の上に座ったままで、退屈そうな顔で俺を眺めている。
この男がリーダーらしい。
黙って観察していると、チンピラの一人が俺の肩に手を回してきた。
「ヒヒヒ…そんな怖がんなよぉ〜」
「坊っちゃん、お財布持ってるかい? ちょっとお兄さんたちに貸してくんねぇかなあ?」
絡まれながら、俺は静かに感動していた。
あまりにもテンプレな、どこまでも紋切り型のセリフ。
いくら別世界とは言え、こんなに安っぽい悪者が実在しているとは……。
「坊っちゃん、今夜はここでお兄さんたちと遊んでこっかぁ?」
既に日が落ちて暗くなり始めている。
これからどんなことが起こるのか、胸の高鳴りが止まらなかった。
次回は週末更新の予定です。