鋼鉄のグリプス ~悪党貴族の孕ませハーレム日記~【パイロット版】 作:種をまく者
お時間ある時にどうぞ。
「プルティータさん……どうしてそんなご冗談を?」
ドロシィは困惑しつつも、なんとか笑顔を保っていた。
俺の魔術教師兼子作り相談係のプルティータは、城内のとある応接間で家庭教師のドロシィと面談していた。
俺と今後の子作り計画について話し合ってから、一刻と経っていない。
俺はその隣にある小部屋に控えて、覗き穴から二人の様子を伺っていた。
壁に顔をくっつけて美女同士の会話を盗み聞きしていると、それだけで心臓がバクバクしてくる。
次の相手の女性をどうするか。
そう聞かれた時に俺がドロシィに興味を抱いていることを伝えると、プルティータは直ちにドロシィを説得する手筈を整えた。
プルティータの迷いのなさとは裏腹に、俺は不安だった。
ドロシィは魅力的な女性だし、彼女を抱いてみたいと思っている気持ちに嘘はない。
午前中にふと目にした彼女の尻と腰のラインが今でも目に焼き付いている。
しかし彼女は俺の家庭教師であり、子供のいる未亡人だ。性におおらかな印象など皆無だったし、むしろ身持ちが固いことは今までのあらゆる言動から容易に伺えた。
プルティータからは妙な自信が感じられたが、ドロシィをどうやって説得するつもりなのか今ひとつ見当がつかない。
先程、ドロシィが訪れる前に「彼女はきっと応じないんじゃないか」と懸念を伝えたが、プルティータは「応じますとも」と言って笑うだけだった。
ドロシィ先生は、必ずや若様のお相手を務めることになります。それまでの過程をどうぞお楽しみください――――。
そう言った時の、プルティータの妖しい笑みが引っかかっていた。
覗き穴の向こうで、プルティータが同じ笑顔をドロシィに向けている。
「冗談など申しておりません。ドロシィ先生に、若様の夜伽のお相手をして頂きたいのです」
きっぱりと言われて、ドロシィは面食らっている様子だった。
「……でも、私は年増の後家でございますし……」
ドロシィは誤魔化すように苦笑いしているが、プルティータは真剣な表情を崩さない。
「年齢は関係ありません。私から見れば、あなたはむしろ今が女盛りです」
「お褒め頂き恐縮ですが……あまりに急な話で……」
「ドロシィさんは帝都での暮らしが長かったでしょう。『花の書』をお読みになったことは?」
「……あります」
聞き慣れない単語だった。
ドロシィの返事にプルティータが満足そうに頷く。
「まだウブな若様には、知識と経験が豊富な大人の女性に情愛を持って手ほどきして頂きたいと思い、あなた様にお声がけした次第」
「そう言われましても……私は亡くなった主人以外殿方のことは知りませんし……」
「戸惑うお気持ちはよくわかります。今、ここでじっくりお考え頂いて結構ですよ」
プルティータは微笑を浮かべてティーカップに手を伸ばす。
部屋には沈黙が訪れ、プルティータのカップが立てる音だけが響いている。
ドロシィは会話が始まってから、一度もお茶に口をつけていない。
ドロシィはしばらく言葉に迷っているようだったが、やがて決心したようにプルティータの顔を見た。
「例えばの話ですが……娘ではいけませんか?」
プルティータが「あら」と言って楽しそうな顔になった。
「それこそ急な話ですね。何故そのようにお考えですか?」
「まず、上の子はアーガスト様……若様と年齢が近いです。それに、母親の私が言うのも何ですが、器量も悪くないと思います。厳しく躾けておりますし、あと何年かすればきっと若様のよきお相手になれるかと存じます」
「お会いしたことはありませんが、ドロシィさんのお嬢さんですから、きっと賢くて愛らしい娘さんなのでしょうね」
「ありがとうございます。よろしければ、折を見てこちらに連れて参ります。その上でゆっくりと若様とのご友誼を育み―――――」
「でも、上のお嬢さんはまだ11歳でしたよね?」
ドロシィ必死の売り込みを、プルティータはあっさり遮った。
「……はい」
「まだ初潮も来ていないのでは?」
「それはその通りですが……」
ドロシィが言い淀む。
プルティータが居住まいを正して「いいですか」と言った。
「若様はつい先日、男性としての身体が整われました」
「……それは、誠におめでたいことですね」
ドロシィは少し恥ずかしそうにしながら言った。
美女二人が、俺が精通したというだけのことを大真面目な顔で話しているのはなんともむずがゆい。
「あなたも貴族男性の責務についてはよくわかっているでしょう。偉大なるグリプス家の跡取りたる若様には、何としても夜伽に積極的になってもらわねばなりません。お身体の準備が整った以上、今日明日にでも、しかるべき女性から指導を受けて頂きたいのです。何年か後に、あなたの娘さんに乙女の花が咲いてからでは困るのです」
話の流れからすると、「乙女の花が咲く」とは初潮のことらしい。
この世界の貴族社会というのは、性に関する事柄について何かと
「ならせめて、もう少し若い方を選んだ方がよいのではないでしょうか? 若様だってこんな子持ち女より、年齢の近い女の子の方がいいはずでしょう?」
なおも食い下がるドロシィに、プルティータは首を振って応えた。
「誰でもいいというわけではありません。特に今は経験豊富で、子を産む能力が保証されている女性にこそ若様のお相手をして頂きたいのです。あなたが子持ちであることは、むしろ好都合なのですよ」
「子を産むって……そんな……!」
想像していた以上の領域に話が発展したためか、ドロシィは狼狽していた。
確かに、俺は精通が始まり、キーラとの初体験も無事済ませた。
次に確認すべきことは、ちゃんと女を孕ませることができるかどうかだろう。
それを確かめる一番手っ取り早い方法は、出産経験のある女を抱くこと。
妊孕能力が確認できている女なら話が早い。
子持ちでまだ20代――――29歳だとさっき知った――――のドロシィはうってつけだった。
「どうかご安心ください。子ができた場合、生活に困らぬよう母子ともにグリプス家が責任持って保護致しますゆえ」
そう説明した後、プルティータがくすっと笑う。
「ドロシィさんだって、そうなることを期待してグリプス家にいらしたのではないですか?」
ドロシィの顔色が変わった。
「そんなつもりでご当家に参ったのではございません!」
今までで一番強い拒否反応だった。
「それは浅慮でしたね」
プルティータの表情が冷たいものに変わり、声が低くなった。
「あなたはわかっているべきでした。いずれ、若様にその身を捧げることになると」
「……!」
ドロシィは肩を震わせている。
成り行きを見守りながら、俺はどんどん不安になっていた。
……これ、本当に大丈夫か?
プルティータは身も蓋もない言葉をドロシィにぶつけるばかりで、相手の都合を全く考えていない。
さっき「任せてくれ」みたいなことを自信満々で言っていたので、もう少し巧妙な言葉遣いと絶妙な押し引きで交渉するものと思っていた。
だが蓋を開けて見れば、プルティータの切り出し方は直球そのもの。
ドロシィはプルティータの高圧的な言い草に完全に憤慨してしまっている。
これでは上手くいくものも上手くいかないだろう。
「……お断り致します。あなたがどう思おうと、私はあくまで宮廷作法の教師としてご当家に参ったのです。事前に取り決められていない要求に応じる義務はございません」
感情を押し殺し、ドロシィは淡々と告げた。
「断る? 面白いことをおっしゃる方ですね」
今度はプルティータの空気が変わった。
「ドロシィさん。よく聞いてください。最初に申し上げるべきでしたが、私は若様の閨事に関する諸事万端の権限を公子閣下からお預かりしております」
「……ッ」
ドロシィの額に、冷や汗が浮かんでいた。
この地域最大の支配者は、大公位を持つ俺の祖父だ。
公子とは、その嫡男である俺の父のこと。戦に出ている祖父に代わって、今は父がグリプス領の支配者だ。いずれ大公の地位を継ぐことも決まっている。
要するに、プルティータは「この領地の権力者からその息子のシモの世話に関するあらゆる権限をもらってるから言うこと聞けや」と圧をかけているのである。
普通なら「そんなん知らんがな」で終わる話だが、この世界において大貴族男子の女関係は家の存続に関わるため、領地全体の行方を左右するほどの一大事なのだ。
それに関する大きな権限を父から与えられているプルティータは、グリプス家が治める領地においては絶大な権力を持つ。
前世の地球で言えば、一国の諜報機関や秘密警察の長のように振る舞えるのだ。
「グリプス家に睨まれた女が、この土地でまともに生きていけると思うのですか?
夫に先立たれたあなたには、大した蓄えもないでしょう。今後どんな仕事を選ぼうと、誰もあなたを雇いませんよ」
「ならば娘たちと実家に帰るだけです」
話は終わったとばかりに、ドロシィは憤然と立ち上がった。
顔は怒りに満ちていたが、彼女の気品はいささかも損なわれていない。
怒っている顔も綺麗だったが、俺は落胆していた。
あーあ。
完全に怒らせちゃったよ……。
俺は後でがっかりし過ぎないよう、既に自分の心を守るフェーズに入っていた。
あれだけの啖呵を切って失敗したのだから、俺の女関係取り仕切り役として、プルティータに責任を取ってもらわねばならない。
そうだ、今晩にでも俺の部屋に呼んで問い詰めよう。
――どうしてくれるんだ、お前のせいでドロシィ先生との女教師プレイができなくなっちゃったじゃないか。かくなる上は、魔術の教師でもあるお前が、ドロシィ先生の代わりを務めなさい……。
あのダークエルフのクールな美貌が、任務に失敗した悔しさや屈辱で顔を歪ませるのは見ものに違いない。
うん、悪くない。少し楽しくなってきた。
だが、プルティータは落ち着いたままだった。
「ご実家まで無事にたどり着けると思うのですか?」
「……え?」
怒りをあらわにしていたドロシィの顔が曇った。
「ただの女が、まだ年端のゆかぬ子供たちを連れて?」
「……どういう意味でしょう」
「お触れを出せば、あなたの同行を許す隊商や巡礼はいなくなります。単独での長距離移動となれば、三日とたたないうちにあなたたち親子は野盗の餌食になるでしょう。あなたは彼らがどんな集団か知っていますか? 金と女に飢え、常に暴力を振るう機会を探している退屈を持て余した野蛮な男たち……。彼らからすれば、全財産を持って無防備な移動を強行するあなたとお嬢さんたちは、肉汁のしたたる
プルティータは美しい声で語った。まるで詩でも詠んでいるかのようだった。
あの女、取り澄ました顔して無茶苦茶なこと言うなあ……。
「野盗はあなたたち親子を散々慰み者にした挙げ句、財産を取り上げてどこかの娼館に売り飛ばすでしょう」
ドロシィは、立ったまま震えていた。
うつむいており、表情は見えない。
「……そこまでするつもりなのですか?」
「いいえ。例えばの話をしたまでです。私だってあなたのような美しい女性がひどい目にあうことなど微塵も望んでおりません。誰だってそうでしょう?」
白々しい。本当に白々しかった。
だが、俺は心の中でプルティータを応援せずにはいられなくなっていた。
「……私に選択の余地はないとおっしゃりたいのですね」
ドロシィは青ざめた顔をしている。
恐怖と屈辱を感じているのだろう。
プルティータがわざとらしいため息をついた。
「ドロシィさん。先程考える時間を差し上げたのは、あなたが心の整理をつけるためです。応じるか否かを決めてもらうためではありません。帝国貴族の遠回しな会話術に通じているあなたなら、そのあたり読み取ってくれるものと期待しておりましたが……。さあ、どうぞ今一度お座りください」
プルティータに促され、ドロシィは力が抜けたようにドスッとソファに腰を下ろした。
視点は定まっておらず、明らかに動揺していた。
こんなドロシィの表情は今まで見たことがなかった。
「ひとつ、いい話も致しましょう。此度の一件をちゃんと務めてくだされば、あなただけでなく娘さんの生活と高等教育も保証します。他ならぬグリプス家が支援すれば、お嬢さんたちに大貴族のような教育を施すことができるのです」
ドロシィがハッとしたようにプルティータの顔を見た。
「……具体的には?」
「ご存じの通り、ご領内には沢山のうら若き乙女がいらっしゃいます。若様のお姉様にあたる方々や、周辺の貴族家の子女の皆様です。そうした高貴な娘さんたちが、よき人生を送るために一流の指導者から様々なことを学ぶ貴族教育の場があるのです。教育とは、何も貴族の男子しか受けられぬわけではありません」
「知っています。帝都にもそうしたサロンのようなものはありましたから」
「そうでしょうとも。ですが、そうした場は身分によって出入りが厳しく制限されているでしょう? ドロシィさんも元々は裕福なお家の生まれですし、あなたご自身でもお嬢さんたちを教育してらっしゃるかとは思いますが……大陸に名だたるグリプス家の子女が受けている教育となれば、ご興味がおありなのではないですか?」
ドロシィはその問いに答えなかった。
だが、心が動き始めているように見えた。
「ご領内では新しい女学校の設立計画もあるようですから、そちらに入学して頂いても構いません。お嬢様たちにふさわしい、良家のご友人も沢山できるでしょう。とにかく、グリプス家の覚えめでたくなれば、あなたとお嬢さんたちの人生は大きく開けるということです」
ドロシィはプルティータの話をじっと聞いている。
これは、流れが変わってきたかも知れない。
「……大変魅力的なご提案です。ただ、結論を出す前に、ひとつ大事なことをお聞きせねばなりません」
「遠慮なくどうぞ」
「あなたの提案……いえ、あなたの“命令”を私が受け入れたとして」
ドロシィはプルティータに嫌味を言うように「命令」という単語を強調した。
「そもそも、私のような年増がお相手を務めるのは、若様の方がお嫌なのではないですか?」
いいえ。全く嫌ではありません。
心の中でそう答えたが、俺は念話の魔法など使えない。
プルティータが説得を続ける。
「これはここだけの話にして欲しいのですが。若様のお身体の準備が整ったことを受けて、先ごろ<初火入れの儀>を……若様は初めて夜伽を試みられました」
「若様が、一度ご経験されたのですか? それなら何も私でなくとも……」
ドロシィはやや困惑した表情を浮かべ、プルティータは悲しそうな顔になった。
「お相手は若様のおそばに仕えている侍女の一人でした。ですが……あまり上手くいかなかったのです」
話がおかしな方向になってきた。
俺の初火入れはほぼ理想的な内容だったと思う。それはプルティータも知っているはずだ。
その時、俺は思い出した。
この面談が始まる前、プルティータから「少し方便を使うやも知れませぬが、何卒ご容赦くださいませ」という断りがあった。
あまり気に留めていなかったが、これがその「方便」だということか。
童貞の筆下ろしが上手くいかなかったというのは、ごくありふれた話だ。
「そう……だったのですね」
ドロシィが視線を落とす。
貴族家にとって、女性関係の成否は家門の存亡に関わってくる。
ドロシィとしては非常にコメントしづらい話題だろう。
プルティータが続ける。
「お相手に関して何か気にかかることがあるのか、それとなく若様に尋ねたのです。失礼にならないようお気持ちを聞き出すのに苦労しましたが……少しずつ胸の内を教えてくださいました」
「……お聞きしても?」
「若様は、そのお相手の侍女が特別嫌だったわけではないようです。お付きの中ではそれなりにお気に入りの侍女だったようです。しかし……」
プルティータが曖昧なところで言葉を切った。
「どうやら他に気になる女性がいるようでした」
ドロシィは黙って聞いている。
プルティータがドロシィを真っ直ぐ見据えた。
「若様はあなたに憧れていらっしゃるのです」
その時、頑なだったドロシィの表情が初めて変わった。
プルティータの言い回しは巧妙だった。
確かに俺はキーラのことが「特別嫌だったわけではない」し、確かにドロシィには「憧れている」。
別に嘘八百並べてもいい場面だろうが、一応嘘は言っていないことになる。
実際のところで言えば、キーラは俺が自分で選んだ「特別好きな」相手だし、気になっている女性は別にドロシィ一人ではない。
しかし、プルティータの口ぶりからすると、ドロシィはきっとこう受け取るだろう。
――――アーガスト・グリプスこと俺は、最初の行為の相手が不本意であり、本心ではドロシィを求めているのだ、と……。
「それは……あくまで教師としての私に敬意を抱いて下さっているというだけかと存じますが……」
ドロシィはにわかに信じられない様子だった。
慎重に言葉を選んでいる。
「若様は物心つく前に母上を亡くされております。そのことはご存じですか?」
「ええ……お聞きしております」
「周りにいるのは若様の言葉に決して逆らわず、ただ黙って従う者ばかり。お父君である公子閣下や大公さまはお忙しい方々です。若様は常に“家来”や“使用人”に囲まれてばかりで、愛情を向け、必要とあらば叱ってくれる“大人”は周りにほとんどおりません」
叱ってくれる人はいたんだけどね。お爺ちゃん家庭教師の面々とか。
まあ「ほとんどいない」とは、ほんの少しいることと矛盾しない。
「それはそうでしょうが……若様はそもそも誰かに叱られるようなことを滅多になさらない利発なお方でございますから。むしろお家にとってよいことでは?」
「いいえ。利発な若様だからこそ感じ取ってしまうのです。グリプス家の威光を恐れるあまり、周囲の人間がいつも仮面をつけて自分と接していることに」
ドロシィが少し悲しそうな顔になった。
「なるほど……確かに若様のお年頃では、寂しく感じる環境とも言えるかも知れませんね」
「そんな環境に光を差し込んだのがあなたです。宮廷作法について熱心に指導し、時に優しく叱ってくれるドロシィさんに対し、若さまも最初こそ純粋に尊敬の念を抱いていらしたのでしょう。ですが、その気持ちが異性への好意に変わるのは……若様ぐらいの年齢の男子にとってごく自然なことだとは思いませんか?」
その問いかけに、ドロシィが揺らいでいるように見えた。
プルティータがたたみかけていく。
「ドロシィさんもおっしゃった通り、確かに若様は大人びたご気性の持ち主です。それでもまだ12歳になられたばかりです。あなたのような大人の女性に甘えたくなるのも無理からぬこと」
「若様が……」
「最近、授業中に若様のご様子が変化したということはありませんでしたか?」
ドロシィが何かに気付いたように口元に手を当てて思案顔になる。
「……言われてみれば、今日の午前中も、何か思い悩まれているご様子でした」
そらみたことか、とプルティータが頷く。
「あなたに懸想していても、教師であるあなた本人に心の内を打ち明けるわけにもいかず、苦しまれておいでなのですよ」
「若様が、私を……? そんな……でも……」
ドロシィは視線を漂わせながらぶつぶつ言い始めた。
まさか、午前中にぼーっとしてたことがこんな形で役に立つとは。
ナイス、午前中の俺。
本当のところは、ただ単にゆうべのキーラとのセックスを思い出して呆けていただけなんだが。
ドロシィはしばらくうつむいて黙っていた。
おもむろにプルティータが立ち上がり、胸に片手を当てた。
貴人に礼を示すような仕草だった。
「ドロシィさん、お願いでございます。どうかお力をお貸しください。先ほどあなたにひどいことを言ったのも謝罪致します。私も大恩あるグリプス家の未来のため、そして健気でお優しい若様のために必死なのです。決して悪いようには致しません」
さらにプルティータはドロシィの足元に跪き、両手で彼女の手を握った。
「お願いでございます。私のためではありません。若様のために、どうか、どうかお力添えを……」
「プルティータさん……」
30秒か、1分か。
1時間にも感じる長い沈黙の後、ドロシィが深い溜息をついた。
「……若様への『特別指導』は、私の思う形で進めてよろしいですか?」
プルの顔がみるみる明るいものに変わっていく。
あれも演技だろう。
「勿論でございます。そこに関してはドロシィさんを信頼しておりますから。明後日の夜は魔術指導がお休みの予定なので、ちょうどよいかと思います」
再びドロシィが眉を寄せる。
「明後日ですか……随分急がせるのですね」
「お家のために、若様には1日でも早く女性の素晴らしさを知って頂く必要があるのです。何卒」
ドロシィはそれからもしばらく迷っていたが、最終的には承諾した。
正確に言えば、従うしか道はないと理解したのだろう。
断ってもまたなんやかやと脅されるだけだ。
「最後にもうひとつお願いです。当然の話ですが、私がドロシィさんに働きかけたことを若様は知りません。あなたの厚意によってお導き下さった……そのように若様が思えるような振る舞いをお願い致します」
当然の話だが、これについては真っ赤な嘘である。
現にこうして隣室から全てのいきさつを盗み見ているわけだし。
だがドロシィは頷いた。
「わかっております。若い貴族男性は、繊細でいらっしゃいますから」
わかってくれるんだ。
「先ほどお話しした、若様の<初火入れ>に関することも―――」
「若様が傷つくようなことは何も申しません。私にお命じになった以上、信用してくださらねば困ります」
ドロシィが再び立ち上がる。
「プルティータさん。あなたも娘たちの教育のこと、それと万が一の時のこと……くれぐれもお約束をお忘れなきよう」
最後にそう言い置いて、ドロシィは部屋を後にした。
俺は隣部屋で一人、小さくガッツポーズをした。
ドロシィが帰ってから、プルティータが俺のいる小部屋にやってきた。
「いかがでしたか?」
「何て言うか……色々と学ばせてもらったよ」
「面白かったでしょう」
プルティータは実に楽しそうだった。
頭の中でまとめていた分析を口にする。
「まずこちらの条件を突きつけ、何を要求しているかはっきりと示す。それから強い脅しを使って相手から選択肢を奪う。その上で経済的利得があることを説明し、納得感を与える。最後は情に訴えかけて泣き落とし、相手の自尊心をくすぐる……そんな感じかな?」
「流石は若様、よく理解されておいでです。交渉には様々なやり方がございますでしょう?」
プルティータがにっこり笑った。
前半は交渉と言うよりただの脅迫にしか見えなかったが……人を従わせる手法は実に勉強になった。
「わたくし、直接話してみて確信致しました。ドロシィ先生はとても情の深い女性です。次なるお相手として、これほどの適任者はいないでしょう。若様は本当にお目が高い。わたくしも自信を持ってお勧め致します」
情の深さについてはよくわからないが、改めてドロシィが素晴らしい女性だということはよくわかった。
あれだけの無茶を言われても怒鳴ったり泣き喚いたりせず、彼女は最後まで品位ある態度を保っていた。なかなかできることではないだろう。
「若様にも、ひとつお願いがございます」
「俺に? 何?」
プルティータがニヤッと笑う。
「今日と明日、絶対にご自身で慰めてはなりません。若様の情熱を溜めに溜めて、全てをドロシィ様にぶつけるのです。あの方は必ずや若様の熱い思いを受け止めて下さるでしょう」
「……承知した」
かくして、俺は「魔術教師兼下半身関係相談係」のダークエルフに二晩のオナ禁を命じられたのだった。
言われなくてもそうするつもりだったのだが。
翌日、早速ドロシィからディナーの誘いが来た。
彼女が住んでいる街の屋敷に、珍しい書物があるから見に来ないかという話だった。ついでに食事も一緒にどうかという趣旨の文章が美麗な文字で手紙に書かれていたが、それは表向きの理由に過ぎないことはわかっていた。
あの丸みを帯びた大きな尻が目に浮かぶ。
俺は逸る気持ちを抑えながら、返事を書くため羽根ペンを取った。
ここまで一息に読んで欲しかったので区切らなかったのですが、1万字近くいってしまいました。
せめて二分割ぐらいすればよかったですかね?
長さについてもしご意見あれば、コメントお願いします。