※この作品はR-18です。

深森の歌姫   作:三条ゴート

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※本作品はpixivにも掲載しています。


第2話

 夜の闇が森を覆う刻限。

 男はベッドの上に座っていた。

 落ち着きがない様子で、部屋の中を見回している。

 なぜならばここは、アキの寝室だからだ。

 

 この家はリビングに寝室と物置だけの簡素な構造だ。

 男は毛布だけ貸してもらい、リビングで寝るつもりだった。

 ところが、アキが申し出を断った。

 疲れているだろうから、寝室を使って欲しいと。

 アキが使っているベッドを貸して貰うならば、アキはどこに寝るのか。

 話が見えない中、強引に押し切られてしまった。

 

 男が落ち着かないのは、別の理由があった。

 違和感がある。

 言葉にできない感覚が、胸騒ぎを引き起こしていたのだ。

 

 文明の違いは一目で分かった。

 部屋の明かりは、壁に掛けられた光る石だ。

 コードが伸びている様子もなく、コンセントも見あたらない。

 アキに尋ねれば『魔法だと思ってください』、と返され、腑に落ちない。

 壁が不定形で蠢いている、などと言うことはなく、ベッドも寝るには支障がない。

 一晩の宿と割り切るならば、問題はなかった。

 

 男が胸の内を言葉にするならば『らしくない』。

 アキのイメージと、どこかずれる気がしていた。

 部屋の隅など程々に雑然としており、女の一人暮らしと言えば納得できる。

 生活臭のある部屋だった。

 しかし最初に会ったときは、森の妖精を思わせる超然とした雰囲気を感じた。

 そのズレが、どうしても腑に落ちない。

 

 あの歌は、森の息吹だ。

 太陽と水と、木々、虫や鳥。

 根付く命の脈動を、歌声に乗せた。

 自然と一体になっている、深森の歌姫。

 最初に見たときは、妖精だと思ったのだ。

 

 ふぅわりと、心地良い香りが鼻腔を擽る。

 薔薇の香りだろうか。

 男の知っている限りではそれが一番近かった。

 この世界の薔薇がどんな花を咲かすのかは、想像もつかないが。

 

 仕事のため、人里に下りると言っていた。

 この香りを纏うのだろうか。

 森住まいを生かすならば、花売りでもしているのか。

 花を売るならば、香水を纏う必要はあるのか。

 それとも、もっと華やかな仕事なのか。

 人と会う仕事ならば、こんな香りも馴染むだろう。

 あの歌声を生かすならば、それもあり得る。

 

 ならば、どんな仕事か。

 芸を披露する仕事なのか。

 この世界にショーステージはあるのか。

 あるいは、人の集まる酒場で歌うのか。

 

 香り一つでも、想像が膨らむ。

 とても親しみやすくて、優しい女性。

 しかし、どうしても違和感が拭えない。

 迷い人を気軽に家に招いたりと、つかみ所がない。

 まさか、このまま取って食ったりするのか?

 彼女の考えがどこにあるのか、全く読めなかった。

 

 ◆ ◆ ◆

 

 考えに耽っていた男が顔を上げれば、部屋が薄暗い。

 眠気が押し寄せているのか。

 男が横になろうとした――刹那。

 

 りん。

 

 鈴が、鳴った。

 

 ひたり。

 

 足音だ。

 靴の固さがない。

 素足か。

 

 りん。

 

 また鈴の音だ。

 ゆっくりと、近づいている。

 

 芳香が、鼻腔を擽った。

 何の匂いなのか。

 花の甘い香りだとは、分かる。

 この部屋の匂いではない。

 

 妙な香りだった。

 頭がスカッとする。

 纏わり付くような、甘い香りなのに。

 

 りん、りん。

 

 鈴の音は、すぐ側まで来ていた。

 そちらに目をやれば、アキがいた。

 

 薄暗い部屋に、アキの肢体が浮かび上がった。

 美しく輝く金髪が、艶めかしい光沢を帯びる。

 真っ白な肌が、ぼんやりとした灯りの下で際立っている。

 肌が露わな格好だが、裸ではない。

 白の布地が、限られた場所だけ覆っていた。

 

 背から回した布が胸元で捻られ、そのまま首へ掛かっている。

 布地は乳房を包むように走り、乳首だけをかろうじて覆っている。

 

 腰回りは、さらに扇情的だ。

 サイドは細い金属の紐だけだ。

 布地は局部をギリギリ覆うだけで、鼠径部が見えている。

 前と後ろに布が垂らされ、股周りを視線から遮る。

 

 中途半端にしか隠さないが故に、情欲を煽り立てるデザインだ。

 腰元に、小さな鈴がいくつも括り付けられていた。

 先ほどから聞いていた鈴の音は、これだったのだ。

 

 何よりも目を引くのが、その身体だ。

 肉の色香を存分に見せる体つきだった。

 胸元、腰回り、共にとても豊かな曲線を描いている。

 ウェストのくびれが整っており、メリハリが本能に強く訴えかける。

 腿の肉付きも十分すぎるが、脹ら脛はすっきりと整っている。

 必要な分だけ蓄えられ、無駄がない。

 非常に贅沢なボディラインだ。

 

 それが目の前に半裸で現れたのだ。

 生唾と固唾を一度に飲み込み、男は指一本動かせなかった。

 

 りん、りん、りん。

 

 アキが、微笑んだ。

 全くの別人の表情だ。

 超然とした森の妖精は、いない。

 本能に響く、魔性の微笑み。

 見ているだけで吸い込まれていく。

 怖い。

 情欲を絡みとり、貪り食らう蜘蛛だ。

 ぞくりと、全身の毛が逆立つ。

 でも、捕らわれたい、食われたい、そう思う自分がいる。

 

 すらり、と、アキが手を差し上げた。

 人差し指が、男の瞳を指した。

 アキが、手を返す。

 招くような仕草だ。

 迂闊に触れれば、取り込まれる。

 

 アキが、微笑んだ。

 にこりと、優しい笑み。

 でも、胸がざわめく。

 全身が熱くても、芯が冷えている。

 

 りん――

 

 もう一度、鈴が鳴った。

 アキが、息を吐いた。

 開演の合図なのか。

 

 ゆったりとしたダンスだった。

 手が頭上まで大きな弧を描く。

 腰が、揺らめく。

 腰しか、揺らめかない。

 

 この世界にもベリーダンスはあるのか。

 よく似た何かなのか、男には分からない。

 

 りん――

 

 非常に柔らかだ。

 胸も足も、ほとんど動いていない。

 腰だけが、滑らかに動く。

 切り離されたように動いている。

 身体は一つなのに、離れているのだ。

 

 この踊りは、とても緩やかだ。

 だから、誤魔化せない。

 勢いで強引に流せない。

 全てにおいて、一切の淀みがない。

 

 スマートで、洗練された、身体操作だ。

 見事な技術だ。

 感動が、胸を満たした。

 

 りん――

 

 リズミカルに動き、鈴が律動を奏でる。

 瞬きを忘れ、男は見入る。

 アキのダンスに、伴奏は要らなかった。

 規則正しい音の波が、夢の一時へ誘っていた。

 

 りん、りん――

 

 ただ腰を振るだけではない。

 腰の揺らぎには、いくつもの種類があった。

 

 体軸を中心として、大きな円を描き。

 片足を軸に、対側の尻を突き出すように回し。

 リズミカルに左右に揺らめかせる。

 

 そのどれもが、艶やかで、美しい。

 曲線美を芸術に昇華させた、見事な躍動だ。

 男の鼓動にさらに力が満ちた。

  

 りん、りん――

 

 ゆったりとしたステップが、左右に流れる。

 とても幻想的な光景だ。

 微風に身を委ねているようだ。

 そう、森を揺蕩う微風。

 

 しかし、今のアキは、人だ。

 妖精のような幻想を残しつつ、限りなく人だ。

 

 女の色香を技術に昇華させたダンス。

 纏う衣服が、人の営みを強く押し出している。

 振り付けの全てが、『女』だ。

 

 りん、りん、りん――

 

 蛇を思わせる、柔らかな手の表現。

 あの手は、男を抱くのだろうか。

 しなやかに巻き付き、甘ったるく捕まえるのだろうか。

 絡みつかれ、夢を見ているうちに、毒牙を突き立てられるのか。

 

 こんな毒に犯されるならば、喜んで受け入れよう。

 本能が、理性を揺さぶる。

 

 りん、りん、りん――

 

 ふぅわりと、緩やかにターン。

 微風が気まぐれに、旋風を描いたようだ。

 男の鼻腔に甘い匂いが忍び入る。

 旋風が、アキの艶気を運んだのか。

 

 その風が、男を包み込む。

 まとわりついて離れない。

 甘ったるくて、熱っぽい、濃密な空気だ。

 

 りん、りん、りん、りん――

 

 何か聞こえた。

 リズミカルに聞こえる、これは何だ? 

 熱っぽくて、妙に湿っぽくて。

 湿気だ。

 肌に何かが、触れているんだ。

 

 そうだ、これは人の熱気だ。

 すぐ側に誰かがいて、体温が伝わっているんだ。

 

 不意に男は、思い出した。

 ここは、寝室だ。

 アキが踊るステージはない。

 限られたスペースで、アキは踊っていた。

 アキは――

 

 りん、りん、りん、りん、りん――

 

 口の中が、甘い。

 絡め取られ、さらに刻みつけられている。

 肌が、心地良さに覆われている。

 

 呼吸が、苦しい。

 吹き付けられる息を、そのまま吸い込んでいるのか。

 胸に押しつけられた質感が、とても心地良い。

 色香を刻む蛇が這いまわり、身動きが取れない。

 

 視界を埋めるのは、青。

 吸い込まれるような青だ。

 

「――驚いた?」

 

 間近に聞く、アキの声。

 抱きしめられているのか。

 背中には、ベッドの柔らかな感触。

 押し倒されたのか。

 

 風が、足を絡め取っていた。

 柔らかで精微なステップを刻んでいた足が、絡みついていたのだ。

 伝わる腿の質感が、本能を煽り立てる。

 

 ダンスの終演は、これだった。

 色香で絡め取って、そのまま「食べる」こと。

 ここまでがアキのダンスだったのだ。

 

「私に任せて、ね」

 

 吐息の中に潜んだ声は、とても甘かった。

 甘さが染み渡り、男の理性を強く揺さぶった。 

 

 

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