勇者の淫魔化トラップ譚 作:匿名希望
激しい熱狂と欲望の嵐が嘘のように去り、頭の芯が急激に冷えていく。
オーガから搾り取るようにして強烈な絶頂を幾度も迎え、体内に渦巻いていた不快な灼熱と強烈な発情の毒が綺麗に抜け切った瞬間――アルスの脳内に、氷水を浴びせられたかのような静寂が訪れた。
「はぁ……はぁ……っ」
荒い息を吐き出しながら、アルスはぐったりと動きを止めた。いわゆる「賢者モード」と呼ばれる、狂乱の後の恐ろしいほどの冷徹さと冷め切った理性が、急速に彼女の意識を支配していく。
うつ伏せに倒れ込み、ピクピクと痙攣するオーガの上で、アルスは自分の両手をじっと見つめた。
「……な、なにを……私、は……」
爪先まで紫色の鋭い爪。
上質な絹のように白く柔らかい、華奢な女の手。
自分の視界に入るすべてが、さっきまで起きていた悪夢のような現実を裏付けていた。
頭が痛いほどに冴え渡り、記憶の断片が一気に蘇ってくる。
触手に捕まり、四肢を拘束されたこと。
骨格が組み替えられ、体が男から女へと無惨に変貌させられたこと。
背中に異様な翼が生え、尻尾が生え、腹に不気味な淫紋を刻まれて完全な淫魔へと仕立て上げられたこと。
そして何より――生殺しの発情に耐えかねて理性を失い、この辺りを通りかかっただけの魔物に自ら躍りかかり、淫らに腰を振って快楽を貪っていたこと。
「う……あ……ああああああっ!?」
血の気が引いていく。
あまりの羞恥と絶望に、全身の毛穴が収縮するような感覚に襲われた。
「嘘だ……嘘だと言ってくれ!! 私は……私は勇者アルスだぞ!? 魔王を倒し、世界を救うはずの……っ!」
正気に戻った頭で自分の姿を改めて自覚すると、耐えがたい屈辱が胸を刺した。
頭部からは妖しい角が生え、髪は薄紫色に染まり、背中には黒い蝙蝠の翼。
尻からはハート型の尾が垂れ下がり、お腹には紫色の淫紋。
身に纏っているのは、勇者の甲冑などではなく、肌が透けて見える薄手の拘束衣服とハイヒール……。
どこからどう見ても、誇り高き勇者の面影などどこにもない。
ただの艶めかしい「淫魔」そのものだった。
「ひっ……!?」
ふと、自分の背後でハート型の尾が、理性の戻ったアルスの動揺に合わせてゆらゆらと情けなく揺れているのが目に入った。それを意識した瞬間、顔から火が出るほどの熱さが頬を染める。
「動くな! 揺れるなこんなものっ! 離れろ、私の体から離れろ……っ!」
アルスは必死になって自分の体を抱きしめ、惨めにうずくまった。
さっきまで魔物を押し倒していた時の攻撃的な威圧感は綺麗に消え去り、そこにはただ、自らが犯した破廉恥な愚行と、取り返しのつかない身体の変貌に絶望し、震える一人の元・勇者がいるだけだった。
「どうして……どうしてこんなことに……。仲間たちに……王様に、こんな姿見せられるわけがない……っ!」
冷たい石畳の上に涙がポロポロとこぼれ落ち、お腹の淫紋を濡らす。
魔力と熱は収まったものの、身体は完全に淫魔の構造へと書き換えられてしまっていた。元に戻る術があるのかすらわからない。
冷め切った頭で現実の残酷さを突きつけられたアルスは、自分が襲ったオーガの脇で小さく丸まり、膝に顔をうずめてただひたすらに頭を抱え続けるのだった。
冷め切った理性(賢者モード)がもたらしたのは、圧倒的な絶望と羞恥だった。
完全な淫魔の肉体へと作り替えられ、魔物を襲って欲望を満たしてしまったという取り返しのつかない現実。
お腹に刻まれた不気味な紫色の淫紋、背中の黒い翼、そして意思とは無関係にゆらりと揺れるハート型の尾――誇り高き勇者としての尊厳は打ち砕かれ、故郷や仲間の元へ帰る道は完全に途絶えたかに思われた。
「こんな……こんな姿で、どうやって生きていけばいいんだ……」
膝を抱え、小さくすすり泣くアルスの頭の中で、淫魔の肉体に刻まれた本能と知識が静かに目覚めを告げた。
(――『擬態』……?)
脳裏に自然と浮かび上がったのは、淫魔という種族が持つ固有の生存本能――あらゆる種族の社会に潜り込み、効率よく精気を刈り取るために備わった「擬態能力」だった。
それは単なる表面的な幻術ではなく、魔力を消費して肉体の見た目や気配、さらには魔力の質までも完璧に特定の種族へと擬態する深層的な変容能力であった。
「擬態……できるのか? 人間の姿に……!」
藁にもすがる思いで、アルスは体内に眠る淫魔の魔力を意識集中させた。
体内の熱を抑え込み、本能が教えるままに「人間の女性」としてのイメージを強く思い描く。
すると、お腹の紫色の淫紋が優しく発光し、全身を甘い光の粒子が包み込んだ。
背中に生えていた黒い蝙蝠の翼が縮み、皮膚の下へと静かに収まった。
尻から伸びていたハート型の尾はすうっと体内に引き込まれて消え去り、額から突き出ていた二本の角も頭骨へと滑らかに没していく。
妖しい薄紫色に染まっていた長髪は、かつての黄金色の輝きを取り戻し、琥珀色の縦裂き瞳孔は澄んだ青色の瞳へと戻った。
光が収まったとき、そこには角も翼も尾もない、完全な人間の少女の姿があった。
触れても角の突起はなく、背中もなめらかだ。魔力の気配も淫魔特有の甘く重いものから、人間特有の質素なものへと偽装されている。
「戻った……! 見た目だけは、人間になれた……!」
アルスは自らの手足を見つめ、歓喜の声をあげた。
しかし、安堵したのも束の間、彼女はすぐに自分の置かれた状況の厳しさに気づく。
肉体の構造そのものが元に戻ったわけではない。
内面は依然として淫魔であり、いつまた強烈な発情が襲ってくるかもわからない。
そして何より、男としての「勇者アルス」は完全に消滅し、残されたのは華奢な女の身体だけだ。
以前と同じ姿で「私が勇者アルスだ」と名乗ることは不可能だった。
「アルスという男は……この迷宮で死んだんだ。なら……」
冷たい石床に転がっていた、かつての愛剣を引き寄せる。
ずっしりとした金属の重みが手に伝わる。
男だった頃より腕力は落ちているはずなのに、淫魔としての強力な魔力と身体能力の底上げにより、不思議と剣は軽く感じられた。
アルスは立ち上がり、姿を偽装した己の姿を愛剣の刀身に映し出した。
美しく、しかしどこか凛とした佇まいを残す金髪の女剣士。
「私は……アルスの遺志を継いだ者だ。彼から剣と使命を託された、新たな勇者なんだ」
完璧な嘘を作り上げる決意が固まった。
「勇者アルスは迷宮の奥で強大な魔物と相打ちになり、命を落とした。しかし死の間際、自分を助けようとした志同じき女剣士に愛剣と勇者の使命を託した」――そう物語を捏造するのだ。
これならば、自分がアルスの愛剣を持ち、彼の戦術や知識を完璧に把握していることの説明がつく。
そして「女勇者」として活動すれば、人々の中に自然に溶け込み、世界を救う旅を続けながら、いつ襲ってくるかわからない淫魔の発情や身体の異常にも人知れず対処することができる。
「くっ……男としての誇りは失ってしまったけれど……世界を守るという誓いまで捨てるわけにはいかない!」
アルスは脱ぎ散らかされていた服の中から使えるものを補修し、シースルーの拘束服の上から破れたマントを羽織って極力肌の露出を隠した。そして愛剣を腰の鞘へと納める。
偽りの物語を胸に、淫魔の肉体を内に秘めた「継承の女勇者」は、静かに迷宮の出口へと向かって歩み出した。
人間社会という広大な狩場――もとい、世界を救うための新たな戦場へと、その一歩を踏み出すために。