勇者の淫魔化トラップ譚 作:匿名希望
迷宮を脱出し、「勇者アルスの遺志を継いだ女勇者」として立ち上がってから数か月。
アルス――今は亡き自分自身の名を偽名として掲げるわけにもいかず、便宜上「アリア」と名乗るようになった彼女の日常は、常に綱渡りのような緊張感と、忍び寄る甘い不条理に満ちていた。
人間の街や村を訪れれば、人々は英雄アルスの訃報に涙しながらも、彼の愛剣を背負う美しき継承者アリアを熱狂的に迎え入れた。
ギルドからの依頼をこなし、襲撃してくる魔物を撃退する姿は、まさに新時代の希望そのものだ。
しかし、その可憐な甲冑の裏側に秘められた現実は、あまりにも過酷で、そして破廉恥なものだった。
アリアとして生きる上での最大の敵は、外の魔物ではなく、己の体内に潜む淫魔の毒であった。
「偽装能力」によって角や翼、尾を消し去り、可憐な人間の少女として振る舞ってはいるものの、肉体の本質は完全に変容している。
定期的に襲いかかる猛烈な発情の波は、彼女の意志とは無関係に訪れた。
(はぁっ……くっ……ダメ……こんな、街中で……っ♪)
宿屋の自室に鍵をかけ、アリアはひとりベッドの上で身をよじる。
偽装の魔法が乱れかけるたび、お腹に刻まれた紫色の淫紋が薄手の下着越しに怪しく脈打ち、背中や腰のあたりが疼いて翼や尾が蠢こうとする。
それを必死の思いで魔力で抑え込む作業は、冷や汗が噴き出すほどの激痛と、頭が跳ね上がるほどの快楽を同時に伴うものだった。
魔物を討伐した報酬で買い込んだ強力な鎮静剤や精神安定のポーションを煽り込み、歯を喰いしばって夜を明かす。
自らの指で身体を撫でまわしたいという狂おしい本能を押し殺し、かつて男だった頃の硬派な精神力を総動員して、彼女は淫魔の熱と戦い続けていた。
「私は……勇者だ……! こんな怪物の本能に……負けてたまるか……っ!」
朝を迎え、発情が収まると訪れる強烈な「賢者モード」。
己の体から漏れ出た艶めかしい吐息の余韻と、ぐしょぐしょに濡れたシーツを見つめ、彼女は顔を真っ赤にして頭を抱えるのが日課となっていた。
さらに彼女を苛ませたのは、人間社会における「美しい女勇者」という立ち位置の扱いづらさだった。
男だった頃は、粗暴な荒くれ者たちとも酒を酌み交わし、肩を叩き合う仲になれた。
しかし、いまや視線のすべてが変わってしまっていた。
「おいおい、アリアちゃん。今日も命がけの依頼かい? 俺が護衛について行ってやろうか?」
「無茶しちゃだめだよ、アリアさん。ほら、この果物持っていきな!」
ギルドの冒険者や街の商人たちは、誰も彼もが親切で、そして不躾なまでに熱い視線をアリアに向けてくる。
かつてなら「気安く触るな」と一蹴できた手つきも、今の華奢な体では軽くあしらうことすら一苦労だ。
何より恐ろしいのは、男性と肌が触れ合った瞬間、淫魔の肉体が相手の精気を感じ取り、無意識のうちに「魅了(チャーム)」の魔力を放出してしまいそうになることだった。
(触らないで……頼むから近寄らないでくれ……っ! 私がうっかり本能を解放したら、お前たちなんて一瞬で乾涸びてしまうんだぞ……!)
心の中でそう悲鳴を上げながら、表面上は引きつった微笑みを浮かべ、距離を置くしかない。
周囲からは「凛として高嶺の花のような女勇者」と勝手に神格化されていくが、実態は「うっかり触れ合うと淫性爆発を起こしかねない危険人物」でしかなかった。
戦闘においても、アリアの苦悩は尽きなかった。
かつての男らしい力任せの剣術は使えない。
代わりに、淫魔化によって跳ね上がった俊敏性と、妖しく美しい高機動の剣技へとスタイルを変貌させていた。
しなやかな肢体を躍らせ、黄金の髪をなびかせて魔物を切り裂く姿は、観る者を魅了してやまない。
だが、魔物の返り血を浴びたり、戦いの興奮で体温が上昇したりすると、体内の「毒」が活性化してしまうのだ。
「フッ……ハッ! これで終わりだ……っ!」
オークの群れを叩き斬り、剣の血を払った瞬間、アリアの膝がガクリと折れた。
戦いの熱気と、倒された魔物たちが放つ生々しい魔力の残渣(ざんさ)に反応し、お腹の淫紋がじんと熱を帯びる。
(あぐっ……ダメ……呼吸が……荒くなって……っ♪)
背中から翼が生えそうになるのを必死に耐え、爪が伸びそうになる指で握りこぶしを作る。
転がっているオークの死体を見下ろした瞬間、脳裏にあの日の迷宮でオーガを襲った記憶がフラッシュバックし、強烈な欲求不満が子宮の奥をキュンと突いた。
「うそ……私、また……魔物を……? いいえ、ダメよ、耐えるのよアリア……っ!」
自らの太ももに情けなく手を置き、震える足で立ち上がる。
仲間の冒険者たちが駆けつけてくる足音が聞こえ、アリアは慌てて乱れた衣装を整え、表情を氷のように冷ややかに偽装した。
「大丈夫ですか、アリアさん!?」
「ええ……問題ありません。アルス様の遺志を継ぐ者として、これくらい当然です」
毅然とした声で答えながらも、彼女の背中には冷や汗が流れていた。
マントの下で、意思を持ったかのように揺れそうになるハート型の尾を、必死の思いで体内に押し込めながら。
世界を救うという大義名分と、男としてのプライド。
そして、日増しにその存在感を強めていく淫魔としての甘い快楽への飢え。
「女勇者アリア」の毎日は、世間の称賛とは裏腹に、いつ破綻してもおかしくない薄氷の上を歩むような、人知れぬ屈辱と葛藤の連続なのだった。