勇者の淫魔化トラップ譚 作:匿名希望
魔王城の最上階は、崩壊の破裂音と赤黒い魔力の暴風に包まれていた。
かつて男として旅立ち、触手の罠によって女体化と淫魔化という無惨な変容を遂げた元勇者アルス――現「女勇者アリア」は、愛剣を固く握りしめ、膝をつく巨大な魔王を見下ろしていた。
「見事だ……継承の女勇者よ……。まさか、アルスの遺志を継いだ貴様が……ここまでとはな……」
胸を大きく穿たれた魔王が、血を吐きながら崩れ去っていく。
魔王の死とともに、城を支えていた柱が次々と打ち砕かれ、天秤が傾くように空間そのものが破裂し始めていた。
共に戦ってきたパーティーの仲間たちが、歓喜の声を上げる。
「やった……! やったぞ、アリア! 魔王を倒したんだ!」
「アリアさん! 早く脱出しましょう、この城はもう持ちません!」
仲間たちの晴れやかな笑顔、そして自分に向けられる純粋な尊敬と感謝の眼差し。
だが、その視線を浴びるたび、アリアの胸は刺されるような罪悪感と、耐えがたい恐怖で張り裂けそうだった。
激闘の興奮と、魔王が撒き散らした濃厚な魔気。
それらに毒され、アリアの体内では「淫魔の本能」が過去最大規模で狂い咲こうとしていたのだ。
(くっ……はぁっ……! ダメ……もう、限界……っ!)
可憐な甲冑の裏側で、お腹の紫色の淫紋が衣類を透過するほどの眩い光を放ち、激しく脈動している。
背骨のあたりでは今にも黒い翼が肉を突き破りそうに蠢き、お尻の真上からはハート型の尾が、仲間たちの精気を求めて歓喜に震えていた。
擬態の魔法が、激闘の疲労と発情の熱によってボロボロと剥がれ落ちかけているのだ。
もし、この場で完全に淫魔の姿へと戻ってしまったら?
もし、魔王を倒した歓喜のただ中で理性を失い、共に戦ってきた仲間たちに襲いかかってしまったら――?
「アルスの遺志を継いだ奇跡の女勇者」という完璧な美談は、一瞬にして吐き気を催すような醜聞へと成り下がり、自分は「世界を救った英雄」から「退治されるべき最悪の魔物」へと堕ちる。
(そんなの……耐えられない! 男としての最後の尊厳も、アリアとして積み上げた努力も、全部……全部壊れてしまう……!)
「アリアさん! 何をしているんですか、早く!」
魔法使いのエリスが手を伸ばして駆け寄ってくる。
その瞬間、激しい落盤がふたりを隔てた。大量の瓦礫が崩れ落ち、天井が崩落して巨大な煙幕と火柱が立ちのぼる。
「アリアーーーっ!?」
瓦礫の向こう側で斥候のシエラの絶叫が響く。
爆風と煙の中に押し流されながら、アリアは咄嗟に確信した。
(――今だ。)
これが、最初で最後の機会だった。
魔王は倒された。
世界は救われた。
もう自分が「勇者」として表舞台に立つ必要はない。
これ以上、人間社会に留まれば、いつか必ず淫魔としての正体が暴かれ、悲劇を生むことになる。
「みんな……ごめんなさい……っ!」
アリアは愛剣を握りしめ、仲間たちの声が聞こえる瓦礫の反対側へと背を向けた。
ドクン! と心臓が跳ね上がり、限界を迎えた体内の淫魔の魔力が解き放たれる。
偽装の魔法が完全に解け去った。
金の髪は怪しく艶やかな薄紫色へと変わり、額からは二本の鋭い黒角が突き出す。
可憐な甲冑は弾け飛び、肌に吸い付くような薄手シースルーの魅惑的な拘束服へと変貌を遂げた。
背中からは漆黒の蝙蝠の翼が大きく広がり、しなやかなハート型の尾が歓喜の声を上げるように空を舞う。
お腹の淫紋が不気味な紫光を放ち、彼女の全身を甘い発情の熱で包み込んだ。
「あはっ……♪ んぁっ……! やっと……出せたぁ……っ♪」
翼を大きく羽ばたかせ、崩落する魔王城の割れ目から、夜空へと飛び立つ。
下を見降ろせば、崩壊する魔王城から這い出し、自分を探して必死に瓦礫を掘り起こそうとしている仲間たちの姿が見えた。
彼らは「女勇者アリアは魔王城の崩壊に巻き込まれ、相打ちとなって命を落とした」と確信するだろう。
「勇者アルス」に続き、「女勇者アリア」もまた、世界の平和と引き換えに伝説となったのだ。
それでいい。それが、一番誰も傷つかない結末だ。
「はぁっ……はぁっ……熱い……! どこか……どこか誰にも見られない場所へ……っ♪」
夜空を舞いながら、淫魔の甘い喘ぎ声が漏れ出る。
賢者モードが訪れた時の恐ろしいほどの羞恥と罪悪感を予感し、涙をこぼしながらも、今は体中を駆け巡る狂乱の熱に身を任せるしかなかった。
伝説となった二人の勇者の物語は、ここに幕を下ろした。
そして、人知れず深い森の奥で、満たされぬ熱に苛まれながらひっそりと生き続ける「一匹の美しき淫魔」の、終わりのない淫らな日常がひっそりと始まるのだった。