※この作品はR-18です。

恐怖の報酬 -密林の黙示録-   作:izuminnー3305

1 / 1

我らが人生の歩みの半ばにて、我とある暗き森の中に我を見いだしき、直な道を見失いしが為に。

-ダンテの神曲・地獄編第1章第1節-



第1話:日々の暮らし

 時は1977年、南米にある共産主義による独裁政権が国家統制を行う“バルベルデ共和国”の首都“グロリア”。

 

 高層ビルが立ち並び、多くのヒスパニックの人々や自動車などが行き交う中で民間に売却処分された一台のM54カーゴトラックを作業服で運転する若き日本人、『トウマ・ジョウジ』はT字路の信号で止まると大西洋が見える海岸側を見る。

 

 厚い日差しが照り付ける快晴の下で白いビーチには多くの人々が水着姿で思う存分、南国を満喫している光景にジョウジはフッとする。

 

「まったく、金持ちはお気楽だよなぁ。ここの国の事情も知らずに呑気に遊んでいるぜぇ」

 

 ぼやくジョウジに右の助手席に座る網式のカウボーイハットを被り、着こなす作業服の上を脱いだ姿をするバルベルデの男性が声を掛けた。

 

「仕方ないさぁジョー。今、バルベルデは観光産業に力を入れているからなぁ。独裁政権と知っていてもバカンスを楽しみたい金持ちが多いのさぁ」

「そっか。まぁーどうせぇ観光が潤っても俺達の賃金が上がる訳でもなしさぁ」

 

 ジョウジがそう愚痴を言うと同感する様に助手席の男性は大いに笑った。

 

「ハハハハッそれは違いねぇーなぁー」

 

 ジョウジと男性はお互いに笑い合っていると信号の赤が緑に変わったのを知り、ジョウジはアクセスを踏みトラックを走らせた。

 

 そして同じトラックが数多く止まっている巨大な駐車場に着いたジョウジらは運転するトラックを定位置に止め、下車すると物流センターの建物へと向かった。

 

 建物の二階に設けられた広い休憩所では同じ作業服を着こなした多くの従業員が四角形のテーブルに設けられた椅子に座り、談笑する中でジョウジと男性は持参して来たサンドイッチを食べていた。

 

 すると一人の作業服の前を開けた小太りの男性が笑顔で二人の元に現れ、椅子へと座った。

 

「よっジョー、ロドニー、聞いたかよレルゲスの事」

「レルゲス?アイツがどうしたんだ?」

 

 食べる手を止め、問い掛けるジョウジに対して小太りの男性は答えに困る様な表情で答えた。

 

「実は昨日、退勤した後に自宅で秘密警察に逮捕されたんだと」

「おい!マジかよリコ!」

 

 驚くロドニーにリコは頷く。

 

「ああ、マジだ。どうやら政府に対しての批判的な発言をしていたらしくてなぁ。それを秘密警察に盗み聞きされたらしくて裁判なしで即、刑務所入りしたんだと」

 

 リコの話しを聞いていたジョウジはドン引きする。

 

「うわぁーーーっマジかよ。ますます下手な事が言えなくなるなぁ」

「本当だよジョー。前の親米政権以上にますます酷くなって行くばかりだ。給料は上がらねぇーは、税金は高けぇーはで一体理想の国家は何処へやらだ」

 

 すると愚痴を言うリコにロドニーはある事を提案した。

 

「それならいっその事、国を出たらいいんじゃないのか?もっとマシな国に行って人生をやり直すのも悪くないと思うが」

 

 提案するロドニーに対して聞いていたリコは深く溜め息を吐く。

 

「言うのは簡単だぞロドニー。出国するにも金が掛かる。俺達の様な貧困層がいくら頑張っても高い税金のせいで貯金すら出来ないんだぞ」

「まったくだリコ。高い税金を課して貯金出来ない様にする、いわば枷だなぁ。この国自体が巨大な刑務所なんだよ」

 

 ジョウジが言い放った皮肉にロドニーとリコは大いに笑い出す。

 

「そいつはちげぇーねぇーなぁ!まさにプリズン国家だなぁ」

「流石、ジョー!大したブラック・ジョークだぜぇ」

 

 二人からの称賛の声にジョウジは笑顔になる。

 

「あんがとよ。それとこの話はここでやめよ。どこで秘密警察が聞いているか分からないからなぁ」

 

 ジョウジからの警告にロドニーとリコは笑いをやめ軽く頷く。

 

「そうだなぁ。いつどこで秘密警察が盗み聞きしているから分からないからなぁ」

「確かにそうだなぁ。それより二人共、今夜は飲みに行かねぇか?パーッと憂さ晴らししようぜぇ」

 

 リコからの飲みの誘いにジョウジとロドニーは笑顔で頷く。

 

「そいつはいいなぁ。んじゃいつもの店でビールを飲みながら美味い飯を食ってパーッと忘れるとしよう」

「だなぁ。んじゃ午後も頑張るとしますか」

 

 ジョウジはそう言って残りのサンドイッチを食べ、ロドニーも残ったサンドイッチを口に入れ椅子から立ち上がるとリコと共に休憩所を後にした。

 

⬛︎

 

 その日の夜。退勤したジョウジ、ロドニー、リコは半袖長ズボンのいかにも南米と言うべき私服姿でビーチの近くにあるメキシカン音楽が流れる酒場のカウンター席で頼んだスコールの瓶ビールで乾杯をしていた。

 

「「「vida diaria(日々の暮らしに)!」」」

 

 三人は高々に瓶ビールを喉を鳴らしながら飲み、仕事の疲れを晴らす。

 

「やっぱり!ブラジルのビールは美味いなぁ!でもやっぱり日本のビールの方が美味いやぁ」

 

 笑顔で言うジョウジに対して彼の右側に座るロドニーが笑顔で尋ねた。

 

「やっぱりジャパンのビールは美味いのか?」

「ああ、美味いさぁ!水と麦の品質に拘って作っているからなぁ」

「ここじゃジャパン製なんて滅多な事じゃないと手に入らないからなぁ」

 

 ジョウジの左側に座るリコが笑顔でそう言うとジョウジは頷く。そして互いに楽しく談笑していると花柄の服を着こなす少し豊満な褐色肌の女性が白い皿に乗せたタコスがジョウジ達の前に出される。

 

「はい、お待ちどう」

 

 出されたタコスに三人は談笑を一旦やめ、手に取りる。

 

「やっぱりビールにはタコスだよなぁ」

「だなぁ、この美味さがビールを格別にするんだ」

「やっぱ俺達の支えってタコスとビールだよなぁ」

 

 ジョウジ、ロドニー、リコは笑顔でそう言いながら注文したタコスを思う存分、堪能するのであった。

 

 少し時間が経ちロドニーとリコとの夕食を楽しんだジョウジは一人、店を後にしグロリアの中心区から南に下った南区。

 

 そこは貧困層や浮浪者などが鬩ぎ合い様に暮らすスラム街である。

 

 治安は悪く路上にはゴミが捨てられ、また何かしらの売人や浮浪者が立ち座りをして待ちぼうけをしていた。

 

 そんな中をジョウジは未開封のスコールの瓶ビールを片手に薄汚れた二階建てのアパートに着き、階段を登ると自身の部屋の前に一人のジョウジと同じ作業服を着こなした薄茶髪の女性が体育座りをしていた。

 

「よっ!ユイ、どうした?俺の部屋の前で」

 

 同じ職場で働く会計士の『ササハラ・ユイ』はジョウジの方を向き、苦笑いをする。

 

「あら、ジョウジ。ごめんなさい、実は僕の部屋のシャワーが断水しちゃって貸してくれる?」

 

 可愛く頼み込むユイの姿にジョウジは軽く溜め息を吐いた。

 

「別に可愛くしなくても、シャワーくらい貸してやるよ」

 

 そう言いながらジョウジは部屋の鍵を外し、ユイを中へと入れる。

 

 寂れた様な薄汚れた部屋にはベットにテーブルと椅子、そして人の腰の高さ程の白い冷蔵庫、キッチンがありジョウジは椅子に座って持っていた瓶ビールの封を開け飲んでいた。

 

 一方のユイは個室となっているシャワー室で衣服を脱ぎ、温水で体を洗い流していた。

 

「日本を出て何年が経ったんだろう?流れに流れてここまで来たが、この先、どうするか?」

 

 今後の事を考えるジョウジの前にシャワーを終えてバスタオルで体を隠したユイが個室から出て来た。

 

「ふぅーーーーっありがとう、ジョウジ。助かったわ」

 

 お礼を言うユイに対してジョウジは瓶ビールをテーブルに置くと笑顔で軽く頷く。

 

「いいて事よユイ。明日、俺が部屋のシャワーを見てやるよ」

「本当!助かったわ。ねぇジョウジ、お礼に僕と一緒に寝れない?ジョウジなら僕、なんでもしちゃうよ」

 

 小悪魔の様な笑顔でそう言いながら体を前に倒し、巻いているバスタオルを少し引っ張りながら自慢のEカップの胸の谷間を見せるユイにジョウジは右手を横に振った。

 

「遠慮しておくよ。それにユイ、安易に自分の体を安く開け渡すなぁ」

「んもぉーーーっジョウジって変な所で真面目なんだから」

 

 その後、ユイはドライヤーも借りて髪を乾かした後、お礼を言って自身の部屋へと戻って行った。

 

⬛︎

 

 翌日の朝、南国特有の湿った暑さの中で昨日のビールから来た酔いを抜く様に私服の様な寝巻き姿でベットで寝ているジョウジ。

 

 すると彼の安眠を妨げる様に少し強めのノック音が響き渡る。

 

 ゆっくりと上半身を起こし重い瞼を何とか開きながら、ベットから立ち上がるとあくびをしながら玄関へと向かうジョウジ。

 

「はいはい、どちら様ですか?」

 

 寝言の様な口調で言いながらジョウジは玄関を開けると白いタンクトップにボロボロのジーンズを着こなした紅髪の女性が笑顔で立っていた。

 

「よっ!ジョウジ、おはよう」

 

 挨拶をする女性に対してジョウジは軽く手を上げて返した。

 

「おはよう、リエ。どうした?朝から」

 

 頭を掻くジョウジからの問い掛けに同じ職場で働くトラック運転手の『タカエ・リエ』は答えた。

 

「ジュンコさんが朝食作ったから一緒に食べないかって」

 

 リエの朝食の誘いにジョウジは頷く。

 

「分かった。顔を洗って着替えたらすぐ行くから、先に行ってくれ」

「おう、送れんなよぉ」

 

 そう言ってリエは、その場を後にし、ジョウジは中へ戻ると洗面台で顔を洗い、着替えを行った。

 

 私服に着替えたジョウジは屋外の階段を降り、一階の左端にある部屋へと向かった。

 

「ジュンコさん、お邪魔しまーす」

 

 ジョウジはそう言って部屋へと入るとテーブルには私服姿のリエとユイが談笑しながら座っており、キッチンでは黒髪で同じ職場の検品係である『カサモリ・ジュンコ』がエプロンを羽織った私服姿で笑顔で出迎えた。

 

「ジョウジさん、いらっしゃい」

「おはよう、ジョウジ」

「おはよう、リエ」

 

 ジョウジとリエが笑顔で挨拶を交わしているとジョウジの腰に何かが抱き付く。

 

「ジョウジおじさん、おはようございます」

 

 満面の笑みでジョウジを見上げるワンピースを着こなす黒髪の幼女にジョウジは笑顔で、その子の頭を撫でながら挨拶をした。

 

「おはよう、エミちゃん。今日も元気だねぇ」

 

 ジュンコの一人娘である四歳の幼女、『カサモリ・エミ』はジョウジに撫でられた事に喜ぶ。

 

 するとジュンコが二人に向かって声を掛けた。

 

「ジョウジさん、エミ、用意が出来ましたよ。座って」

「分かりました、ジュンコさん。それじゃエミちゃん、朝ご飯を食べよーなぁ」

「うん!」

 

 エミは笑顔で頷き、ジョウジは彼女を抱き上げて抱っこしながら空いている席へと座る。

 

「では、いただきます」

「「「「いただきます」」」」

 

 ジュンコに続く様にジョウジ、リエ、ユイ、エミは食事の挨拶をしてジュンコの手料理を食べ始めた。

 

 それからしばらく経って、食事を終え片付けが済み、そしてジュンコは満腹で眠り始めたエミをベットへと寝かし付けた後、先程の食事をしていたテーブルでコーヒーを飲みながらジョウジ、リエ、ユイ、ジュンコは談笑を始めた。

 

「そいつが言ったんですよ。“俺なら女を簡単に陥せるって”。んで試しに歩いていた女性に声を掛けて誘ったんだけど、思いっきりビンタされて無視されたんですよ」

 

 ジョウジが笑顔で語る同僚のちょっとした失敗談にリエ、ユイ、ジュンコは大笑いをする。

 

「あーあっ自信満々で赤っ恥をかくなんて。最高最悪ねぇ」

「馬鹿だねぇそいつ。まぁー黒歴史(いい思い出)にはなったなぁ」

「あらあら、でも経験してこそ人は大きくなりますから」

 

 そうして楽しく会話していると玄関の方からノックが響き渡る。

 

「はーーーい」

 

 ジュンコは返事をしながら立ち上がり、玄関へと向かいドアを開けるとチョビ髭を生やし、むぐわらのカウボーイハットに白いTシャツとジーパンを着こなした褐色肌の男性が笑顔で立っていた。

 

「おはよう、ジュンコ」

「あら、ニコールさん。おはようございます」

 

 ジュンコとニコールが挨拶を交わしているとジュンコの後ろからジョウジが笑顔で現れる。

 

「おはよう、ニコール」

「おお、ジョー。おはよう。ジュンコの手料理を食べに?」

 

 笑顔で問い掛けて来たニコールにジョウジは頷く。

 

「ああ、ユイに誘われて」

「今ちょうどコーヒーがあるんですけど、ニコールさんも飲みませんか?」

 

 ジュンコからの誘いにニコールは軽く首を横に振った。

 

「今日は遠慮するよ。まだパトロールの途中だから。あっそうだ。実は昨日、うちの自警団がリンダおばさんのお店に押し入った強盗を捕まえてな」

 

 ニコールの強盗逮捕の報告にジョウジとジュンコは少し驚く。

 

「本当か⁉︎それで犯人は?」

 

 ジョウジからの問い掛けにニコールは答えた。

 

「やったのは地元の労働者だよ。どうやら滞納していた家賃を払う為に強盗したんだと」

「まぁーーーっでもこのご時世だと無理もないわねぇ」

 

 ジュンコが同情する様な表情で言うとジョウジとニコールも頷く。

 

「本当だよ。給料は低いは、税金は高いは、監視の目は厳しいは、警察はスラムまで来ないは。この先、どうなっちまうのかなこの国は」

「まったくだよ。それじゃパトロールに戻るよ、コーヒーはまた別の機会に」

 

 ニコールが笑顔でそう言うとジュンコは笑顔で頷く。

 

「ええ、いつでもいらして」

「じゃ気を付けて」

 

 ジョウジがそう言うとニコールは笑顔で手を上げてハンドサインをし、アパートを後にした。

 

 そしてコンクリート補強がされていないスラムの大通りには多くの人や荷馬車を引くロバが行き来かう中で一機の白いダグラス DC-3旅客機が低空飛行でスラム街の上を都心に向かって飛んで行くのであった。




アンリ=ジョルジュ・クルーゾー監督(1907.11.20〜1977.1.12)とウィリアム・フリードキン監督(1935.8.29〜2023.8.7)に捧げます。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
点
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。