一点の小雲となって天高く昇っていく炎だけであった。
ちょうどその一点の炎さながらに、炎が銘々濠の底をあちらこちらへ動いていた。どの炎も、中に奪い閉じ込めたものを見せてはいなかったが、それぞれが一人の罪人を包み隠していた。
-ダンテの神曲・地獄編第26章第39節~第42節-
首都グロリアから西にある高地、“
ある日の晴れた日、いつもの通りに作業服を着こなす多くの社員や重機が行き来しながら石油の採掘を行なっていたが、油井やぐらで黄色の安全ヘルムを被った二人の男性作業員が中腰状態で機械の異様な音を気にしていた。
「やっぱり、ここ最近、掘削機の振動が異様だなぁ。どう考えてもドリルに問題があるなぁ」
「かなり長い事、使っているからなぁ。本社に頼んで新しいのと交換しよう」
「そうだなぁ」
二人の男性は立ち上がり、採掘所の現場事務所へと向かった。
そして事務所内で作業服を着こなしデスクに座って二人の男性作業服の話しを黄色の安全ヘルムを被った小太りの男性現場監督が深刻な表情で聞いていた。
「ですので本社に問い合わせてドリルを交換して下さい。でないと大事故が起こるかもしれませんよ」
掘削機の振動を懸念していた男性作業員がそう言うと現場監督は頭を抱えた。
「その事は前にも報告があって本社に問い合わせたんだが、向こうの見解ではメンテナンスすれば問題ないと言われてなぁ」
「しかし監督、明らかにあの音は金属疲労の音です。メンテナンスしてもいつか破損する怖れがありますよ」
問い合わせを頼んだ男性作業員の右横に立つドリルの交換を指摘した男性作業員が強く言うが、現場監督は悩んでしまった。
「私だって馬鹿じゃない。あのドリルはもう古いし交換の時期だ。でも本社はドリル交換の予算を出してくれないんだ」
現場監督が予算が出ない事を語るが、二人は納得せず逆に呆れてしまう。
「とにかく、一度本社にもう一度問い合わせて下さい。何か起こっては手遅れなんですよ」
問い合わせを頼んだ男性作業員の強い念押しに現場監督は根負けし、軽く溜め息を吐いた。
「分かった。本社にもう一度、頼んでみるよ」
そう言ってデスクに置かれた赤いプッシュ式電話機の受話器を手に取り、ダイヤを入力し本社に連絡を始めた。
場所は変わって夜のフランスのパリにある歴史を感じる建物の一室に設けられた
「ふぅーーーーっ今日も多忙だったわ。さてと帰りにどこかレストランでディナーにしますか」
アリナはようやくひと段落した事に気持ちを軽くさせているとデスクに置かれた赤いプッシュ式電話機がなり始める。
「あら、国外から何かしら?」
アリナはそう言って受話器を手に取り、通話に出る。
「はい、アリナですが?」
「アリナ会長、お疲れ様です。リケサ・グラシア油田の現場監督ですが」
「お疲れ様、何か問題があった?」
アリナの問い掛けに現場監督は一瞬、言葉を詰まらせたが、すぐに本題を伝えた。
「はい会長。実は現在使用中の掘削用のドリルから異様な音と振動がありまして、現場作業員の話では金属疲労の様でドリルの交換をお願いしたいのですが」
現場監督の話しを聞いていたアリナは近くに置かれたタバコ箱から紙タバコを一本、取り出しライターで火を付け答えた。
「今使っている掘削用ドリルは金属疲労が起きにくい物よ。よくメンテナンスすれば問題ないはずよ」
アリナの回答に現場監督は納得がいかず、念押しをした。
「しかし前にも同じ報告をしてメンテナンスをしましたが、作業員から報告が後を絶たないんですよ。お願いです。掘削用ドリルの交換を」
現場監督からの念押しにアリナは呆れてしまい、溜め息を吐いた。
「いい、よく聞きなさい。我が社は何処よりも質が良くて早く、安く提供出来る事を売りにしているの。もし交換の為に掘削を止めたら我が社への信頼問題になるのよ。その責任を貴方は取れるの?」
冷たく突き放す様に説明するアリナの前に現場監督はたじろぐが、何とか食い下がる。
「し、しかし!もし交換せずに大事故が起きれば、それこそ信頼問題ですよ!」
「事故は事故で何とか処理出来るから問題ないわ」
「やはり会長!」
「話しは終わりよ。後の事はよろしくね」
そう言ってアリナは受話器を戻し、通話を切った。一方の現場監督と会話を聞いていた作業員二人は落胆してしまう。
「やっぱり、あの噂は本当だったんですね」
「あの噂って?」
現場監督に強く進言していた作業員の問い掛けに現場監督が代わって答えた。
「アリナ会長は儲けの為に予算をあえて削っている話しだろ。噂じゃなくて事実だよ」
現場監督がそう言うと作業員二人はあぁーっと言う表情で納得する。
「くっそ!地元の人達を積極的に雇用して整った環境なのに、最低賃金で手当もボーナスもない」
「本当!会社のトップはまさに金の亡者だぁ。俺達は奴隷も同然だなぁ」
三人がそう言っていると突如、耳を劈く様な爆音が響き渡りながら地が大きく揺れた。
「なっ⁉︎何だ!今のは‼︎」
現場監督は立ち上がり右側の窓のブラウザを開けると先程の油井やぐらから巨大な火柱が轟音と共に燃え上がり、多くの作業員達が慌てふためており、更に警告サイレンが鳴り響いていた。
「おい!爆破だぁーーーーっ‼︎」
「早く!パイプのバルブを閉めるんだ‼︎」
「消火装置を動かせ!早くしないと二次爆発が起きるぞ‼︎」
現場監督と二人の作業員は急いで仮設事務所を出て、被害状況を確認する。
「おい!一体何があったんだ?」
燃え上がる火柱を見ながら慌てて問い掛ける現場監督に顔を作業服が黒い煤で汚れた男性作業員が答えた。
「はい!監督‼︎実は先程、ドリルが激しく振動を起こして折れたんです!それが原因で吸い上げていた原油が漏れて!それで機材に原油がかかって引火したんです‼︎」
「こいつはマズぞ!すぐに作業員を避難させろ‼︎この事をすぐに!本社に連絡するんだ‼︎」
現場監督の指示に煤だらけの作業員は頷く。
「はい!ただちに‼︎」
そう言って煤だらけの作業員は火柱が立つ油井やぐらから離れる様に走り去って行った。
⬛︎
一方、
そんな中でジョウジ達はバルベルデ産の地鶏を使った焼き鳥を皆に振舞っていた。
「はい、どうぞ。熱いから気を付けてね」
火の付いた炭火から十本の塩味の焼き鳥が入ったパックを祭り法被を上から着こなす笑顔で子供に渡すジョウジに受け取った幼い男の子は満面の笑みとなる。
「ありがとう!ジョウジお兄ちゃん」
「気を付けてね」
ジョウジはそう言って男の子を送り出すと左隣で同じ法被を着こなし白いタオルを捻り巻きで被るリエが微笑みながら言う。
「貧困の子供が喜ぶ所を見るとアタシ達も嬉しくなるわねぇジョウジ」
リエの感想にジョウジお兄ちゃん同感する様に頷く。
「そうだなリエ。この祭りに出ている出店の食べ物は無料だからなぁ。普段あまり口に出来ない物が食べられるのは誰でも嬉しいものさぁ」
そう言うジョウジの元に右横から祭り法被を上から着こなすユイが少し慌てた様子で現れる。
「ジョウジ!ちょっと手伝って!お好み焼きが思った以上に頼む人が多くて!」
ユイが応援要請にジョウジは頷く。
「分かったユイ。リエ、君はここを頼む」
「分かったわ」
ジョウジはリエにこの場を預けるとユイと共に彼女が来た方向へと早足で向かった。
鉄板が置かれた炭火台の前では祭りの法被を上から着こなすジュンコが急いでお好み焼きを作っていた。
「エミ、これをさっき頼んだ人に渡してね」
そう言ってジュンコはお好み焼きが入ったパックの袋を右隣にいる祭りの法被を上から着こなすエミに渡すと彼女は笑顔で頷く。
「うん、ママ」
エミは袋を受け取ると小走りで注文した人の元へと向かった。するとエミが行くのと同時にジョウジとユイが現れた。
「ジュンコさん!ジョウジを連れて来たわ!」
「ジュンコさん!俺は何をしたらいいんですか?」
ジュンコはホッとした様子で二人に指示を出した。
「ジョウジさんはお好み焼き作りを、ユイちゃんは出来次第、このメモの上から順にお好み焼きを運んで」
「分かりました」
「はい」
ジョウジとユイは頷きながら返事をし、すぐにやるべき事を始めた。
エミも出来た品を届ける事となり、多くの人達の間を掻い潜る様に避けながら小走りで十字路のカフェへと着いた。
「はい!ジルベルトじちゃん、お好み焼きだよ」
エミは笑顔でそう言いながら髭を生やしテーブルに座る麦のカウボーイハットを被る少し年老いた男性へと手渡す。
「ありがとう、エミちゃん」
ジルベルトは笑顔でそう言ってエミの頭を優しく撫でる。
エミは褒められた事に喜びを感じているとカフェの左奥の角にある高い位置の台に置かれたラジオをから臨時ニュースが流れた。
「今日の朝9時頃、
店に居る多くの客や品を運んで来たエミがラジオのニュースに耳を傾ける。
それからしばらく経ち、ようやく人の流れが落ち着いた事にジョウジ達は出店の前で折り畳みの椅子に腰を下ろしパックに入った焼き鳥とお好み焼きを食べる事となった。
「ふぅーーーーーっ一仕事終えた飯はやっぱり、美味いなぁーーーーーっ」
ジョウジは笑顔でそう言ってパックに入った焼き鳥と半分に切ったお好み焼きを割り箸で食べると左右に座るユイとリエも笑顔で頷く。
「そうだねジョウジ。僕も仕事を終えた後のご飯は最高だよ」
「ああ。特にアタシは仕事後に飲むビールが最高の瞬間よ」
三人がお互いにひと段落後の一服の楽しみを語り合っているとジュンコが辺りを不安そうな表情で辺りを歩くながらキョロキョロする。
「ねぇージョウジさん、エミを見ませんでしたか?さっきから姿が見えなくて」
心配するジュンコに対してジョウジは首を横に振った。
「いいや。そう言えば注文した品を届けてから戻って来ていませんねぇ」
ジョウジは答えながら辺りをキョロキョロしているとリエが何かに気付いてハッとなる。
「ジュンコさん、居ましたよ」
そう言ってリエがそう言って左方向を割り箸で指すとエミが人々を掻き分けながら小走りで戻って来た。
「ママァーーーーーーッただいま」
「エミ!何処へ行っていたの?心配したのよ」
ジュンコは身を低くしエミを抱き締めながら叱るとエミはジュンコに向かって軽く頭を下げる。
「ごめんなさい。実はね、持って行ったカフェのラジオで山の方にあるガソリンが出る丘で火事が起きているって」
エミが話すラジオ・ニュースにジュンコは少し関心を持つ。
「あらぁーーーっそうなの。それは大変ねぇ」
すると二人の会話を聞いていたジョウジは言葉を掛けた。
「心配ないですよ。火災がここまで来る訳じゃないので」
「それもそうですねぇ」
ジュンコは安心した笑顔で身を上げるとエミの手を優しく握りジョウジ達が座るベンチへと向かった。
⬛︎
リケサ・グラシア高地の油井やぐらが炎上してから二日目に昼。
油井やぐらの周りに設置された無人の消火装置は昼夜問わず物凄い轟音と燃え上がる炎に向かって水を放水しているが、一向に鎮火する様子はなかった。
「くそ!バルブは全部閉めても、まだ燃えている」
「監督、やはりやぐらの下にある油田が」
煤だらけの男性作業員の指摘に煤で汚れた現場監督が頷く。
「ああ。ドリルに備わっている汲み上げパイプから原油が噴き出しているのが原因だ。油田の原油が無くならない限り鎮火は出来んぞ」
現場監督は一向に消えない火柱に不安を覚えていると北西の方から山と山の間を機体の横にFEDと書かれたMD500Dヘリコプターが現れる。
ヘリコプターの機内後部にある搭乗員席には身軽な衣服を着こなすFEDバルベルデ支局長の男性と彼の左横に座る身軽なビジネス服を着こなすアリナが居た。
「こいつは酷い。会長、消火活動は火災発生からずっと行っていますが、鎮火する様子はありません」
ヘイの窓越しから現場を見ながら心配そうな表情で言うバルベルデ支局長に対してアリナも窓越しで現場を見ながら言った。
「下から噴き出す原油が原因ね。この火災で発生する損失は大きいわね。何か消火する手はないの?」
アリナはそう問い掛けながら支局長の方を見ると彼は少し考え消火の手を思い付く。
「たった一つあります。大量のダイナマイトを使った爆風消火しかありません」
「分かったわ。ダイナマイトの代金は気にしなくていいわ。今は一刻も早く油田を鎮火して損失を止める事よ」
アリナはそう言ってコックピットに座るパイロットの肩を軽く叩き、パイロットは軽く頷くと機体を旋回させて現場を後にした。
それからグロリアにあるFED支社の屋上にあるヘリポートにMD500Dヘリコプターが駐機し、支社内にある貨物庫区画でアリナは黒いスーツを着こなす男性秘書を引き連れて現れる。
「それでダイナマイトは急ぎ用意出来たの?」
アリナは歩くながら後ろを付いて来る秘書に問い掛けると彼は頷く。
「はい、今日中に届く所に依頼しすでに届いています」
そしてアリナと秘書がやり取りをしていると重なった長方形の木箱が二個、置かれた前に支局長が立って待っていた。
「支局長、届いたダイナマイトの様子は?」
アリナの問い掛けに支局長は答えに困った様子で答えた。
「はい、会長。状態は良いのですが、実は困った事になりまして」
「どういう意味なの?」
疑問に思うアリナに対して支局長は重なった木箱の向こうに行くと金具を解除し蓋を開け、そして恐る恐る中身を取り出すとワインボトルの様な容器が出て来る。
「何これ⁉ダイナマイトは?」
アリナは少し驚くと支局長は緊張した表情で生唾を飲んで答えた。
「会長、やられました。頼んだ業者は注文した品ではない全く別の品を送りつける
支局長はそう言ってゆっくりと容器を右横に置かれた机に置くと蓋を回して外し細長い棒を容器に入れ、棒に液体を染み込ませ誰もいない方に染み込ませた棒を投げる。
すると棒が床に触れた瞬間、物凄い爆発と白い煙が上がり、アリナ達は騒然とする。
「会長、これは液体火薬、ニトログリセリンです」
局長がそう言うとアリナは届いた品に頭を抱えながら愕然とする。
「嘘でしょ⁉別な業者に頼んでダイナマイトの再発注を!」
「それもしましたが、どの業者も届くのは一週間後で、その際の支払いはこの位だそうで」
局長が残念な知らせを言いながら折られた紙に書かれた金額をアリナに見せると彼女は大きく溜息を吐く。
「これ以上の出費は出来ないわ。だとすると・・・」
アリナはそう言うと木箱内に設けられた仕切りにきっちりと入ったニトログリセリンの入った容器を見て、やむを得ない表情で秘書と支局長に向かって言った。
「秘書、ニトロを運搬するトラックを用意して!ただし出来る限り安くね!支局長は運転手、出来る限り多くを募って!特にスラム街の人をね‼あそこなら多額の報奨金を提示するば運転手は確保出来るはずよ!さぁ‼早く‼」
アリナは強く言って柏手をすると秘書と支局長はビシッとなる。
「「はっ!はい‼」」
返事をした二人は走って、その場を後にした。