マグノリアの街並みは、遠くに見える山々を背景に、のどかに広がっていた。
ルーシィは、その道を、ナツとハッピーと共に歩いていた。
彼女の心は、高鳴っていた。
やがて、目の前に現れたのは、巨大な建物だった。
そこには、大きな看板が掲げられていた。
『妖精の尻尾』
「……ここが……」
ルーシィの声は、震えていた。
彼女の夢が、ついに、その形を現した瞬間だった。
「よーし、行くぞ!」
ナツが、そう叫ぶと、グイッと、その扉を開けた。
「……!」
その中は、想像を絶するほど、騒がしかった。
魔導士たちが、酒を飲み、喧嘩をし、笑い合っていた。
それは、まるで、一つの大きな家族のようだった。
「よう、ナツ!」
「お、おかえりー!」
ギルドメンバーたちが、彼を気さくに迎える。
「……すごい……」
ルーシィは、その光景に、圧倒されていた。
「おい、ルーシィ。ここが、俺たちのギルドだ」
ナツが、彼女の肩を叩く。
「う、うん……!」
ギルドマスターであるマカロフは、すぐにルーシィの加入を認めた。
彼女は、右手に、妖精の尻尾の紋章を刻まれた。
「……ありがとう……!」
ルーシィは、その紋章を、嬉しそうに撫でる。
「よし、これで仲間だな!」
ナツが、嬉しそうに言う。
「……うん!」
「じゃあ、早速、仕事に行ってくるぞ!」
ナツは、そう言って、ルーシィの手を引く。
「えっ、もう、行くの?」
「ああ!」
彼は、何の疑いもなく、クエストの板に向かう。
そして、そこから、一枚の紙を剥がす。
「『ビックスロー村の魔物退治』! これだな!」
「……」
ルーシィは、その行動力に、呆れつつも、ついていくことにした。
ビックスロー村に到着した二人は、すぐに魔物退治に成功した。
ルーシィは、ナツの炎の魔法の力に、改めて驚嘆した。
ギルドに戻ると、そこは、いつものように、騒がしかった。
「おかえり!」
「やっと帰ってきたか!」
メンバーたちが、二人を迎える。
「おーい、じっちゃん! 仕事終わったぞ!」
ナツが、マカロフに声をかける。
「おお、よくやったな、ナツ」
マカロフが、満足げに頷く。
その時だった。
ギィ、と、重い音を立てて、ギルドの扉が開いた。
「……?」
誰もが、その音に、視線を向ける。
そこに立っていたのは、見知らぬ青年だった。
ラフな服を着こなし、その体格は、しなやかで、そして、強靭そうだった。
黒髪が、少し長めに伸びて、その顔の一部を、影に落としている。
その瞳は、冷静に、このギルドの空気を、観察している。
「……誰だあいつは?」
カナが、隣のレビィに、小声で尋ねる。
「知らない……」
レビィが、首を振る。
青年は、誰とも挨拶せず、ただ、黙って、ギルドの中へと、足を踏み入れた。
「おい、お前は誰だ!」
あるメンバーが、彼に声をかける。
「……」
青年は、その声には、応えず、ただ、ギルドの中を見回す。
その視線が、やがて、一人の少女に、留まった。
「……」
ルーシィは、その視線を感じて、ふと、顔を上げる。
そして、彼女の瞳が、大きく見開いた。
「……あ……」
そこに立っているのは、間違いなく、彼だった。
「……!」
青年は、その少女を見つめて、にやりと、笑った。
「……シルさん……?」
ルーシィの、か細い声が、騒がしいギルドの空気に、溶けていく。
「おお、ルーシィ! あいつと知り合いなのか?」
ナツが、驚いて尋ねる。
「うん……!」
「俺はシル。雷の滅竜魔導士だ」
その言葉に、ギルドの空気が、一瞬、凍りつく。
「……滅竜?」
マカロフの声が、低く響く。
その小さな体からは、想像を絶する威圧感が溢れ出ていた。
「ああ」
シルは、恐れることなく、マカロフの目を見つめる。
「ナツがいるんだろ? 火の滅竜魔導士が。俺と同じやつが」
「……」
マカロフは、ナツの方向に、一瞬、視線を向ける。
そして、再び、シルを見つめる。
「雷竜に育てられた。その名もヴォルガ」
シルは、そう告げる。
「……」
マカロフは、その名を聞いて、さらに深く、眉をひそめる。
「……滅竜魔導士は、稀少だ。だが、その力は計り知れない……」
「ああ」
「だが、それも、実力次第だ」
マカロフは、そう言って、シルの全身を、見つめる。
「……入れたくば、実力を見せろ」
「ああ。当然だ」
シルは、そう言って、その場に、立ちはだかる。
その時だ。
「よっしゃ! 俺と勝負だ!」
ナツが、それを聞きつけて、飛び出してきた。
その瞳は、闘志に燃えていた。
「ああ。やってやるぜ」
シルは、ナツを迎え撃つ。
「火竜の鉄拳!」
ナツの拳が、赤々と燃え上がる。
「雷竜の鉄拳!」
シルの拳に、青白い雷が、渦巻く。
「いくぞ!」
ナツが、そう叫ぶと、その拳を、シルの顔面に、振り下ろす。
「……」
シルは、その拳を、受け止める。
ガシッ、と、乾いた音が響く。
「……!」
ナツの拳から、激しい炎が吹き出す。
だが、シルの拳からも、それに負けないほどの、凄まじい雷が、迸る。
「うおおお!」
ナツは、さらに力を込める。
「くそっ……!」
シルも、全身の力を、その拳に込める。
二人の拳の間から、炎と雷が、ぶつかり合い、火花を散らす。
「……」
マカロフは、その光景を、静かに見つめていた。
「……よい」
そう呟くと、マカロフは、その小さな体から、途方もない魔力を、解放する。
「……!」
その魔力に、シルとナツは、同時に、吹き飛ばされる。
「……そこまでだ」
マカロフの声が、二人の間に、響き渡る。
「……」
シルは、吹き飛ばされた先で、床に膝をつく。
「……くそっ……」
ナツも、同じように、床に倒れ込んでいた。
「……」
二人は、顔を上げ、互いを見つめる。
どちらも、決して、相手に、完膚なきまでに、打ち負かされたわけでは、なかった。
だが、マカロフの力の前では、無力だった。
「……見事だ」
マカロフは、そう言って、満足げに頷く。
「……シル。お前を、妖精の尻尾の一員として、認める」
「……よし」
シルは、そう言って、床から立ち上がる。
「おめでとう、シル」
ルーシィが、純粋な笑顔で、そう言った。
「……ああ」
シルは、その笑顔を見て、にやりと、笑った。
シルは、その日、妖精の尻尾の紋章を、左の胸に刻まれた。
「……これで、仲間だな」
ナツが、彼の肩を叩く。
「ああ」
シルは、そう頷く。
ギルドの騒ぎは、夜になっても、収まる気配がなかった。
新しい仲間を迎えた興奮が、酒を飲むことで、さらに増幅されていた。
シルは、その隅の、静かな席で、黙って、その光景を見つめていた。
彼の胸には、新たしく刻まれた妖精の尻尾の紋章が、静かに輝いていた。
「……」
彼の視線が、ゆっくりと、このギルドに集う、一人一人の女を、なぞっていく。
カウンターの裏で、気さくにメンバーと談笑している銀髪の女ミラジェーン。
その笑顔は、まるで太陽のように明るかったが、その眼差しには、どこか深い闇が、秘められているように思えた。
一つの席で、本を読み込んでいる青髪の女レビィ。
その真剣な横顔が、どこか、神聖で、触れてはいけないものを感じさせた。
カウンターの前に座り、酒を飲みながら、メンバーと談笑している、褐色の肌の女カナ。
その大胆な仕草と、魅力的な笑顔が、男たちの視線を、惹きつけていた。
そして、少し離れた席で、銃の手入れをしている、緑髪の女ビスカ。
その真剣な眼差しが、どこか、悲壮感を、帯びていた。
「……」
シルは、その四人の姿を見て、そっと、唇を噛んだ。
『……これからが、楽しみだな……』
彼は、そう呟き、にやりと、笑った。
その時だ。
「シルさん!」
ルーシィの声が、彼の隣で響いた。
「なに、ニヤニヤしてんのよ!」
ルーシィは、彼の隣に座り、呆れたように言った。
「……ああ、いや」
シルは、急に笑顔を消した。
「なによ、その顔。何か考え事でもあったの?」
「……いや、なんでもない」
「ふーん」
ルーシィは、疑いそうな顔をしたが、それ以上は、何も言わなかった。
「……それで、シルさんも、これから、ずっと、ここにいるの?」
「ああ。そうするつもりだ」
「そっか! よかった!」
ルーシィは、嬉しそうに笑った。
「これから、いっぱい、一緒にクエストに行こうね!」
「ああ」
シルは、そう頷き、再び、ギルドの女たちを、見つめた。
『……そうだな。いっぱい、楽しむことにしよう』
彼は、そう呟き、ジョッキのビールを、飲み干した。
「なあ、ルーシィ」
シルは、ジョッキを置くと、ふいに、彼女に尋ねた。
「なに、シルさん」
「シルさん、じゃねえよ。シルでいい」
「えっ?」
「俺たち、もう同じギルドの家族なんだから」
「そ、そっか……」
ルーシィは、少し、戸惑いながらも、シルの名前をつぶやいた。
「……シル、か」
彼女は、そう呟いて、少し顔を赤らめた。
「そういえば、シル……。住むところ、もう決めた?」
ルーシィは、そう尋ねた。
彼女は、なんとなく、彼のプライベートな部分が、知りたくなっていた。
「ああ、決めたよ。街の端っこだけど、結構いいところだ」
「そっか。よかったね!」
ルーシィは、純粋に、彼を喜ばせた。
「で、ルーシィはどこに住んでるんだ?」
「あ、私は……」
ルーシィは、少し、照れくさそうに、自分のアパートの場所を、教える。
「街の中心から少し離れた、静かなところの、二階建ての家です」
「ほう」
シルは、その言葉に、興味をそそられた様子だった。
「一人で住んでるのか?」
「はい」
「いいな、その家。遊びに行ってもいいか?」
「えっ!? ま、まあ……いいけど……」
ルーシィは、急に、彼の誘いに、戸惑いを隠せなかった。
彼の目には、少し、危険な光が、宿っているように、彼女には感じられた。
「……」
シルは、その反応を見て、にやりと、笑った。
『……いいね。狙い目だ』
彼は、そう呟き、また、ジョッキを手に取った。
シルは、ゆっくりと、周りを見回した。
メンバーたちは、酒に酔って、互いに騒いでいる。
誰も、ここの二人に、注意を払っている様子はない。
「……」
彼は、その確信を得ると、そっと、その手を、テーブルの下へと、滑らせた。
「……」
そして、ルーシーの太ももに、その手を、置く。
「ひゃっ!?」
ルーシィは、その突然の感触に、ビクッと、肩をすくめる。
「……」
シルは、その太ももを、ゆっくりと、撫でる。
その指先が、彼女の肌の暖かさを、確かめていた。
「……」
ルーシィは、顔を真っ赤にして、彼を見る。
だが、シルは、平然な顔で、ジョッキのビールを、飲んでいる。
「……」
そして、彼は、ルーシーに、しか聞こえない声で、ささやいた。
「……じゃあ、今夜、遊びに行くな」
その声は、低く、そして、甘く、彼女の耳に、こびりついた。
「えっ!? き、今日、ですか!?」
ルーシィは、驚いて、彼を見返した。
「ああ」
シルは、そう頷くと、すっと、席を立つ。
「じゃあな」
「あ、あの……」
ルーシィは、彼の後を追おうとするが、彼は、すでに、ギルドの扉を、くぐってしまっていた。
「……」
ルーシィは、彼の去り際を見送り、自分の太ももに、まだ残る彼の指の感触に、身を震わせた。
『今夜、来る……?』
彼女の心臓が、高鳴りを、始めていた。