今日は、俺にとって特別な日だ。
五歳の誕生日。
前世の感覚でいえば、まだまだ子供も子供。誕生日といっても、ケーキを食べてプレゼントをもらい、家族に祝ってもらうくらいのものだと思っていた。
だが、この世界では少し事情が違うらしい。
貴族の子供にとって、五歳という年齢は一つの節目なのだそうだ。
これまでは遊びや生活習慣を中心に過ごしてきたが、五歳からは貴族として必要な教育が本格的に始まる。礼儀作法や歴史、領地経営の基礎など、将来に向けて学ぶべきことが増えていくらしい。
つまり、五歳の誕生日は単に年齢を重ねたことを祝うだけではない。
これから貴族としての学びを始める、その門出を祝う意味もあるのだ。
ちなみにエレオノーラの五歳の誕生日は生まれたばかりだったし、エリザベートの時は当時2歳ほどだったので一応参加したが、隅の方で侍女に遊んでもらっていた
「ルシー、準備はできたかしら?」
部屋の扉が開き、アンネリーゼが顔をのぞかせた。
「はい、母様」
俺が返事をすると、アンネリーゼは満足そうに微笑んだ。
「ふふっ。今日はルシーのための日ですもの。みんな、あなたが来るのを楽しみにしているわ」
そう言ってアンネリーゼは俺の手を取った。
今日のアンネリーゼは、いつも以上に綺麗だった。
落ち着いた色合いのドレスに、控えめながらも上品な装飾品。普段の領主としての凛とした雰囲気に、今日はどこか柔らかさが加わっている。
俺もいつもよりきちんとした服を着せられていた。
少し窮屈ではあるが、五歳の誕生日を祝う大切な日なのだから仕方がない。
アンネリーゼに手を引かれ、廊下を進む。
パーティ会場に近づくにつれて、人の話し声や楽しそうな笑い声が聞こえてきた。
そして、扉が開かれた瞬間。
「ルシー! お誕生日おめでとう!」
「おめでとう、ルシー!」
「ルシアニウス様、お誕生日おめでとうございます!」
たくさんの声が一斉に俺を迎えた。
思わず足を止めてしまう。
会場は色とりどりの花や装飾で飾られ、長いテーブルには料理や菓子が並んでいた。普段は見かけないような豪華な料理まで用意されている。
そこには母様だけでなく、ノーラ姉さま、リーザ姉さま、そして普段から俺の世話をしてくれる侍女たちも集まっていた。
俺が五歳になることを、みんながこんなにも楽しみにしてくれていたのだ。
「ルシー、こっちにいらっしゃい!」
リーザ姉さまが、待ちきれないといった様子で手招きしている。
「リーザ、そんなに急かさないの。ルシーが困っているでしょう?」
ノーラ姉さまはたしなめているが、その表情はいつも以上に明るい。
「だって、今日はルシーの誕生日なんだよ? 早く一緒にお祝いしたいじゃない!」
「それは私だって同じよ」
「じゃあ、ノーラも早く来ればいいのに!」
「もう……」
いつものように言い合う姉たちを見て、俺は自然と笑みを浮かべた。
この光景も、すっかり日常になっている。
前世では、誕生日を祝ってもらうこと自体は珍しくなかった。けれど、こうして大勢の人が自分のために集まってくれるというのは、やはり嬉しいものだ。
しかも、ここにいるみんなは本当に俺のことを大切に思ってくれている。
「みんな、ありがとう」
俺がそう言うと、侍女たちからも嬉しそうな声が上がった。
「まあ、ルシアニウス様。なんて可愛らしい……!」
「五歳になられても、本当にお優しいですね」
「ふふっ、まだ始まったばかりですよ。今日はたくさんお祝いしなければ」
……うん。
相変わらず、褒められすぎな気がする。
みんな少々甘すぎるのではないだろうか。
とはいえ、嫌な気持ちはしない。
せっかくのお祝いなのだから、素直に楽しませてもらうことにした。
◇
パーティが始まると、まずアンネリーゼが俺の誕生日を祝う言葉を述べた。
「本日、ルシアニウスは五歳の誕生日を迎えました。ここまで健やかに成長してくれたことを、何より嬉しく思います」
アンネリーゼは俺の方を見つめ、優しく微笑む。
「これからは学ぶことも増え、今までより大変なこともあるでしょう。それでも、ルシーらしく、好奇心を忘れずに成長してくれることを願っています」
「はい、母様」
俺は元気よく返事をした。
……好奇心を忘れずに、か。
アンネリーゼは、俺が屋敷の中を探検していたことや、本を読みたがっていたことを覚えているのだろう。
さすがに夜中にこっそり魔法の練習をしていることまでは知られていないはずだが。
知られていない、よな?
少し不安になったものの、母様はいつもどおり優しい笑顔を浮かべていた。
その後は、みんなで食事を楽しむ時間になった。
料理はどれも美味しかった。肉料理や野菜料理に加え、甘い菓子もたくさん用意されている。
特に気に入ったのは、小さな焼き菓子だった。表面はさっくりとしていて、中はしっとり。蜂蜜の甘さが口の中に広がる。
この領地の特産品には蜂蜜があると、以前セレナから聞いたことがある。
もしかすると、この菓子にも使われているのかもしれない。
そんなことを考えながら食べていると、隣に座っていたリーザ姉さまが俺の顔をのぞき込んだ。
「ルシー、それ美味しい?」
「うん! すごく美味しいよ、リーザ姉さま」
「そっか! じゃあ、私の分もあげる!」
そう言って、姉さまは自分の皿にあった焼き菓子まで俺の皿に載せてきた。
「えっ、いいの?」
「もちろん!」
「リーザ、あなたは自分で食べたかったから取ったのでしょう?」
反対側からノーラ姉さまが呆れたように言った。
「いいの! ルシーにあげたいんだから!」
「……そう。なら、私の分も一つあげるわ」
そう言って、ノーラ姉さままで菓子を一つ載せてくれた。
気づけば、俺の皿には焼き菓子が三つも並んでいた。
「ありがとう、ノーラ姉さま、リーザ姉さま」
「どういたしまして!」
「ふふっ、たくさん食べてね」
……本当に、甘やかされている。
俺は苦笑しつつも、二人の気持ちが嬉しくて、ありがたくいただくことにした。
前世では三十代の社会人だった俺が、今では五歳の誕生日を祝ってもらい、姉たちから菓子を分けてもらっている。
不思議なものだ。
けれど、こういう第二の人生も悪くない。
◇
食事が一段落した頃、会場の扉が開いた。
「遅くなりました、アンネリーゼ様」
入ってきたのは、見覚えのある女性だった。
背筋の伸びた姿勢に、堂々とした足取り。軍服に身を包んだその女性は、ヴァレンシュタイン領軍の責任者、グレーテである。
「あら、グレーテ。来てくれたのね」
「当然です。ルシアニウス様の五歳の誕生日ですから」
グレーテはそう答えると、俺の前まで歩いてきた。
「ルシアニウス様、お誕生日おめでとうございます」
「ありがとうございます、グレーテさん」
俺が礼を言うと、グレーテは満足そうに頷いた。
「五歳になられたのですね。これから学ぶことも増えるでしょうが、健やかに成長されることを願っております」
軍の責任者という立場上、忙しいはずだ。
それでも、わざわざ代表として顔を出してくれたらしい。
俺は少し恐縮しながらも、嬉しい気持ちになった。
「軍のみなさんにも、よろしく伝えてください!」
「はい。皆も、ルシアニウス様の誕生日を喜んでおりますよ」
その言葉を聞いて、俺は目を丸くした。
軍の人たちまで祝ってくれているのか。
今日の演習を思い出す。あのとき兵士たちは、俺が見学に来ると知ってずいぶん張り切っていた。
もしかすると、あれも俺が男児だからという理由だけではなかったのかもしれない。
……いや、きっとそれも大きいのだろうけど。
「ありがとうございます」
改めてお礼を言うと、グレーテはわずかに目を細めた。
「ふふっ。礼儀正しいお方ですね」
また褒められた。
俺は内心で苦笑したが、せっかくの言葉を無下にするのも違うので、素直に笑顔を返した。
その後、グレーテも少しの間パーティに参加し、母や姉たちと話をしていた。
グレーテも、軍にいるときとは違って、どこか気さくな様子で話している。
こうして見ると、領地を支えているのは領主や家族だけではないのだと改めて感じた。
◇
パーティが盛り上がるにつれ、窓の外から賑やかな音が聞こえてきた。
太鼓の音。
人々の歓声。
遠くから響く、楽しげな音楽。
「……何の音?」
気になって窓の方へ顔を向けると、母様が微笑みながら教えてくれた。
「領都でも、お祝いのお祭りが開かれているのよ」
「お祭り?」
「ええ。ルシーの五歳の誕生日を祝って、領都の人たちもお祝いをしてくれているの」
「えっ、僕の誕生日で?」
思わず聞き返してしまった。
自分の誕生日を祝って、領都で祭りが開かれている?
いくらなんでも、大げさではないだろうか。
「ふふっ。ルシーは本当に愛されているのね」
母が俺の頭を優しく撫でた。
俺の誕生日を理由に大勢の人が楽しんでいると思うと、なんだか不思議な気分だった。
窓の外からは、今も歓声が聞こえてくる。
祭りの様子を直接見られないのは少し残念だが、あれだけ賑やかなのだから、きっと楽しい催しが行われているのだろう。
「いつか、見に行ってみたいな」
「ええ。もう少し大きくなったら、一緒に行きましょうね」
「約束だよ、母様」
「もちろんよ、ルシー」
アンネリーゼは俺を抱き寄せ、頬にそっと口づけた。
……五歳になっても、アンネリーゼの愛情表現は相変わらずだ。
けれど、今は素直に嬉しい。
俺はアンネリーゼの腕の中で、窓の外から聞こえる祭りの音に耳を傾けた。
◇
そして、パーティの終盤。
「まずは、私からね」
アンネリーゼが差し出したのは、綺麗な装飾が施された木箱だった。
蓋を開けると、中には上質な紙と、何本かのペン、そして小さな革張りの本が入っていた。
「これは……?」
「これから勉強を始めるルシーのために用意したの。文字を書く練習にも使えるし、学んだことを記録することもできるわ」
俺は思わず目を輝かせた。
紙とペン、それに本。
どれも、これから勉強をするうえで役に立つものばかりだ。
「ありがとう、母様! 大切に使うね!」
「ええ。ルシーが何を学び、何を考えるのか、いつか見せてもらえると嬉しいわ」
アンネリーゼは嬉しそうに微笑んだ。
続いて、ノーラ姉さまがプレゼントを持ってきた。
「私からは、これよ」
差し出されたのは、少し厚みのある本だった。
表紙には領地の地図らしき模様が描かれている。
「これは、この辺りの地理や歴史についてまとめられた本なの。難しいところもあると思うけれど、興味があったら読んでみて」
「ありがとう、ノーラ姉さま!」
地理と歴史。
貴族教育にも関係する内容だろう。
しかも、領地に関する本となれば、今後の研究にも役立ちそうだ。
まだ五歳の子供に渡す本としては、なかなか渋い選択だと思う。
けれど、俺の好奇心を知って選んでくれたのだろう。
そう考えると、ますます嬉しくなった。
「ふふっ。ルシーなら、きっと喜んでくれると思ったわ」
「うん! いっぱい読むね!」
「ええ。でも、疲れたらちゃんと休むのよ?」
「はーい」
……ノーラ姉さまは、こういうところがしっかりしている。
俺のことをよく見ているし、勉強熱心なのは嬉しいが、無理をして体調を崩すようなことはしてほしくないのだろう。
次は、リーザ姉さまの番だった。
「じゃーん! 私からは、これ!」
そう言って差し出されたのは、小さな木製の馬だった。
車輪がついていて、手で押すと走る仕組みになっている。細かいところまで丁寧に作られており、たてがみや脚まできちんと彫られていた。
「わあ、すごい!」
「でしょ? 騎士団の人に相談して、職人さんに作ってもらったんだ!」
「ありがとう、リーザ姉さま!」
俺は木馬を手に取り、いろいろな角度から眺めた。
こういう玩具は、何歳になっても心が躍るものだ。
車輪の軸や脚の形状を見ていると、どうやって作ったのか気になってくる。
「気に入った?」
「うん! すごく気に入ったよ!」
「えへへ。よかった!」
リーザ姉さまは、満面の笑みを浮かべた。
その表情を見ると、こちらまで嬉しくなる。
そして、最後にセレナをはじめとする侍女たちからも、いくつもの贈り物をもらった。
刺繍が施されたハンカチ。
手触りのよい小さなクッション。
可愛らしい小物入れ。
そして、蜂蜜を使った焼き菓子の詰め合わせまであった。
「ルシアニウス様のお好みに合うものを、皆で相談して選びました」
セレナが落ち着いた声で説明してくれる。
「ありがとう、セレナ みんなも、ありがとう」
「もったいないお言葉です、ルシアニウス様」
セレナはいつもどおり冷静に頭を下げた。
だが、よく見ると、ほんの少しだけ表情が柔らかくなっている。
他の侍女たちも、俺が喜んでいる様子を見て嬉しそうにしていた。
アンネリーゼからは勉強道具。
エレオノーラからは本。
エリザベートからは木馬。
侍女たちからも、心のこもった贈り物。
どれも、俺のことを考えて選んでくれたものばかりだった。
こんなにもたくさんの人から祝ってもらえるなんて、前世では想像もしなかった。
「みんな、本当にありがとう」
俺はもう一度、心を込めてお礼を言った。
すると、またしても会場から嬉しそうな声が上がった。
「ルシアニウス様は本当にお優しいですね……!」
「これからも健やかに成長されますように」
「五歳になられても、変わらず可愛らしいこと……!」
……だから、褒めすぎだって。
そう思いつつも、俺は笑顔を浮かべた。
今日は誕生日なのだから、細かいことは気にしないでおこう。
俺は手元に並んだプレゼントを眺めながら、胸の奥が温かくなるのを感じていた。
◇
やがてパーティも終わり、客人や参加者たちが少しずつ会場を後にしていった。
グレーテも仕事があるらしく、最後にもう一度お祝いの言葉を述べて帰っていった。
侍女たちは片付けを始め、姉たちは俺のプレゼントを一緒に眺めている。
「ルシー、その木馬、あとで一緒に遊ぼうね!」
「ええ。せっかくだから、私も本の中身を少し確認してみようかしら」
「ノーラ姉さま、それは僕の本だよ?」
「分かっているわ。どんな内容なのか、気になっただけよ」
「ふふっ、ノーラは相変わらずね!」
「リーザに言われたくないわ」
姉たちのやり取りを聞きながら、俺は笑った。
楽しい一日だった。
誕生日を祝ってもらい、たくさんのプレゼントをもらい、領都でも祭りが開かれている。
五歳になったという実感はまだあまりないが、少なくとも今日は、忘れられない日になりそうだ。
そんなことを考えていると、不意に母様から声をかけられた。
「ルシー。少し、いいかしら?」
「うん? どうしたの、母様?」
振り向いた俺は、思わず首を傾げた。
アンネリーゼの表情が、先ほどまでとは違っていたからだ。
いつもの優しい笑顔ではない。
怒っているわけでも、悲しんでいるわけでもない。
ただ、何か大切なことを話そうとしているような、真剣な表情だった。
「これからのことについて、あなたに話しておきたいことがあるの」
「これからのこと?」
「ええ。五歳になった今だからこそ、きちんと話しておきたいことよ」
母様は俺の目を見つめた。
その声は優しかったが、いつもより少しだけ硬かった。
俺は自然と背筋を伸ばした。
五歳から貴族教育が本格的に始まることは知っている。
そのことについての話だろうか。
それとも、俺が知らないだけで、貴族の子供にはほかにも決まりごとがあるのだろうか。
いくつかの可能性が頭に浮かんだが、どれも確信は持てなかった。
「……分かったよ、母様」
俺が頷くと、アンネリーゼは静かに微笑んだ。
「ありがとう、ルシー。それでは、私の部屋に来てちょうだい」
アンネリーゼはそう言って、俺の手を取った。
さっきまでの賑やかな雰囲気とは一転して、少しばかり緊張した空気が流れる。
俺はアンネリーゼに手を引かれながら、ふと後ろを振り返った。
姉たちは、こちらを見ていた。
エレオノーラは何かを察したような顔をしており、エリザベートも、先ほどまでの明るい表情を少しだけ引き締めている。
ヽ(*´∀`)ノオメデト─ッ♪