※この作品はR-18です。

貞操逆転世界の傾国記   作:熟睡枕

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第26話 性教育

貴族教育が始まってから、しばらくが経った。

読み書きや計算、歴史、地理、領地経営の基礎。毎日学ぶことは多いが、前世で社会人として働いていた記憶がある俺にとって、その多くは決して難しいものではなかった。

もちろん、この世界独自の慣習や貴族社会の細かな決まりには戸惑うこともある。それでも、セレナが授業の内容を整理してくれるおかげで、少しずつ理解を深められていた。

そんなある日の夕方。

 

「ルシアニウス様。本日は、いつもとは異なる授業がございます」

 

いつものように翌日の教材を確認していた俺に、セレナがそう告げた。

 

「違う授業?」

「はい。マルグリット先生ではなく、別の先生が担当されます。内容については、先生から直接お聞きください」

 

セレナはいつもどおり落ち着いた表情だったが、どこか歯切れが悪い。

それだけなら、特別な講義でもあるのだろうと思っただろう。

しかし、問題はその後だった。

 

「なお、本日の授業中は、ほかの侍女はもちろん、私も部屋に立ち入ることができません。ご用があれば、授業が終わってからお申しつけください」

「……セレナも?」

「はい。これは貴族の男子に対する教育の一環ですので」

 

普段なら、セレナは俺の授業に付き添い、必要に応じて記録を取ったり、教材を用意したりしてくれる。そんな彼女でさえ立ち入りを禁じられるとは、いったいどんな授業なのだろうか。

俺は思わず首をかしげた。

 

「わかった」

「ありがとうございます。先生がお待ちですので、こちらへどうぞ」

 

案内されたのは、普段使っている勉強部屋ではなかった。

屋敷の奥にある、小さな応接室。室内には机と椅子が二脚置かれているだけで、教材らしきものも見当たらない。

そこには、見知らぬ女性が一人、静かに座っていた。

 

「初めまして、ルシアニウス様。本日の授業を担当いたします、マリアと申します」

「よろしくお願いします」

 

俺が挨拶をすると、マリア先生は穏やかに微笑んだ。

セレナが退出し、扉が閉まる。

その瞬間、部屋の中は妙に静かになった。

先生と二人きり。しかも、内容は秘密。普段の授業とは明らかに違う雰囲気に、俺は少しばかり緊張していた。

 

「それでは、さっそく始めましょうか」

 

マリア先生は机の上に一冊の薄い冊子を置いた。

 

「本日の授業は、貴族の男子に必要な知識についてです。具体的には、男女の身体の仕組み、子供が生まれるまでの過程、そして結婚や家族に関する制度についてお話しします。その冊子も授業後に回収させていただきます」

「……はい?」

 

思わず間の抜けた声が出た。

男女の身体。子供が生まれる仕組み。

つまり、そういうことか。

俺はようやく、なぜセレナすら立ち入りを禁じられたのかを理解した。

――性教育か。

前世の記憶がある俺にとって、基本的な知識はすでに持っている。とはいえ、この世界の貴族社会における事情まで知っているわけではない。

むしろ、そちらのほうが重要なのだろう。

 

「まず、子供がどのようにして生まれるのか、ご存じでしょうか?」

「男女が夫婦となり、子供を授かる……ということは知っています」

「そうですね。では、もう少し詳しく説明しましょう」

 

先生は冊子を開き、男女の身体の構造や受精、妊娠、出産について説明を始めた。

説明自体は、医学的な知識として整理されたものだった。俺は特に驚くこともなく聞いていたが、先生はしゃべりながらずっと、俺の反応を確かめるようにこちらを見ていた。

 

「ここまでで、何か質問はありますか?」

「いえ、大丈夫です」

「それは結構です。では、次に、この国における男女の関係についてお話ししましょう」

 ここからが本題らしい。

「ご存じのとおり、この国では男性の数が非常に少なく、女性が家や領地を継ぐことが一般的です。」

 

俺は頷いた。

 

「そのため、貴族の男性が結婚する場合、妻を一人だけ迎えるというのは基本的にありません。複数の女性を妻とする、一夫多妻がほぼすべてです。例外も一応ありますが歴史上数件というほどです」

「妻が何人もいる、ということですか?」

「はい。もちろん、家格や財産、本人の意向、そして女性側の家との関係など、さまざまな条件が関わります」

 

男性が少ない以上、一人の男性が複数の女性と家庭を築くことは、人口を維持するうえでも合理的なのだろう。

ただし、俺の感覚では、結婚といえば基本的に一対一だった。頭では理解できても、実際に自分がその立場になったときのことを想像するのは難しい。

ハーレムものの主人公はどの作品でも大変そうだった

 

「また、正妻のほかに妾を持つ場合もあります」

「妾、ですか」

「正妻とは別に、継続的な関係を持つ女性のことです。家によって扱いは異なりますが、子供が生まれた場合の身分や相続上の立場など、事前に取り決めておかなければならないことも多くあります」

 

先生の説明は淡々としていた。

結婚は個人同士の関係だけでなく、家を維持するための制度でもあるのだ。

 

「そして、ルシアニウス様。貴族の男子にとって、結婚だけが子供を残す方法ではありません」

「……結婚以外にも、ですか?」

「はい。場合によっては、結婚せずに子種だけを提供することもあります」

「つまり……結婚はせず、子供を望む女性に協力するということでしょうか」

「そのとおりです。相手の女性や家との間で条件を定め、子供を授かるために協力するのです。」

 

先生は、あくまでも教育上の知識として説明していた。

要は種馬だ

 

「もちろん、誰もがそうした役割を担うわけではありません。本人の意思や健康状態、家の方針なども関係します。ただ、男性の数が少ないこの国では、そうした選択肢も存在するのです」

 

結婚して家庭を築く。

複数の女性を妻として迎える。

正妻とは別に妾を持つ。

そして、結婚そのものはせず、子供を望む女性に子種を提供する。

――すごい世界だな、ここ。

男性が希少であるという事実は、単に女性に大切にされるというだけではない。結婚の形から家族制度、さらには子供を残す方法まで、社会の仕組みそのものを変えているのだ。

 

「では、次に、実際に女性と関係を持つ際の心構えについてお話しします」

 

先生は冊子を閉じ、少しだけ姿勢を正した。

 

「まず覚えておいていただきたいのは、無理をする必要はないということです。男性は女性よりも身体的に弱い傾向がありますし、経験の少ないうちは戸惑うこともあるでしょう」

 

この世界では、女性の身体能力が男性を大きく上回る。以前、姉たちと軍の演習を見学したときにも、その差を目の当たりにした。

そのためか、男女の関係においても、女性が主導することが一般的だという。

 

「ベッドの上では、女性に任せることが基本です。相手が経験豊富であれば、なおさらでしょう。男性が無理に主導しようとする必要はありません。わからないことや不安なことがあれば、相手に伝えることが大切です」

「……わかりました」

「そして、相手の意思を尊重すること。これは男女のどちらにも言えることですが、男性は希少だからといって、何をしても許されるわけではありません」

 

その言葉に、俺は自然と背筋を伸ばした。

以前、母様とマルティナ先生の話を盗み聞きしたとき、男性であることを理由に傲慢に振る舞う貴族の話を聞いた。

 

「相手を尊重し、互いに納得したうえで関係を築くこと。それが何より重要です。家の都合で結婚する場合であっても、相手の気持ちを軽視してはいけません」

「はい」

 

俺の返事を聞き、先生は満足そうに頷いた。

その後も授業は続いた。

妊娠や出産に伴う身体への負担、子供が生まれた後の養育、複数の妻がいる家庭での人間関係、正妻と妾の立場の違い。さらに、結婚相手を選ぶ際には家格だけでなく、相手の性格や価値観を理解することも重要だと教えられた。

どれも、貴族として生きていくなら知っておくべき内容なのだろう。

とはいえ、五歳の俺にとっては、あまりにも先の話だった。

俺はまだ、日々の勉強を始めたばかりだ。領地のことも、魔法のことも、知らないことばかりである。

結婚について真剣に考えるのは、もっと先でいい。

……もっとも、この世界では十五歳で成人を迎えるのだから、前世の感覚ほど遠い未来でもないのかもしれないが。

 

「本日の授業は以上です。今日お話しした内容は、今すぐすべてを理解する必要はありません。ただ、将来ご自身の進む道を考える際に、思い出していただければと思います」

「ありがとうございました」

 

俺は椅子から立ち上がり、先生に頭を下げた。

扉を開けると、すぐそばでセレナが待っていた。

 

「お疲れさまでした、ルシアニウス様」

「……うん」

「お疲れのご様子ですね。お部屋に戻られますか?」

「そうする」

 

俺はセレナの後ろを歩きながら、今日の授業を振り返った。

男女の身体の仕組みそのものは、前世の知識と大きく変わらない。だが、それを取り巻く社会制度はまるで違う。

この世界で男性として生きる以上、避けては通れない話なのだろう。

ただ、今の俺には、まだ実感が湧かなかった。

そもそも、俺はまだ五歳だ。

今の目標は、まず勉強を続けて、この領地のことを知ること。

恋愛や結婚について考えるのは、それからでも遅くない。

……たぶん。

そう自分に言い聞かせながら、俺はいつもの勉強部屋へと戻った。

机の上には、明日の授業で使う教材が整然と並んでいる。

セレナが準備してくれたものだ。

 

「ルシアニウス様、明日の教材はこちらにまとめてあります。今日の分も整理しておきますので、必要であれば後ほど確認なさってください」

「ありがとう、セレナ」

 

いつもと変わらない、穏やかな声。

いつもと変わらない、整った机。

今日の授業で学んだことは、いずれ役に立つ日が来るのかもしれない。

けれど、今はまだ、遠い未来の話だ。

俺は椅子に座り、明日の教材を開いた。

――まずは目の前の勉強から。

そう考えながら、俺は再びペンを手に取った。

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