※この作品はR-18です。

貞操逆転世界の傾国記   作:熟睡枕

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第31話 剣術

マルティナを師匠に迎えてから、俺の日常は少しずつ変化していた。

午前中はこれまでどおり、マルグリット先生による貴族教育。文字や計算、歴史、領地経営の基礎など、学ぶことは山ほどある。セレナが授業の内容を整理してくれるおかげで、前世の知識と照らし合わせながら理解を深めることができていた。

そして午後は、マルティナによる魔法の授業だ。

魔素の扱い方から、身体強化、魔法を発動する際の制御方法まで、教わる内容は多岐にわたる。師匠は興味を持ったことに対して少々熱心すぎるところがあるものの、教え方そのものは非常にわかりやすかった。

俺が疑問を口にすれば、すぐに答えを教えるのではなく、考えるための手がかりを与えてくれる。前世で機械設計の仕事をしていた俺にとって、仕組みを理解しながら学べるというのはありがたかった。

もちろん、剣術の基礎も少しずつ教わっていた。

ただし、こちらは魔法ほど熱心に取り組んでいたわけではない。師匠自身、剣術を専門としているわけではないらしく、あくまで身体の動かし方や護身のための初歩を教えてもらっている程度だった。

そんな平穏な日々が続いていた、ある日のこと。

 

「ルシアニウス様が剣術を習っていると聞いたのだけれど?」

 

屋敷を訪れたグレーテは、アンネリーゼとの挨拶を終えるなり、そんなことを口にした。

相変わらず背筋の伸びた立ち姿で、軍人らしい堂々とした雰囲気をまとっている。もっとも、俺を見つけた途端、その表情は少しばかり柔らかくなった。

 

「はい。マルティナ師匠に、少しだけ教えてもらっています」

「そう………」

 

グレーテは俺の返事を聞くと、ちらりとマルティナへ視線を向けた。

その目には、何やら言いたげな色が浮かんでいる。

 

「それなら、私が教えてあげたいわ」

「えっ?」

 

思わず声が漏れた。

確かに、軍の指揮官なのだからその方が適任かもしれない。

しかし、俺が驚いたのはそこではなかった。

グレーテは俺の返事を待つように、期待のこもった目でこちらを見ている。

 

「……もしかして、グレーテ様も剣術を教えたかったのですか?」

「ええ。せっかくルシアニウス様が剣術を学んでいるのなら、私にも機会があっていいでしょう?」

 

そう言ってから、グレーテはマルティナへと視線を移した。

 

「それに、マルティナばかりずるいわ」

「……ずるい、とは?」

 

マルティナが首を傾げる。

 

「魔法を教えるという名目で、ルシアニウス様と長い時間を過ごしているでしょう? 私だって、もう少しお話ししたり、一緒に過ごしたりしたいのよ」

「まあ。それは、私が師匠ですから当然ではありませんか?」

「その師匠という立場がうらやましいと言っているのよ」

「ふふっ。グレーテも素直ではありませんね」

「あなたにだけは言われたくないわね」

 

二人は笑顔で言葉を交わしている。

……笑顔なのに、なぜか少しだけ空気が張り詰めている気がするのは、俺の気のせいだろうか。

どうやら、グレーテが剣術を教えたいと思った理由は、剣の指導そのものだけではないらしい。

要するに、俺ともっと関わりたいということなのだろう。

そう考えると、なんだか申し訳ないような、照れくさいような気分になった。

 

「それで、ルシーはどうしたい?」

 

アンネリーゼが俺に尋ねてきた。

俺としては、剣術を教えてもらえるのならありがたい。マルティナ師匠から教わっているのは基本的な動きばかりだし、実際に兵士を指導しているグレーテから学べることは多いはずだ。

 

「僕は、グレーテ様に教えていただけるなら、ぜひお願いしたいです」

「本当? うれしいわ!」

 

グレーテはぱっと表情を明るくした。

先ほどまでの落ち着いた軍人らしい雰囲気はどこへやら。まるで新しいおもちゃを買ってもらった子供のような喜びようだった。

 

「では、私も一緒に習っていいかしら?」

 

横から声をかけてきたのは、リーザ姉さまだった。

どうやら話を聞いていたらしい。

 

「私も剣術を習っているのだし、せっかくならルシーと一緒に練習したいわ」

「もちろんよ。エリザベート様も一緒にやりましょう」

 

こうして、俺とリーザ姉さま、そしてグレーテの三人で剣術を学ぶことになった。

ノーラ姉さまは領主としての勉強が忙しいらしく、今回は参加しないそうだ。

俺としては、姉さまと一緒に何かを習えるのはうれしい。問題があるとすれば、俺とリーザ姉さまでは、剣術の実力に大きな差があることくらいだろう。

いや、実際には大きな差どころではなかった。

練習を始めてすぐに、そのことを思い知らされることになった。

 

◇

 

剣術の稽古は、屋敷の庭にある訓練場で行われた。

最初は準備運動と、正しい立ち方や剣の握り方から始まった。俺にとってはマルティナ師匠から教わった内容の復習だったが、グレーテの指導は軍人らしく、姿勢や重心の位置に対して細かい。

 

「ルシアニウス様、右足に体重をかけすぎているわ。もう少し両足に均等に乗せて」

「はい」

「剣を振るときは腕だけで動かさない。腰と肩を連動させるのよ。力任せに振っても、安定しないでしょう?」

「はい……」

 

頭では理解できる。

前世でも機械の動きを考える際、力の伝わり方や各部の連動は何度も考えてきた。剣を振る動作も、身体をひとつの機構として考えれば、理屈はわからなくもない。

しかし、理解できることと、実際に身体を動かせることは別問題だった。

剣を振るたびに姿勢が崩れ、足の運びもぎこちなくなる。何度も繰り返しているうちに、腕や肩が疲れてきた。

一方、リーザ姉さまはというと。

 

「えいっ!」

 

木剣を振り下ろす動きに迷いがない。

まだ子供とはいえ、日頃から身体を鍛えているだけあって、動きは俺よりもずっと力強く、安定していた。

 

「エリザベート様、いい動きね。今の調子で続けなさい」

「はい!」

 

褒められたリーザ姉さまは、うれしそうに返事をした。

そして、俺の番になる。

 

「では、ルシアニウス様。もう一度やってみましょう」

「はい……!」

 

木剣を構え、教わったとおりに振り下ろす。

しかし、またしても動きがぎこちなくなり、木剣の先が狙った位置からずれてしまった。

 

「……うーん。やっぱり、難しいわね」

 

グレーテが困ったように笑った。

 

「すみません」

「謝る必要はないわ。まだ始めたばかりなのだから、できなくて当然よ。焦らず、少しずつ覚えていきましょう」

 

その言葉はありがたかった。

ただ、俺自身も、今すぐリーザ姉さまのように動けるとは思っていない。

そもそも、俺が剣術を学ぶ目的は、剣の達人になることではないのだ。

危険な目に遭ったときに身を守れる程度の技術を身につけること。そして、身体の動かし方を理解し、必要なら魔法と組み合わせられるようにすること。

今のところは、それで十分だろう。

 

その後も稽古は続いたが、途中から俺は見学している時間が増えていった。

リーザ姉さまはグレーテと打ち込みの練習を始め、俺は少し離れた場所で二人の動きを眺める。

リーザ姉さまの剣を、グレーテが木剣で軽く受け流す。姉さまが何度も攻め込んでも、グレーテは大きく動くことすらなく、すべてを余裕を持ってさばいていた。

力の差がありすぎて、どこがどう優れているのかさえ、俺にはよくわからない。

ただ、グレーテがとんでもなく強いことだけは伝わってきた。

俺は二人の動きをしばらく観察したあと、ふと思い立った。

せっかく見学しているのなら、この時間を別のことに使えないだろうか。

そこで思い出したのが、透視魔法のことだった。

 

◇

 

透視魔法は、俺が四歳の頃に開発した魔法だ。

前世で学んだ知識をもとに、対象を透過して内部の情報を視覚として捉えられるようにしたものだった。

最初は輪郭がぼんやりとした影しか見えなかったが、練習を重ねることで色の違いも判別できるようになった。さらに、透視する深さや範囲もある程度調節できるようになっている。

しかし、ひとつだけ解決できていない問題があった。

魔法を使っている間、目がかすかに光ってしまうのだ。

以前、師匠から身体強化魔法について教わったとき、魔素を身体の表面近くに集中させると、外から光が見えることがあると聞いた。

ならば、目に集めている魔素の分布や流れを変えれば、光を抑えられるかもしれない。

そう考えてから、俺は何度か試していた。

ただ、夜中に一人で魔法の実験をして屋根に穴を開けたばかりだ。さすがに、あの失敗を繰り返すわけにはいかない。

だからこそ、今は危険の少ない範囲で、慎重に試してみることにした。

俺はグレーテとリーザ姉さまの稽古を視界の端に捉えながら、意識を目の周辺へ向ける。

まずは、いつもどおり魔素を集める。

 

リーザ姉さまは白だった

グレーテは前と同じようにさらしのようなものを巻いていた

そしてパンツをはいてなかった

そういう宗教なのだろうか?

おれは意識を集中させる

いつもなら、ここで目の周囲にかすかな光が生じる。

俺はその光を意識しながら、魔素の集中させ方を少しずつ変えてみた。

目の表面に近いところではなく、もう少し奥へ。

……魔素に気を取られて2人の体内まで見てしまった

まだなかなかなれない

 

そしてセレナが隠れて様子をうかがっているのを見つけた

俺がやらかさないか監視しているようだ

とはいえ距離があり、まだ明るいので目が光っているのは見えないだろう

俺は気を取り直し集中する

目の奥に魔素が集まっていく感覚。視界の変化。対象の表面を透過し、奥にあるものを捉えようとする感覚。

あるいは、一点に集中させるのではなく、広い範囲へ分散させる。

魔法の効果を維持したまま、魔素の配置だけを変える。思い通りにいかず、視界がぼやけたり、透視できる深さが変わったりした。

それでも、何度か繰り返すうちに、わずかな変化が現れた。

目の周囲に生じていた光が、ほんの少し弱まったのだ。

 

……おお。

思わず、心の中で声を上げた。

完全に消えたわけではない。むしろ、気を抜くとすぐに元へ戻ってしまう。だが、魔素の扱い方によって光の強さが変わることは確認できた。

これは大きな進歩だ。

透視魔法を使っていることが外からわかりにくくなれば、日常生活で使える場面も増える。壁の向こうを確認したり、物の内部を調べたりする際にも、誰かに気づかれる危険を減らせるだろう。

もちろん、人の身体をむやみに覗くような使い方をするつもりはない。

そもそも、こんな魔法を持っていること自体、他人に知られないほうがいい。便利であると同時に、使い方を誤れば相手の信頼を失うどころか、大きな問題にもなりかねないからだ。

魔法の存在を隠すことと、実際にどう使うかは、別々に考える必要がある。

俺はそこで一度、魔法を解除した。

 

「ルシアニウス様?」

 

顔を上げると、いつの間にかグレーテがこちらを見ていた。

 

「何を考えていたの?」

「えっと……お二人の動きを見ていました」

 

嘘ではない。

実際、視界の端ではずっと二人の稽古を見ていたのだから。

 

「そう。何か参考になったかしら?」

「はい。重心の移動や、剣を受け流すときの動きが勉強になりました」

「ふふっ。それなら、見学にも意味があったわね」

 

グレーテは満足そうにうなずいた。

 

「ただし、見ているだけで身につくわけではないわ。次はルシアニウス様も、もう少し頑張りましょうね」

「はい」

 

俺は素直に返事をした。

剣術については、まだまだ練習が必要だ。魔法のように、考えたことがそのまま形になるわけではない。

それでも、剣術を学ぶことが無駄だとは思わなかった。

自分の身体を思いどおりに動かす技術は、魔法の制御にもつながるかもしれない。何より、実際に動いてみなければわからないこともある。

焦らず、少しずつ覚えていけばいい。

その日の稽古は、リーザ姉さまが疲れ果てるまで続いた。

最後には姉さまも木剣を下ろし、額の汗をぬぐいながら満足そうに笑っていた。

 

「楽しかったわね、ルシー!」

「はい。リーザ姉さま、すごかったです」

「えへへ。ありがとう!」

 

姉さまは照れくさそうに笑った。

グレーテも、俺たちが楽しんでいる様子を見て満足したようだった。

 

「また次も一緒に練習しましょうね」

「はい。よろしくお願いします」

 

こうして、俺の日常には新たに剣術の稽古が加わった。

午前は貴族教育。午後は魔法と剣術。

学ぶことは増えたが、今のところ、それほど苦ではない。

そして何より、今日の稽古で得られたものは、剣術の基礎だけではなかった。

透視魔法の発光を抑えるための手がかり。

まだ完全な解決には程遠いが、確かな前進だ。

俺はその夜、セレナに頼んで新しいページを用意してもらい、魔法の制御について気づいたことを書き留めた。

剣術の稽古で学んだ身体の動きについても、忘れないうちに記録しておく。

いつか、この小さな積み重ねが大きな成果につながるかもしれない。

そんなことを考えながら、俺は明日の授業に備えて筆を置いた。




ノーラ姉さま「私は?」
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