※この作品はR-18です。

貞操逆転世界の傾国記   作:熟睡枕

7 / 11
第7話 姉たちとの日常

それから、しばらくの時間が流れた。

生まれたばかりの頃は、目を開けて周囲を眺めることくらいしかできなかった俺も、少しずつ成長していた。

首が据わり、寝返りが打てるようになり、やがて自分の手足を思いどおりに動かせるようになった。

言葉も話せはしないが、ある程度理解できるようになった。

そして、ついに。

――ハイハイを習得したのである。

これは、俺にとって大きな進歩だった。

何しろ、それまでは行きたい場所があっても、自力で移動することすらできなかったのだ。興味を引くものを見つけても、寝かされた場所から眺めることしかできない。大人なら数歩で済む距離が、赤ん坊の俺にとっては途方もない隔たりだった。

しかし、今は違う。

床に手をつき、膝を動かし、身体を前へ進める。

遅い。実に遅い。

だが、確実に進める。

この感動は、実際に自由を奪われた状態から解放されてみなければわからないだろう。

もっとも、移動能力を手に入れたことで、別の問題も発生した。

 

「ルシー、そっちはだめよ」

 

俺が部屋の隅に置かれた小さな箱へ向かって進んでいると、背後から声がした。

振り返ると、金色に近い髪を揺らしながら、姉のエレオノーラがこちらへ歩いてくる。

俺より五歳年上の長女。落ち着いた雰囲気を持ち、まだ幼いながらも、どこか大人びた印象を与える少女だ。

俺は箱を見た。

もう一度、姉を見た。

そして、再び箱へ向かって進み始めた。

 

「だめと言ったでしょう?」

 

エレオノーラは俺をひょいと抱き上げた。

……くっ。

赤ん坊の腕力では、大人のように抵抗することもできない。

俺が不満げに頬を膨らませると、エレオノーラは小さく笑った。

 

「そんな顔をしてもだめ。あれはお母様の大切なものなのだから」

 

何を言っているのか、言葉のすべてを理解できるわけではない。

けれど、彼女の口調や表情から、どうやら俺が触ってはいけないものだったらしいことはわかった。

仕方がない。

今回は諦めよう。

……次は、別のものを探すことにする。

そうして俺の行動範囲が広がるにつれて、姉たちとの時間も増えていった。

 

◇

 

「ルシー、こちらへいらっしゃい!」

 

ある日の昼下がり。

部屋の向こうから、元気な声が響いた。

声の主は、次女のエリザベートである。

俺より三歳年上の姉は、長女のエレオノーラとは対照的に、じっとしているのが苦手な性格だった。

よく動き、よく笑い、気になったことにはすぐ手を伸ばす。

その性格は、俺を遊び相手にするときにも存分に発揮されていた。

彼女の前には、色とりどりの木製の積み木が並べられている。

俺はそれを見て、興味を引かれた。

積み木。

つまり、積んで遊ぶための道具だ。

前世の記憶がある俺からすれば、単純な玩具に過ぎない。だが、今の身体ではできることが限られているため、こうしたものでも十分に楽しめる。

俺は四つん這いになり、姉のもとへ向かった。

 

「来たわね!」

 

エリザベートは嬉しそうに俺を抱き上げると、自分の膝の上に座らせた。

そして、積み木を一つ手に取る。

 

「これはね、こうするのよ!」

 

彼女は積み木を二つ、三つと重ねていった。

不安定ながらも、どうにか小さな塔ができあがる。

エリザベートは得意げに胸を張った。

俺はその塔を眺めた。

なるほど。

そして、手を伸ばす。

ぱしっ。

塔は崩れた。

 

「……あっ!」

 

エリザベートが声を上げる。

俺は崩れた積み木を見下ろした。

……いや、これは仕方ないだろう。

目の前に積み木があれば、崩してみたくなるのが赤ん坊というものだ。決して、姉の努力を無に帰すことが目的だったわけではない。

俺は無邪気な笑顔を浮かべた。

 

「もうっ! せっかく作ったのに!」

 

エリザベートは頬を膨らませた。

しかし、すぐにその表情を緩める。

 

「でも、ルシーが楽しそうだから、いいわ!」

 

そう言って、また積み木を重ね始めた。

……なんというチョロさ。

いや、失礼。

弟をかわいがってくれる、実に優しい姉である。

俺は心の中で反省しながら、もう一度積み木を崩した。

 

「またなの!?」

 

エリザベートの悲鳴が部屋に響いた。

 

◇

 

「リーザ。あなた、何をしているの?」

 

その声が聞こえたのは、三度目の塔が崩れた直後だった。

部屋の入口に立っていたのは、エレオノーラである。

彼女は床に散らばった積み木と、膝の上で笑っている俺を交互に見た。

 

「何って、ルシーと遊んでいるのよ!」

「遊んでいるのはわかるわ。でも、あなた、さっきから同じことを繰り返しているでしょう?」

「だって、ルシーが崩しちゃうんだもの!」

「それなら、崩されてもいい遊びをすればいいでしょう?」

 

エレオノーラは、もっともらしい口調で言った。

 

「この子はまだ小さいのよ。あなたと同じように遊べるわけではないのだから、合わせてあげないと」

「……わかってるわ」

 

エリザベートは不満そうに唇を尖らせた。

どうやら、注意されてしまったらしい。

もっとも、彼女が本気で怒っているわけではないことは、その表情を見ればわかる。

エレオノーラはため息をつくと、俺の隣に腰を下ろした。

 

「ルシー、今度はお姉様と遊びましょうね」

 

そう言って、俺の前に柔らかい布製のボールを置いた。

なるほど。

転がして遊ぶのか。

俺はボールに手を伸ばした。

ぽん、と押す。

ボールが転がる。

俺はそれを追いかける。

エレオノーラが笑い、エリザベートもつられて笑った。

なるほど、これは悪くない。

積み木を崩す遊びも面白かったが、自分で動いて追いかける遊びには、また違った楽しさがある。

俺はボールを追いかけ、捕まえ、再び押し出した。

そのたびに姉たちが声をかけてくれる。

 

俺は転がってきたボールを両手で抱え、姉たちを見上げた。

エレオノーラは優しく微笑み、エリザベートは嬉しそうに手を叩いている。

……まあ、悪くない第二の人生だ。

少なくとも、今のところは。

 

◇

 

しばらくすると、部屋にもう一人の人物が加わった。

母のアンネリーゼである。

そう、オナニーしていたアンネリーゼである。

その後も試しに寝たふりをしていると、たまにアンネリーゼは俺でオナニーしている。

もっとも寝たふりをしているといつもそのまま寝てしまうので最後までは見られてない。

しかし、さらに驚いたのはアンネリーゼ以外に、侍女たちも俺でオナニーしていることがたまにあるのである。

あの真面目そうなセレナですら俺でオナニーしていたのだ。

大丈夫なのか?この家

 

母は俺たち三人を見ると、柔らかな笑顔を浮かべた。

 

「お母様!」

 

エリザベートが真っ先に反応した。

 

「今、ルシーと遊んでいるの!」

「そう。楽しそうね」

「ええ! ねえ、お母様も一緒に遊びましょう?」

 

母はとても嬉しそうに頷いた。

 

「もちろんよ」

 

こうして、母と姉二人、そして俺の四人で遊ぶことになった。

……いや、ちょっと待ってほしい。

おそらくこの家でそれなりの立場であろう母が、昼間から子供たちと遊んでいていいのだろうか。

領地経営というものは、決して暇な仕事ではないはずだ。

書類の確認、税の管理、領民からの報告、周辺貴族との交渉。

それなのに、母はごく自然に俺たちの輪へ加わった。

 

……まあ、今は考えないでおこう。

俺は目の前に置かれた布製のボールに手を伸ばした。

母がボールを受け取り、俺の前でゆっくり転がす。

俺が追いかける。

ボールが姉の方へ転がる。

姉がこちらへ返してくれる。

単純な遊びだ。

けれど、四人で遊ぶと、それだけで賑やかになる。

 

「ルシー、こちらよ」

 

母が優しく呼ぶ。

 

「こっちこっち!」

 

エリザベートが手を振る。

 

「急がなくてもいいのよ。ゆっくりで大丈夫だから」

エレオノーラが俺の動きを見守る。

それぞれが好き勝手に声をかけるので、誰の方へ向かえばいいのかわからなくなることもあった。

だが、そんな時間が楽しかった。

やがてアンネリーゼが俺を抱き上げ、自分の膝の上に座らせた。

 

「ふふっ。たくさん遊んだわね」

 

頬を優しく撫でられる。

その表情は、領主として仕事をしているときとは違うのだろう。

少なくとも、俺を見る目には、どうしようもないほどの愛情が感じられた。

アンネリーゼは俺の頬に自分の頬を寄せ、満足そうに微笑んだ。

……お母さま、少々距離が近いです。

いや、赤ん坊なのだから、これが普通なのだろう。

恥ずかしさはある。

しかし、それ以上に安心するのも事実だった。

まあ、美人といちゃいちゃできるので役得だ。

俺が生まれてからもうすぐ1年が経とうとしているが、ずっと役得状態だ。

やはりここは天国だったのだろうか?

 

「お母様、ずるい!」

 

そんな声が聞こえた。

エリザベートである。

 

「私もルシーを抱っこしたい!」

「あら。さっきまで、たくさん遊んでいたでしょう?」

「でも、お母様ばかり!」

 

エリザベートは母の服の裾を引っ張った。

その様子を見て、エレオノーラが眉をひそめる。

 

「リーザ。あなたはもう大きいのだから、少しは我慢しなさい」

「ノーラお姉様だって、さっきからルシーを独り占めしていたじゃない!」

「そんなことはしていないわ」

「してた!」

「していません!」

 

二人の姉が言い合いを始めた。

……おいおい。

弟を取り合う姉たち。

文字だけで見れば、なんとも微笑ましい光景である。

だが、実際にその渦中にいると、なかなか大変だ。

俺は母の腕の中で、二人の様子を眺めた。

エリザベートはますます頬を膨らませ、とうとう母の反対側の膝に頭を載せた。

 

「私だって、赤ちゃんになりたい……」

 

ぽつりと呟く。

その瞬間、部屋の空気が少し変わった。

エレオノーラが目を瞬かせ、母が困ったように笑う。

 

「リーザ?」

「だって、ルシアニウスばかり抱っこしてもらえるんだもの。私も抱っこしてほしいわ」

 

……なるほど。

これは、いわゆる赤ちゃん返りというやつだろうか。

弟が生まれたことで、自分も同じように甘えたくなった。

年齢を考えれば、無理もない話だ。

俺は心の中で納得した。

ところが、エレオノーラはそう簡単には納得しなかったらしい。

 

「もう、リーザったら。あなたはルシーの姉でしょう?」

「私はまだ子供よ!」

「そうだけれど……」

「ルシーばかり、ずるいわ!」

 

エリザベートは母の膝に顔を埋めた。

その様子に、エレオノーラは困り果てたように息を吐く。

しかし、しばらくすると、彼女はエリザベートの隣に座った。

 

「……仕方ないわね」

「え?」

「今日は、私も一緒にお母様に甘えてあげるわ」

「ノーラお姉様も?」

「ただし、いつもこんなことをしていたらだめよ。もう少しお姉様らしく振る舞わないと」

「それ、結局注意してるじゃない!」

 

エリザベートが抗議する。

その声に、アンネリーゼがとうとう笑い出した。

 

「ふふふっ。二人とも、こちらへいらっしゃい」

 

アンネリーゼは片腕で俺を抱いたまま、空いた腕を姉たちへ伸ばした。

二人は顔を見合わせ、やがて母のそばへ身を寄せた。

結局、その日はしばらくの間、母と姉二人が一緒に俺を囲んで過ごすことになった。

……どうやら、この家では、俺が何もしなくても騒ぎが起こるらしい。

しかも、その騒ぎの原因が俺であることも少なくない。

今後が少し心配になった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。