色欲の悪魔 作:アスモデウス
天井を覆う無数の扉はこの世界が閉ざされていることを示唆している。
大地は季節も気候も統一性のない花達が咲き乱れ、果てしなく地平線が広がっている。
俺は黒い触手でベッドを作り、その上に寝転がって欠伸を噛み殺していた。
俺の名前はラスト。色欲の名を冠する悪魔である。
地獄に生まれて以来一度も死を経験していないことから超越者という枠組みに入れられている。
超越者は俺以外は皆根源的恐怖の名を持つ悪魔達である。
悪魔は持って生まれた名前に向けられる恐怖の度合いによって強さが変わるので当然根源的恐怖ともなると別次元の強さを誇る。
俺もその強さを後天的に手に入れた。方法は簡単だ。立ち向かってくる悪魔達から精力を搾り取り、その全ての精力を己の糧とする。
そうすることで俺は徐々に力を付けていき、超越者となったのだ。
だが、俺は今とても悩まされている。
悩みとは退屈だ。この世界は閉ざされているが故に窮屈で、その上偶に迷い込む現世の人間が持ち込む物以外に娯楽がない。
俺は色欲の悪魔なので、当然最も俺の心を満たすのはセックスだ。
しかし、地獄では相手がいない。見た目が悍ましい悪魔は論外として、人間の姿をしている可愛い子は俺に靡いてくれない。
無理矢理手篭めにする趣味もないし、本当にやることがないのだ。
だから地獄の片隅で自分の触手をベッドにして横になり、現世から持ち込まれた雑誌を読むのが俺の習慣だ。
どれもこれも読み込み過ぎて擦り切れてるし、内容も逆から音読できるくらい覚えているが、それ以外に楽しみはない。
偶々雑誌を拾って現世について知った時はそれはもう傷付いたものだ。
この世界が如何に閉ざされた空間なのか思い知らされた。
同時にワクワクもした。現世は地獄とは比べ物にならない程楽しいことで溢れてると。
それから数十年。貯蔵している雑誌の数は数百を超え、現世への憧れも遥かに大きくなった。
俺はベッドから起き上がると大きく伸びをした。
そして息を吐き出してから決意を言葉にした。
「良し。現世行くか」
俺は天井に広がる無数の扉の上に立ち、どの扉から現世に行くか悩む。
出来れば雑誌で良くご飯が美味しいと噂の日本に行きたいところだ。
俺は直感で一つの扉に当たりを付けて開き、現世へと踏み出す。
出た先は路地裏であるようだ。薄暗く、鼠が這っている。
俺は現世への影響を極力抑える為に力を抑制する。
超越者ともなると現世に現れただけで何かしらの影響を与えるからな。
俺の場合だとあらゆる生物の性欲が増大するとかだ。それも理性を失って手当たり次第に交尾するようになる。
そんなことが人間の社会で起きれば大惨事である。なので俺の力そのものを抑制して影響を最小限にしたのだ。
さて、路地裏を出て人間社会に紛れ込む前に自分の服装をチェックしておこう。
服、とは言っても肌を服のように作り変えただけなのだが。
上は黒のTシャツ、下はジーパン。どこから見ても一般人である。角が生えてる訳でもないし、羽が生えてたりもしない。黒髪黒目で人間と大差ない。
「ふむ、背丈が220cmあるのが目立つくらいか」
まあ、早々バレることはないだろう。
早く現世の飯を食べよう。悪魔の肉は飽きた。
その前に金を調達する必要もあるか。適当にチンピラから巻き上げるか。
そう算段を立てて俺は動き始めたのだった。
◇
「大将!ラーメンおかわり!」
俺はラーメン屋のカウンターに座り、大将に向かってそう告げた。
既におかわりをするのも十回目となっている。
大将は笑みを浮かべてラーメンを作り始めた。
手際良く作られていくラーメンに目が釘付けになる。
「はいよ、ラーメンお待ち!」
「いただきまーす!」
俺は勢いを衰えさせることなくラーメンを啜った。
大将が嬉しそうな声色で口を開く。
「いやぁ、十杯も食べるのはアンタが初めてだよ。そんなに気に入ってくれたのかい?」
「ええ!とっても美味しいですよ!」
俺にとっては初めてのラーメンである。
その味は悪魔しか食べて来なかった俺には鮮烈だった。
幸いにも、チンピラから金を巻き上げたので代金の心配はない。
それ故に存分に初めてのまともな食事を楽しんでいた。
その時であった。
店の扉が開かれ、中に複数のスーツ姿の男女が入って来る。
先頭に立つのは長い赤い髪と黄色の同心円状の瞳が特徴的な女性だ。
俺はラーメンを食べる手を止めて赤髪の女性に話し掛ける。
「もう嗅ぎ付けたのか。マキマ」
「体に異変を感じたので、すぐに貴方が現れたのだと気付きました。監視は世界中に広がっているので探し出すのは簡単でした。貴方は特徴的ですし」
「背丈以外は普通だと思うけど」
「顔が整い過ぎています。外でも噂になってましたよ」
「そうなのか。まあ、色欲の悪魔だし、見た目で魅了しないとね。あ、大将。これお代ね─さ、場所を変えようか」
マキマは頷いて店を出た。
俺も残ってるラーメンを平らげて後に続く。
黒塗りの車の後部座席に乗り込んで扉を閉める。
車が発進すると同時にマキマが話し始めた。
「貴方は人間に友好的ですから、きっと私のお願いも聞いてくれると思っていますよ」
「お願い?命令の間違いでしょ。君は昔から何でも支配したがるからね。だから君の縄張りである現世には行き難かったんだ。だけど、俺だって君に手を拱いてるばかりじゃないんだよ?」
現世に行くと決めた時点で幾つか対策を練っていた。
その一つは敢えてマキマの手元に行くことである。
だから態と騒ぎを起こして一定の場所に留まることで見つかり易くしたのだ。
つまり、この状況も想定内という訳だ。
「君の手元で働くことで君の動向を監視する。そして人間社会に危険を及ぼすと判断したら君を殺す」
「私は人間の味方ですよ」
「嘘吐き。君はただのチェンソーマンオタクだ。人間社会に紛れているのもチェンソーマンを見つけ易くする為だろう。君がチェンソーマンを手に入れたなら、俺は君の暴走を止める」
「この世からなくなった方が良いものを消すだけですよ」
「恐怖があるから人は前を歩いていけるんだよ」
これ以上の問答は無意味だろう。
マキマは本気で飢餓も戦争も死もない方が良いと考えている。
しかし、その先に待ってるのは地獄でしかない。
死のない世界で生物は殺し合いを続け、地球が滅びようと生き地獄を味わい続ける。
少し考えればそれがどんなに悍ましい結末か分かる筈だ。
だが、マキマは自分の考えに固執している。
ならば俺は止めるまでだ。
死のない世界など創らせない。
終わりがあるから命は美しいとか宣う気はないが、死は救いにはなる。
細切れになっても生き続ける方が恐ろしいだろう。
そんなことを考えていると、車が停車する。
目的の場所に着いたらしい。
目の前の建物にマキマが入っていく。
俺もいつも通りの調子を崩さず入る。
「貴方には公安対魔特異4課で働いて貰います」
「休みはある?」
「公安は有給多いし、福利厚生が一番良いんですよ」
「そ。まあ、衣食住が安定してれば良い」
「はい。これが制服。この後バディに合わせるので着替えて来て下さい」
「もう上司なんだから敬語やめたら?」
「……そうしようかな」
俺は制服を受け取って更衣室で着替える。
するとまた外に連れ出され、何処ぞの墓地へと連れてかれた。
墓地には顔の傷跡が痛々しい精悍な男と片目と腕を負傷している女性がいた。
「岸辺隊長。彼が姫野ちゃんの新しいバディ」
「名前は?」
「ラスト。悪魔だけどよろしく」
「悪魔がデビルハンターするのか。お仲間に対する罪悪感とかはないのか」
「んー…向こうも襲って来るからお互い様じゃない?」
「君は使えるの?」
ずっと沈黙していた黒髪の女性姫野が口を開いた。
「並の悪魔なら瞬殺できるよ」
「私のバディ、君で六人目。全員死んでるの。使えない雑魚だから全員死んだ」
そこで初めて姫野が俺を見た。
「ラスト君は死なないでね」
「悪魔なのに?憎くないの?」
「バディが人間とか悪魔とかどうでも良い。ただ、もうバディを変えるのは嫌だ」
「そう…じゃあ、もう心配ないね。これからよろしく」
俺は笑みを浮かべて手を差し出した。
姫野は逡巡した後に俺の手を握ったのだった。
・ラスト
色欲の悪魔。後天的に超越者入りした。
悪魔の癖して陵辱物は苦手。
・マキマ
いきなり超越者がポップして大焦り。
急いで世界中を探してラストを見つけた。
部下になったとはいえ、格下とは思えないのでラストは支配できない。