ダンジョン、元は古フランス語で地下牢を意味する言葉。
ゲームなどでは迷宮とも表現される、現実とは異なる位相に存在する空間のこと。
俺が生まれる30年前に見つかり、度重なる調査の結果、地球上には存在しない物質が溢れていることが判明。
よくゲームであるような潜れば潜るほど希少な物が見つかって見返りが大きいが、それに比例してファンタジーのドラゴンのような凶悪なモンスターが現れる。
まるでゲームを現実に落とし込んだような空間と評される、その一番の理由は『ダンジョン内でモンスターや罠など、何らかの要因で死亡した場合でも所持していた全ての物を失う代わりに生きて外に放り出される』と言う理由のわからない現象が起きるためだ。
死んでも死なない、そんな特殊な現象のおかげで最初期はゾンビアタックが流行ったという。
だが、痛みも感じずに即死するような状況は少なく、モンスターに数分掛けて体をぐちゃぐちゃにされながら食われたり、酸や火炎が吹き出す罠にかかって数分間凄まじい激痛を味わいながら死んでいく事もあったそう。
肉体は無事でも精神がやられて社会復帰は出来ない人が激増、ダンジョンの存在に気付くのが遅れた政府が規制した頃には千人を超える廃人が出来上がっていたらしい。
今ではノウハウなどで対策方法が無数に出来て、廃人生産数は月に数十人程度。
いや、入った人が廃人になるような場所なんて封鎖するべきだろ、なんて考えも未だあるがダンジョン産のファンタジー物質は地球産の素材では実現できない、あるいは数百年掛けて科学技術が大きく進歩しなければ出来ない事が簡単に出来る様になって封鎖出来ない状況になった。
ダンジョン産素材で色んな分野にブレイクスルーが起きて、地球人類の文明は一段階上がったなんて言われている。
携帯電話で例えれば、最初期の大きめの肩掛けケースのような携帯電話が数年で軽くて手のひらに収まる多機能携帯電話になったと言えば凄まじい進捗具合とわかるだろう。
大きな問題はほぼ解決し、環境問題も人類の総人口に対して軽微な変化、流石に経済格差などはまだまだあるが食料や飲料水問題はインフラの拡張などで問題は小さくなり減りつつある。
長年の課題が解決されつつあるのはダンジョンの素材のおかげ、故にダンジョンを封鎖などすれば先進国でもダンジョン後進国に転落して国益そのものが失われる。
その国で一人だけ損をすると言う状況ならダンジョン封鎖もあり得るが、国民全体となると許容できない。
結果、多くの国が強制で参加することとなったダンジョン競争時代と呼ばれる時代が到来した。
当然、俺が住む日本もせっせと走ってダンジョン技術の開発に勤しんでいる。
じゃあそのダンジョン技術を支えるダンジョン素材は誰が採取しているのか、現在はほぼ民間人で構成されている。
最初期は自衛隊隊員で行われていたが、死ぬけど死なない状況で死者は居ないが精神的損耗が原因で復職が困難な人員が急増。
ダンジョン内では銃火器の効き目が弱く、大型のモンスター相手だと個人携行の対戦車ミサイルなどを持ち出さなければならず、しかも一発や二発じゃ倒せない。
小型には一体数万円から数十万円、大型モンスターを一体倒すだけで一億円を超える費用がかかる、費用を抑えるために銃火器で大型モンスターに挑めば簡単に全滅した。
ダンジョン内で死亡すれば装備が無くなるので軍隊を使うのは費用対効果が低すぎた、なのでお偉いさん方は協議の結果ダンジョンを民間に解放することになった。
民間人を犠牲にするのか、なんて批判が一部から出たもののダンジョンに潜る際は誓約書など書かされるので廃人になっても自己責任。
しかも採取した素材はお金と交換で強制没収、これも持ち帰った民間人から批判が出たものの危険物の可能性があるので政府は一切譲らなかった。
結果、素材を集めて研究と実験を繰り返して従来では考えられない性質が判明し、既存の材質の物と置き換えると性能が飛躍的に向上した。
後はトントン拍子で技術革新が起こり、インフラの質は向上して日本ではよほどの僻地でなければあまり困らなくなった。
そうなるとダンジョン素材がもっと欲しい、ダンジョン素材を効率的に集めたい。
お偉いさんたちはそう考えたようで、ノウハウがそれなりに集まった所でダンジョンに素材を掘りに行く者。
ダンジョンマイナーの専門学校を国立で創設、日本の特に難易度が低いと思われるダンジョンを敷地内として学校を建設していった。
それと同時にポツポツと特殊な者たちが現れ始め、今ではダンジョンジョブと呼ばれる特殊な力を宿す者が頭角を現してきた。
これは才能だった、ダンジョンジョブを持つ者と持たぬ者、ダンジョン内での生存能力が桁違いの差があった。
いわゆるステータス、ダンジョン内だとレベルやアビリティ、スキルに応じて身体能力が大きく強化される。
レベルが5に満たない者でもダンジョン内では運動の世界記録を上回れるほどの力を得られ、ジョブに拠ってはまさにファンタジーな魔法さえも扱えるようになった。
対戦車ミサイルを何発も打ち込まなければ死なない大型モンスターを武器や魔法で一撃で仕留めることも可能、レベルが上がれば現代兵器を上回る火力が個人で出せるようになる。
普通であれば政府はダンジョンジョブを持っているダンジョンマイナーを警戒することになるが、幸いにもダンジョンの外に出るとダンジョンジョブの恩恵が一切なくなる事でジョブ持ちは一気に優遇されることになった。
同時に政府は政策を打ち出す、ダンジョンジョブを持つ者はダンジョンマイナー専門学校への入学を義務化した。
義務という強制に多くの批判が集まるも、ダンジョンマイナーとしてやっていけないと判断したら転校のサポートを政府が支援するなど補助を充実させる。
さらに国立の専門学校の学費はかなり安く、一番安い国立の学校の半分以下と言う驚きの費用。
さらにさらに、ダンジョンの周りに学校をサポートする街まで作り上げた。
ダンジョンマイナー専門学校生なら生活補助費なども出て、都心レベルの大きな街ではありえない安さで部屋を借りられる。
例えば主要都市で交通の便が良く、周囲に色々な施設がある立地の部屋でも、週5回4時間勤務のアルバイトだけでも苦しくない生活が出来るぐらいの補助金が貰える。
さらにさらにさらに、ダンジョンにより深く潜れて希少な素材を持って帰ってこれる成績優秀者には、一定額までの生活費を全面負担や素材の一部買取金額を受け取れる。
よほど豪勢な生活をしなければ、趣味以外の出費が無くなって結構な金額が収入として得られる。
勿論卒業すれば生活補助は受けられないが、そこそこの成績で卒業出来る能力であれば素材の買取金額で豪勢な生活も出来る。
死と苦痛の恐怖を乗り越えられれば、そこらで就職して生きていくより何倍もの収入を得られる。
ダンジョン内限定だが、創作物のファンタジーな事が出来るので今では夢のある仕事として世間では扱われている。
そんな夢のある仕事につける資格を最近得た俺は、入学予定の高校を急遽変更することになった。
夢のある仕事なんて言われるが、実際には国家奉仕者であり、ダンジョン掘りが滞れば国民全体が不利益を得る。
インフラ維持にダンジョン素材は必須だし、新しい技術開発にもダンジョン素材が必要となる。
一応誰でもダンジョンマイナーになれはするが、ダンジョンジョブを持っていない人は低階層で彷徨くこととなる。
ダンジョンを深く潜れば潜るほどモンスターの強さが上がってくる事を第一の理由として。
例えば6階層で出てくるオーガは3メートルほどの大きさで、時速50キロメートルで走ってくる銃を撃ってこない軍用装甲車のようなものと評される。
近付かれれば巨体に見合った大きな棍棒で殴られて、階層に見合った適切な防具を付けていても即死する打撃を繰り出してくる相手にどうやって勝つのか。
だがダンジョンジョブを持つ前衛職なら一発や二発は耐えられる、後衛職のバフ受けられればもっと耐えられる。
素早い前衛職なら避けて当たらない、この差は絶望的に大きかった。
自分より足が速くて、防具があろうとなかろうと一撃で殴り殺してくる。
1センチはある装甲板並の防御力があって、刃物どころか銃火器でも通じるか怪しいオーガに遭遇したら死亡確定。
そして死んだら全ロスト、一攫千金を狙おうにもその階層のレアアイテムでも割に合わない。
ダンジョンジョブを持たない者はチャンスすら得られない、ダンジョンとはそういう場所だ。
そんなふるいにかけられるダンジョンで、俺は首を傾げる。
「なんで?」
「いや、俺らに言われても……」
「もうレベル5なのに一回も起きないってどういうこった……」
「本当にテイマーなの? 一回も起きないって……、ねぇ?」
パーティーメンバーに疑いを掛けられるも。
「役所で言われたぞ、証明書もちゃんと書いてたの見たって。 スキルだってテイマーのやつを覚えたんだぞ」
「単純にテイム出来る可能性が低いとか?」
「なんかモンスターでテイムしにくい奴も居るって書いてあるの見たことあるかも」
「スライムすらテイム出来ないとか終わりじゃん……」
「あんがとな、付き合ってくれて」
「明らかにおかしいからもう一回調べてもらったほうがいいと思うよ」
「ああ、そうする。 助かったぜ」
ダンジョンマイニングを終えて感謝を伝えてパーティーを解散、移動して校舎の外にあるベンチに座り込む。
パーティーの一枠を開けてもらって何日もダンジョンに潜ってくれたクラスメイト。
目的はモンスターのテイム、なのに一度もテイム可能にならずに肩透かしを食らった。
テイマーの戦闘手段はテイムしたモンスターに戦わせるもの。
テイマー本人の戦闘能力はかなり低く、モンスターをテイムしなければ後衛のダンジョンジョブでも最下位に位置する弱さ。
テイマー本人の弱さに比例して、テイムしたモンスターは他のダンジョンジョブと比べても強くなりがち。
単純な能力なら、
そう書くとテイマーをパーティーに入れるメリットが多いと思うが、テイマー本人が結構大きなデメリットとなる。
テイムしたモンスターが強くとも、それを操るテイマーが戦闘不能になればテイムしたモンスターも消えて戦えなくなる。
ダンジョン内で不意打ちや挟み撃ち、全体攻撃でテイマー本人が戦闘不能になればテイムしたモンスターの体力がどれほど残っていようが一撃で戦闘不能になる外付けの急所。
戦いのセオリーとして弱い奴を先に片付けるのは基本で、ダンジョンのモンスターも弱いやつを狙いがちだ。
つまり弱いテイマーを狙えるなら狙ってくる、なのでパーティーメンバーに守ってもらうかテイムしたモンスターに庇わせる必要がある。
メリットとデメリットがはっきりしたダンジョンジョブのテイマー、なのにモンスターをテイムできないテイマーなんてパーティーの枠を一つ潰すだけの不要な存在。
俺要る? ザコモンスターすらテイム出来ないってなんなのこのダンジョンジョブ?
言えないだろ、テイムモンスター居ないけどパーティーに入れてくださいって。
俺が言われる立場だったら断る、それくらい存在価値がない。
「どうすっかなぁ……」
クラスメイトは先に進んでいる、大半は5階層に届いているだろう。
アイテムが欲しい、レベルを上げたい、先に進みたい。
そういう気持ちがある中で、テイムのために1階層や2階層で何日もうろちょろしてくださいって、申し訳なくてもう頼めない。
ダンジョンアイテムは全部あげますって条件付けても、もっと深い階層を潜った方が遥かにお得だ。
……これは詰んだか? 付き合ってくれる友達も知り合いも居ない。
必死に頼み込めばクラスメイトは何回か付き合ってくれるかも知れないが、もしテイム出来なければ空気が死んでしまうだろう。
直にテイム出来ないテイマーとしてクラスの中で広まるだろうし、パーティーに入れてくれる人は居なくなる。
テイム出来るモンスターには相性があるらしいが、スライムやゴブリンと相性が極端に悪くて他のモンスターには相性がいい可能性もある。
ただ、相性が良いモンスターがどんなのかわからないし、居たとしてもモンスターがいる場所に一人では行けない問題が有る。
ダンジョン内で死んでもダンジョンの外に放り出されるが、装備していた武器や防具、手持ちのアイテムとか全て失うから足手まといを抱えて深層に潜るのは嫌だろう。
補填できるようなお金は持ってないし、一緒に潜ってくれそうな人もコネもない。
……これは親父たちに相談して、転校するしかないかなぁ。
ため息を吐いてベンチに寝転がる、ダンジョンマイナーとして終わりを悟って少し気落ちする。
もとからダンジョンマイナーになりたかったわけじゃなく、ダンジョンジョブ検査に引っかかって義務でこの高校に入学した。
誰もがダンジョンジョブを保持しているわけじゃなく、保持しているのは人口の1割から2割位の確率らしい。
それ故にそっち方面でダンジョンジョブ持ちは超羨ましがられ、現代に現れたファンタジーに憧れを抱いている人は相当に居る。
人によってはなんとしてもしがみつきたいだろうが、そこまで思い入れのない俺からしたら簡単に捨てられる事でしか無い。
とくにダンジョンの現実を見ている以上、より簡単に捨てられる。
ダンジョン内で死んでダンジョンの外に放り出されて死なないにしても、受ける痛みは本物だから忌避感が有る。
即死すれば良い方で、回復できない状態で重症に陥れば、拷問されているかのように苦しみ抜いて死ぬ場合も普通にある。
それに耐えられない正常者は転校したりする、逆に耐えられる異常者はダンジョンに潜っていく。
ダンジョンマイナーとして平均的な人でも、どっかの会社の一社員として就職するよりも稼げるらしいのでお金目当てで辞めない人もいるらしい。
勿論ダンジョンに潜るためには装備が必要で、ダンジョン内で死ねば手持ちと装備は全て無くなる。
なので装備を整えるために借金をして、稼げずに装備を失って返せる宛が無くなったダンジョン破産者も居るとか。
大人になればお金は自分で稼がなきゃならないが、別にダンジョンで稼ぐ必要はないからここでダンジョンマイナーとして脱落してもいい。
とりあえず親父たちと相談して、どうするか決めるか……。
「そこで寝てるやつ、ちょっと聞きたいことが有るんだけど」
もう一度ため息を吐き、起き上がろうとしたところで頭上から声がかかる。
反射的に頭上を見る、逆さの視界に映るのは三人の女生徒。
学生服に入った青いラインから俺と同じ1年生だとわかる、起き上がって返事をしようとしたら一陣の春風。
髪がなびき、短めのスカートが捲れる。
赤、黒、白、視界にはっきりと下着の色を捉えた。
「何か用?」
俺は起き上がってどこかで見たことがある三人に向かって、スカートの中なんて見てませんよと言いたげに返事をする。
「……なんか言うことあんでしょ、あたしたちに」
スカートを抑える三人組に向かって一言。
「……小学生の時はちんちくりんだったのに、なんかずるくない?」
男子、三日会わざれば刮目して見よ、なんて故事があるがいくらなんでもこれはずるい。
小学生の時に引っ越しで離れ離れになった幼馴染、女子らしさなんてスカートを履いていたり髪が長かったりする程度だったのに。
4年を経て高校生となっての再開は劇的、小学生の頃の面影を残して三人ともそれぞれ違う美少女に成長していた。
「………」
「イテッ」
そう言えば三人は無言で近づいてきて、金髪は肩パンで銀髪は脛蹴りを食らわせてきた。
「久しぶりなのにやることは暴力なのか?」
「ふんっ、久しぶりなのに名前の一つも思い出せないんじゃないの?」
「かもな」
久しぶりなことも会ってか、美少女になった三人を直視するのはなんか気恥ずかしい。
「ねっ、ねっ、センパイは私のことは覚えてますよねっ!?」
ベンチの後ろから回り込んできて、顔を覗き込んでくるブロンドロングヘアの幼馴染。
「遅生まれなだけで同い年だろ」
「そうですけど! 名前! 名前!」
「……なんだっけなぁ?」
「そ、そんな! わかってるくせにいじわるしないで!」
「そっちこそ俺の名前覚えてんのかよ」
「そんな物忘れ激しくないんだけど?」
「あーあ、わかんないふりするから面倒なことになっちゃったじゃん」
「はいはい、俺が悪かったよ。 言えば良いんだろ」
そう言って順番に彼女たちを見ながら名前を告げる。
キリッとした釣り目で勝ち気そうな金髪ツインテールを見て。
「リオナ」
涼しげな目元で気だるそうな表情の銀髪ツーサイドアップを見て。
「ハツキ」
切れ長の目に凛々しさが感じられるブロンドロングヘアを見て。
「エレン」
かつて転校で離れ離れになった三人の幼馴染の名前を呼んだ。