女帝・緋村怜華、恥じらい乙女に還る夜~部下の俺はギャップにもう限界です~【毎話読み切り】 作:ren@ハーメルン
午後二時。
朝からひっきりなしに続いた会議や来客対応がやっと途切れ、ようやく一息付けるスキマ時間。
思えば今日は朝からバタバタだった、と
(まったくもう、早朝会議の日に限って、遅刻しそうになるなんて……)
時差のある海外とのビデオ会議を控えた今朝。始発で出勤の必要があった。
なのに昨晩、スマホの充電をしないまま寝落ちしてしまった。充電切れでアラームが鳴らず、気づいた時には遅刻寸前。慌てて家を出て、ぎりぎりで始発電車に乗り込んだ。
その後も部下の体調不良や来客時間の変更など、度重なるハプニングのフォローに追われた。
でも、全部乗り切った。
今日、残っている予定は、夕方の定例会議だけだ。
遅い昼食をデスクで取りながら、溜まったメールをチェックしていた怜華は。
ふと胸元に違和感を覚えた。
なんだか、スースーする。
(……あれ?)
いつも胸元をガードしてくれている存在が……ない。確かに、ない。
予想外の解放感に。
血の気が、引いた。
(ブラ……つけてない……!?)
反射的に前屈みになり、ジャケットで胸元を隠すようにする。
顔は平静を保っているが、内心は大パニックになる。
(どうして……どうして気づかなかったの……バカ……)
(だいたい、ブラ無しでキャミとブラウス着るなんて、そんなことある!?)
幸い、今日のスーツは、厚手のウール混紡。
胸は元々小ぶりなので、ジャケットを羽織っていれば、パッと見では全くわからない。
——そう、思いたい。
しかし心許ない胸元を、どうしようもなく意識してしまう。
(どうしよう……ノーブラのまま、朝からお客様とお会いしたり、会議に出たり……)
(もし、バレてたら……)
手をそっと胸元に当ててみる。
ジャケット越しなのに、すでに硬く尖った突起が、はっきりと指先に伝わる。
(ジャケットの上から触ってわかるなんて……もしかしたら、みんなにもとっくに……)
手のわずかな動きが布の摩擦となって、二つの突起をソフトに刺激した。
意志を無視して、体は反応する。
ぞくぞくした。
「ぅ…………っ」
職場で、公衆の面前で、不意に与えられた甘い刺激に、怜華の身体が震え上がる。
(やだ、なんでこんなに……)
怜華は必死に表情を保ち、画面に視線を落とす。
しかし、呼吸が浅くなり、膝が内側に寄ってしまう。
生地が擦れるたび、乳首が疼き、下腹部が熱くなる。
「く……っ」
(……だめ……こんなところで……感じちゃだめっ……)
手を胸から離し、メールチェックを再開するが、まったく頭に入っていかない。
周囲を見渡す。みんな自分のPCに向かって黙々と作業をしている。
(今の、バレて……ないわよね……)
斜め奥の定位置をちらりと見る。
部下の
(悠斗くんには、もしかして、バレてるかしら……)
悠斗くん助けて、という気持ちと、悠斗くんにはバレたくない、という気持ち。
相反する感情の板挟みに、怜華はおかしくなりそうだった。
(もう、いやっ……今日の仕事、早く終わって……!)
* * *
午後五時。定例会議の時間。
怜華は上座に座ったまま、ほとんど動けずにいた。
「わっ、わかったわ。その調子で……続行して頂戴。つ、次……
部下の報告に、まるで集中できない。
周囲の視線が胸元に向いている気がして、気が気ではなかった。
(みんな、見てる気がする……)
実際は、誰ひとりとして気づいていない。
なのに怜華の中の疑心は膨らんでいく。そのたびに、ますます突起が尖ってしまう。
胸元を隠すように腕を組む。
その動作だけで、小さな電流のような快感が走った。
(……あっ……だめ……声、出しちゃだめ……)
悠斗は末席で他の社員の報告を聞きながら、怜華の異変に気づいていた。
口調にいつものキレが全くない。鋭い指摘も飛んでこない。
頰はほんのり赤く、呼吸は浅く、時折、唇を噛んでいる。
(怜華さん、様子がおかしいような……。具合悪い? それとも、また何か変なこと考えてる?)
(なんか……胸元を、気にしてる?)
怜華の胸元をそれとなく見てみる。
いつもより少し膨らみが控えめで、ジャケットのラインが微妙に違う。
……ような気がする。
(まさか……つけてない……!?)
悠斗の思考がフリーズする。
怜華が、ノーブラで会議に参加している……。
その刺激的な憶測に、ズボンの中が反応してしまいそうになる。
しかし同時に、なぜか。
言いようのない苛立ちが、同時に湧き起こった。
(何やってんだよ怜華さん……会議に出てる場合か……。いや、俺の誤解であってくれ……!)
普段の妄想とも、怜華をからかうときとも、まるで違う。
鋭利な刃物のような何かが、悠斗の心を
それは、悠斗が生まれて初めて経験する感情だった。
(早く会議、終われ……!)
(早く会議、終わって……!)
悠斗と怜華はそれぞれ祈るような気持ちで、オフィスの時計の針を睨み続けた。
* * *
永遠に続くように思われた定例会議も、ようやく終わりを告げた。
会議室を出た怜華を悠斗は無言で手招きし、無人の書庫に呼び入れる。
ちょうど退勤時間の今、給湯室や廊下は人が多く、話をするには危険だった。
「……緋村部長」
そう切り出した悠斗の目は、怖かった。
「会議、調子悪そうでしたけど……何かありました?」
「…………っ」
言えない。ノーブラなんて、言えるわけがない。
涙目で唇を噛んでいる怜華に、悠斗は一歩近づく。
「あの、違ったら申し訳ないですけど……いや、正直、違っててほしいですけど」
単刀直入に尋ねる。
「もしや、つけてない……とかですか」
「……!!」
怜華がびくりと震え、両腕を抱いて胸を隠すようにする。
悠斗の嫌な予感は、どうやら当たりだったらしい。
(マジかよ……)
「…………さ、佐久平くん」
怜華の声は震えている。
バレていた、という事実に、頭の中が真っ白になる。
「や、やっぱり、見てわかる……!?」
「いや、それはない! ぱっと見、全然わからないです!」
それは悠斗の切実な希望でもあった。
怜華の恥ずかしい姿を、他の野郎には絶対に見られたくない。
実際、バレてはいなかっただろうと思う。厚手のジャケットを着ていたのは幸いだった。
「ほんとに……?」
「はい。俺じゃなかったら絶対気づかないです。それは、断言できます」
「そう……。なら良かったけど……」
「もしかして、朝からずっとですか。だいたい、気づいたの、いつなんですかっ」
妙にけんか腰になってしまう。
「午後イチの会議のあと……」
「そこまで自覚なかったんですか!? まったく……はぁ……」
「わ、私だってショック受けてるのよ……なんでこんなバカみたいなことを、って」
怜華の長い睫毛がふるふると震える。
「ともかく、今日は一刻も早く帰るわ。残りの仕事は家でします」
「うん、早く帰っ——」
言いかけた悠斗に、戦慄が走った。
今は定時過ぎ。
完全に、帰宅ラッシュの時間帯。
俺の怜華さんがノーブラのまま、満員電車で他の男と密着するとか。
——いや、無理。
無理無理無理無理。
「待って下さい。それで満員電車に乗るつもりですか!?」
「……っ」
自分のやろうとしていたことの意味を理解して、耳まで赤くなる怜華。
「そ、それはそうね……。ならラッシュを避けて、もっと遅い時間にすれば」
「余計ダメです。何考えてんですか」
呆れ顔の悠斗は次の瞬間、さらに恐ろしい可能性に気づいてしまう。
「朝は!? まさか——」
「今朝は始発だったの……ガラガラで座れたし、コートも着てたから、気づかれてない……と思う」
「そういう問題じゃないんですよ」
はぁ、と盛大な溜息をつくと、悠斗はスマホを取り出し配車アプリを立ち上げた。
「タクシー呼びます。俺払いますから」
「そういうわけにはいかないわ」
「いいから黙って従ってください」
「そんな、気軽に払ってもらえるような距離じゃない。……コート着てるし、大丈夫だから」
悠斗の堪忍袋の緒が切れた。
「……俺が、ヤなんだよッ!!」
びくりとする怜華から、悠斗はゆっくりと目を逸らす。
思ってもない言葉が、口から流れ出す。
「それとも、なんですか。怜華さんは、そういうプレイ、お好きなんですか」
違う、と怜華が言うより早く、悠斗は続ける。
目は合わせないまま。
明確な怒りを押し殺した、低い、抑揚のない声で。
「もしそうなら、ちょっと、俺……軽蔑します」
* * *
冬の都心の賑やかな夜景が、車窓を流れてゆく。
タクシーの後部座席には、無言の男女が座っている。
コートの上にさらに悠斗のダウンを着せられ、もこもこになった怜華。
思い詰めた顔で窓の外を眺める悠斗。
重苦しい空気が車内に満ちている。
悠斗は、自己嫌悪に苛まれていた。
(なんで俺、こんなに、イライラしてるんだろ)
かつてマチアプで遊んでいた頃は、相手が露出の多い服を着ようが、他の男に見られようが、特に何とも思っていなかった。むしろ、誰もが振り向く女と付き合えてる俺すげぇ、と優越感に浸ったことすらあった。
野外やリモコンバイブが好きな女性と楽しんだこともある。痴漢やる奴は情弱バカだろとは思っていたが、マジックミラー号とかのファンタジーで抜くことは多かった。
所詮、遊びだったからだと思う。
だが今日、怜華がノーブラで満員電車に乗ることを想像した途端に。
反吐が出そうになった。
いや、正確には。
吐きそうなのに、少し興奮している自分がいて、そんなサイテーな自分が許せなくて、何もかも信じられなくなった。持って行きようのない怒りが、ただひたすら苦しかった。
気がついたら、ものすごくひどいことを、怜華に言ってしまっていた。
(怜華さんがそんなプレイ、好きなわけがない。ノーブラで来たこと、本気で狼狽えてたじゃん)
(なのに、俺、一人で苛ついて、怜華さんに当たり散らして。電車で帰ろうとしたのは、俺に気を遣ってくれたからなのに、勝手にあらぬ疑いを掛けやがって……)
「クソが」
声を出さずに呟く。
怜華さんを、他の男に晒したくない。スマートに守ってやりたいのに。
なのに、俺は。
しかしここで、心の中の悪魔が、悠斗にそっと囁く。
——お前は悪くない。彼女がドMなのは知ってるだろう。そういうプレイが好きな可能性は、ある。
悠斗は目を見開く。確かに、確かに怜華は羞恥心を煽ると興奮する……。
悪魔はなおも囁き続け、悠斗の言動を正当化しようとする。
——お前が興奮したのも、彼女の性癖をちゃんと理解し、寄り添っているからこそだ。
——しかもお前はきちんと釘を刺し、彼女の痴態を未然に防いだ。彼女を守っているじゃないか。
あまりに都合のいい、だが魅力的な論理。
(ぐああああああ、わからねええええええええ……)
後部座席で悠斗はひとり、悶えていた。
一方、怜華もまた後部座席で、悠斗に言われたことを反芻していた。
* * *
玄関のドアを閉め、鍵を掛ける。
なんとか無事に、帰ってこられた。
二人は並んで、大きく溜息をついた。
何を話せばよいかと脳内会議を繰り返す悠斗に、借りたダウンジャケットを脱いで手渡す怜華。
「ありがとう。おかげで、安心してタクシーに乗れた」
「そ、そっか……。良かった」
「あとでタクシー代、払うわ」
「いや、いいです、マジで」
「そういうわけにはいかないって言ったでしょう」
相変わらず生真面目すぎる怜華。いつもなら反論する悠斗だが、今日はそんな気分になれなかった。
覇気のない悠斗に、怜華はダイニングテーブルを指差す。
「……お互い、少し落ち着きましょ。そこ、座ってて。飲み物入れてくる」
「あ、ああ、どうも」
悠斗はのろのろと椅子に座ると、キッチンに向かう怜華の後ろ姿をぼんやりと見送った。
* * *
マグの中のホットココアは、激甘だった。
(あっっっっま……………甘過ぎだろ……)
だが、その激甘の液体を少しずつ飲んでいると、確かに少し落ち着いてくる。
リビングのテーブルに向かい合って、怜華もココアをすすっている。
「食べる?」
怜華が小さなバスケットを差し出してくる。中にはルマンドやアルフォート、パイの実などの個包装菓子が入っていた。
(実家か……?)
「はあ、いただきます……」
悠斗はブラックサンダーを一つ取って、口に放り込んだ。
——いや、このままくつろいだら、ダメだ。
完全に調子を狂わされるところだった。
「……ええとですね。まず」
悠斗は真剣な顔で、怜華に向き合った。
「怜華さんにひどいこと言ったの、あらためて謝ります。勝手に決めつけて、暴走して……」
深々と頭を下げる。それしかできない。
「本当に、申し訳なかっ——」
「待って、悠斗くん。頭を上げて」
怜華に、遮られた。
「私も謝らないといけない。つけ忘れて出社したこともだけど、それ以上に、あのまま満員電車で帰ろうとしたこと。それで悠斗くんをこんなに苦しめてしまったこと。さすがに、浅慮すぎた。ごめんなさい」
いや、怜華さんは悪くない、と思うが、うまい言葉が出てこない。
「あのね、私……悠斗くんの言葉、タクシーの中でずっと考えてた」
「えっ、なっ……」
いきなり核心を突かれて、動揺する悠斗。
怜華は、どこか独り言のように語り始める。
「そういうプレイが好きかって言われたら……満員電車で、とかは、たぶん好きじゃないと思う」
「…………はい?」
何やらすごい話を始めた怜華を、あっけにとられながら悠斗は見つめる。
しかし怜華の顔つきは、真剣そのものだった。
「痴漢とかは本当に怖いし、知らない人に触られるのはすごく嫌。だけど……昼間、会社であんな状態で仕事してたとき、もう嫌、早く帰りたいって思いながらも、心のどこかで……ドキドキしてしまってたの。ドキドキしてるいけない自分に、さらに興奮したりして」
怜華の言葉を、ただ、黙って聞いていることしかできない。
「だから、心のどこかには、そういうのに興奮してしまう気持ちがあるのかもしれない。でも、悠斗くんが、ちゃんと、言ってくれたから。そういうの、〝軽蔑する〟って」
「……ごめん。俺、あのとき、なんかもうぐちゃぐちゃで。怜華さん、そんな人じゃないのに」
「ううん、そんな人かもしれない」
この世の終わりみたいな顔をする悠斗。
一体……何を言っているんだ、この人は。
けれど怜華は、伏し目がちに、静かに続ける。
「少なくとも、そういう〝素質〟はあるかもしれない。でもそれは、時と場所を間違えると大変なことになる。軽蔑に値する事態になりうる。だから気をつけろ、って言ってくれたんだと思ってる。だから、軽蔑すべきときは、ちゃんと軽蔑してほしい」
「怜華、さん……」
悠斗は、どきりとした。
まだよくわからないけれど、怜華さんは今、すごく大事なことを言っている気がする。
その心意気に、きちんと向き合わなければいけない。
そんな気がした。
「俺、その、〝素質〟っていうのかな。……それ自体は否定しないよ」
「えっ?」
「それだけで、怜華さんを軽蔑したりしない」
言葉を選びながら、考えを伝えていく。
「誰にだってそういうの、あると思う。俺もある。……だけど、なんていうかな、その」
少し考えてから、悠斗は続ける。
これだけは、言っておかないといけない。
「……俺、やっぱり怜華さんに……ノーブラで満員電車に乗って欲しくないんです」
怜華は小さく、だが、しっかりと頷いた。
「正直言うと、ノーブラで会議に出てたのも……ちょっと嫌だった。誰か気づくかもって思うとイライラした。その、怜華さんを責めてるわけじゃない。うっかりは誰だってあるし、会社のみんなだって何も悪くない。だけど、嫌だったんだ」
心の底の思いを、悠斗は一気に吐き出した。
いつの間にか怜華の理屈っぽさがうつったような気もする。もちろん彼女のような理路整然さにはほど遠いけれど、少なくともかつての自分はこんなことを深掘りするタイプではなかった、と悠斗は思う。
それを聞いた怜華は、心から申し訳なさそうな顔をした。
「……ごめん、なさい。でも、ありがとう。そんな風に思ってくれて」
「いや、だから怜華さんは悪くないんだって。俺の勝手な……。それでいて、俺もそういうAVとかエロ漫画とか、フィクションには興奮したりして。ほんと、身勝手だよな。……ただ」
「ただ?」
「俺もやっぱり〝素質〟はあるんだ。嫌だなって思いながらも、興奮してる自分がいて、吐き気がしながらもなんか勃ちそうになって……だから、俺、こんなこと言う資格なくて、あれ、ごめん、なんか、何言ってんだろ俺」
頭の中がぐちゃぐちゃで、考えがひたすら発散していく。
滅茶苦茶なことを言っている自覚がある。
「ごめん、俺、ちょっと混乱してる」
「……ううん、悠斗くんだけじゃない。私も、だんだん、わからなくなってきて」
テーブルの上で固く握り締められた悠斗の拳を、怜華の両手がそっと包み込んだ。
「あの状態で満員電車に乗ることは嫌なのに、悠斗くんと……恥ずかしいことするのは、どうして大丈夫なんだろう、自分の中で、OKとNGはどういう線引きなんだろう、って。それと、昼間感じたドキドキは……どう解釈すればいいのか」
(いや、怜華さん……どこまで分析魔なんですか……)
「——安心感の有無、かもしれない」
「安心、感?」
「ええ。安心・安全な状況で、悠斗くんと二人きりなら、恥ずかしいことも嫌じゃない。むしろ興奮材料にすらなってしまう。私はそんな人間」
「怜華、さん……?」
論理展開に、悠斗はまだついて行けていない。
「今日は厚手のジャケットを着てたから、周囲にバレる恐れはほぼなかった。だからこそ、あの状況そのものにドキドキしてしまったのかもしれない。でも、ちょっと、危なかったと思う。反省してる」
うつむきながら、独り言のようにつぶやき続ける。
浮かんだ考えをひたすら口に出すことで、なんとか整理しようとしているようだった。
あの怜華さんが、理路整然とした怜華さんが。
迷っている。悩んでいる。倫理と本能の間で、必死に、答えを模索している。
そんな怜華を見るのは初めてで、悠斗はただ黙って、彼女の言葉に耳を傾ける。
やがて。
「——ああ、ごめんなさい、完全に迷走してた。でも、少し、わかってきた気がする」
ようやく怜華が顔を上げた。
深い思考の淵から戻って来た彼女は、少し晴れやかな顔をしていた。
「悠斗くん、自分をそんなに責めないで。私も——そうだから」
「怜華、さん……」
ようやく、悠斗は追い付いた。
彼女の思考に。
怜華は、寄り添おうとしてくれている。
悠斗の、罪悪感に。
彼女の軽率な判断が許せなくて、なのに劣情を催してしまう、そんな悠斗自身の弱さに。
「でもね、思ったの。お互いの持っている、そんな、どうしようもない〝素質〟も——」
悠斗の拳を包む華奢な両手に、少しだけ、力が込められる。
「二人きりの時だけは、きっと、肯定し合えるんじゃないかしらって」
ある単語が、ぼんやりと、悠斗の頭に浮かんだ。
——
怜華は静かに続ける。
「〝素質〟は、時と場所を間違えると、よくないことを引き起こしたり、誰かを傷つけたりする。絶対に人前には出してはいけない。だけど、私達はきっと、
そう言うと怜華は立ち上がり、やおらジャケットを脱いだ。
悠斗は息を呑む。
目が、釘付けになる。
薄手の生地に、硬い尖りが、ぽつり、と左右に浮き出ている。
ブラウスの下のキャミソールのおかげで直接透けてはいないが、それでも突起の形をはっきりと刻んでいる。
「ど、どんな、恥ずかしいことだって——で、できる気がする」
怜華の顔は極限まで赤くなり、声は震えていた。
こんな時、どう返事をするのが正解なのか。
二十六年間の人生経験を総動員しても、悠斗はまるでわからない。
「……な、なんて、私のこと、やっぱり……軽蔑、するかしら」
自虐的な調子で恐る恐る、怜華は問い掛ける。
やっぱドMだ、と悠斗は思った。
この人、自分のヤバさに、自覚ないんだろうか。
俺がちゃんと見てなければ……いつかきっと、何かやらかす。
「……怜華さん」
悠斗も、立ち上がった。
扇情的な突起はできるだけ見ないようにして、怜華の顔を見つめる。
「お互い、約束しましょう。その〝素質〟は、俺達だけの秘密です。絶対、外で出しちゃいけない」
「悠斗くん……」
「その代わり二人きりなら、何に興奮したっていい。どんなヤバいことを考えたっていい」
怜華は小さく、こくりと頷く。
「うん。良い約束だと思う」
正しいかどうかはわからないけれど。
それは、二人が一緒に見いだした〝答え〟だった。
なんだかいい感じに結論が出た気もするし、屁理屈でごり押ししたような気もする。
でも、まあ、落とし所としては悪くないか、と悠斗は思う。
「だけど悠斗くん、少しでも嫌だなと思うことがあったら、昼間みたいに正直に言って。私もそうするから。それが私たちの、最後の砦だと思うから」
どこまでも真面目な怜華が、付帯条項をつけてくる。
「もちろん、怜華さん。お互いそこは、遠慮無用ってことで」
マグに残ったココアを一気に飲み干すと、悠斗は一歩、前に出た。
「……それでですね、早速、遠慮無用でいきますけど」
それまではなるべく見ないようにしていた怜華の胸元に。
満を持して、遠慮のない視線を走らせた。ねっとりと、なぶるように。
「えー、あの、正直、限界なんで」
ブラウスに浮き出た突起はあまりにも蠱惑的で。
もう、それしか見えなくなる。
「ノーブラの怜華さん……マジで、エロすぎます」
勢いよく怜華を抱き寄せる。
ワイシャツとブラウスを隔てて、怜華の胸が、悠斗の胸板に押し付けられた。
ふにゅっとした膨らみと、ぽつんと尖った突起の感触。
あ、と怜華が小さく声を上げる。
そのまま唇を奪う。
キスは、激甘のココアの味がした。
* * *
二人のバカップルが、ベッドの上に正座している。
双方とも、スーツのジャケットだけを脱いで、お見合い状態で向かい合っている。
「まずですね、キャミだけ、脱いでください」
「えっ!?」
「キャミだけです。ブラウスは着たまま」
困惑しながら怜華は、いったんブラウスの袖から腕を引っ込める。もぞもぞしながらキャミソールだけを外に引っ張り出すと再び袖に腕を通す。
いまや、上半身を覆う唯一の布となった、白いブラウス越しに。
うっすらと桜色の突起が透けて見えた。
(うわあ……えっっっっっっろ…………)
悠斗はごくりと唾を呑み込む。鼻の奥がむずむずする。
怜華は自分の胸を見下ろして、そのはしたない光景に気づくと、
「やっ……ゆうくん、変態……」
と言いながらぎゅっと目を瞑り、顔をそむけた。
「怜華さんが言ってたんじゃないですか。俺ら二人だけの空間なら、〝素質〟は肯定していいんだって」
「う……っ」
「約束どおり、変態全開でいきます。怜華さんのはっちゃけも、期待してますから」
悠斗はおかまいなしに、ブラウスの上から両手でそっと、双丘を包む。
手のひらの中心で、ぽつり、と固まった一角が存在を主張している。
「ひゃっ……」
手のひら全体を使って、ゆっくり、すりすりと撫でる。
布の摩擦が先端を直接刺激し、怜華の腰がびくびくと震える。
「あっ……あんっ…………だめっ……」
「部長……今日一日、ブラなしで、こんなに硬くして、我慢してたんですね?」
「う、うん……あっ……」
ブラウスの上から二本指で摘まむ。光沢のある上質な素材の下にある、ふにゅっとした小さな蕾を、軽く押し潰すようにする。
「あ、ああん」
怜華が軽くのけぞった。
布の上から口で吸いたくなったが、白いブラウスにココアの染みをつけたらきっと殺される。
代わりに指の腹で小さく円を描く。
「ほんとにこんな、ぽっち浮かせて仕事してたんですね……会議出たり、メール書いたり」
「やっ……だめぇ……」
「みんなにバレちゃうかもって思ったんだ?」
「んっ……うん、バレたらどうしようって……でも、それ以上に……布が、擦れて……その……」
「布が? 擦れたって、何に?」
「うぅ……ち、ちくび……」
「ふうん、たとえば、こんな感じ?」
布地をわざと擦るように動かすと、怜華が腰をくねらせた。
「ああっ……!」
布の上から、フェザータッチでカリカリと軽くひっかく。
怜華は、あ、あ、あ、と苦しそうに喘ぐ。
「まったく、あの緋村部長ともあろう人が、ブラジャー忘れて、布が擦れて喘いでるとか」
「あっ、あっ、ゆうくん、ごめ……あっ」
「マジで、終わってますね」
高速で指を左右に動かす。
「あああああぁぁっ」
怜華の腰がガクガクと震え、手がシーツを掴む。
「だいたいブラジャー忘れるって何なんですか。幼稚園児だってパンツ忘れないですよ。人として、それってどうなんですか」
人差し指と中指の側面で挟み、左右に擦る。
「あうっ……あんっ、だめ、なの……っ」
「こんな敏感なエロエロちくび、ブラジャーで守らなかったら、ちょっと体が動いただけで即イキじゃないですか」
「あっ、おっ、あっ、ちくびっ、やっ」
「これで満員電車なんかに……乗ったら……ッ」
自分で言っておいて、悠斗は苦しくなってくる。同時に相棒が反応してしまい、屈辱と嫉妬がぐちゃぐちゃに入り交じった倒錯的な感情に身悶えしそうになる。
(くっ……くそっ……なんだこれっ……終わってんの……俺じゃん……っ)
謎の焦燥感に衝き動かされるように、指先で荒々しく摘まみ、めちゃくちゃに押し潰し、引っ張り、こねくり回す。
「あっ、ゆうくんっ、……ああああああっ!!」
怜華は大きく反り上がり、仰向けに倒れて、果てた。
「はぁっ……はぁっ……」
ベッドの上には、ブラウスにタイトスカート、ストッキングを履いたままの怜華が、息も絶え絶えに倒れ込んでいる。
ズボンの中のものを痛いほどに屹立させた悠斗は、息を荒げつつ、次第に余裕を失っていく。
二人とも、まだ、脱いですらいない。
バカップルの夜は、今日も更けてゆく——。
(つづく)
次回、「8話 怜華、アロママッサージをしてもらう」
疲れて帰ってきた怜華をマッサージする玲斗。何も起こらぬはずがなく…!? 軽い話です。
今回の7話は最初ラッキースケベ的な軽い話だったのですが、書いているうちに悠斗が怒り出しまして。
俺の怜華さんをそんな扱いするなと怒ってくれた悠斗の意外な真面目さに、今では感謝しております。
独自路線を突っ走ってる自覚があるので、
果たして読む人がいるのか、カテエラじゃないか、正直すごい不安です。
お気に入り、感想、評価、ここすきなど、いただけると、ものすごく励みになります。
(特に「ここすき」は嬉しいです)
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