The Arrow of Silver ―銀弓の運命は砕け得るか― R-18 Edition 作:Delphinus
「はぁぁ、昨日は疲れましたね」
「うんうん、そうだねぇ」
ペンギン急便の皆様との、何とも賑やかなドッグファイトから一日。
カポネさんとガンビーノさん、それから彼らが連れてきたマフィアの皆様にも就職先を紹介し、騒動はようやく一段落といったところです。
もっとも、マフィアの就職先を紹介することが騒動の後始末として正しいのかどうかは、僕にもよく分かりません。
「それで、ラップランドさんは何故こちらに?」
「んー? 何故って、そんなの面白そうだからに決まってるよね」
「それは良かったです。あ、パンケーキが焼けましたよ」
「ほう、今日も美味そうじゃないか」
エンカクさんはそう言って、チェルノボーグ・タイムズから目を離した。
今日の朝食はカジミエーシュ風です。
焼きたてのラツーシュキに、ラディッシュとネギを刻んで混ぜたカッテージチーズのトゥファルグ。ソーセージのキエウバサと、トマトをたっぷり加えたスクランブルエッグで、味にも彩りにも変化をつけます。
そして、砂糖で煮出した果物入りの飲み物、コンポト。
これでカジミエーシュ風の伝統的な朝食の完成です。
「最近は食材に余裕ができましたからね。ようやく標準的なレシピで楽しんでもらえます」
「今までは標準的じゃなかったのか?」
「あ、私はコーヒーでお願いね」
「ええ。新しいボリバルコーヒーをいただいたので、どうです?」
今までは食材が足りませんでしたから、色々と工夫していたんですよ。
そう説明しながら、ラップランドさんのコーヒーを淹れる。
豆から挽いて淹れるのって、結構好きなんですよね。
PMCやレユニオンにいた頃は、そんな余裕もありませんでした。久しぶりにゆっくりコーヒーを楽しめたのは、カジミエーシュへ帰国してからだったと思います。
「あーもう、何なのよ銀ピカ。この変な面子」
「すみませんけど、僕にも分かりません。あ、Wにはカフェラテにしておきますね。ミルクはこちらです」
「はーぁ、無駄に用意が良いのよねぇ」
Wには濃いめのコーヒーと、温めたミルクを用意する。
砂糖も添えれば出来上がりです。
「では、どうぞ。ニアールも」
「いただこう。……はあ、懐かしいな。こういう料理は、屋敷でも随分前から作っていない」
「それは良かったです」
ニアールはそう言って、ラツーシュキにナイフを入れた。
僕も席に着き、コンポトを一口飲む。
……懐かしい味ですね。
何年も食べていませんでしたから。
「それにしても残念だなぁ。テキサスが帰っちゃうなんて」
ラップランドさんが、パンケーキを頬張りながら言った。
「龍門より、こっちの街の方がどう見ても面白いのに」
「ペンギン急便の皆さんは、市内の倉庫を一つ購入して龍門へ帰りましたから。これからはチェルノボーグも活動拠点の一つにするのでしょう」
「まあ、いっか。つまらない分は銀弓クンが補ってくれるだろうし」
「やりたくてこうなったわけではありませんよ……」
ラップランドさんの言葉が、若干ばかり心に刺さります。
僕だって、好きで騒動に巻き込まれているわけでは……ないはずなんですけど。
そうして、ちょっとしたカジミエーシュ風の朝食会は終わりました。
コーヒーカップが空になる頃には、カジミエーシュの伝統料理も案外悪くないものだと、皆さんに分かっていただけたでしょうか。
少なくとも、エンカクさんはおかわりしていました。
それだけでも十分です。
*
「それで、休暇だというのに、また余計なトラブルに巻き込まれていたのか?」
「し、仕方ないんです。これは、その……はい」
朝食会を終え、時刻通りチェルノボーグ市庁舎に登庁した後。
僕はタルラさんに、じっとりとした目で詰問されていました。
ま、毎回のことではありますけど。
「で、でも、今回の事件のお陰でシラクーザとのコネクションが形成できたんです。それに、カポネさんとガンビーノさんには、新しくトランスポーター企業を立ち上げてもらいました。これを利用すれば、シラクーザを新しい交易先に――」
「そういう話は良い」
「……はい」
僕のなけなしの弁明は、タルラさんの一言であっさり雲散霧消した。
それにしても、随分と立派な市庁舎になったものです。
ニェンさんのお陰で仮設庁舎から抜け出せたのは良かったのですが、今度は少々贅沢すぎる建物になってしまいました。
しかも本人は、この勢いでコンサートホールまで建設すると息巻いています。
リターニア系住民から提案を受けたそうですけど、どうなることやら。
「ど、どうしたんですか? 銀弓さん、タルラさんに随分詰問されていますけど……」
「あ、Guardさん。お久しぶりです」
そこへ現れたのは、ロドスのGuardさんでした。
チェルノボーグ占領の際、ロドスの部隊から取り残されてしまった彼は、捕虜返還によって本艦へ帰還できるようになった後も、この都市に残ることを選んだそうです。
感染者が暮らせる新しい都市が、これからどうなっていくのか。
それを自分の目で見届けたいのだとか。
その希望はドクターの目にも留まり、今ではロドス籍を維持したまま、新設されたチェルノボーグ事務所の管理人として忙しく働いています。
「そ、その、とにかく、こちらが今季の医薬品の取引リストです。それから、本艦の方から幾つか新しい提案もありまして」
「ああ、分かった。確認しておこう」
タルラさんは分厚い書類を受け取り、概要を確認してから職員に引き継いだ。
するとGuardさんが、改めて僕の方へ向き直った。
「それと、実はあなたにお礼を言いたかったんです」
「お礼? 僕にですか?」
面と向かって言われると、少々困ってしまいます。
何だか、むず痒いですね。
「あなたのお陰で、俺は今も生きています。それどころか、ロドス本艦から新しい仕事まで任せてもらえました」
Guardさんは、少し照れくさそうに笑った。
「正直、今は凄く充実しているんです。考えてみれば、それもあなたのお陰だと思って」
「そんなに大層なことはしていませんよ」
「大層なことですよ」
Guardさんは、はっきりと言った。
「ウルサスは、感染者にとって非常に厳しい国です。そのウルサスで、感染者が暮らせる場所を作った。働く機会を与え、都市の一員として生きる権利まで認めた」
「そんなことは、クルビアだって十分には実現できていません。奇跡的ですらありますよ」
「奇跡と言えば、そうかもしれませんね」
正直に言えば、今の状況は狙って作ったものではありません。
僕が求めていたのは、感染者の、ひいては非感染者を含めた人々の生存権を確立すること。
チェルノボーグを自由都市にすることでも、僕自身がウルサス貴族になることでもなかったのです。
「ですが、現状は妥協の産物なんですよ」
「妥協、ですか?」
「ええ。レユニオンの妥協、ウルサスという国家の妥協、ウルサス軍の妥協、そしてチェルノボーグに暮らす住民の妥協です」
僕は指を折りながら続けた。
「全ての利害が、ぎりぎりのところで一致した。その結果、チェルノボーグを自由都市化するという、何とも奇妙な結論が出てきたんです」
「レユニオンにとっては、戦争を手打ちにできる。ウルサス政府にとっては、反乱勢力との対立を収拾しながら、都市の経済的な利益を確保できる」
「ウルサス軍にとっては、チェルノボーグを龍門へ衝突させ、炎国との戦争を引き起こそうとした陰謀の責任を、曖昧にできる」
「そして住民にとっては――」
「チェルノボーグが前に進む」
その言葉を引き継いだのは、タルラさんでした。
「お前は、そう考えていたのか。銀弓」
「ええ。少なくとも、そういう結果になりました」
Guardさんは僕たちを交互に見てから、軽く頭を下げた。
「それじゃ、俺はこの辺りで。まだ仕事が残っていますから」
「ええ。またよろしくお願いします」
Guardさんを見送り、僕はタルラさんへ向き直った。
「それで、今日の予定だが」
タルラさんは、一枚の書類を取り出した。
「実は龍門から通信会談の要請が来ている。時刻は今日の午後。向こうは、お前の同席も希望しているそうだ」
「では、皇帝陛下にも話を通しておきましょう」
やはり来ましたか。
龍門がいつまでもチェルノボーグを無視するとは思っていませんでした。
いずれ接触してくるとは予想していたのです。
ただし。
「この話が、ウルサス皇帝に関係するのか?」
「龍門はウルサス政府ではなく、あくまでチェルノボーグとの会談を希望しています。サンクトグリファーベルクへの配慮は、そこまで必要ないでしょう」
僕は書類を確認しながら答えた。
「ただ、龍門から接触があったこと自体は、本国にも把握しておいてもらうべきです。後から説明するより、先に報告しておいた方が面倒がありませんから」
「なるほど。連絡は任せる」
タルラさんは頷いた後、僕の顔を見つめた。
「……しかし、浮かない顔をしているな?」
「実は、そんなに好きじゃないんですよ。炎国」
「……そうなのか?」
「ええ。ラテラーノと同じくらい」
「ラテラーノ?」
タルラさんが驚いた顔をした。
「炎国もラテラーノも、形式は違いますが、利益よりも自らの論理を優先する国です。つまり、利益を軸にした外交がなかなか通用しないんですよ」
「そういう国は、カジミエーシュの人間にとって、相手にするのが一番大変なんです」
「……それは、カジミエーシュを褒めているのか?」
「そう言われると、あまり褒めていませんね……」
僕たちは顔を見合わせた。
それから、揃って市庁舎の奥へ向かう。
まだまだ仕事は山積みですからね。
*
「はぁ、緊張してきました」
「お、隊長も緊張することがあるんですね」
「僕はもう隊長じゃありませんよ。亡霊部隊は解散したんですから」
声を掛けてきたのは、かつての亡霊部隊の隊員でした。
部隊が解散した今では、皆がそれぞれ好きな道を歩んでいます。
新設された都市防衛軍へ入隊し、無胄盟譲りの狙撃戦術を磨いている者。
市内で働き始めた者。
チェルノボーグを離れ、別の土地へ向かった者。
そして何人かは、こうして市庁舎で働いています。
「亡霊部隊と言えば、隊長はご存じですか? ヴィクトリアの亡霊部隊」
「ヴィクトリアの亡霊部隊?」
僕は思わず聞き返した。
「ええ。ヴィクトリアには、亡霊部隊と呼ばれる正体不明の部隊がいるらしいんです。なんでも、接触した人間は一人も生きて帰れないとか」
「……ふむ」
何とも物騒な話ですね。
「その亡霊部隊には、少々悪いことをしたかもしれません」
「はは、名前が被っちゃいましたからね」
彼はヴィクトリアの生まれでした。
鉱石病によって故郷を追われ、ウルサスの氷原で感染者たちが抵抗運動を続けていると聞き、はるばる北上してきたそうです。
「それにしても、北の果てまで来て本当に良かったですよ。今じゃこうして、故郷よりずっと良い暮らしができていますから」
「あなたの故郷は、確かターラーでしたね」
「ええ。酷いものでしたよ。町は貧しいし、軍の横暴さじゃウルサス軍にも負けていません。駐屯軍が地域に密着している分、ある意味ではウルサス軍より厄介でした」
「なるほど。ヴィクトリアは地方によって随分と事情が違いますからね。ターラーでも、ナ・シアーシャの外では厳しい地域が多いのでしょう」
「それにしても、隊長は博識ですよね。ターラーの首都がナ・シアーシャだなんて、ほとんど誰も知りませんよ」
「これでも地理学は徹底的に教えられましたからね。あと、隊長じゃありませんよ。念のため」
彼と別れ、僕は通信会談のために用意された部屋へ入った。
職員たちが通信機器を確認し、接続の準備を進めている。
「来たか、銀弓」
「ええ、タルラさん。もうすぐですね」
僕が席に着くと、間もなく通信が接続された。
画面の向こうに、一人の男性が姿を現す。
「久しぶりだな、タルラ」
「ああ、そうなるな」
…………。
久しぶり?
え?
久しぶり?
脳内に疑問符が次々と浮かびます。
ですが、ここは外交の場です。
僕は表情を崩さず、笑顔を維持することにしました。
「お前たちの活躍は、龍門からずっと見ていたぞ。随分と派手にやってくれたな。タルラ公爵閣下」
「それは褒め言葉として受け止めておく。ウェイ長官」
「は、初めまして。僕が新しい伯爵です。はい」
タルラさんとウェイ長官の挨拶が終わったところで、僕も自己紹介をして頭を下げた。
すると、突然別の声が割り込んできた。
「お前が銀弓だな! 聞いているぞ! お前のせいでタルちゃんが三百人近くに囲まれて、散々叩きのめされた挙げ句病院送りになったって!」
「……どちら様?」
別の通信画面に、青い髪の女性が映し出された。
随分と真面目そうな顔立ちですが、何故かものすごい勢いで怒っています。
「チェン……お、お前なのか?」
「タルちゃん! 本当に大丈夫だったのか!? その頭のおかしな亡霊に何か吹き込まれたんじゃないだろうな!? やっぱり何が何でも逮捕しなければ――」
「そこまでにしてくれ、チェン警視」
…………。
タルちゃん?
チェン?
何の話でしょう。
そもそも、この人は誰なんですか?
タルラさんはヴィクトリアにルーツがあって、ウルサスで育ったはずですよね。
龍門が入る余地はどこに?
いや、待ってください。
確かヴィクトリアから亡命してきたドラコが、龍門で命を落とした事件がありましたね。
エドワード・アルトリウス。
もし彼に子供がいて、その子供がウルサスへ移住したとしたら……。
いや、しかし何故ウルサスに?
どういう経緯で?
そもそも――。
駄目です。
頭がパンクします。
これ以上は思考不能です。
「……タルラさん。もしかして、龍門に住んでいたことがあるんですか?」
「あるぞ。お前に話していなかったか?」
「聞いてませんよ!?」
もう、考えなくても良いですよね。
僕は思考を打ち切ることにしました。
「と、とにかくだ!『タルちゃん、本当にタルちゃんなんですか!? なんて素敵なんでしょう。あのタルちゃんが、今では立派な公爵になって……』」
今度は別の女性の声が聞こえてきた。
「そこまでではないと思う。フミヅキさん」
「……すみません。今度はどちら様でしょうか?」
また知らない人が出てきました。
もう、ゴールしても良いですよね。
答えは聞いてません。
「失礼しました。私はフミヅキ。ウェイ長官の妻に当たります。そしてタルラは――」
「とにかく、本題に戻ろうではないか」
ウェイ長官が、少々疲れたような声で割り込んだ。
「分かりました。ではお願いします、ウェイ長官」
ありがたい。
本当にありがたい。
これ以上知らない人が増えたら、僕の頭がどうにかなってしまいます。
「まず確認したい。現在のチェルノボーグは、かつてウルサスで活動していたレユニオンと、どのような関係にある?」
……はぁぁ。
ようやくまともに思考できる話題が来ました。
ウェイ長官の言葉が、まるで清涼剤のように頭に染み渡ります。
「レユニオンは、既にかつてのレユニオンではない」
タルラさんが答えた。
「現在のチェルノボーグは、感染者と非感染者の双方が暮らす都市だ。かつてのレユニオンが、そのまま都市を支配しているわけではない」
僕はしばらく黙って聞いていた。
そして、タルラさんの説明が終わったところで言葉を継ぐ。
「過去のレユニオンの活動について、龍門が懸念を抱いていることは理解しています。ただし、現在のチェルノボーグはウルサスの都市です。過去の活動を理由に、現在の自治へ過剰に干渉されるなら、内政干渉として対応せざるを得ません」
「無関係なわけがないだろう! お前たちのせいで、龍門がどれだけ騒がしくなったと思っているんだ!」
チェン警視が再び割り込んできた。
「そうよ! 今だって街中で爆竹が止まらないのよ! スラムどころか、街中の人たちが騒いで、お祭り騒ぎが延々と続いているんだから!」
「……今度はどちら様?」
また知らない人が増えました。
今度はスワイヤーさんというらしいです。
「要するに、アンタたちの存在が龍門の治安問題に発展しているの。一般人からチンピラ、名の知れた悪党まで、あらゆる勢力が一斉に動き出してる」
「つまり、アンタたちのイカれた都市経営そのものが迷惑なのよ! もうちょっと静かにやりなさいよ!」
「それは無理ですよ……」
僕は困ったように笑った。
「だって、この街の都市経営は妥協の産物なんですから」
「どういう意味よ!」
「誰か一人が計画して作った都市ではない、という意味です。色々な勢力がそれぞれの利益を追求した結果、こうなってしまったんですよ」
「余計に意味が分からないわよ!」
……そう言われましても。
「スワイヤー、そこまでだ」
ウェイ長官が、混乱しかけた会談を制止した。
「チェルノボーグの政策が龍門へ影響を及ぼしていることは理解した。では銀弓伯爵。龍門との協力について、どのような考えを持っている?」
僕はタルラさんへ小さく目配せした。
彼女が頷く。
では、事前に用意していた回答を伝えましょう。
「まず、龍門から移住を希望する感染者についてですが、チェルノボーグでは居住資格を付与する用意があります。これは自由都市としての権限と、都市運営上の判断によるものです」
「ほう。大きく出たな。その費用は?」
「移住者の輸送費用と、当面の生活費については、両都市で分担するというのはいかがでしょうか?」
「良いだろう」
「そ、即答した!?」
スワイヤーさんが驚愕した。
「ウェイ長官が!? 信じられないわ!」
僕は気にせず続ける。
「それから龍門には、希望者の出境を妨げないと約束して欲しいのです。もちろん、必要な手続きについては双方で調整しましょう」
「良いだろう。それも約束しよう」
「……話がとんとん拍子で進んでいる。信じられない」
チェン警視まで呆然としていた。
ですが、別に不思議なことではありません。
龍門にとっても、感染者問題への対応には相当な負担がある。
一方、チェルノボーグには人口と労働力が必要です。経済的な負担も長期的には充分解消可能ですから。
移住を希望する人々がいて、双方の都市が費用を分担できるなら、協力する余地は十分にある。
もちろん、実際の移住には本人の希望を確認し、住居や仕事を用意しなければなりません。
ですが、それはこれから詰めればよい話です。
会談の時点で、大体の落とし所は決まっていました。
それからの話は、そう難しいものではありませんでした。
移住問題。
経済取引。
輸送経路の確保。
相互の行政手続き。
双方の利害をすり合わせ、具体的な約束へ落とし込んでいく。
その作業が一通り進んだところで、ウェイ長官が口を開いた。
「一つ、聞いておきたい」
「何でしょうか?」
「お前たちは、いつまでウルサス皇帝の庇護を受けるつもりだ?」
「そこは私も気になっていました」
フミヅキさんも続けた。
「どうするのですか? タルちゃん」
この話には、僕が答えるべきではないでしょう。
そう思い、僕は少しタルラさんの後ろへ下がった。
「皇帝が代われば、その自由はどうなる?」
「そのために、私たちは制度固めを急いでいる」
タルラさんは、はっきりと答えた。
「今こうしているようにな」
僕は何も言わず、彼女の言葉に耳を傾ける。
チェン警視も、スワイヤーさんも、ウェイ長官も、フミヅキさんも。
いつの間にか、皆が黙っていた。
「チェルノボーグの自由とは、不安定な妥協の産物だ。だが、それは同時に我々が勝ち取ったものだ」
「我々は、我々の力で自由を掴むことができる。だからこそ、我々自身の手で生存権と自由権を確立し、未来を切り開こうと思う」
タルラさんは、一度言葉を区切った。
「この『我々』には、感染者も、非感染者も入っている」
「今のチェルノボーグという都市が、それを証明しているように」
しばらく沈黙が続いた。
やがてウェイ長官が、ゆっくりと頷く。
「良いだろう。ならば存分に証明してみせるが良い。タルラ公爵」
「うう……タルちゃんったら、立派になって……」
フミヅキさんが感極まったように言う。
一方、チェン警視は何かを思い出したようだった。
「……というか、ちょっと待て! そもそもレユニオンのテロの話はどうした!?」
「では、これにて会談を終える。双方にとって有意義な話になったと信じる」
プツン。
通信が切れた。
画面には、何も映っていない。
…………。
終わりましたね。
色々な意味で。
「通信内容はサンクトグリファーベルクにも送信しておきます」
僕はタルラさんへ向き直った。
「龍門との交易では、かなりの経済的利益が見込めます。さらにウルサス本国も上手く参加させれば、チェルノボーグはより大きな利益を得られるでしょう」
「生産力でも購買力でも、本国の方が圧倒的に上ですからね」
「ああ。頼む」
僕は一礼した。
……今日から、酷く忙しくなりそうです。
*
「ゔぇぇぇ……酷いですよぉ、タルラさんっ。なんであんなこと黙ってたんですかぁぁ」
「別に黙っていたわけではないんだが……」
仕事が深夜に差しかかった頃。
龍門側との取引内容の調整。
詳細な条件の検討。
ウルサス本国との連絡。
さらには、フョードル一世陛下まで龍門との交易に積極的な意見を示してくださったものだから、関係者の意向をすり合わせるだけでも大仕事でした。
何とか妥協案をまとめ、ようやく仕事が一段落した後。
疲労と酒ですっかり頭の回らなくなった僕は、タルラさんに絡んでいました。
「……責任取ってください。僕の頭をぐちゃぐちゃにして、もう許しませーん」
「その……済まない」
「謝るなんて嫌です……」
僕はタルラさんの腕を掴み、頬を擦り寄せた。
「もっと構ってください」
「十分構っていると思うんだが」
「足りません」
「全く、お前は……」
「えへへ。僕の尻尾はもっふもふー、もっふもふー」
クランタの尻尾を揺らしてみせる。
「本当にふさふさしているからやめろ」
「えっへへ。尻尾には自信があるんですから。もっふもふー」
タルラさんは呆れたように息をついた。
それから、僕の頭をそっと撫でてくれた。
「お前はフェリーンか、全く」
「フェリーンの尻尾は、そんなにもふもふしてませんよ」
「少しは自分の可愛さに自覚を持ってくれ」
そう言って、タルラさんは僕の顎に手を添えた。
「……本当に、困った奴だ」
「えへへ」
彼女の顔が近づく。
そして、唇が触れた。
「……こうしていると、テラでも有数の危険な将軍家の人間だとは思えないな」
「銀弓の家は、そういうものなんですよ」
僕は少し笑って答えた。
「危険だということを、わざわざ外へ主張する必要はありません。外面はきちんと保ちます」
「何故なら、危険性とは外から見える必要がないからです」
「……そういうところが問題なんだ」
タルラさんは、困ったように笑った。
しばらくして、彼女の表情が変わった。
「ところで、アリーナという名前を知っているか?」
「いえ。少なくとも、僕がレユニオンに投降した頃には知りませんでした」
僕は少し考えた。
「当時は分かりませんでしたが、あの頃のあなたは、既に不死の黒蛇に乗っ取られていたのでしょう?」
「……そうだな」
タルラさんは頷いた。
「ならば、教えてやろう。私とレユニオンが、ここへ至るまでの経緯を」
「私は、公爵の娘だったんだ」
「ひゃぁぁンッ、んひいいぃっ、らめ、らめえぇっ、タルラあぁっ、ちょっと、無理いぃっ気持ち良いのおンホオオオッ」
「銀の弓は、ベッドの中ではこうなるんだな」
ドチュッ、ドチュッ、ドチュッ、ドチュッッッて、何度も腰を打ちつけるタルラに、すっかりしてやられている。そろそろ、何発目なんでしょう。何度射精したのか数えきれなくなって来ました。
「僕は、外面とかぁっ、守ってませんからっ、気持ち良い物は、気持ち良いんですうぅ、んひゃぁぁぁっ♡♡」
「守るべき物ぐらい、ちゃんと守る事だ」
今度は、ドラコの尻尾がクランタの尻尾に押し当てられる。そのまま押し倒されて、尻尾の銀の毛並みがドラコの硬い尾を包んでしまう。あ、あ…っ。
「ら、らめえぇっっ、出るうぅっ、ひゃぁぁンッ」
ドピュルルッ、ピューーッ、ピュルッ、ドピュルルッ、て、あ、あ、また出ます。我慢、無理ですからぁっ。
「はぁぁっ、ぁ、ん、くうぅっ、気持ち、良いっ、と言うのは、こう言う物なんだな、ああんっ」
「え、へへ、タルラも、気持ち良い事、ちゃんと覚えていて。何が気持ち良いのか、忘れないで下さい」
「全く、お前は…」
避妊具越しにペニスが引き抜かれる。そしてタルラは、僕の背に手を添えた。
「お前は、私の道からあるべき報いを切り捨てたな」
「本来ならあるべきだった贖罪の道を捻じ曲げて、多くの正義を無かったことにした」
僕は、彼女の顔を見上げた。
「それは、カジミエーシュで言えば商業連合会や、このウルサスでも最も危険なタイプの権力者が用いる方法だ」
「あるべきものを無くして、気付かないうちに、存在しないはずのものを実現する」
タルラさんは、少し目を細めた。
「この自由都市となったチェルノボーグは、まさにその完成形と言っていい」
「えへへ。気づきましたか?」
僕は笑って答えた。
「犠牲者の無い結果は、大抵の場合あっさりと実現できるものなんです」
「あるべき報いと、なすべき正義と、果たされるべき勝利を消してしまえば」
「……それは、誰にとっても約束されるべき未来なのか?」
「誰にとっても、とは言えないでしょうね」
僕は首を横に振った。
「今回の場合は、占領を受けたチェルノボーグの市民と、本来なら正義を果たすはずだったロドス、そして巻き込まれるはずだった龍門が、それぞれ違う形で割を食った結果です」
「チェルノボーグの市民は、レユニオンに対する報いを十分に求められなかった。ロドスは、レユニオンとの戦いに決着をつける機会を失った。龍門もまた、レユニオンの問題を自分たちの正義によって解決することはできなくなりました」
「その代わり、チェルノボーグは破壊されず、レユニオンは壊滅せず、龍門も戦争に巻き込まれずに済んだ」
僕は、タルラさんの目を見つめた。
「僕は、それで構わないと思っています」
「……だが、問題が消えたわけではないな」
「ええ。もちろんです」
僕は頷いた。
「僕の方法は、大抵の場合、どこかに矛盾を残します。そして、その矛盾は同時に手段でもあるんです」
「例えば、チェルノボーグの市民はレユニオンによる占領を忘れていません。それでも、今ではレユニオンの元幹部たちが都市の統治に参加している」
「市民には不満がある。だからこそ、レユニオンは市民の生活を改善し、統治の正当性を証明し続けなければならなかった」
「一方、ロドスが当時レユニオンを武力で排除しようとすれば、今度はチェルノボーグの住民の生活を脅かすことになる」
「……なるほど」
「互いの正義が、互いの行動を制限しているんです」
僕は小さく笑った。
「今回のチェルノボーグ事変では、市民の不満とロドスの活動を抑えるために、この矛盾を利用しました」
「不満を消したわけではありません。正義を否定したわけでもありません。ただ、それらを実現するために戦争を始めることが、誰にとっても難しくなるようにしただけです」
タルラさんは黙っていた。
少しの間、僕の顔を見つめていた。
やがて、小さく息をつく。
「……そうか。やはり劇薬だな、お前は」
「褒め言葉として受け止めておきます」
「褒めているつもりはないんだがな」
そう言いながら、タルラさんは僕の頭を撫でた。
僕は、えへへ、と笑って受け入れる。
「私は、犠牲の無い未来は保証しない」
やがてタルラさんは、静かに言った。
「だが、誰もが迎えられる未来を約束しようと思う」
「このウルサスに生きる人々に対して」
「このチェルノボーグに暮らす市民に対して」
「かつてのレユニオンの仲間たちに対して」
そして彼女は、僕を抱きしめた。
「……お前に対しても、だ」
「はい……」
僕も、彼女の背に腕を回した。
しばらく、そのままでいた。
それから僕は、一つ思いついたことを口にした。
「……タルラさん、伝記を書きませんか?」
「伝記? 私がか?」
「ええ。政治的宣伝です」
「……随分と身も蓋もないな」
「ですが、必要なことですよ」
僕は顔を上げた。
「タルラ公爵という、一見すると奇妙な貴族が、どうしてチェルノボーグを領有するに至ったのか。レユニオンが何を目指し、何を行い、そして何を実現したのか」
「それを、誰にでも理解できる形で残すんです」
「ウルサスの人々だけではありません。ヴィクトリアでも、カジミエーシュでも、クルビアでも。どこの国の人間が読んでも、経緯を追えるように」
タルラさんは、黙って僕の話を聞いていた。
「肯定的な内容だけを書く必要はありません。失敗も、犠牲も、批判も、記録してしまえば良いんです」
「あなたを英雄だと評価する人もいるでしょう。反乱者だと非難する人もいるでしょう」
「ですが、どちらにしても、タルラという人物とレユニオンという組織が、この都市の成立に関わったことは、歴史として残ります」
「……歴史として、か」
「ええ。できれば、後世の歴史家が研究に使えるくらい、しっかりしたものにしましょう」
僕は頷いた。
「政治的な宣伝文書は、政権が変われば捨てられるかもしれません。ですが、きちんとした記録なら、賛成する人も反対する人も読むことができます」
「そして、あなたのことを否定する人であっても、あなたが何をしたのかを調べずにはいられなくなる」
「それで十分なんです」
タルラさんは、しばらく考えていた。
それから、呆れたように笑った。
「……全く。そういうなら、お前にも書いてもらうぞ」
「えっへへ。僕の伝記なんて、つまらないですよ」
「お前が何をしたのか、私だけが説明するわけにはいかないだろう」
「それもそうですね。でも必要なら、タルラさんの伝記に付録としてくっつけておきます」
「付録?」
「ええ。僕は脇役ですから」
「……本当に、お前は」
タルラさんは、それ以上何も言わなかった。
ただ、僕の頭をもう一度撫でてくれた。
そうして、その日の夜は過ぎていきました。
そして翌朝。
ラップランドさんのトラックが寝室に突っ込んでくるとは、この時の僕は全く思っていませんでしたね。
突然ですが次のヒロインは誰が良い?
-
テキサス
-
ラップランド
-
ソラ!??
-
エクシア!?
-
ヴィヴィアナ!??