※この作品はR-18です。

背徳の日々   作:天狗連

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その日から、千夏は玲奈のことが気になり始めた。

 

評判は、元から知っていた。

 

「あの子さ、大学で男を食い物にしてるらしいよ」

「彼氏持ちにも平気で手出すんだって。友達の彼氏、取られたって言ってた」

 

常連の女子大生たちが、窓際の席でひそひそと噂しているのを、千夏は一度や二度ではなく耳にしていた。そのたびに、店長として、聞かなかったふりをしてきた。

 

けれど、一緒に働いている玲奈は、噂とは少し違った。

 

仕事は早い。注文を間違えることはほとんどないし、一度来た客の好みは、ちゃんと覚えている。客あしらいもうまい。ちょっと面倒な常連の老紳士も、玲奈が相手だとにこにこと帰っていく。

 

その一方で、若い男性客には、不思議なほど冷たかった。

 

「ねえお姉さん、何時にバイト終わるの? このあと飲み行かない?」

 

カウンター越しに身を乗り出してきた大学生風の男に、玲奈はいつもの笑顔のまま、あっさりと言った。

 

「ごめんなさーい。私、男の人にはマジで興味ないんですよー。ご注文は以上でよろしいですか?」

 

男がふてくされたように席に戻っていくのを見送りながら、千夏は思わず、玲奈の横顔を見つめてしまった。

 

(……男の人には、興味ない?)

 

では、あの噂は何なのだろう。

 

そのくせ、玲奈は女性客や千夏には、やたらと距離が近かった。

 

「千夏さん、髪にごみついてる」

 

開店前の仕込みの最中。そう言って、玲奈は千夏の首筋のあたりに、すっと指を伸ばしてきた。指先が、うなじをかすめる。

 

「……っ」

 

千夏の肩が、小さく跳ねた。

 

「はい、取れた。……どしたの? くすぐったかった?」

 

「い、いえ。ありがとう」

 

そう答えながら、千夏は自分の首筋にそっと手を当てた。触れられたところが、ほんのりと熱い。

 

 

ある日の休憩時間には、こんなこともあった。

 

「千夏さん、この新作のケーキちょっと食べてみて。生クリーム、甘すぎないかなーって」

 

バックヤードの小さなテーブルで、玲奈は自分のフォークでケーキをひと切れすくい、千夏の口元に差し出した。

 

「はい、あーん」

 

「え、ちょっと……自分で食べるわよ」

 

「いいからいいから。ほら、落ちちゃう」

 

拒む間もなく、唇にフォークが当てられる。千夏は仕方なく口を開けた。生クリームの甘さが、舌の上に広がる。

 

「どう?」

 

「……美味しいわ。ちょうどいい甘さ」

 

「よかったー。……あ、千夏さん、クリームついてる」

 

玲奈の親指が、千夏の唇の端を、すっとなぞった。そしてその親指を、そのまま自分の口に運んで、ちろりと舐めた。

 

「ん、甘っ」

 

千夏は、何も言えなかった。

ただ、心臓が、うるさいほど早く鳴っていた。

 

(……女の子相手に、何をどきどきしてるの)

 

そう自分に言い聞かせた。きっと、久しく誰かに触れられていないからだ。それだけのことだ。

 

 

 

そのはずだった。

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