※この作品はR-18です。

姉弟でもいいよね?   作:デイジーEW

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1話

 

朝の光がカーテンの隙間から差し込んでくる頃、私はいつもより少し早く目

を覚ました。
陸上部の朝練がある日は、自然と体が先に起きてしまう。隣の部屋から聞こえてくるはずの悠貴の寝息は、まだ静かだった。

キッチンに降りて水道の栓を捻る。冷たい水がシンクに落ちる音が、静かな家の中に小さく響いた。冷蔵庫から卵と牛乳を出し、フライパンを火にかける。今朝はシンプルにスクランブルエッグとトーストにしようと思った。悠貴は甘いものが好きだから、ジャムも多めに出しておく。

「悠貴、もう時間だよ」

階段の下から声をかける。返事はない。仕方なく二階に上がり、悠貴の部屋のドアを軽くノックした。

「悠貴。起きて」

「……ん」

低くて眠そうな声が返ってきた。ドアを開けると、布団から半分はみ出した悠貴が、髪をぐしゃぐしゃにしたまま目を細めている。朝日を嫌うように顔を背けて、また布団に潜ろうとする。

「ダメ。今日は朝練でしょ」

私は窓のカーテンを開け放った。一気に部屋が明るくなって、悠貴がうめき声を上げる。

「お姉ちゃん、ひどい……もう五分だけ」

「五分したら遅刻するよ。ほら、起きて」

布団の端を掴んで軽く引っ張る。悠貴は嫌がるように身をよじったあと、仕方なさそうに上半身を起こした。寝癖のついた髪が額に張り付いている。私は自然と手を伸ばして、その髪をかき上げた。指先に熱い体温が伝わる。

「……ありがとう」

悠貴がぼそりと言う。目はまだ半分閉じたままなのに、唇の端が少しだけ緩んでいた。私は手を引っ込めながら、軽く肩を叩く。

「着替えて下に降りてきて。朝ごはん作ってるから」

「うん」

返事はしたものの、悠貴はすぐに動こうとしない。私は一度部屋を出て、自分の身支度を整えることにした。鏡の前で髪をまとめながら、さっき触った悠貴の髪の感触が指に残っている気がした。柔らかいのに、少しだけ汗ばんでいて。思わず指を握りしめてしまう。

——なんでもない。ただの弟だ。

自分にそう言い聞かせて、私は階下に戻った。

スクランブルエッグを皿に盛り、トーストを焼いていると、背後で足音がした。振り向こうとした瞬間、後ろから体を預けられる。

「重たい」

「だって眠いんだもん」

悠貴の額が私の背中に乗っている。朝の熱がそのまま伝わってきて、背筋がくすぐったくなる。私はフライパンを置き、振り返らずに言った。

「顔、洗いなさい。寝癖もついたままよ」

「お姉ちゃんが直してよ」

「自分でやりなさい」

それでも悠貴は離れない。仕方なく私は体を捻って、彼の前髪を指で分けた。悠貴は目を細めて、まるで猫みたいに喉を鳴らす。その仕草が、最近妙に気になって仕方なかった。

「……もういいでしょ。テーブルにつきなさい」

「はーい」

悠貴がようやく離れ、椅子に座る。私はお茶を淹れながら、ちらりと彼の横顔を見た。寝起きの目元が少し赤くて、唇がぼんやりと緩んでいる。同じ屋根の下で何年も見ている顔なのに、最近は視線が自然と止まってしまう。

母が降りてきて「おはよう」と明るく言った。父も少し遅れて現れ、新聞を広げながら「サッカー部、次の試合はいつだったか?」と悠貴に聞く。悠貴は口の中にパンを詰め込みながら「来週の日曜」と答える。いつもの朝だ。特別なことは何もない。

なのに、私の胸の奥が、ほんの少しだけざわついていた。

 

学校に着いても、そのざわつきは完全には消えなかった。
昼休み、廊下を歩いていると、向こうから悠貴が友達と話しながら歩いてくるのが見えた。目が合った瞬間、悠貴の表情がぱあっと明るくなる。友達に何か言ってから、こちらに走ってきた。

「お姉ちゃん」

周囲に聞こえないように、小さな声で呼ぶ。私は軽く目配せをして、人の少ない通路の方へ移動した。

「どうしたの」

「お昼、何食べた?」

「サンドイッチだけど。……それで?」

「なんとなく。お姉ちゃんの顔見たくなっただけ」

悠貴がにやっと笑う。生意気な笑いに見えて、どこか甘い。私は思わず目を逸らした。

「変なこと言わない。早く戻りなさい」

「はーい。じゃあね、お姉ちゃん」

悠貴が手を振って戻っていく。その背中を見送りながら、私は自分の耳が熱いのに気づいた。学校ではできるだけ「弟」として接するようにしているのに、悠貴の方からこうして近づいてこられると、拒めない。

放課後、陸上部の練習前にグラウンドの端を通ったとき、サッカー部の練習している姿が目に入った。悠貴がボールを追って走っている。汗で髪が額に張り付き、ユニフォームの下から鎖骨が覗いている。私は足を止めそうになって、慌てて視線を戻した。

——見ない。見ちゃいけない。

なのに、まぶたの裏に、さっきの姿が残っていた。

 

帰宅したのは夕方近くだった。
玄関で靴を脱ぐと、家の中はまだ静かだった。私は先にシャワーを浴びて、キッチンに立つ。夕食の支度を始めていると、玄関が開く音がした。

「ただいまー」

「おかえり。汗だくでしょ。先に着替えて」

悠貴が鞄を放り出すように置いて、こちらの方へ歩いてくる。額に汗が光っている。私はタオルを取って、無意識に彼の頭に押し付けた。

「自分で拭きなさい」

「お姉ちゃんが拭いてよ。疲れるんだもん」

「練習で疲れたのはわかるけど……」

言いながらも、私はタオルで悠貴の髪を軽く押さえる。甘い汗の匂いが鼻先を過った。指先に伝わる熱が、朝よりずっと濃い。悠貴が目を細めて、身を預けてくる。

「……もういいでしょ」

私はタオルを彼の手に押しつけて、キッチンに戻った。後ろで悠貴が「冷たいな」と小さく呟く声が聞こえた。

夕食の準備をしている間、悠貴は隣で野菜を洗ったり、食器を並べたりしてくれる。肩が触れ合うたび、私は小さく息を詰めた。悠貴は気づいているのかいないのか、時々わざと体を寄せてくる。

「お姉ちゃん、今日の練習どうだった?」

「普通。悠貴は?」

「まあまあ。パスがうまく繋がらなくてさ」

会話はいつものままだ。なのに、空気の密度が違う気がした。フライパンの音や、水道の水音が、やけに大きく聞こえる。

食後、両親がリビングでニュースを見ている間、私たちはソファの端に並んで座った。悠貴が私の肩に頭を預けてくる。重みと体温が、ゆっくりと染み込んでくる。

「重い」

「ちょっとだけ。……お姉ちゃんの肩、好きなんだ」

「また変なこと言って」

私は軽く肘で突いたが、悠貴は動かない。両親の視界に入らない角度で、彼の指が私の服の裾を小さく摘まんでいるのに気づいた。拒むべきなのに、体が動かない。悠貴の吐息が首筋にかかり、背中がぞくりとした。

——ただの甘えだ。いつも通りの。

そう思おうとしても、胸の奥が熱い。悠貴の髪の匂い、肌の温度、近くで聞こえる呼吸。全部が、最近になって急に生々しく感じられるようになっていた。

両親が先に二階へ上がったあと、リビングには私たちだけが残った。テレビの音が小さく流れる中、悠貴が身を起こして私の顔を覗き込む。

「お姉ちゃん、最近ちょっと優しい?」

「……何が」

「なんとなく。前より、触ってくれる気がする」

私は言葉に詰まった。否定しようとして、うまく声が出ない。悠貴がにやっと笑って、今度は私の手を軽く握ってきた。

「いいよ。俺、お姉ちゃんに触れられるの好きだから」

その言葉が、胸に小さく刺さった。私は手を引っ込め、立ち上がる。

「もう夜遅いから。お風呂入って、早く寝なさい」

「はーい」

悠貴が素直に従うように立ち上がる。その後ろ姿を見ながら、私は自分の掌がまだ熱いのに気づいた。

 

夜も更けた頃、私は自分の部屋で部活の記録をつけていた。
ペンを走らせながらも、集中できない。昼間からのざわつきが、体の奥に残っている。喉が渇いたので、水を飲みに廊下へ出た。

二階の廊下は暗い。悠貴の部屋のドアの下から、薄い光が漏れていた。まだ起きているのか、と思いながら近づいたとき、耳に小さな音が引っかかった。

——何かが、擦れるような音。

そして、抑えきれない吐息。

私は足を止めた。心臓が、急に大きく鳴り始める。ドアに耳を寄せるでもなく、ただ立ち尽くしたまま、音に意識を奪われる。

「……ん……」

低くて、甘い吐息。
そして、はっきりと聞こえた。

「……お姉ちゃん……」

私の名前だった。
悠貴の声で、私の名前が呼ばれた。

頭の中が真っ白になる。足が動かない。ドアの向こうで、悠貴が何をしているのか。考えただけで、耳まで熱くなった。吐息は続き、時々「お姉ちゃん」と、か細い声で私を呼ぶ。まるで、誰かに縋るような、熱を帯びた声。

——知ってはいけない。

そう思いながらも、体が離れない。下腹部に、じわりと熱が広がっていく。自分でも驚くほどの速さで、欲情が涌き上がってくる。清楚に振る舞っている自分とは別人みたいに、胸が上下し、指先が微かに震えた。

悠貴が、私を想って、ああしている。
その事実が、頭の中で何度も反芻される。朝、触った髪の感触。夕方、拭いてあげた汗の匂い。ソファで預けられた体温。全部が、今この瞬間の音と結びついて、私を内側から溶かしていく。

どれくらいそこに立っていたのかわからない。
ふと我に返ったとき、私は慌ててその場を離れた。自分の部屋に戻り、ドアを閉めて、壁に背中を預ける。心臓の音がうるさい。太ももをそっと擦り合わせると、熱がさらに強くなった。

ベッドに倒れ込むように横になる。天井を見つめたまま、先ほどの声を何度も思い出す。

「……悠貴」

小さく名前を呼んでしまう。返事はない。当たり前だ。
なのに、その名前を口にしただけで、体の奥がきゅっと縮んだ。

ただの弟だ。
血の繋がった、大事な弟だ。
こんな感情を抱いてはいけない。

頭ではわかっている。なのに、身体は正直に熱を持ったままだった。悠貴の吐息が耳に残っていて、目を閉じると、ドアの向こうの気配がまざまざと蘇る。

私は布団を頭から被り、膝を抱えた。
何も起きていない。ただ、聞こえてしまっただけだ。
なのに、明日の朝、悠貴の顔を見るのが、少しだけ怖かった。

そして同時に、
どうしようもなく、楽しみでもあった。




読んでいただきありがとうございます。

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[二次創作の館]
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