朝、目が覚めた瞬間から、昨夜の声が耳の奥に残っていた。
「……お姉ちゃん……」
低くて、熱を帯びた悠貴の吐息。あの音を思い出してしまっただけで、胸の奥がきゅっと締め付けられる。私は布団の中で目を閉じたまま、深く息を吐いた。体の芯が、まだ少し熱い。
——忘れなければいけない。
そう思いながらも、起き上がる手が重い。鏡の前に立ち、自分の顔を見る。昨夜と変わらない顔なのに、目元がどこか虚しかった。髪をまとめながら、ふと唇に指を当てた。何も触れていないのに、熱を持っている気がする。
階下から母の声がした。
「遙、悠貴、朝ごはんよ」
「……はい」
返事をして、廊下に出る。悠貴の部屋の前を通るとき、足がわずかに鈍った。ドアの向こうから、衣擦れの音がする。昨夜のことが頭をよぎり、私は慌てて視線を逸らして階段を降りた。
ダイニングにはすでに父と母が座っていた。悠貴は少し遅れて降りてくる。寝癖のついた髪をぼさぼさにしたまま、あくびをしながら椅子に座った。
「おはよう、お姉ちゃん」
いつもの声。いつもの笑顔。なのに、私はうまく目を合わせられない。視線を逸らして、お茶を注ぐ手に集中する。
「……おはよう」
声が少しだけ硬くなった。悠貴が首を傾げる気配がする。テーブルの下で、彼の膝が私の腿に軽く触れた。いつもの無意識の接触なのに、昨夜の声と重なって、背筋に小さな電流が走る。
「遙、顔色悪くない? 風邪ひいた?」
母が心配そうに覗き込んでくる。私は慌てて首を横に振った。
「大丈夫。ちょっと眠くて」
「無理しないでね」
父が新聞越しにそう言って、また目を落とす。いつもの朝だ。なのに、私の鼓動だけが速い。悠貴がトーストを齧りながら、ちらちらとこちらを見ている視線が、肌に刺さるようだった。
学校に着いても、昨夜の余韻は消えなかった。
昼休み、廊下を歩いていると、背後から足音が近づいてくる。振り向かないうちに、袖を小さく摘まされた。
「お姉ちゃん」
周囲に聞こえないように、低い声で呼ばれる。振り返ると、悠貴が少しだけ息を弾ませて立っていた。
「どうしたの」
「なんでもない。顔、見たかっただけ」
その言葉に、胸が小さく跳ねる。私は周囲を窺い、人の少ない窓際の方へ移動した。
「学校でそんなこと言わないの」
「だって、今朝、お姉ちゃんが避けてる気がしたから」
悠貴が真っ直ぐに私を見る。その目が、昨夜の想像と重なって、喉が乾いた。
「気のせいよ。……行くわね」
私は足を速めてその場を離れた。後ろで悠貴が「また後で」と小さく言う声が聞こえた。その声が、昨夜の吐息と重なって、耳の奥で熱を持つ。
放課後、陸上部の練習前にグラウンドの端を通ったとき、また足が止まった。サッカー部の練習で、悠貴が汗を飛ばしながら走っている。ユニフォームが肌に張り付き、鎖骨のくぼみが光っている。昨夜、あの声で私を呼んでいた体が、今あそこにいる。そう思っただけで、下腹部がじわりと熱を帯びた。
——見ちゃいけない。
視線を強引に外して、私は練習場へ向かった。
帰宅したのは、いつもより少し遅い時間だった。
玄関で靴を脱ぐと、すでに悠貴の靴が揃えてあった。リビングからテレビの音が聞こえる。私は先にシャワーを浴びて、キッチンに立つ。夕食の支度を手伝っていると、背後で足音がした。
「おかえり、お姉ちゃん」
「……ただいま」
振り返ると、悠貴がタオルで髪を拭きながら立っていた。風呂上がりらしく、肌が赤い。私は視線を逸らし、野菜を切り始める。
「手伝おっか」
「いいわよ、自分でやるから」
「じゃあ、隣にいるだけ」
そう言って、悠貴が私の隣に立つ。肩が触れ合う距離。石鹸の匂いと、熱い体温がすぐそばにある。包丁を握る手が、わずかに滑りそうになった。
「今朝からずっと、お姉ちゃんの様子が変だよ」
「気のせい」
悠貴が私の方を向く。私は包丁を置いて、ようやく彼の顔を見た。真剣な目。いつもの生意気な色が薄れて、真っ直ぐな熱だけが残っている。
「……ほんとに、なんでもないから」
私の声は、自分でも驚くほど弱かった。悠貴は何も言わずに、そっと手を伸ばして私の手首を掴んだ。熱い指の感触に、呼吸が浅くなる。
「嘘」
その一言が、胸に深く沈んだ。
夕食の間も、その熱は消えなかった。両親が話している横で、テーブルの下で悠貴の足が私の足に触れている。意図的な接触。私は拒めなかった。拒む理由が、もううまく見つからなかった。
食後、両親が二階に上がったあと、リビングには私たちだけが残った。テレビの音が小さく流れる中、悠貴がソファで体を寄せてくる。頭を私の肩に預け、腕を絡めてくる。いつもの甘えなのに、今夜は違う。重みも、熱も、息も、全部が濃い。
「お姉ちゃん」
「……何」
「昨夜、部屋の前に誰かいる気がした」
体が固まる。否定する言葉が、喉で引っかかった。悠貴が身を起こし、私の顔を覗き込む。近い。息がかかる距離。
「……聞こえてた?」
「……」
悠貴の瞳が、熱を帯びている。私は逃げようとして、体が動かなかった。彼の手が、ゆっくりと私の頬に触れる。親指が唇の端を掠めて、背筋がぞくりと震えた。
「……だめ」
「わかってる。でも、無理」
次の瞬間、悠貴の唇が私の唇に重なった。
柔らかくて、熱い。最初は触れるだけの、小さなキス。なのに、それだけで頭の中が真っ白になる。悠貴が少しだけ角度を変えて、今度は深く吸い付いてきた。唇が割れ、熱い舌先が私の唇を舐める。私は小さく喘ぎを漏らしてしまい、その音に自分で驚いた。
悠貴の手が後頭部に回り、私を固定する。キスは徐々に濃くなっていく。舌が絡み、唾液の音が小さく響く。悠貴の吐息が鼻先にかかり、私の中で昨夜の声が蘇る。あのとき、この唇が私の名前を呼んでいた。そう思うと、下腹部が熱く疼いた。
「ん……悠貴……」
名前を呼んだ瞬間、彼のキスがさらに深くなった。私の舌を吸われて、腰が浮きそうになる。理性が溶ける音が聞こえる気がした。このまま押し倒されたら、拒否できない。そう確信してしまったところで、二階から足音がした。
「……遙? まだ起きてるの?」
母の声。私たちは弾かれたように体を離した。唇が離れる瞬間、糸を引くような感触が残った。悠貴の目が、欲望で潤んでいる。私も同じ顔をしているのだろう。
「……もう寝るわ」
私はそう言って、逃げるように自分の部屋へ向かった。後ろで悠貴が何か言いかける気配がしたが、振り向かなかった。
部屋のドアを閉めた瞬間、膝が笑いそうになった。
壁に背中を預けて、大きく息を吐く。唇が、まだ熱い。指で触れると、少し腫れたように厚くなっていた。悠貴の舌の感触が、まざまざと蘇る。吸われた唇の内側、絡めた舌、熱い吐息。全部が鮮やかに蘇って、下腹部がずぶりと疼いた。
——だめ。
そう思いながらも、足がベッドへ向かう。布団に潜り込み、仰向けに転がる。天井を見つめたまま、さっきのキスを何度も再生する。悠貴の手が後頭部を押さえる感触。体を寄せてきたときの熱。そして、何より——あの唇。
太腿をそっと擦り合わせると、すでに熱く湿っているのがわかった。私はためらいながら、スカートの中に手を滑らせた。下着の上から秘部に触れると、自分でも驚くほど熱い。布が濡れて、指の腹に張り付く。
「……ん」
小さく吐息が漏れる。指先で割れ目を上下に擦ると、昨夜から溜まっていた熱が一気に表面へ押し上げられてきた。悠貴の唇を思い出しながら、指を下着の中に滑り込ませる。熱くて、とろりとした感触。すでに充分に濡れていて、指が沈む。
「悠貴……」
名前を呼ぶと、内側がきゅっと収縮した。クリトリスを指の腹でゆっくりと円を描くように弄る。キスの感触を思い出して、唇を舌で湿らせる。悠貴が私の舌を吸ったときの、あの強い吸引。あのときの腰の抜けそうな感覚を、自分の指で再現しようとする。
指を一本、ゆっくりと中に入れた。熱い肉壁が絡みついてくる。二本に増やすと、くちゅ、という水音が部屋に小さく響いた。恥ずかしい音なのに、止められない。悠貴の舌が私の中に入ってきたら、こんな感触なのだろうか。そう想像しただけで、腰が震えた。
「んっ……はぁ……悠貴……もっと……」
声が、自分でも驚くほど甘い。指の動きが速くなる。クリトリスを親指で押し潰すように刺激しながら、中を掻き回す。水音がだんだん大きくなって、ベッドの上で腰が浮いた。
キスの続きを想像する。悠貴が私を押し倒して、この熱い部分に自分のものを押しつけてくる場面。昨夜、あの部屋で私の名前を呼びながら動かしていた右手。その手が、今、私の中を掻き回している指と重なる。
「だめ……なのに……悠貴……!」
快感が一気にせり上がってくる。足の指が緊張し、背中が弓なりに反った。指を奥まで押し込んだまま、クリトリスを連続で弾く。白く焼けたような快感が下腹部から爆発して、体が跳ねた。
「……っ、あ……!」
短く、掠れた声が漏れる。内側が痙攣して、指を強く締め付ける。腰が小刻みに震え、太腿の内側を愛液が伝う感触がした。余韻が長く続く。激しく波打つ快感の中で、悠貴の唇の熱だけが、はっきりと残っていた。
しばらくして、脱力した体で天井を見つめる。指を抜くと、くちゅ、という音がして、シーツに小さな染みができていた。恥ずかしいのに、心の奥で何かがはっきりと変わってしまったのを感じる。
もう、昨夜までには戻れない。 あのキスも、この快感も、全部、悠貴のものだ。
私は濡れた指を握りしめ、目を閉じた。 唇に残った熱が、まだ消えていなかった。