夏のプライベート植物園にはほとんど人はおらず、主だけがただ一人咲き誇る花々を眺めている。
主に降り注ぐ夏の日差しを遮るのは、フリル付きで淡い水色の日傘と可愛らしいピンク色の、つば広の帽子。
白いブラウスに青いリボンタイ。
膝丈の、これまた水色のフレアスカート。
そして、少し厚手の純白のタイツ。
これらが黒髪ボブカットとよく似合っている。
そして、顔付きはと言えば、パッチリとした大きく黒い瞳、ルージュを引かずとも映える鮮やかな紅唇。すっと通った鼻筋。ほんのりとバラ色がかった頬。肌もほの白く、きめ細やかでキラキラと光を反射する。文句無しで美少女である。さらにその優雅な佇まいは、どこからどうみても、良家のお嬢様である。
普通の女子が気後れするほどの美貌の前には、「彼女」のスカートとパンティの奥に男根が隠れているということは実に些細なことである。
そう。
このお嬢様、実は男の娘だ。だが、今目の前にいるのが男だと分かる人はまずいないだろう。
そこに、すらりとした長身の執事がやってくる。赤い短髪に、キリっとして涼やかな目。びしっとした。これだけ見ればこちらもハンサムボーイであり、間違いなく多くの女子からラブレターやらバレンタインチョコを貰うことになりそうだ。ただし、胸を見ればこの執事が中々の巨乳の持ち主であることがわかる。つまりは、こちらの方は王子様系女子なのである。
「坊ちゃま。そろそろお時間です。お部屋の中にお戻りください」
促されて屋敷の中に戻るとき。男の娘――天野陽向が女執事を見上げて言った。
「うん。でもさ、涼姉」
「涼姉」と呼ばれた女執事が視線を陽向の方に下げる。
「何か、ございますでしょうか」
「『坊ちゃま』は止めてほしいな。涼姉には『ヒナ』って呼んでほしいんだけど」
「そうはいきません。私は坊ちゃまの執事でございます」
「その前に、涼姉とは幼馴染じゃないか。僕は涼姉のことを姉みたいなものだと思っているから、僕は坊ちゃまなんて言われたくないんだけど」
「それは、光栄ではございます。が、それは、ものを知らなかった昔のことでございます。できれば、『涼姉』ではなく、ただの『涼』と呼んでもらえる方がよいのですが」
「僕にとっては『涼姉』は『涼姉』だよ」
屋敷の中を歩きながら、何度目かわからないやりとりをこの日も繰り返していた。そうこうしているうちに、2人は陽向の私室の前に着いていた。王子様系女執事――加地涼が、その名の通り涼しい顔を崩さずに主人のためにドアを開ける。
「さて。坊ちゃま。本日の『学習』でございますが」
涼が一呼吸置く。
「結婚生活について、でございます」
短いのに言い終わった涼の顔は、珍しくどこか硬い。
「結婚、かぁ」
陽向がため息をつく。彼の家は名家だ。伴侶を得て、子を成し、家を継いでいくというのはこの令和の時代になっても変わらなかった。また、結婚は家と家との関係を強化する。有体に言えば政略結婚だ。こんなものは今となっては時代遅れのようも見えるが、世襲政治家や財閥系企業、それから旧華族の一部ではまだまだ続いている。
名家の一人息子である陽向には、それを拒否するという選択はない。
「僕は結婚するなら涼姉がいいんだけどなぁ」
涼の顔が強張る。
「バカなことをおっしゃってはなりません。我が加地家は代々天野家の執事としてお仕えしてまいりました。私も父より坊ちゃまの教育係兼執事としてお仕えするよう、申し付かっております。結婚など、ありえません。立場が違いすぎます。ですが……」
涼が急に、悪戯小僧が何かしょうもない悪だくみを思いついたような表情を見せる。
「教育係として、坊ちゃまの性の手ほどきをすることくらいはできます」
「はぁ!?」
陽向が、いつもの「美少女」ぶりが台無しになるほどに驚愕する。
「いやいや! いくら何でもそれはないよ!」
「そんなことはございません。夫婦生活というのは、何よりも夜の性活が大切なのでございます。とくに坊ちゃまのようにお若い方ですと」
陽向は「涼姉も僕と1つしか違わないじゃないか」と言いたくなるのをぐっとこらえた。そんな彼のことを知ってか知らずか涼が滔々と続ける。
「この天野家は坊ちゃまが成すお子様にかかっているのです。奥様になられる方が不倫などしたら一大事でごさいます。ですから、坊ちゃまは奥様を夜も満足させられるような男にならなければなりません。本来ならば女装など卒業しなければなりませんが、そこは妥協いたしましょう」
「そこは妥協してくれるんだね」
思わずツッコむ陽向。
「ええ。坊ちゃまのお姿は数多の平凡な花々に自らの分を弁えさせ、坊ちゃまの輝きに負けぬ名花のみが残るようになりますから」
「一応、褒めてはいるんだよね」
「当然にございます。それはさておき、そうとなれば私めも準備がございます。しばし、坊ちゃまはこちらでお待ちくださいませ」