コミュ障陰キャの私が学園のアイドルを買っちゃいます! 作:空空空空
私たちは秋葉原にあるコスプレ専門店を目指していた。電車に揺られること二十分。
電車に乗るのは、高校進学を機に実家を離れて以来、実に一年以上ぶりのことだった。しかも、今日は休日。車内は大勢の乗客で混雑しており、人混みに慣れていない私にとっては、それだけでも物凄い気力を削がれていた。
おかげで、秋葉原に到着するころには、私のHPは一割にまで減少していた。
「はぁ……はぁ……」
「き、如月さん、大丈夫? よかったら、あそこのベンチで少し休憩しようか?」
「あ、う、うん……。うぅ、ご、ごめんね。わ、私の体力がないばかりに……」
「ううん、全然気にしないで。私、何か飲み物を買ってくるね」
「あ、ありがとう……」
舞園さんはそう言うと、飲み物を買いにホームに設置された自動販売機へと向かった。
ちなみに、今は何かあったときのために、舞園さんにもいくらかお金を渡してある。だから、こうして飲み物を買いに行ってもらうこともできるわけだ。
……それにしても、たった二十分電車に乗っただけで、この有り様とは、我ながら、情けなくなってくる。
「はい。如月さん、お水買ってきたよ」
しばらくして、舞園さんがペットボトルの水を買って戻ってきた。キャップを開けてから差し出してくれる、その気遣いがありがたい。
私はお礼を言って水を受け取り、ゆっくりと口に含んだ。ひんやりとした水が乾いた喉を潤し、火照った身体に心地よい冷たさが染み渡っていく。
はぁ……生き返る……。
おかげで、底をつきかけていた体力も、少しずつ回復していくのだった。
そんなやり取りもありはしたものの、私たちは無事にコスプレ専門店へと到着した。
「おぉっ……! コスプレって、こんなに種類があるんだ……!」
舞園さんは驚きに目を輝かせながら、少し身を反らして店内を見渡した。
さすがはコスプレ専門店というべきか、店内には実に多種多様な衣装が並んでいた。
メイド服はもちろん、ナース服に魔法使いや魔女の衣装、魔法少女のコスチュームにチャイナドレスなど、挙げ始めればきりがない。しかも、一つのジャンルだけでも何百着もの衣装がずらりと並んでいるのだから、その品揃えには圧倒されるばかりだった。一日で果たして決めることが出来るのか不安になってしまう。
できれば、今日中に選び終えてしまいたい。そのためにも、一秒たりとも無駄にはできない。幸い、今は店内にいる客も少ないようだし、混み合う前に目当ての衣装を吟味してしまおう。
「えっと、メイド服は……」
「あっ! あっちにあるみたいだよ!」
私が店内を見回してメイド服のコーナーを探していると、舞園さんが見つけたらしく、少し離れた一角を指差して教えてくれた。
初めて訪れるコスプレ専門店だからだろうか。舞園さんは、普段よりも心なしか浮き足立っているように見える。その弾んだ声からも、店内に並ぶ数々の衣装に心を躍らせているのが伝わってきた。
私たちは連れ立って、メイド服のコーナーへと向かうと、そこには、色も形も異なるさまざまなメイド服が所狭しと並んでいた。
目移りしてしまいそうなほど種類は豊富だったけれど、やはり舞園さんに似合うのは、王道ともいえる黒のワンピースに白いエプロンを組み合わせたデザインだと思う。
そもそも、私が描いている漫画でも、メイド服といえばその配色を想定している。ここであえて違う色合いの衣装を選ぶよりも、自分のイメージに近いものを選んだほうが、漫画の場面も具体的に思い描きやすいはずだ。
何より、実際に舞園さんに着てもらった姿を参考にできれば、フリルの形や生地の重なりといった細かな部分まで、より丁寧に描き込めるだろう。
となれば、残る問題は素材選びだ。
せっかく購入するのだから、できるだけ長く使えるものがいい。繰り返し洗濯しても傷みにくいことはもちろん、肌触りがよく、動きやすい素材であることも重要だ。見た目が理想的でも、着心地が悪ければ、何度も着るうちに負担になってしまうかもしれない。
ただ、ここの衣装は型崩れを防ぐため、試着ができないらしい。
実際に着て確かめられない以上、素材の表示や縫製の状態、タグに記載された情報などを頼りに選ぶしかなかった。
私は気になったメイド服を一着ずつ手に取り、生地の感触を確かめていく。
指先でそっと布地をなぞり、厚みや手触りを確認する。裏地が付いているか、縫い目は丁寧に処理されているか。細かな部分まで目を向けながら、長く愛用できる一着を見極めようと、真剣な眼差しで品定めを続けた。
まるで、こだわりの衣装を選び抜く監督にでもなったような気分だった。
素材に納得できたものは、次にサイズを確認する。私は候補のメイド服を舞園さんの身体に合わせるようにして、大きさに問題がないかを確かめていった。そうして一着ずつ比較しながら、少しずつ候補を絞り込んでいく。
その間、舞園さんは私の邪魔をしないよう、静かにそばで見守ってくれていた。私がサイズを確かめるために声をかけたときだけ、こくりとうなずいたり、「うん」と返事をしたりする。
それ以外に会話らしい会話はなく、二人の間には穏やかな沈黙が漂っていた。
せっかく一緒に買い物をしているというのに、友達同士で楽しそうにはしゃいだり、あれこれ感想を言い合ったりするような賑やかさはない。けれど、舞園さんは急かすこともなく、私が納得するまで付き合ってくれていた。
―—メイド服を選び始めてから、二時間。ようやく、これだと思える一着にたどり着いた。
私は手にしたメイド服をもう一度広げ、最後に素材や縫製、細かな装飾に至るまで、念入りに確認する。
黒を基調としたワンピースに、純白のエプロン。袖口や裾にはふんだんにフリルがあしらわれ、クラシカルでありながら、可憐さも感じさせるデザインだった。
私はようやく選び抜いた一着を、まるで大切な宝物でも手に入れたかのように、両腕でそっと抱きしめた。
「決まった?」
「あ、う、うん」
舞園さんに尋ねられ、私は小さく頷く。
購入するメイド服が決まったところで、今度は頭に着けるホワイトブリムと、白いニーハイソックスを選ぶ。必要なものを一通り揃えた私は、それらを手に、舞園さんと一緒にレジへ―—。
最近はセルフレジを利用することが多く、店員さんのいるレジを使うのは久しぶりだった。もともと人と話すことが苦手な私にとって、店員さんとの会話はそれだけでひどく緊張するものだ。
私は声が小さいせいか、話しかけても聞き返されることがよくある。もちろん、聞こえなければ聞き返すのは当然のことだと分かっている。けれど、その際に少し圧を感じるような口調で聞き返されると、どうしても萎縮してしまう。
以前そんな経験を何度かして以来、私は店員さんと話すことに苦手意識を抱くようになっていた。
今回も、いざレジの前に立つと、自然と身体に力が入ってしまう。何を言われるのだろう。ちゃんと受け答えできるだろうか。そんな不安ばかりが頭をよぎり、私はびくびくしながら順番を待っていた。
けれど、そんな私の様子を察してくれたのか、舞園さんが代わりに店員さんとのやり取りを引き受けてくれた。おかげで、私は一言も話すことなく、無事に会計を済ませることができた。
……舞園さんには、感謝してもしきれない。
「え、えっと、ま、舞園さん」
「うん? どうしたの?」
「えっと、その……ご、ごめん、ね? せ、せっかくのお買い物、なのに……お、面白くなかった、よね?」
お礼を伝えたい気持ちと一緒に、ずっと胸の中に引っかかっていたことが口をついて出た。
舞園さんだって、せっかく一緒に買い物をするのなら、もっと賑やかで楽しい時間を想像していたのではないだろうか。
けれど、私の場合、漫画の構想上、メイド服のデザインはある程度決まっていた。そのせいで、さまざまな衣装を見比べながら、あれがいい、これがかわいいと盛り上がることもなく、選ぶ際も素材や縫製の確認ばかりに時間を費やしてしまった。
舞園さんにとっては、退屈な時間だったかもしれない。
もしかしたら、舞園さん自身が気に入ったデザインの衣装もあったのではないだろうか。それなのに、私が自分のこだわりを優先してしまったせいで、彼女の希望を聞くことすらできなかった。
舞園さんは立場を弁えてるからか、横やりを入れることなくずっと静かに見守ってくれていた。
おかげで、私は周囲を気にすることなく、衣装選びに没頭できたけど……舞園さんからしたら、面白くなかっただろうなと思う。だからこそ、申し訳なさが募っていた。
「そんなことのないよ。私は凄く面白かったよ」
しかし、私の心配とは裏腹に、舞園さんはふわりと微笑んだ。
「こういうお店に来るのって、私にとっては新鮮だったから。いろんなデザインのメイド服があって、見ているだけでも面白かったし。それに……」
そう言って、舞園さんは先ほど購入したメイド服の入った袋を、両腕でそっと抱きしめた。まるで、それがかけがえのない宝物であるかのように。
「如月さんが、一生懸命選んでくれたことが、私は嬉しかったよ。えへへ。大切に着るね」
「っ!?」
その瞬間、私の心臓が大きく跳ねた。
舞園さんの顔には、心からの喜びが浮かんでいた。柔らかな頬の緩みも、幸せそうに細められた瞳も、こちらまで嬉しくなってしまうような、そんな眩しい笑顔だった。
街を照らす太陽でさえ、今の舞園さんの笑顔には敵わないのではないか。そんなことを思ってしまうほどに。
私が勝手にこだわって、勝手に時間をかけて選んだだけなのに。それなのに、舞園さんは少しも不満そうな様子を見せず、むしろ、こんなにも嬉しそうに笑ってくれる。その笑顔を目の当たりにした途端、胸の奥で、何かがふつふつと湧き上がってくるような感覚に陥った。
温かくて、くすぐったくて、それでいて、どうしようもなく落ち着かなくて、でも不思議と心は満たされて……。
この気持ちが何なのか、分からないけど―—喜んでもらえて良かったと、私は心からそう思ったのだった。
*
はあ~。やっぱり、わが家が一番落ち着くなあ。
コスプレ専門店を出た私たちは、その足で必要な買い物も済ませ、わが家へと帰ってきた。
今日は久しぶりに遠出をして、電車にも乗った。慣れない人混みの中を歩き回ったせいか、家に帰ってきた途端、ようやく肩の力が抜けていくのを感じた。やっぱり、気兼ねなく過ごせる自分の家が一番だ。
体力に余裕があれば、舞園さんと一緒にどこかへ外食に出かけるのも悪くなかった。けれど、ちょうど昼時だったこともあり、コスプレ専門店を出る頃には、街は大勢の人で賑わっていた。
あの人混みの中へ再び繰り出すことを考えると、どうしても気が進まない。できることなら、一刻も早く家に帰って、ゆっくりしたかった。
ただ、それを言うのもなんだかなあ、と思ってたところ、舞園さんはこのメイド服を着て、昼食を作ると言い出したのだ。
今から昼食を作ってもらうのも手間だと思ったものの、あまりにも期待に満ちた眼差しを向けられたせいで、私は遠慮するのも悪い気がしてその言葉を飲み込んだ。
……まあ、本人もやる気だし、私も家に戻れるし、一石二鳥だったので良しだった。
「ねね。さっそく、メイド服を着てみていいかな?」
「あ、う、うん」
どうやら舞園さんは、メイド服を着るのがよほど楽しみらしい。帰宅したばかりだというのに、その興奮は冷めやらぬといった様子だった。
舞園さんはお昼が出来たら呼びに行くと言ってくれたが、私も心の中で舞園さんのメイド服姿をいち早く拝みたかったので、私はリビングで待ってると伝えた。
私は自室に戻っていつもの服に着替えると、リビングへと向かい、舞園さんがやって来るのを今か今かと待ちわびていた。
舞園さんは、いったいどんな姿になるのだろう。
黒いワンピースに、白いエプロン。ふんだんにあしらわれたフリルに、頭を飾るホワイトブリム。そして、白いニーハイソックス。
あれだけ時間をかけて選んだ衣装を、舞園さんが実際に着たら――。
そんな想像を膨らませていると、不意に、がちゃりと扉の開く音がした。はっとして我に返った私は、弾かれたように顔を上げ、扉のほうへと視線を向ける。ゆっくりと開かれた扉の向こうから、舞園さんが姿を現した。
少しずつ、その全身があらわになっていき―—。
「え、えへへ。ど、どうかな?」
扉を全て開けきり、全身が露になった所で、舞園さんはどこか恥ずかしそうにはにかみながら、こちらの反応をうかがうように上目遣い気味で口を開いた。
舞園さんは私に感想を求めていると言うのに、私はまるで銅像のようにかたまったままだった。でも、それも仕方ないと思う。
だって……あまりにも魅力的だったから。
黒いワンピースに、純白のエプロン。艶やかな黒髪と衣装の色彩が美しいコントラストを生み出し、舞園さんの清楚で可憐な雰囲気をいっそう引き立てている。
デザインそのものはシンプルながらも、胸元にあしらわれた黒いリボンがさりげないアクセントとなり、随所に施されたフリルが華やかさを添えている。黒いワンピースというが、実のところ、胸元が大きく開いた黒いジャンパースカートになっており、その中には白いブラウスが着こまれている。
そのブラウスの前面に並ぶボタンの両脇にも、細やかなフリルがたてにあしらわれており、背後に覗く白いエプロンを結んだ際の白いリボンのひだが舞園さんの動きに合わせてひょこひょこ動いていた。
フリル効果とリボン効果のお陰か、普段の舞園さんとはまた違った、どこか幼さを感じさせる愛らしさを生み出していた。
それでいて、短めのスカートが軽やかで活動的な印象を与えつつ、ちらりと覗く少しむちっとした白い太ももがいやらしさを醸し出していた。可愛らしさの中に大人びた妖艶さが溶け合い、その絶妙なバランスが彼女の新たな一面を引き立てている。
頭にちょこんと載せられたホワイトブリムには細やかなフリルがふんだんにあしらわれ、黒髪との対比も相まって、まさにメイドらしい愛らしさを演出。足元を彩る白いニーハイソックスは、黒いワンピースとの色合わせで全体に統一感を生み、清楚さを際立たせつつ、太ももあたりまで伸びた履き口がむちっとした太ももを優しく締め付け、そこにもまた色気がにじんでいた。
どこを見ても、衣装と舞園さんの相性は抜群だった。
時間をかけて選んだ甲斐があった。そう思えるほど、私の思い描いていたイメージにぴったりだった。
いや、それどころか――。
実際に着てもらった姿は、想像していた以上に素敵だった。
衣装そのものの魅力もさることながら、その私の感想を求める表情も相まって、さらに魅力が上乗せされて……。
もはや、私の拙い言葉では到底表現しきれないほどに魅力的で、まさに完成されていた。
もし仮に、その恰好のままエッチなプレイをしたらと想像すると―—ゴクリ……。いや、だめだめ。流石にそんなことは口が裂けても言えない。そもそも学園アイドルにそんなお願いなんて出来ない。
絶対に舞園さんはそう言うのと縁遠いだろうし、それを要求すれば、今後の舞園さん付き合い方に頭を抱えることになる。舞園さんから日常的に蔑まれる視線を浴びせながら、同棲するなんて私の心が持たない。
「え、えっと。あの……も、もしかして、に、似合ってない?」
と、そんな私の葛藤も知らない舞園さんは、ずっと固まったまま何も言わない私にしびれを切らし、おずおずと不安そうに尋ねる。
「あ、ち、違うよ! ああああ、あまりにも似合いすぎて、思わず魅入っちゃって……! こ、こここんな可愛いメ、メイドさんにお、お世話してもらえるって想像したら、う、嬉しくて……!」
慌てて弁解すると、舞園さんはぱちぱちと目を瞬かせて、ほっとしたように手を胸に当てて、撫でおろす。
「良かった。てっきり似合わな過ぎて固まってるのかと。……でも、えへへ。そっかあ。魅入っちゃうほどに似合ってたんだ。嬉しいなあ」
先ほどまでの不安げな表情はどこへやら。舞園さんは、頬を緩ませながら嬉しそうにはにかんだ。
「っ!?」
も、萌えええええええええええええええええ!!!!
不安げな表情からの嬉しそうにはにかむ笑顔は、破壊力が凄まじく、あまりの可愛さに、私は心の中で叫ばずにはいられなかった。何とか、その叫びを口から漏らさずに済んだものの、正直、いつ表に飛び出してもおかしくない。気を抜けば、奇声を上げてしまいそうだった。
そんな私の内心など知る由もない舞園さんは、何かを思いついたように、ぽんっと手を打った。
「あ、そうだ。せっかくメイドさんになったし、やっぱりメイドさんのようにふるまった方がいいよね」
そう言って舞園さんは両手を身体の前で上品に重ね、背筋をぴんと伸ばした。そして、一度、「コホン」と咳払いをしたのち、ゆっくりと口を開いた。
「ご主人様。ただいまより昼食の準備をいたしますので、どうぞごゆっくりおくつろぎください。何かございましたら、何なりとお申し付けくださいませ」
「っ!?」
や、ヤバイ……!
な、何、この破壊力……!!
あまりにもメイドさんすぎる……! しかも、私のことを……私のことを、ご主人様って呼んでくれた……! あの学園のアイドルである舞園さんが、この私を、ご主人様と……!
ものすごい優越感。ものすごい背徳感。ものすごい高揚感。
ありとあらゆる感情が一気に押し寄せ、私の頭の中はもはやぐちゃぐちゃだった。嬉しいのか、恥ずかしいのか、それとも単純に舞い上がっているだけなのか、自分でもよく分からない。
ただ、ひとつだけ確かなことがある。
――私は今、ものすごく幸せだった。
気を抜けば口元がにやけそうになり、そんな気色悪い姿を舞園さんに見せつけたくなくて、私は全ての精神力を集結させて、耐える。耐え凌ぐ。
「あ、え、えっと。わ、私、へ、部屋でま、漫画をか、かか、描いてるから、で、出来たらよ、よよ、呼びにき、きてく、くだしゃい……」
「承知しました。ご主人様」
舞園さんはそう言って優雅に一礼する。
再びご主人様と言われ、せっかくかき集めた精神力が音を立てて霧散し、ついにはにやけ面が表舞台に露になってしまう。しかし、運よく舞園さんはお辞儀をしていたので、その隙を逃さず、私は右手で口元を抑えてながらそそくさとリビングを後にしたのであった。