スーパーでの賑やかな買い出しを終え、両手にずっしりと重いレジ袋を提げた七人が、響と操祈の暮らす一軒家の門扉をくぐり、玄関先に到着した時のことだった。
「――ふこうだぁぁぁ……。今日からどうやって生きていけばいいんだ……」
玄関のドアの前。
そこに、ツンツン頭の少年――上条当麻が、まるで捨てられた子犬のような哀愁を漂わせながら体育座りでうずくまっていた。
その見慣れた光景に、家主である響はやれやれとため息をつきながら歩み寄る。
「おい当麻、またうちの玄関前で体育座りしてんのか。……で? 今度は何があったんだよ」
幼馴染の理不尽な不幸にはすっかり慣れっこになっている響が、ごく自然なトーンで事情を尋ねる。
近づいてくる足音と響の声に気づいた当麻は、勢いよく立ち上がり、そのまま一切の躊躇なくコンクリートの床へと額を擦り付けた。
「ひ、響ぃぃぃっ! 聞いてくれよ、まさかズボンのポケットだけじゃなくて、財布そのものにも穴が空いてて、そこから今日下ろしたばかりの生活費が全部落ちてるなんて思わないだろ!? さっきお金を落としたのに気がついて、今日からガチで生活費がゼロなんだよぉぉっ! 当麻さんの命を救うと思って、今日の夕飯を奢ってくれないだろうか……っ!?」
見事なまでの、全力の『土下座』。
そのあまりにも堂に入った、プライドの欠片もない土下座っぷりに、顔見知り程度の付き合いしかない美琴は顔を引きつらせ、彼と全く面識のない佐天に至っては完全にフリーズしていた。
「な、なんでアンタがこんな所に!? っていうか、いくらなんでも知り合いの家の前で惨めすぎない……!?」
「えっ、誰この人!? 響さんのお友達!? 玄関前でいきなり土下座とか、マジでドン引きなんですけど……っ!」
普段から少しだけ顔を合わせる程度の「バカ」が晒した情けなすぎる姿に美琴が呆れ返り、ドン引きした佐天は数歩後ずさる。
一方で、この光景を幾度となく見慣れている者たちの反応は、ひどく冷ややかなものだった。
「あらぁ……またこのパターンねぇ。なんだか先週もうちの玄関前で体育座りしてたような気がするんだけどぉ……」
操祈が『またか』とばかりにやれやれと肩をすくめ、後ろに続く黒子、初春、淡希の三人もまた、深い溜め息を吐いて心底呆れ返っている。
「相変わらず、情けないにも程がある類人猿ですこと……。お姉様の前でよくもまあ、そんな恥知らずな真似ができますわね」
「あはは……上条さん、先月も確か似たようなこと言ってませんでしたっけ?」
「いくらお金がないからって、クラスメイトの幼馴染に迷わず土下座できるその神経は、ある意味尊敬するわ……」
黒子はジト目で蔑み、初春は乾いた笑いを漏らし、淡希は呆れ果ててこめかみを押さえている。
そんな冷たい視線が容赦なく突き刺さる中、当の家主である響だけは、苦笑しながらも呆れた様子で幼馴染の肩を叩いた。
「おいおい当麻、飯くらいでそんな土下座までしなくていいって。お前のその理不尽な不幸体質はよく知ってるから、気にすんなよ」
「ひ、響……っ!」
「ちょうど今から、こいつらと焼肉パーティーやるところなんだ。肉は腐るほど買ってきたし、お前も腹いっぱい食ってけ」
そう言って気さくに笑いかける響の言葉に、当麻はバッと顔を上げ、まるで神様でも見るかのような熱い視線を向けた。
「あ、お前ホントに一生ついていきたいレベルの善人だな響……っ! ありがとう、マジでありがとう……!」
先ほど響自身が黄泉川に向けたのと似たようなセリフを叫びながら、感極まって涙ぐむ当麻。
そんな幼馴染の頭をポンと軽く叩き、響は当然のように付け加えた。
「大袈裟だっての。……それに今日から生活費ゼロじゃ、明日から生きていけないだろ。後で今月分の生活費、少し渡しといてやるから」
「ひ、響ぃぃぃっ! お前は神か! 仏か!? いや、俺のオアシスだぁぁっ!」
「……ちょっと響。いくらなんでも、当麻さんを甘やかし過ぎじゃないかしらぁ?」
大号泣して足元にすがりつく当麻に対し、同棲中の彼女である操祈が呆れたようにジト目を向ける。
「あはは。まあ、俺も昔こいつには救ってもらった恩があるからな。それに、いくらなんでも幼馴染に餓死なんてされたらマジで笑えないだろ」
「あらぁ、それならそれで少しはいい薬になるんじゃないかしらぁ」
そんな軽口を交わし合う響と操祈の足元で、ようやく落ち着きを取り戻した当麻が「ズビッ」と鼻を鳴らしながらのそりと立ち上がった。
(あらぁ……。さっき響も黄泉川先生に同じようなことしてたし、幼馴染ってこんなにも似るものなのかしらぁ……)
数時間前の、黄泉川へ情けなくすがりついていた自分の彼氏の姿を重ね合わせ、操祈は内心で呆れ半分にそんなことを思っていた。
当麻は涙目をごしごしと擦りながらふと周囲を見渡し――そこで初めて、響たちの後ろで腕を組んで立っている茶髪の少女の存在に気がついた。
「……って、あれ? なんでビリビリがこんな所にいるんだ?」
「なっ……あたしがいちゃ悪いわけ!?」
自分を指差してきょとんと目を丸くする当麻に対し、美琴はバチバチと前髪に青白い火花を散らして食ってかかった。
「だ、誰も悪いなんて言ってないだろ! ただ、なんでお前が響たちと一緒にいるのかって思っただけで……!」
「フンっ。あんたみたいに、情けなくご飯恵んでもらいに来たわけじゃないわよ!」
顔を合わせればすぐに小競り合いを始める二人に、響はやれやれと苦笑しながら割って入る。
「まあまあ、二人とも落ち着けって。……ていうか、お前ら知り合いだったのか?」
「ああ。ちょっと前にビリビリが不良に絡まれてる……っていうか、逆に不良を電撃で黒焦げにしようとしてる所に、俺が割って入ったのが最初だな。その時にこいつの電撃を俺の右手で打ち消しちまってさ。それからプライドが傷ついたとかで、事あるごとに勝負を挑まれてるんだよ……」
「なっ……! べ、別にプライドがどうとかじゃないわよ! ただ、私の電撃をあっさり打ち消すアンタのその得体の知れない右手がムカつくから、今度こそギャフンと言わせてやろうって……!」
「だからそれが勝負を挑んでるってことだろ……」
ムキになって言い返す美琴と、心底疲れたようにため息をつく当麻。
そのコントのようなやり取りを見て、響はポンと手を打って深く納得した。
「なるほどな。当麻が学校でよく『理不尽に絡んでくる放電中学生がいる』ってボヤいてたあの『ビリビリ』って……御坂のことだったのか。ようやく腑に落ちたわ」
「ちょっと、アンタ学校で私のこと何て言ってんのよ!?」
「事実だろうが。……ていうか、先月お前の放った電撃のせいで周囲の建物がショートして、その巻き添えで当麻の寮の冷蔵庫が壊れたとかで俺が飯を奢った気がするんだが……あれもその勝負の余波だったのか?」
「そうなんだよ! あの時は中に入ってた特売の肉も全部ダメになって、本当に餓死するかと……っ!」
「なっ……! あ、あれはアンタが私の電撃をちゃんと防がないから……!」
「あらぁ……」
言い訳をして口ごもる美琴に対し、操祈がこれ幸いとばかりに意地悪な笑みを浮かべて煽り立てる。
「周囲の建物をショートさせて他人の家の家電まで破壊するだなんて、とんだ常識知らずですこと。これ、普通ならきっちり始末書ものじゃないかしらぁ、御坂さん?」
「うっ……! そ、それは……っ」
痛いところを突かれ、顔を真っ赤にして言葉を詰まらせる美琴。
そんな彼女に対し、操祈はさらに追い打ちをかけるように、口元に邪悪な笑みを浮かべた。
「ふふっ。せっかくだし、明日、常盤台の寮監にでも報告してみようかしらぁ?」
「っ!? そ、それだけは勘弁してぇぇぇっ!!」
『寮監』という、常盤台生にとっての絶対的恐怖を象徴する単語を聞いた瞬間。
美琴は完全に涙目になり、一切の躊躇なくコンクリートの床へと額を擦り付けた。
見事なまでの、全力の『土下座』。つい先ほど当麻が披露したものと全く同じ、プライドの欠片もない情けない姿勢だった。
「ちょっ、お前まで何やってんだよ!?」
まさかの常盤台のエースが見せた土下座に、当麻が思わずドン引きしてツッコミを入れる。
そのやり取りを静かに見ていた黒子は、土下座する美琴と呆れる当麻の姿を交互に見比べると、ピクリと眉をひそめ、ジト目で当麻を睨みつけながらボソリと呟いた。
「……なるほど。お姉様が最近、寮にお帰りになるたびに頻繁に口にされていた、ご執心の『殿方』というのは……まさか、こちらの情けない類人猿のことでしたのね」
「く、黒子!? 違うわよ、ご執心だなんて人聞きの悪い! 帰ってきた時につい愚痴ってただけで、こいつはただのムカつく奴で……っ!」
図星を突かれた上に土下座の姿勢からバッと顔を上げ、真っ赤になりながら慌てふためく美琴。
そのあまりに必死な様子がおかしかったのか、操祈はコロコロと鈴を転がすように笑った。
「ふふっ、冗談よぉ。あんなに面白いくらい狼狽える御坂さんを見られたんだし、寮監への報告は今回は特別に見逃してあげるわぁ」
「ほ、ほんと!? よ、よかったぁ……っ」
操祈の言葉に、美琴は憑き物が落ちたように全身の力を抜き、心底ホッと胸を撫で下ろした。
互いに愚痴をこぼし合っていたというなんとも言えない修羅場めいた空気に、響は苦笑しながら強引に話をまとめた。
「はいはい、なるほどな。まあ、当麻の『
「銀行強盗事件!? っていうか、お前もよくそんなヤバい事件ばかり巻き込まれるよな……。俺の不幸体質のこと、あんまり笑えないだろ」
「あはは、違いない。で、そのゴタゴタの最中に俺と御坂、それに淡希と白井の四人で色んな物を盛大にぶっ壊したもんだから、さっきまで黄泉川先生の監視下で、修繕作業と正座のお説教を食らってきた帰りなんだよ」
「ええ。しかも黄泉川先生から小萌先生に報告されそうになって、響ったらさっきの当麻さんみたいに必死にすがりついて泣きついてたのよぉ」
操祈がクスクスと悪戯っぽく笑いながら暴露すると、当麻は顔を引きつらせて苦笑いを浮かべた。
「うわぁ……小萌先生に報告か。あそこまで本気で心配して涙ぐまれると、こっちの良心がゴリゴリ削られるからな……。俺もそれだけはマジで勘弁してほしいわ……」
「だろ? あの罪悪感は黄泉川先生の鉄拳よりキツいんだよ……って、バラすなよ操祈」
「ふふっ、事実じゃないかしらぁ」
照れ隠しのようにぼやく響に、操祈は優雅に微笑み返す。
「……まあ、そういうわけで。その修繕の慰労とお詫びも兼ねて、事件に巻き込まれた初春や佐天も連れて、みんなで焼肉パーティーをやることになったってわけだ。……ほら、立ち話もなんだし、さっさと中に入るぞ」
響がそう言って玄関のドアを開けると、当麻や少女たちはワイワイと賑やかな声を上げながら一軒家の中へと足を踏み入れた。
こうして、腹をすかせた不幸な少年をもう一人追加し、響と操祈の暮らす家での賑やかな焼肉パーティーが幕を開けるのだった。
10話目までお読みいただき、本当にありがとうございます!
さて、あと数話で長かった1日がようやく終わりますが、その後からはついにあの「インデックスとの出会い編」へと物語が動き出します!
そこで読者の皆様に、モチベーションを保つためにぜひ一言感想をいただけないでしょうか……!
長文じゃなくても全然大丈夫です!
• 「10話お疲れ様!」
• 「こんな所が面白かった」
などの一言や、スタンプ代わりの絵文字だけでもめちゃくちゃ励みになります!
AIと一緒にガシガシ次の話を書いていきますので、ぜひ気軽にコメントしていってくださいね!