「ば、馬鹿っ……お前、本当に……」
響はようやく絞り出した声が自分でも驚くほど掠れていた。
唇にまだ残る淡希の温度が、頭の芯をじんわりと痺れさせる。
湯上がりの彼女の肌から立ち上る熱気と、石鹸の甘い残り香が至近距離で混ざり合っていた。
「今さら何よ。私だって、こんなの……初めてなんだからね」
淡希は強がるように言いながらも、耳の先まで真っ赤にして俯いていた。
震える指先が、響のシャツの生地をぎゅっと握りしめている。
「……悪い。俺も、まさかお前からこんなことされるとは思ってなくて。正直、驚いてる」
「なによ、その言い方。私じゃ不満ってわけ?」
「違う。そうじゃなくて――」
響は上半身を起こすと、目の前で小さく身をすくめた淡希の頬へと、そっと手を添えた。
掌に伝わる熱が、彼女の緊張をありありと物語っている。
「お前が本気でそう言ってくれてるなら、俺だって逃げるつもりはない。ただ……操祈のこと、本当にいいのか? 後でやっぱり嫌だとか、そういうのは――」
「バカ。私がそんな器の小さい女に見える?」
淡希はふるりと首を振ると、潤んだ瞳をまっすぐに響へと向けた。
「食蜂が、あんたを一人で支えきれなくなるかもしれないって、そう言ったのよ。だったら私が隣に立つの。食蜂にだって、負けてられないんだから」
その言葉には、結標淡希という少女の矜持と誰よりも真っ直ぐな覚悟が込められていた。
「……そっか」
響は短く息を吐いて、それからふっと柔らかく笑った。
「わかった。じゃあ、よろしくな、淡希」
「っ、そういうのはちゃんと雰囲気のある時に言いなさいよ」
照れ隠しにそう呟いた淡希だったが、その口元はどうしようもなく緩んでいた。
けれどすぐに、彼女は自分の置かれた状況を思い出したように、また顔を真っ赤にする。
「と、とにかく! 言ったからには、責任取りなさいよね」
「責任って……あのなあ」
「いいから!」
淡希は半ばやけくそ気味に、響の両肩をぐっと押した。
その勢いに押されるまま、響は再びベッドへと背中を預ける形になる。
そして淡希は、ためらいがちに――けれど確かな意志を込めて、彼の腰の上へと膝を乗り上げた。
馬乗りになった格好のまま、彼女は真上から響を見下ろす。
「あ、淡希……?」
「うるさい。今、私だって必死なんだから変なこと言わないで」
前髪の隙間から覗き込むように響を見つめる赤い瞳が揺れていた。
ルームウェアの裾を握っていた指がほどかれ、その手がゆっくりと持ち上がる。
彼女はためらいながらも、響の手首をそっと掴んだ。
「……私の、手、冷たかったらごめんね」
掠れた声でそう告げると淡希は掴んだ響の手を、自分自身の胸元へと導いていった。
薄手のルームウェア越しに柔らかなふくらみの輪郭が掌に伝わってくる。
布地の下で、早鐘のように打つ鼓動がひしひしと響いてきた。彼女自身の心臓の音だ。
「淡希……」
「言わないで。……今、何か言われたら、私、恥ずかしくて死んじゃうから」
淡希はそう言うと目を伏せて唇を噛んだ。
耳まで真っ赤に染めて、それでも響の手を離そうとはしない。
震える指が、彼の手の甲にそっと重ねられた。
「私ね、ずっと……こういうの、想像してたの。あんたのこと好きだって気づいてから、何度も。でもまさか本当にこんな日が来るなんて、思ってなかった」
ぽつりぽつりと、普段の強気な態度からは想像もつかないほど弱々しい声で、淡希は本音をこぼしていく。
「食蜂には悪いことしてるって、わかってる。でも食蜂自身が『いい』って言ったんだもの。……私、もう、引かないから」
「お前らしいな」
思わず苦笑が漏れる。
すると淡希はむっとしたように顔を上げた。
「何よ、その言い方」
「いや、お前らしいなって。そういうとこ、昔から変わらないなって思って」
「……あんたにだけは、言われたくないわよ」
口ではそう言いながらも淡希の表情はどこか嬉しそうだった。
そして、彼女はゆっくりと身をかがめると、響の胸元へと顔を寄せた。
耳を当てるようにして、彼の心臓の音を確かめる。
「……速い」
「そりゃ、こんなことされてればな」
「ふふっ、なによ。あんたも緊張してるんじゃない」
小さく笑った淡希の吐息が、シャツ越しに響の胸をくすぐる。
そのくすぐったさと、彼女の体温が混ざり合って響はそっと彼女の背中に手を回した。
細い背中が、びくりと一度震える。
「無理しなくていいぞ、淡希。俺は別に――」
「無理なんてしてない」
淡希は顔を上げると、真剣な眼差しで響を見つめた。
「私は、あんたが好き。それ以上の理由なんて、いらないでしょ」
その言葉に、響は何も返せなかった。
ただ背中に回した腕に、そっと力を込める。
淡希はそれに応えるように、彼の胸に頬をすり寄せた。
「……ねえ、響」
「ん?」
「私、これからも強気でいるから。あんたの前でも、多分、ツンツンしてると思う。でもそれは……照れてるだけだから。ちゃんと、わかってよね」
「ああ、わかってるよ」
「ほんとに? あんた、鈍感そうだし」
「おい」
「ふふっ」
淡希の笑い声が、静かな寝室に小さく響いた。
それは、彼女がこれまで見せてきたどんな表情よりも柔らかくて、ずっと近くにある素直な笑顔だった。
「……じゃあ、続き、しよっか」
「お前、そういうのはもうちょっとこう、雰囲気ってものが――」
「うるさい。私のペースでやらせて」
そう言って、淡希の指が、響のシャツの第一ボタンに触れた。
けれど、そこで一度止まる。
「……やっぱり、こういうの、慣れないわね」
自嘲気味にそう呟いて、彼女は小さく息を吐いた。
強がってはいるものの、その指先は微かに震えている。
響はそんな淡希の手を、そっと包み込むように握った。
「焦らなくていい。ゆっくりで」
「……優しくしないでよ。そういうの、余計に変な感じになるから」
口ではそう言いながらも淡希の肩から力がすっと抜けていく。
響は彼女の手を借りる形で、自分のシャツのボタンを一つずつ外していった。
ぱたぱたと布がはだけていく音が、静かな部屋にやけに大きく響く。
「……結構、いい体してるじゃない」
淡希が、どこか照れを誤魔化すようにそう言った。
「お前も大概だろ、そういうこと言うのは」
「ふん、当たり前でしょ。私スタイルには自信あるんだから」
そう言って淡希は自分のルームウェアの裾に手をかけた。
しかし、いざ脱ぐとなるとやはり恥ずかしいのか、動きが止まる。
「……あのさ」
「見ないでくれる? こういうの、ちゃんと……その、心の準備ってものがあるの」
「今さら?」
「今さらでもいいの。あんたは目を閉じて黙ってて」
響は苦笑しながら素直に目を閉じた。
布が擦れる音、そして淡希が小さく息を吸う気配。
しばらくして、「……もういいわよ」という声がして目を開けると、そこには薄手のインナーだけを身につけた淡希の姿があった。
湯上がりの火照りが残る白い肌。
赤い髪が肩にさらりと落ちて、そのコントラストがやけに鮮やかだった。
「……なによ、じっと見て」
「綺麗だなって思って」
「っ……そういうこと、さらっと言うのやめてよ。調子狂うでしょ」
顔を背けながらも淡希の口元は緩んでいた。
彼女はそっと響の胸に手を添えると、今度は自分から身を寄せて唇を重ねた。
先ほどよりもずっとゆっくりとした、確かめ合うようなキス。
何度も角度を変えて、互いの温度を分け合うように。
「……ん、ふ……っ」
淡希の吐息が漏れる。
響が彼女の腰に手を回して引き寄せると、密着した肌越しに互いの鼓動が伝わってきた。
どちらも、早い。
やがて唇が離れると、淡希は少し潤んだ瞳で響を見つめた。
「ねえ……続き、して。私のことちゃんと……」
最後まで言い終わらないうちに、響の手が彼女の背中をなぞりゆっくりと前に回り込んだ。
薄いインナー越しに、柔らかなふくらみの輪郭が掌に収まる。
下着の上からでもわかるその感触に、淡希の肩がぴくりと跳ねた。
「……っ、ん」
「痛くないか?」
「……大丈夫。だから、もっと……」
響は彼女のインナーをゆっくりとめくり上げ、露わになった胸に唇を寄せた。
淡希が小さく息を呑む音がする。
手のひらで包み込むように揉みしだき、親指で先端をそっと転がすと彼女の背中がしなった。
「あ……っ、そこ……」
「気持ちいい?」
「……ん、ばか。聞かないでよそういうの」
照れ隠しにそう言いながらも淡希は響の頭をそっと抱き寄せ、自分から胸を差し出すように身を預けてくる。
その反応が愛おしくて、響はもう片方の手も添え丁寧に、時間をかけて彼女を愛でていった。
指の腹でなぞり、唇で啄み時折強く吸い上げる。
「はぁ……っ、響……」
「淡希」
名前を呼び合うたびふたりの距離が少しずつ、確かに縮まっていく。
強がりで、照れ屋でそれでも誰よりも真っ直ぐなこの少女の、知らなかった顔が今ここにある。
淡希がうっすらと汗ばんだ額を響の肩に押し当てながら、小さく囁いた。
「……私、こんなにされるの初めて。あんたで、よかった」
その一言が、何よりも響の胸に響いた。
「俺もだよ。……大切にする」
「うん」
彼女は満足そうに頷くと再び響の唇を求めた。
そして互いの肌がゆっくりと溶け合い始める。