ドガァァァンッ!!
吹き飛んだATMコーナーの強化ガラスと金属シャッターの破片が、白昼のストリートへ鋭利な雨となって降り注ぐ。
黒煙と硝煙が立ち込める崩壊跡から姿を現したのは、スキルアウト上がりの重武装強盗団――総勢十人の男たちだった。この時、すでに三人の強盗犯が爆発の混乱に紛れて大通り側へ逃走していたことに、響たちはまだ気づいていない。
「ヒャハハハ! 警備ロボットなんざチョロいもんだぜ! 邪魔だ、どきやがれェッ!!」
男たちが逃走車両の待つルートへ向けて一斉に銃口を向ける。
その行く手を阻むように、響、黒子、淡希の三つの影が立ち塞がった。
「そこまでだ。こち――」
先頭に立った響が腕章を見せつけながら名乗りを上げようとした瞬間。
シュバッ! と空間を転移する音と共に、響の斜め前へ『
「この盾の紋章に見覚えはありませんの? こちら、
彼女は右腕に巻かれた緑色の腕章を左手でビシィッと力強く指差し、ツインテールを揺らしながら自信に満ちた笑みで堂々と胸を張る。
その美しくも隙のない佇まいで、黒子が見事に響の見せ場を丸ごと奪い取った。
「……おい、黒子。お前、俺のセリフ……」
「お生憎様。いくら天城先輩とはいえ、この見せ場だけは譲りませんわ!」
「チィッ、クソガキどもが! 蜂の巣にしてやる!」
激高した強盗犯たちのアサルトライフルが一斉に火を噴く。
白昼の第七学区は瞬く間に、荒れ狂う鉛の嵐とマズルフラッシュの閃光によって地獄絵図へと変貌した。
前衛が防犯シールドを構えて一気に距離を詰めてくる圧倒的な白兵戦圧。
だが、二人の少女は『走る』ことすらしない。
「よそ見している暇など、ありませんわよ!」
脳内に展開された十一次元の座標軸。
不連続なステップで弾雨をコンマ数ミリですり抜けた黒子が、一瞬にして敵陣の死角へと潜り込む。
シュバッ! と空間を跳躍した鉄矢が男たちの袖や裾をアスファルトへ
血を吐いて倒れ込む敵の関節を間髪入れずに極め、泥臭くも冷徹な逮捕術で確実に無力化していく。
「……全く。なんで私がこんな泥臭い肉体労働をやらなきゃいけないのよ」
黒子と背中を合わせるように前衛へ躍り出た淡希の口から、やれやれと不機嫌な呟きが漏れる。
手にした
チッ! と敵の懐へ出現し、ライトの柄で顎下を突き上げ、男の胸倉を掴んだまま一メートル上空へ転移してアスファルトへと容赦なく叩きつける。
「クソッ、化物どもが! 上だ、頭上をシールドで防げ――!」
「……頭上? バカね」
淡希の冷ややかな視線と演算に従い、頭上三階部分の強化ガラスが寸分の狂いもなく『正方形』に切り抜かれる。
直後、重力に従って落下した分厚いガラスの塊が、防犯シールドごと男たちを地面へと圧殺した。
前後左右、果ては頭上からの理不尽な空間攻撃によって陣形は完全に崩壊。
だが、ただの武装強盗団だと思っていた集団の中に、凶悪な笑みを浮かべる二人の男が紛れていた。
「ヒャハハ! なら俺たちの連携で消し炭にしてやるよ!!」
残った二人の男の両手に、それぞれ炎と竜巻が巻き起こる。
『
能力を隠し持っていた二人の強盗が、突如として炎と風を合わせた凶悪な合体攻撃を至近距離から放った。
黒子と淡希が「しまった」と目を見開く。
「――遅ぇよ、三下」
アスファルトが爆ぜるような、重厚な踏み込みの衝撃波。
弾丸すらも置き去りにする神速の歩法――『瞬足』。敵が瞬きをする間に、響は炎と風の凶悪な一撃を紙一重で躱し、一瞬にして能力者二人の懐へと滑り込んでいた。
左手に握られた愛刀『
シュンッ! と、抜刀すらせず、鞘に収まったままの漆黒の鞘が空気を裂く。
「「ガっ……!?」」
硬質な鞘の先端が一人目の首筋(頚動脈)へ正確無比に突き刺さり、翻された鞘の側面が二人目の鳩尾と顎先を連動するように打ち砕く。
峰打ちという域すら超えた、物理法則を極限まで洗練させた神速の打撃。
呻き声すら満足にあげられず、能力者の男二人は白目を剥いてその場に崩れ落ちた。
十人の重武装強盗団、完全に全滅。
「ふぅ……」
残心と共に鞘を静かに引き戻した響は、アスファルトに転がる強盗たちを一瞥すると、背後にいる黒子と淡希に向かって厳しい視線を向けた。
「おい、黒子に淡希。お前ら、少し動きが雑だぞ」
「えっ……?」
「銃を持った素人を制圧しただけで油断するな。集団の中に能力者が隠れていないか、まずはきちんと確認しろ。それに、周りの状況への警戒も薄い。俺が前に出なかったら、今の合体攻撃で不意を突かれてたかもしれないんだぞ」
「うっ……面目ありませんわ……」
「……チッ、返す言葉もないわね」
響の的確な指摘に、黒子と淡希は気まずそうに視線を逸らした。
ただ圧倒的な力でねじ伏せるだけでなく、実戦における視野の広さでも、響は彼女たちの一歩も二歩も先を行っていたのだ。
しかし――事件はまだ、完全には終わっていなかった。
「あのっ、すみません! 誰か、人数が一人足りないんです!」
避難先のバスに子供たちを乗せて点呼をとっていたツアーガイドの女性が、血相を変えて駆け込んできた。
彼女は初春の腕に巻かれた『
「男の子が一人いないんです! お願いですから、一緒に捜してほしいんです……っ!」
爆発の混乱ではぐれてしまったのだろう。
悲痛な声で懇願するツアーガイドの言葉に、初春だけでなく、美琴、佐天、そして操祈の表情が引き締まった。
「わかりました! 大通りや広場の周辺を、手分けして捜しましょう!」
「ええ! 私も行くわ!」
「ならぁ、捜出は専門家に任せてもらいましょうかしらぁ」
すっと一歩前に出たのは、常盤台中学が第五位――『
殺伐とした硝煙の匂いが残るストリートにあって、彼女の周囲だけはまるで甘いイチゴの香水とフェロモンの香気に満ちた、異質な聖域と化している。眩い黄金の髪を揺らし、星を宿した瞳で優雅に微笑むその佇まいは、凄惨な現場を一夜のステージへと変貌させる女王そのもの。
カチリ。
ハンドバッグから取り出されたカスタムリモコン。
そのボタンが一つ、軽快なプラスチック音を奏でて押し込まれた瞬間。
操祈の脳内に芽生えた『
脳内水分の分配率をミリグラム単位で強制変更し、セロトニンやドーパミンの分泌量を書き換え、神経伝達物質のシナプス結合を操祈の意思のままに再構築する――オカルトの精神感応などではない、科学に基づいた過酷にして完璧な『脳内ハッキング』。
(あ、れ……? なんだ、急に頭が……)
(目の前の金髪の少女が、まるで神様みたいに思えて……逆らっちゃ、いけない……)
ハッキングされた群衆たちの意識が、内側から甘美な絶対服従の感覚で塗りつぶされていく。
自分がなぜ立ち止まり、なぜこのお嬢様に脳の奥底まで覗き込まれているのかすら理解できないまま、彼らは抗えない絶望的な全能感の前に思考そのものを強奪されていた。
操祈はまるでオーケストラの指揮者がタクトを振るうかのように、指先でリモコンを軽やかに操る。
数百人分の視覚情報と直近の記憶データが、彼女の脳内で超高速の並列処理によってフィルタリングされていく。
そして――カチリ、と再びリモコンを操作して脳内環境を元通りに修復すると、操祈は星の瞳を瞬かせて艶やかに微笑んだ。
「見つけたわぁ。銀行の外に広がる大通りのど真ん中……あそこに見える『大きな立体モニュメント』の陰に、怯えた男の子が隠れているのを複数人が見ているわねぇ」
「すご……! 一瞬で数百人の記憶を洗い出したの……!?」
美琴がその圧倒的な精神支配の技術に戦慄の汗を流し、初春と佐天が息を呑む。
「ありがとうございます、食蜂さん! 佐天さん、行きましょう!」
「はいっ!」
初春と美琴、そして佐天がそれぞれのルートへ向けて一斉に駆け出していく。
一方、前衛で十人の強盗を制圧し終えた響も、ふと顔を上げて舌打ちをした。
「チッ……待て。さっきの爆風の直後、別の方向へ逃げた気配があったぞ! この十人で全員じゃない!」
――響の嫌な予感は的中していた。
「あ……いた! 大丈夫、怖くないよ!」
いち早く、銀行の外に広がる広い大通りの真ん中あたりを捜索していた佐天が、声を上げた。
見晴らしが良く遮るもののない大通りの中で、数少ない障害物である『大きな立体モニュメント』の陰。
そこに、膝を抱えてブルブルと怯えながら隠れている男の子をついに見つけ出したのだ。
安堵の笑みを浮かべて男の子を安心させようとした佐天。
だが、まさにその大通りのど真ん中、オブジェの前の開けた空間で――最悪の鉢合わせが起きた。
「あァ!? なんだこのガキ共!」
「ひっ……!?」
銀行から出て大通りへ逃走しようとしていた残党の強盗犯三人が、男の子を見つけた佐天の目の前に飛び出してきたのだ。
凶悪な笑みを浮かべて男の子へと手を伸ばす強盗犯。
「ヤダッ! 離してよぉっ!」
「ガキが、大人しく人質になりな!」
「……っ、その子から手を離しなさいよ!」
強盗犯の手から逃れようともがく男の子の前に、佐天涙子は恐怖で脚を震わせながらも、身を挺して割り込んだ。
能力を持たない『
けれど、その胸にあるのは、傷つく幼子を見捨てられない真っ直ぐな勇気だった。
「あァ!? なんだこの女は!」
「邪魔だ、失せろォッ!!」
逃走に焦る強盗犯の一人が、苛立ちを剥き出しにして凶悪な足を振り抜く。
ドカッ!! という無慈悲な打撃音。
「きゃあああっ!?」
華奢な佐天の体に容赦のない足蹴りが叩き込まれ、彼女の身体は大通りの舗装路の上を無惨に転がった。
膝と肘を強く打ちつけ、苦痛に顔を歪める佐天。
「ヒャハハ! ガキも女もまとめて人質――」
嘲笑を浮かべ、再び足を持ち上げた強盗犯。
――だが、その言葉が最後まで紡がれることはなかった。
大気が、死んでいた。
白昼の第七学区、ふれあい広場前の大通り。
その場を支配したのは、世界の終末を凝縮したかのような『絶対的な静寂と恐怖』だった。
佐天を足蹴にした強盗犯を含めた三人の男たちの魂を根底から凍りつかせたのは、激怒した三人の『怪物』から放たれる殺気と圧力。
「なっ……な、なんだこいつら――」
「ちょっと、響。手を出さないでちょうだいねぇ」
怯え戦く男たちを前に、前髪から青白い火花を散らす御坂美琴、凄絶な笑みを浮かべた食蜂操祈、氷のような無音の殺気を放つ天城響が一斉に歩み出る。
その光景を後方から眺めていた白井黒子は、アスファルトに鉄矢で縫い付けられている強盗犯の残党たちを見下ろしながら、内心で深く、深く呆れ果てていた。
(……何というアホな人たちですの。よりにもよって、学園都市の頂点に君臨するあの『化け物』三人を同時に怒らせるなんて)
最早、彼らに同情の余地すら一ミリもない。
黒子は縫い付けられて震える強盗犯たちへ向け、優雅に、そして
「私のお友達に傷をつけたバカな豚さんにはぁ……脳味噌をドロドロに溶かして、一生自分の名前すら思い出せない廃人にして差し上げなきゃいけませんわねぇ……♡」
カチリ。
操祈が手にしたリモコンのボタンを押し込んだ瞬間、強盗犯の一人の脳内環境が瞬時に改竄された。
「ひっ……があああああああっ!?」
脳内の神経伝達物質と痛覚シグナルを極限まで暴走させられた男は、自分の頭を抱えて狂乱の悲鳴を上げ、白目を剥いてアスファルトへ激突するように崩れ落ちた。
「お分かりになりませんの? 彼女こそが常盤台中学最大派閥の女王にして、精神系能力の最高峰……『
「ひっ、ひぃぃっ!?」
黒子が淡々と告げる絶望の事実に、縫い付けられた男たちの顔面が蒼白に染まる。
「ヒ、ヒィっ!? 化け物め!!」
仲間が一瞬で狂わされた恐怖にパニックを起こし、二人目の強盗犯が腰を抜かしかけながらも路肩の逃走車両へと狂ったように飛び乗った。
猛烈なスキール音と共に、車が大通りを暴走し始める。
だが――その暴走車の正面に、前髪から狂乱の電撃を迸らせる御坂美琴が立ち塞がった。
「アンタたち……絶対に、許さない……!!」
周囲の金属モニュメントを共鳴させ、大気そのものをオゾンとプラズマの匂いで焦がす数億ボルトの殺意。
親指にセットされたゲームセンターのコインが弾き上げられる。
『
直後、ドガンッ!! という爆音と共に迫っていた逃走車両は前面から吹き飛ばされ、炎を撒き散らしながら宙を舞って路上へ激突、完全に沈黙した。
「あちらが、わたくしの敬愛する美琴お姉様にして常盤台のエース……常盤台中学が誇る『
誇らしげに胸を張る黒子の言葉に、強盗犯たちはもはや声すら出せずにガチガチと歯を鳴らす。
「あ……ぁぁ……」
あまりの光景に、最後に残された男はガタガタと無様に震え、完全に身体を硬直させていた。
その男へ向け、天城響が静かに、凶器と化した右手をゆっくりと虚空へ掲げる。
ピキィンッ!!
分厚いガラスが砕け散るような甲高い異音が響き渡った。
響の右掌を中心に、周囲の『大気そのもの』に目に見える
地球の鳴動にも似た凄まじい破壊の震動エネルギーが、極限まで圧縮されて彼の右拳へと収束していく。
チッ! と、大気が不自然に弾ける真空の破裂音が鳴る。
「なっ――!?」
黒子たちとの脳内演算の同期か、あるいは彼自身の跳躍か。
響の姿が完全に消滅し、残像すら置き去りにして男の『背後の死角』へと不連続に出現した。
振り返るコンマ数秒の猶予すら与えない。
大気の亀裂すら従える恐るべき震動エネルギーを纏った右手が、犯人の背中へとガシリと鷲掴みにした。
「――これでお終いだ」
響は、男の巨体をアスファルトの地面へと、一切の容赦なく力任せに叩きつけた。
ゴガァァァァァァァァンッッ!!!!
響の右手から放たれた極大の震動波が地面へと直接伝播し、大通りを覆っていた分厚いアスファルトが同心円状に激しく爆裂して巨大なクレーターが穿たれた。
骨一本すら折らない完璧な『寸止め』。
だが脳を激しく揺さぶる絶対的な衝撃波によって男は一瞬にして白目を剥き、クレーターの中心で完全に意識を刈り取られていた。
「……フン、そして最後にあいつ。私や白井が最も信頼を寄せる男であり、我が『
腕を組みながら歩み寄ってきた結標淡希の冷ややかな追い打ちに、地に這いつくばる男たちはついに耐えきれず、次々と泡を吹いて気絶していった。
凄まじい破壊による粉塵が、ゆっくりと晴れていく。
「佐天さん!」
「御坂、さん……っ」
恐怖に震えながらも腕の中の男の子をしっかりと抱きしめたまま呆然とする佐天のもとへ、美琴が安堵の表情で駆け寄る。
静寂を取り戻した大通りのストリートへ、空から舞い降りるように黒子が静かに着地した。
彼女は乱れたツインテールを優雅な仕草で払い除けると、自らの左腕に輝く緑色の盾の腕章を誇らしげに掲げる。
「こちら、
決意に満ちた凜々しい声で完全なる決着が告げられた後、後方から初春やツアーガイドの女性たちが駆け込んできた。
何度も頭を下げるツアーガイドと、「お姉ちゃん、ありがとう!」と佐天にしがみつく男の子。
「……ハァ、ハァ……」
激怒の熱が引き、荒い息をつく美琴。
彼女は、沈黙した強盗犯たちと、何事もなかったかのように『
(何よ……あの男……)
抜刀すらせずに重武装の能力者集団を瞬殺し、黒子たちに的確な実戦の注意を与え、最後は空間を叩き割るような理不尽な破壊力で敵を粉砕してみせた。
(あいつ……あの女と人前でベタベタイチャついてるだけの変態バカップル男だと思ってたのに……本当に、あの『
普段の気の抜けた姿とのギャップに、美琴は微かな戦慄と恐怖混じりの驚愕を覚え、響という存在への認識を根本から改めざるを得なかった。
「佐天、無茶しやがって。だが、よく男の子を護ったな」
「あはは……響さん。痛かったですけど、無事でよかったです」
しゃがみ込んで佐天の頭をぽんぽんと優しく叩く響。
そして、彼はそのまま隣で誇らしげに胸を張る恋人のもとへ歩み寄った。
「操祈も、助かったぞ。ありがとな」
「んふふぁ……♡ 響に褒めてもらえるなら、いくらでも頑張っちゃいますわぁ……♡」
響が操祈の黄金色の髪を優しく撫でまわすと、先ほどまでの冷徹な女王の顔はどこへやら、操祈はとろけるような甘い笑みを浮かべて響の胸元へ嬉しそうにすり寄っていった。
「ちょっとあんたたち! 街中で堂々とバカップル空間作ってんじゃないわよぁっ!」
台無しになった雰囲気に美琴が叫び、佐天や初春たちが呆れつつも楽しそうに笑い声をあげる。
大立ち回りの末、広場には再び、騒がしくも平和な放課後の日常が戻ってくるのだった。