それから数分後。
けたたましいサイレンの音と共に、黒と黄色の装甲車が何台も第七学区の大通りへと滑り込んできた。
到着したのは、大人たちによる治安維持部隊――『
「ほら、さっさと乗るじゃん! まったく、どいつもこいつも白目を剥いて……どれだけ痛めつけられたらこうなるじゃんか」
黒いライオットシールドと防護服に身を包んだ隊員たちが、泡を吹いて気絶している強盗犯たちを次々と護送車の中へと放り込んでいく。
トラウマを極限まで植え付けられた強盗犯たちは、目を覚ますなり「バケモノだぁ……」「ふつうの刑務所に入れてくれぇっ!」と泣き叫びながら、自ら進んで檻の中へと逃げ込んでいった。
そんな惨状を横目に、大通りの片隅では学園都市の頂点に君臨する少女たちが、信じられないような光景を晒していた。
「……で? お前ら『
「う、うぅ……だ、だってあいつらが佐天さんを……っ」
「い、痛いわぁ……私のデリケートな足が、こんな硬いアスファルトで擦り剥けて……っ」
ボロボロになった舗装路の上。
御坂美琴と食蜂操祈という常盤台中学が誇る二大レベル5が、なんと並んでちょこんと『正座』をさせられていたのだ。
体育教師にして『
その迫力の前に、普段は強気な美琴もシュンと肩を落として視線を彷徨わせ、操祈は涙目で自身のストッキングの膝を擦っているが、黄泉川の怒りのオーラは一向に収まる気配がない。
「言い訳は後でたっぷりと調書で聞いてやるじゃん。始末書の山を見るだけで頭が痛いじゃんか……」
大きなため息をつく黄泉川。
一方、そのお説教の輪から一人だけ外され、別の『罰』を受けている者がいた。
「……おいおいちょっと待ってくれよ! なんで俺一人だけこんな土木作業員みたいなことやらされてんだよ!? どう考えても、車ごと道路を真っ黒焦げにした御坂とか、三階からデカい窓ガラス落っことした結標も同罪のはずじゃねえか! あいつらにも手伝わせろよ!」
大通りのど真ん中――彼自身が空間そのものを叩き割る絶大な破壊エネルギーで生み出した巨大なクレーターの中心で、天城響は一人、ブツブツと文句を垂れながら汗を流していた。
文句を言いつつも、彼が使用しているのは自身の持つ力の一つである――『
空間に展開された不可視の干渉力場が、粉々に砕け散った分厚いアスファルトの破片や土砂を次々と宙に浮かせ、まるで巨大なジグソーパズルでも組み立てるかのように、抉れた道路を元の平らな状態へとゴリゴリと淡々と強引に補修していく。
「あのなァ……結標と白井はあっちで窓ガラスの修繕をやってるじゃん。それに、御坂の電撃や食蜂の精神操作でどうやってこの粉々のアスファルトを綺麗にパズルするって言うじゃん? あいつらの能力は土木作業には全く向いてないじゃんか」
「ぐっ……そ、それは……」
黄泉川からの見事なまでの正論パンチを喰らい、響はぐうの音も出ない。
言い返せずに言葉を詰まらせる学園都市第二位へ、黄泉川はさらに容赦のない追い打ちをかける。
「だいたい、一番派手に道路をカチ割ったお前が文句を言うんじゃないじゃん! お前の『念動力』が一番手っ取り早いんだから、完全に平らになるまでキッチリ整備させるじゃん!」
「へいへい……」
「あぁ、そうそう。一番派手にやらかしたお前の件については、後で担任の小萌にもきっちり報告しておくじゃん」
ピタッ、と。
響が『
直後、学園都市第二位の少年は一切のプライドを投げ捨て、躊躇いなくボロボロのアスファルトの上へと勢いよく膝をついた。
「……ま、待て。待ってくれ黄泉川先生。それだけは!」
そのまま地面に額を擦りつける、見事なまでの『土下座』。冷や汗をダラダラと流し、必死の形相で懇願する学園都市第二位。
問題児ばかりが集う『あのクラス』の空気にすっかり染まりきっている響にとって、あのちっこい担任教師の涙にはめっぽう弱いのだ。
涙ぐみながらの三時間ぶっ通しのお説教は、どんな強力な能力者の攻撃を受けるよりも精神的ダメージが甚大である。
「頼む! 小萌先生の涙目説教はマジで堪えるんだ! 勘弁してくれ……っ!」
「自業自得じゃん」
悲痛な哀願も虚しく、黄泉川は鼻で笑って冷酷に切り捨てた。
「ふ、不幸だァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッ!?」
幼馴染であり、クラスの悪友でもあるツンツン頭の少年の十八番たる魂の叫びが、第七学区の空へと虚しく響き渡っていく。
長年の付き合いですっかり伝染してしまったその悲鳴は、本家本元に勝るとも劣らない悲愴感を漂わせていた。
その響の情けない姿を見た黒子と淡希は、思わず「ああー……」と遠い目をして作業の手を止めた。
二人ともあの『小萌先生』とは面識があり、彼女の涙ながらの説教がどれほどの恐ろしい破壊力を持っているかをよく知っているからだ。
「……今回ばかりは、少し同情しますわね」
「ええ、あれはメンタルにくるから……」
学園都市第二位の絶望に深く共感しつつ、二人はやれやれ顔で首を振っている。
彼女たちもまた、ただ見学しているわけではなく、自分たちが破壊した箇所の修繕作業に駆り出されている真っ最中だった。
二人はそれぞれ『
「ねえ、初春」
その様子を遠巻きに眺めていた佐天が、不思議そうに隣の親友へ小声で尋ねた。
「学園都市第二位の響さんが、なんであんなにその『小萌先生』って人にビビってんの?」
「あはは……。小萌先生は、なんていうか……生徒を本気で心配して、涙ぐみながら三時間ぶっ通しでお説教するんです。どんな悪党でも、あまりの罪悪感に最後は泣いて謝るって有名でして……」
かつて面識のあった初春が、引きつった苦笑いで解説する。
「うわぁ……それは確かに、物理攻撃よりキツそうですね……」
顔を引きつらせる佐天。
すると、その会話を耳に挟んだ黄泉川が、やれやれと肩をすくめながら口を挟んできた。
「全くだじゃん。だからこそ、あの札付きの問題児どもも小萌には全く頭が上がらないじゃんか。……それに、もし小萌に何か危機が迫ったり危害を加えようとするバカが現れたりしたら、響を含めたあのクラスはその時だけ完全に一致団結して全力で
「「えええ……」」
学園都市第二位を筆頭にした、小萌先生を守る『
「……まあ、それに関しては私も全力で手伝うわね。あの人に手を出そうなんて命知らずな馬鹿がいれば、の話だけど」
「当然ですわ。もし小萌先生に危害を加えるような輩が出たとしたら……わたくしも『
ガラスの修繕作業を進めながら、結標淡希が真顔でぼそりと呟き、白井黒子もまた一切の冗談を交えない冷酷な笑みでその意見に完全同意した。
かつて響を通じて彼女に会い、直接言葉を交わしてその人柄に触れたことがある淡希はもちろんのこと、黒子もあの小萌という教師の底抜けの善性をよく知っている。
どうやら、あのちっこい先生を守護する『防衛線』には、常盤台の空間移動能力者や、響と共に『
「あはは……。実は私も『
えへへ、と何気ない笑顔で、とんでもない公私混同と
「う、うわぁ……」
学園都市第二位を筆頭にした超能力者たちから、常盤台の空間能力者に、治安維持組織の天才ハッカーまで。
学園都市の最高戦力たちをことごとく裏で牛耳る『小萌先生』の底知れぬ人望(と、親友のナチュラルな暴走)に、佐天はドン引きを通り越して戦慄すら覚えていた。
(学園都市第二位を震え上がらせて、初春たちまで完全に手駒にしてるなんて……その『小萌先生』って、一体何者なのぉ!?)
まだ見ぬ学園都市の恐るべき裏ボス(?)の存在に顔を引きつらせつつも、佐天は面白がって両手を口元に当てた。
「あははっ、響さんたち、怒られないように頑張ってくださーい!」
「もうっ、佐天さんったら!」
無事に助け出された佐天が苦笑い混じりの声援を送り、初春が慌ててそれを嗜める。
大立ち回りの末、ひしゃげた大通りには、いつもの『とある』騒がしくも平和な放課後の日常が、確かな温もりと共に戻ってくるのだった。