「……お前なぁ、言い草ってものがあるだろ」
梅は手に持っていた赤ペンをカチリと鳴らし、机に置いた。
夕暮れ時の生徒会室。先ほどソファの上で一悶着あったばかりだというのに、尾鳥たんの煽り性能は衰えるどころか、拍車がかかっていた。
「ざ〜こ♡とかどこで覚えてきたんだよ。中学生が変なネットスラング使ってんじゃねぇ」
「え〜? だって本当のことじゃ〜ん! ほら見てよ、こんなに無防備な可愛い男の子が目と鼻の先にいるのに、手どころか指一本触れてこないなんてさ〜! 度胸がないチキン野郎か、あっちのほうが『ざ〜こ♡』のどっちかでしょ〜?」
尾鳥は胸元を全開(というか相変わらずピンクのポッチが物理法則を無視して全開)にしたまま、梅のデスクのすぐ横に腰掛けた。
わざとらしく脚を組み替え、華奢な太ももをチラチラと見せつけながら、指先で梅の制服の襟元をチョンチョンと突いてくる。
「ねぇねぇ、図星〜? 怒った? 怒ったなら見せてみなよ〜、梅の『男』ってやつをさ〜! まぁ、どうせ僕の可愛さに気おされて、なにも出来ずに指咥えて見てるだけだろうけどね〜! ニシシっ♪」
勝ち誇ったような八重歯と、調子に乗り切った煽り顔。
(……このガキ、本当に調子に乗りやがって……!)
普段なら「はいはい」とあしらうか、頭を一叩きして終わらせる梅だったが、今日に限っては先輩たちがおらず、長時間にわたる書類仕事で脳が疲労困憊していた。
それに加えて、目の前でチラつく無駄に質の高い美少女(男)の肌と、挑発的な言葉の数々。
梅の中で、何かがぷつりと切れた。
「……そこまで言うなら、後悔するなよ?」
「え……?」
梅が低く落ち着いた声で呟くと同時に、椅子から立ち上がった。
そして、逃げようとした尾鳥の逃げ道を塞ぐように、デスクと自分の身体で尾鳥を挟み込む。いわゆる「机ドン」の体制だ。
「うわっ……な、なに……?」
急に影がかかり、一瞬で距離を詰められた尾鳥は、思わず身を縮こまらせた。
さっきまでの威勢の良さはどこへやら、梅の影にすっぽりと覆い隠される。
「ち、チキン野郎って言われたからって本気にしてんの〜? 梅ってば冗談が通じなさすぎ〜……っ!?」
言葉の途中で、梅がぐっと顔を近づけた。
お互いの鼻先が触れ合いそうなほどの至近距離。梅の真剣でどこか冷ややかな目が、尾鳥の瞳をじっと見つめ返す。
「……『ざーこ』だの『襲ってみろ』だの、よく言えたもんだな。俺が本気出したらお前みたいなヒョロヒョロの中学生、一ひねりなんだぞ?」
「ひっ……! べ、別にお前なんか怖くないし! 男同士だし! 痛くも痒くも……」
「そうか? でも、お前……さっきから声が裏返ってるぞ」
梅が耳元で低く囁くと、尾鳥の肩が跳ねた。
「それに……」
梅の手がゆっくりと伸び、尾鳥の細い首筋から、はだけたシャツの隙間——つまり、むき出しになった胸元へと滑り落ちていく。
指先が、ほんの少しだけ尾鳥の肌に触れた。
「あ……っ」
尾鳥の口から、小さく情けない声が漏れた。
一瞬で耳の先まで真っ赤になり、さっきまでの煽り顔は完全に消失。瞳を潤ませて、プルプルと震え始めている。
「手、出せないと思ってたか? 今の生徒会室には誰も来ない。鍵もかかってる。……お前が望んだんだろ?」
「う、うそ……梅、顔がマジ……え、ちょっと待って……冗談だから……! 僕、男だよ!? 男の娘(の娘)だけど、中身はちゃんと男の子だからね!?」
「知ってるよ。だから容赦しねぇんだよ」
梅は意地悪く口角を上げると、さらに体を押し付け、尾鳥の胸元にある問題のポッチのすぐ横に指を添えた。
「ひゃいっ!?」
尾鳥の口から変な声が飛び出る。
キュッと足を閉じ、目尻に涙を浮かべながら、梅の胸板を必死に両手で押し返そうとする尾鳥。だが、高校生男子の力に中等部の華奢な体格で勝てるはずもない。
「う、梅ぇ……ごめんなさい……! チキンとか言ってごめんなさい! ざーこじゃないです! 梅はすっごく強くてカッコいい男です! だから許してぇ……!」
ついに耐えかねた尾鳥が、涙目になりながら降参の悲鳴を上げた。
「……最初からそう言えばいいんだよ」
梅はフッと息を漏らすと、あっさりと身体を離した。
デスクの上のペンを拾い上げ、何事もなかったかのように自分の椅子に腰掛ける。
「……ったく。調子に乗りすぎなんだよ、お前は」
「〜〜〜〜っっっっ!!!」
解放された尾鳥は、デスクの上で真っ赤になった顔を両手で覆い、ガタガタと震えていた。
荒い息を吐きながら、涙目で梅を睨みつけてくる。
「う……うめのアホ! スケベ! 鬼! 悪魔! 絶倫!」
「最後のは褒め言葉か? ていうか、言い出したのはお前だろ」
「だって……! 本当にやるか普通!? 僕、一瞬本気で『あ、僕の純潔が……』って覚悟したんだからね!?」
「するわけねぇだろ。俺をなんだと思ってんだ」
「ドスケベ変態オオカミ!!」
「ひどい言い草だな! 助けてやったのに!」
尾鳥は真っ赤な顔のまま、大急ぎで自分のシャツのボタンを留めようとする。
……が、パニックになっているせいか、ボタンを掛け違えたり、そもそも服の構造が狂っているせいでどうしても乳首のあたりだけボタンが留まらない。
「な、なんで留まらないのこれぇぇええっ!?」
「お前のその服が欠陥品なんだよ!! いい加減買い替えろ!」
「うわぁぁぁん! 梅が意地悪する〜!」と半泣きになりながら生徒会室の端っこにうずくまる尾鳥たん。
そんな彼を横目に、梅は「やれやれ」と肩をすくめ、再び書類仕事にペンを走らせ始めた。
梅は内心めちゃ意識しており今でも理性を保とうと必死であった。
『てか、梅さそこの計算違っ‥』
何処からか謎に現れたバナナの川それに足を滑らせた尾鳥は‥
『あっ!?』
転びそうになったが梅が受け止めた、そして梅が受け止めた時‥
『あっ♡‥』
梅は乳首を押していた咄嗟だったとは言え。
そして尾鳥の声は高く甘い声。
(……あぶねぇぇぇ!! マジでギリギリだった……っ!!)
表面上は冷ややかで余裕のある態度を崩していなかった梅だったが、その内心はまさに決壊寸前のダム状態だった。
(なんなんだよアイツのあの顔は! 涙目で『許してぇ』とか言われて理性飛ぶかと思ったろ! 男だ! あいつは中等部の男の娘(の娘)だ!! 落ち着け俺! 騙されるな俺の性癖!!)
ペンを握る右手が微かに震えているのを誤魔化すように、梅は必死に書類に目を落とし、心の中で般若心経を唱えていた。
もし、さっきの体勢であと数秒長く尾鳥の肌に触れていたら、本当に理性のタガが外れて何をしでかしていたか分からない。
「う……うめのバカ……」
生徒会室の隅っこで、尾鳥がまだ真っ赤になった耳を隠しながらブツブツと文句を言っている。ボタンを留めようと指先をワタワタ動かしているが、やはり謎の力学によって二つのピンクのポッチは主張を崩さない。
(見るな……見るんじゃない水の江梅……! あそこを見たら負けだ! 視界の端に入れるな!)
梅が脳内で猛烈な葛藤を繰り広げ、冷や汗を流していたその時——
「てか、梅さ……そこの計算違っ……」
少し気まずそうに、しかし書類間違いを見咎めて歩み寄ってきた尾鳥が、梅のデスクの脇で言葉を詰まらせた。
——ずるっ!!
「あっ!?」
「え!?」
生徒会室の床という、到底存在し得ないはずの場所になぜか落ちていた謎のバナナの皮。(※昨日、陸奥こまろが『これ置いといたら誰かすべるかな〜』と言って放置していった残骸である)
見事なまでにそれを踏み抜いた尾鳥の身体が、宙を舞った。
「危ねぇっ!!」
梅の身体は、思考よりも早く動いていた。
デスクを蹴るようにして身を乗り出し、倒れ込んでくる尾鳥の小柄な体を抱き止めるべく、咄嗟に両手を差し出す。
バサァッ!と書類が舞い散る中、梅の腕が尾鳥の華奢な背中と胸元を捉えた。
——だが、運悪く。
あるいは、この生徒会室に立ち込める不条理な抗いにくさのせいか。
梅の右手の親指が、勢い余ってジャストミートで尾鳥のむき出しのポッチ(右)を強めに押し込んでしまっていた。
「ぎゅむっ」という確かな感触が、梅の指先から脳へとダイレクトに突き抜ける。
「あっ……♡……」
「——!?」
生徒会室に響き渡ったのは、いつものナマイキで甲高い声ではなかった。
鼓膜を直接揺らすような、高く、甘く、熱を帯びた——完全に“女の子”の、艶めかしい声。
「っあ……う、梅……っ……どこ触っ……んっ……♡」
梅の腕の中で、尾鳥の身体がビクンッと大きく跳ね上がった。
指先から伝わってくるのは、尋常じゃない熱気と、トクントクンと激しく脈打つ鼓動。
抱きかかえた尾鳥の顔を見下ろすと、彼は目尻にジュワッと涙を浮かべ、口元を自らの手で必死に抑えながら、トロけたような瞳で梅を見上げていた。
じわじわと、尾鳥の白い首筋から耳の先、そして顔全体が、まるで茹で上がったタコのように真っ赤に染まっていく。
(……やばいやばいやばいやばい!! 触った!! 押した!! 完全に押した今!! しかも何だ今の声!? 甘すぎるだろ!! 破壊力が限界突破してんだろ!!)
梅の頭の中で、保たれていた理性の糸が『プチン』と音を立てて弾け飛んだ。
手元にある感触は柔らかく、そしてあまりにも熱い。
咄嗟に指を離そうとした梅だったが、腰が抜けてしまったのか、尾鳥が「あ……待っ……落ちる……」と縋りつくように梅の制服の胸元をギュッと掴んできた。
結果として、抱きしめ合うような格好で2人は完全に密着してしまう。
「お、尾鳥……お前……今、変な声……」
「な、鳴いてないっ!! 鳴いてないもんっ! い、今のは……ただの生理現象で……っ♡」
必死に強がろうとする尾鳥だったが、上目遣いで梅を見るその表情は完全に隙だらけで、はだけたシャツからは押し込まれたせいで真っ赤にうっすら鬱血したポッチが、さらにピンと主張を強めていた。
「……お前、割と……ここ、弱いのか?」
自分でも驚くほど、低く掠れた声が出た。
「ひゃうっ!? な、なに言っ……うめのアホ……! 離して……離さな……んぁっ♡」
梅の手が、無意識のうちに尾鳥の細い腰を抱き締め直し、胸元に添えられた指先が微かに動く。
静まり返った放課後の生徒会室。
茜色の夕日の中で、2人の荒い息遣いと、甘い沈黙だけが支配していた。
先輩たちが帰ってくるのは、まだ数日先。
梅の理性が完全に崩壊するまでのタイムリミットは、もう一瞬を残すのみとなっていた——。
尾鳥にはどんな分からせが良い?
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