豪奢だが気品のあるクラシックスタイルの寝室。
その部屋の"格"は、常人であれば呑み込まれ、気後れして然るべきものといえるだろう。そしてそれを形成しているのは、家具や調度品に施されている無数の美術的技法。選び抜かれた素材、空間に調和する深みのある色彩、繊細な
数えあげればキリがないほどに、そこには造形の美学を追究せんとするデザイナーや職人たちの静かな
ただの成金程度では触れることすら許されない。
美しくも重厚な、そんな雰囲気があった。
そして、そんな部屋の中央にひときわ目を引くモノがある。
ここが寝室である以上、それは部屋の主のための寝具に他ならず、大人が三、四人は横に並べる程のものが堂々と置かれている。
当然、この寝具もこの格式を感じさせる部屋の一部であり、無数の美術的技法が施されていることは語るまでもないのだが……
「んぁ♡ あんっ、ひゃっ、ふぅ、んんっ♡」
……美術的な構図が美しい、落ち着いた雰囲気の部屋にはそぐわない押し殺すような幼獣の唸り声が、
「ごしゅじんさま……ごしゅじんさまぁ……♡」
寝具の中で、ごそごそと小さな生き物が動いている。
寝具の軋む音、布の擦れる音、寝具の中から洩れ出す粘ついた水の音、そしてこの幼獣の唸り声。
この中でナニが行われているのか。
もしこの場でそれらの音を聞く者がいれば、その者は否応もなく状況を理解するだろう。
「すきです、すきです、ごしゅじんさまぁ……すきって、いってください……ティアナをすきって、いって、くだひゃい……♡♡」
少しずつ、その動きは激しさを増し──
「んぅ♡ ん、んんっ、やぁ♡ ふぅ、ふぅうう♡」
少しずつ、色めいた幼獣の唸り声も大きくなり──
「ん゛っ♡」
──そして。
「ぁ♡ ひゃあああぁぁぁぁ~~~~っっ♡♡」
甘い嬌声。寝具の中でビクンッと小さな生き物が跳ねる。
軋む音も擦れる音も、水の音も今では聞こえず、静けさのある部屋の中には、か細くも荒い息遣いだけが残っている。
暫くすると、寝具の中にいた小さな生き物が、のそのそと、その姿を現した。
それは
艶のある銀色の長髪。淡い赤色の瞳。幼さを残す可憐な顔立ち。控えめだが膨らみのある乳房。細く、美しい
とどのつまり、美少女といって差し支えない少女だった。
本来ならば、この気品ある部屋に対して、少女は現実離れしたその愛くるしい美貌ひとつで、調和しているといえる関係であるはずだった。しかし今は少しだけ、その調和が崩れている。
この気品ある部屋に対して、今の少女は……少々、品がない。
少女は今、あられもない姿をさらけ出している。
その肉体は、幼さを残す顔立ちに反して、あまりにも濃厚な雌の臭いを放っていた。
その微笑みは幼童の如く純朴であるにも関わらず、漂わせる雰囲気は雄の性を煽る淫婦のそれに近しい。
そしてなにより、その手に持つモノ──男性器を模した性玩具の存在が、この部屋の持つ品格と、あまりに不釣り合いだった。
しかし。
「えへへ、ごしゅじんさまぁ……♡」
少女は、
まるで最愛のヒトに向けるような、柔らかな笑みを浮かべて。
そして、それはある意味では間違っていない。この性玩具は、少女にとって最愛の相手──
淫猥な空気を漂わせながらも百戦錬磨の性豪という訳ではない少女にとって、その性玩具がどの程度主人のモノを再現できているのか、それを比較して理解することは叶わないが……。
別に、それでもよかった。
この
ご主人様の
その事実だけで、少女はいくらでも淫らに狂えるのだから。
心地良く、そして気持ち良くなれるのだから。
"このまま惚けているのも悪くないかな"
"ああ、でも今日は約束があるんだった"
寝惚け目を擦りながら、少女は身支度を始めた。
──深紅のカーテンを開けば。
赤く、美しい月の光が部屋の中に差し込む。
今日も素敵な一日になりそうだと、そう思った。
これが少女──セバスティアナの一日のはじまりである。
◇◇
傍から見れば、皆狂っている。
彼女たちを見たすべての生命がそう嘯いた。
真偽の差が無くなった世界。
狂気と正気が入り乱れる第五世界の果ての果て。
夜空の海に赤い月が浮かぶ常夜の国の黒い砂漠。
その中にある
その中心に、その
誰が呼んだか、
すべての獣が潜む
この物語は、そんなセカイの住民について語るだけの、ただの大人向けの寝物語である。
◇◇
淫魔殿の第一階層は、概ね壮麗な城館の内装を模している。
大抵の城館と異なる点があるとすれば、窓の外の景色が赤い月の浮かぶ夜空に固定されているところだろうか。
そんな淫魔殿の廊下を、るんるん気分で歩く少女がいる。
ハミングは華やかに、小刻みなステップは軽やかに。少女以外には誰もいない廊下に、少女の鳴らす音だけが響く。
黒のドレス、白のエプロン。
ヘッドドレスは黒と白。後頭部には大きな黒のリボン。
髪は艶やか、星の銀。
瞳は煌めく、淡い赤。
晴れの夜の星々に思いを馳せるように、少女はご機嫌だった。
彼女の名はセバスティアナ(大抵、ティアナに略される)。
淫魔殿にて、メイドごっこに勤しむ
豪奢な部屋こそ与えられているが、特別な地位は何もない。
淫魔殿では大抵の者が
"住む"というよりは"棲む"。
あるいは飼われているような、そんな日々。
歪ではあるが、
無論、そんな歪んだ平等社会にも例外は存在する。
ティアナが今向かっているのも、そんな例外中の例外である存在の寝室。
単騎で国々を滅ぼす絶対的暴力の化身ども──魔神。
その中でも筆頭格とされ、実質、淫魔殿のリーダー格として活動している存在に、ティアナは呼び出されていた。
永遠に続く廊下にある無数の扉。
そのひとつを開くと──部屋の中では、雨が降っていた。
いや、雨のような
「ん゛ッ♡ お゛お゛ぉ゛お゛ォォッッ♡♡♡」
「わぁ……」
部屋の中にいた少女の股ぐらから噴き出た淫らな液体が、雨の如くティアナの顔に降り注ぐ。
ハンカチで顔を拭きながら、ティアナは呆れるように視線を部屋の中の少女に送る。
蛙のように股を開いてひっくり返り、腰を浮かせてはへこへこと痙攣したまま、いまだにちょろちょろと愛液を垂れ流している。
そんな様子に溜息を吐きつつ、ティアナは少女に声をかけた。
「今日のお天気は雨ですか?」
「はふぅ♡ ……あら、ティアナじゃない。ああ、もう時間なの。ごめんなさいね、つい、ね」
「あの、よくそのままで話せますね……? あと、
「できるのよ。まぁ、きっと貴女もそのうちできるようになるわ」
「できなくていいですよ、あんなこと」
まったくこの人は。そんな風に思いつつも、ティアナは朝から自分以上に過酷な自慰に励んでいた少女をまじまじと見た。
輝くような銀色の瞳と
雪の輪郭。氷細工の人形。
そんな言葉が、ティアナの脳裏に浮かぶ。
その少女は、全体的な色合いこそティアナに似るものがあったが、実際に彼女たちを見た者が、ティアナと少女を見間違えたり、雰囲気が似ているなどと言うことは皆無だろう。
ティアナの美が、国内屈指の可憐な
その少女の美は、世界屈指の可憐な
生まれながらにして完成された美のひとつ。
それが少女──ヘルメス・トリスメギストスである。
「それがどうして、こんなことに……。皆さん言ってますよ、ヘルメスさんは大変な変態だって」
「淫魔殿の住民なんて、大なり小なりみんな同じよ。それに貴女だって相当でしょう?」
「いやぁ、流石にヘルメスさんには負けちゃいますよ」
立場の違いこそあるが、二人の仲は良好。
軽口を言い合うこともあるが、それこそ信頼の証だろう。事実、二人は淫らな魔の潜む殿堂にあって、特出して歪んだ願望を、色濃い欲求を持つ者同士。
ゆえの類い稀な歪んだ信頼と親愛が、そこにはあった。
「それで、今日はいったい何用ですです?
「いいえ。実は貴女にお願いがあるの」
「お願い?」
小首を傾げ、ティアナは復唱した。
良好な関係ではあるが、二人の立場は異なり、ヘルメスの普段の仕事の中で、ティアナに任せられるものは何もない。
現にティアナが淫魔殿に来てから一度も、ヘルメスがティアナに何かを頼んだことはない。
ゆえの疑問だったが……。
「実は、暫く仕事で淫魔殿の外に出ないといけないの。心底嫌なんだけど、理由が理由でね。……それで、その間だけ、貴女に魔獣さんたちのお世話をお願いしたいの」
「ま、魔獣さんたちのお世話ですかっ!?」
「ええ、そうよ。ほら、彼らも結構寂しがり屋でしょう? それで仲の良い貴女になら任せられると思ったのだけれど……だめかしら?」
「ぜひぜひ!」
「そう、ありがとう。それじゃあ、これが動植物園の鍵だから。彼らのことをお願いね」
「はい! それじゃあ、さっそく魔獣さんたちのところにいってきますねっ!」
「ええ、いってらっしゃい」
鍵を受けとると、ティアナはそのままそそくさを部屋を出た。
浮かぶ喜悦の表情を隠せないままに。
鼻唄は華やかに。足取りは軽やかに。
「あ。」
何かを思い出し、ヘルメスの口から溢れた一文字。
それは魔法の言葉。
端的にいってしまえば、凶兆。
まるでこれから何かが起きることが確定したような……
まるで盛大な
「そういえば……まぁ、いっか」
当然、そんな言葉はティアナの耳にはもう届かない。
聞いたところで何かが変わった訳ではないが、それでも心構えぐらいはできたかもしれない。
詮無きことである。
結論だけ述べると。
これからティアナに、災いが降りかかる。
◇◇
満面の笑みを浮かべ、ティアナは廊下を駆ける。
それを咎める者は誰もいない。
「~♪」
歓喜の様子は、まるで無邪気な子どものようで。
例えるならば聖夜のプレゼントを待ち侘びた幼童のわくわく感が近しい。不純さを一切感じさせない無垢な喜びに見える。
しかしその実、ティアナの脳内は一色に染まっていた。
桜の色。桃の色。薄紅色。
そう表現すれば聞こえが良いが……要するに。
ティアナの脳内は、ピンクに染まっていた。
さらに端的に言うと。
えっちなことしか考えていなかった。
そう、実は。
──セバスティアナは、えっちが大好きなのだ。
正確に述べると淫魔殿の主とのえっちが大好きだ。
英雄候補、剣聖、ヴァンパイアハンター、掃除屋、アローレイン、
その他の地位と名誉を投げ捨てて、彼女は淫魔殿に堕ちた。
すべては淫魔殿の主とえっちをするためである。
しかし淫魔殿の主は、普段はその姿を現さない。
ゆえにティアナの欲求は無限に膨らむばかりだった。魔神ヘルメスに希い、貰ったご主人様細胞で創られた
心地良いし気持ち良いが、どこか物足りない。
そんな漠然とした不満が、ティアナの中で燻っていた。
しかし。
「魔獣さんは、ご主人様の血の眷属!」
同じ匂い。
同じ体質。
同じ遺伝子。
厳密には違いは多々あれど、概ねそれら存在は淫魔殿の主に物理的に最も近しい存在。
今のティアナにとって必要なのは、その
(温もりがほしい、ご主人様の
あなたを知らない人生は虚無で満ち満ちていた。
何もない空っぽの醜く汚れた宝箱。
それは素晴らしいと繰り返し賛美されたところで、中に何も入っていないことをティアナだけは知っていた。
だから願う。どうかその温もりでわたしを包んでほしい。
そんな必死の懇願がティアナの心中を満たす。
そして。
ティアナは、魔獣の園に繋がる扉に辿り着く。
そんな万感の想いを込めて、鍵を回した。
"──ガチャリ"
その音が脳内に響くと同時に、ティアナは意識を失った。
……ここでおしまい。
ヘルメス・トリスメギストス。
幾多の宇宙、幾多の星々、幾多の文明において──
──彼女に勝る性欲は無く。
性癖は無い。
そんな彼女は、淫魔殿の主の細胞たる魔獣たちに、ある
本来、淫魔殿に存在するすべての魔獣は平穏な日々を望み、無意味に他者を傷つけることを忌み嫌っている。
しかし、そんな彼らでも暴力を振るうことはある。
彼らは彼らの平穏を妨げる輩に対して、一切の容赦がない。心情として殺すことはしないが、それでも二度とそんな気になれないほどに敵対者を徹底的に痛めつけることぐらいはする。
つまり。
侵入者に対する情を、魔獣は持ち合わせてはいない。
ヘルメスに仕込まれた
魔獣たちは、侵入者の排除を開始する。
常識改変。記憶喪失。無垢シチュエーション。
強姦。陵辱。蹂躙。暴行。暴。暴。暴。
忘。
『ティアナは きおくを うしなった!』
エロ小説を書くのは初めてで色々と難しかったですが、練習も兼ねてひとまず二話に分けてで書きました。後編も十五分後に投稿します。
今後の参考にしたいので、感想・評価をもらえると嬉しいです。