「はぁ、やっとこ見つけたぞ……」
小さく呟き、溜め息をついて額の汗を拭う。
目の前に広がるのは、大きな祭壇。それを数えきれない数の黒装束が囲い、その場に膝をつき両手を組んで祈っている。まさに依頼主が危惧していた通りの光景だ。
しかしまさか、マジで帝国の地下にあるとは……
国中を嗅ぎ回った甲斐があったってもんだ。
祭壇の広場、その入口の角に姿を隠す。
連中は祈りに夢中っぽいが、気付かれたら大変だ。あの中に手練れがいるという可能性もある。もうちょい様子を見る。標的は司教だが、さてこれは……何処にいるんだ?
「(……祭壇の上に、誰かいるな)」
祭壇の上、四隅に焚かれた松明に照らされる影は二つ。
目を凝らし、観察してみる。
片方は祭壇下の連中と同じ黒装束だが、その装束には金糸の装飾が施されている。お抱えの〝仕立屋〟もいるんだろう、何かしらの特別な衣装かもしれない。握ってる大杖に嵌まる血の色をした魔石もかなり大きい。しかもあれ人間産だな、走っている光の紋様からして、人間から取れるやつだ。
もう片方……場違いな白装束が、へたり込んでいる。
女の子か。黒い眼帯で目隠しをされ、腕を拘束されている。装束越しでも分かるが、立派なお胸の持ち主だ。少なくとも拘束プレイしてるワケではなさそうだが、良い趣味してる。あの格好はちょっと興奮するな……
と、ここで杖持ちの黒装束が動いた。
杖持ちは祭壇の階段前に立ち、黒装束たちを見下ろす。
「同志よ、顔を上げてくれ!
遂に……遂に、この時が来た!」
杖持ちの興奮気味な言葉。
黒装束たちは一気に顔を上げ、祭壇の杖持ちを見上げる。
ほうほう、何をしようと言うのだね。
「我等の……否、かの者たちの悲願は、
今日!この日!………漸く、叶うことになる!」
悲願ってなに?
「天井に住まう神々への、報復を!
三大世界を焼き払い、その全てを新生するのだ!
さぁ、さぁ!さぁ!!」
「「「報復を!!新生を!!報復を!!新生を!!」」」
地下だから声が響きまくる。うるせぇ!
杖持ちがその杖を大きく薙ぐと、報復新生コールがゆっくり静かになっていく。サンキュー杖持ち。
しかし、ただの悪魔崇拝だと思えばやけに大仰な目的だ。
いやただの悪魔崇拝ってなんだよ。ともかく、こいつら世界滅ぼそうとしてるわけか。無理でしょ。この世界やべぇ奴がわんさかいるぞ。人もだけど魔物もやベーのいるし。
「オーレリア王国とヴァルカ帝国の大戦から、二年。
魔族たちの介入で事なきを得たが、
この大陸中には未だその爪痕が残っている……」
いやぁ、戦争は大変でしたね。
それに事なき得たってのは本当だよ。決戦兵器が出てきたらマジで大陸が滅んでた可能性あるわけだし、それ以前にあの地獄みたいな戦いが15年続いたって事実が酷いわ。たまに戦場が恋しくなるときもあるけど、戦争はやっぱクソだよ。
「大陸の国々は、既に腐り果てている!
腐敗は最早誰にも止められぬ………故に、こそ!!
この世界を、今一度!滅びを以て救って頂くのだ!」
話が飛びすぎじゃない?
いきなり何言ってるのか分からなくなっちゃったよ。戦争が大変だったねって話は納得出来たのに……なんでそうなる。
そういえば神々への報復の話ってどこ行ったっけ。
「この世界を創りし神々へ報復し、
新たな神と共に、我等は新生する!」
説明サンキュー杖持ち。
話は大体分かっ……いや、分からないが、まぁいいや。
頭が終わってる連中の話なんて猿の鳴き声と同じだ。どうせ分からないんだから、理解しようとする必要はないのだ。
それより自己紹介はまだですか。
あんたが司教じゃないと帰れないんだけど。
「この娘は、哀れにも巡礼に送られた聖女の一人。
旅の果てに心を壊し、この場に至る、哀れな
見よ……この娘こそ、神が世を見捨てた証である!!」
お前の素性を教えろっつってんだろ無能が。
確かに聖女は哀れだけど、あのおっぱいで神が見捨てたって嘘でしょ。むしろ祝福されてるでしょ。神々の豊穣でしょ。あークソ、帰ったら娼館行こう。ムラムラしてきた。はあ、今は仕事に集中しないと。
「我等は報復と新生の第一歩を、この娘と共に踏み出す!
娘の身を依代に、大いなるモノを喚び起こす!!
さあ──────刮目せよ!!」
「……っ!?」
こん、と杖の石突きが祭壇を叩くと、その魔石が輝く。
それと同時に、黒く瞬く魔力光がその場に満ちた。まるで、空に浮かぶ星々のような光景は、だが。
「しまった……!!」
既に、
背中のハルバードを握り、石床を蹴って一気に駆け出す。
入口から、祭壇の前へ。
「っ、何者だ!?」
「邪魔だ!!」
「がっ、あぁぁあ─────ッ!!?」
「「「うわぁぁあぁっ!?」」」
ハルバードを振るい、黒装束を吹き飛ばす。
周囲を巻き込んで血肉を撒き散らすそれを横目に、祭壇上を見上げる。黒い魔力光が渦を巻き始め、ごうごう風が吹き、大気が震え、肌を突き刺すような感覚。
不味い……!!
とうに準備を終えていたのか!?
吹き飛ばした黒装束が、いや、その場にいた黒装束全員が、その場にバタバタと崩れ落ち始める。
これは……まさか……
「そういうことか……!!」
この祭壇は一種の魔法陣!
だとすれば、この場にいる黒装束全てが───生贄。
この祭壇そのものが黒装束の魔力を吸い上げ、そして召喚の魔術を起動するシステムの核だったわけか!!
最悪だ……!
あの娘を殺したら、恐らく依代を失って召喚が暴走する。
この感じ、神降ろしに近い召喚魔術式だ、もし召喚される〝何か〟が依代を失い、完全に召喚されたならば間違いなく大惨事だ!!
渾身の力を込めて石床を蹴りつけ、跳躍。
一気に祭壇の上に飛び上がる。
「くっ、愚か者めが……だが、もう遅い!!」
ハルバードを振り上げ、杖持ちがこちらを睨みつける。
確かにもう召喚の魔術儀式は止められない。ならばせめて、不完全な召喚に留め、ここで召喚される〝何か〟を殺す!!術者を殺せば、召喚は不完全で終わる!!
術者なら、その場から動けまい!
このまま斬り潰す!
「ははは……!!
見える、見えるぞ……新たなる────」
笑い、嗤い、迎えるように大きく腕を広げる杖持ち。
─────ハルバードを振り下ろす。
「─────せか、ぎぢゅッ」
一撃が頭から股下までを切断しながら押し潰し、その血肉をブチまける。最後の最期まで……いや、今は……!!
視界を巡らせる。
そうして、白い装束に身を包んだ娘を見つけ………
その瞬間、黒い光が弾けた。
同時にその場から飛び退き、距離を取る。
祭壇の縁に着地し、ハルバードを構え直す。
その場に満ちた光が、ゆっくりと晴れていく。
黒い霧のような魔力に包まれた女が、そこに立っていた。
「………しくったな、クソ」
晴れていく黒い光のなかで、悪態をつく。
12年戦場にいたが、こんなものと戦った経験はない。
渦を巻いていたそれは既に収まっている。だが、それの放つ肌を突き刺すような感覚は、未だその中心であったものから放たれている、強烈な魔力によるものだろう。
「────永く、永く眠っていた」
女が、ゆっくりとした口調で、だが確かにそう口にした。
戦場で強大な敵を前にした時のような威圧感はない。いや、或いはこの魔力が、そうなのかもしれない。
似た感覚は、だが一つ思い出す。
本来の姿を見せた彼女と相対したときも、そうだった。
形容し難い、底の見えない穴を見下ろすような。
「久しい目覚めだ。
─────不愉快、極まりないな」
女の視線がこちらを捉える。
同時に、女の纏っていた霧が薄れていく。
黄金の瞳。
夜闇のような黒の長髪と、その頭から伸びる
漆黒の衣に身を包み、そこから伸びる腕は人のものでなく、暗い鱗に覆われ、そして長く鋭い爪を備えている。
そしてその背に揺れる、黒い翼と尾。
「……とんでもないのを、喚びやがったな」
ドラゴン……或いは、竜種。
神話の時代に生きた、太古の怪物。
この世界を賭けて神々と争い、そして滅び去った種族。
最悪中の最悪だ。
召喚されたのが悪魔なら、まだ殺せる手段はあった。だが、本当に世界を焼き払いかねない存在が出てくるとは……
「誰の許可を得て、妾をその視界に納めている?
誰の許可を得て、妾の前でその口を開く?」
「……お前たちの時代はとうに終わってるのさ」
言葉を返し、ハルバードの長柄を回して弄ぶ。
不完全な召喚ならば勝ちの目はある。戦闘で最悪の手段は、相手に背中を向けることだ。相手が生物である以上、そして滅び去った種だという伝承から、殺せぬ相手ではない。
「ならば、妾の時代を再臨させるまで。
まずは貴様の死血を啜り、この喉を潤そうぞ」
女が一歩、竜の足を踏み出す。
それに身構え────
「─────?」
女は、その眉を潜めた。
瞬歩。
その背後に回り込み、ハルバードを振るう。
「──ッ!!?」
振り向くと同時に払われた爪に、その一閃を弾かれる。
金属音と共に火花が散り、その弾かれる重さを利用し後ろへ飛び退き─────ハルバードを投擲。
右手に弓を、左手に大矢を不完全召喚。
着地するより先に、矢を放つ。
「ぐッ……ちぃッ!!
きさ──────ッ!?ぐぅッ!!?」
ハルバード、大矢、それぞれ爪に弾かれる。
着地と同時に女へ向かって駆け抜け、大剣を不完全召喚して斬りかかる。両手の爪に受け止められるが、ガラ空きの胴を蹴りつけ、その体勢を崩す。
「まっ───がッ、ご──────ッ!!?」
大槌を不完全召喚。
横に踏み込んで、女へと叩きつけて吹き飛ばす。吹き飛んだ女は剥き出しの岩壁に叩きつけられ、土煙の中へ呑まれる。
「〝蟲討ちの聖弓〟」
大弓と、一本の大矢を召喚。
矢をつがえると同時に弦を引き絞り、大きく足を開いて力を込める。魔力を込めた矢は黄金色に輝き、土煙の中へ向けて閃光の矢を放つ。
着弾。
黄金の閃きは土煙を貫き、強烈な魔力の爆発を起こす。
岩壁の亀裂が走り、大部分が崩落していく。
「………」
まだ息があるな。
特に、最後の一射は全力だったつもりだが………
聖弓を消し、祭壇の上から飛び降りる。
土くれが転がり落ちると同時に、瓦礫の山が破壊される。
土煙と共に、息を切らした女が現れた。
「はあッ、はぁッ、ぐ、っ……きっ、貴様……」
「割と脆いな。竜鱗といえば、
この世界じゃ最高級の硬度だったはずだが」
「ッ……有り得ぬ……在ってはならぬ…….!
こんな、人間如きに、こんな……何故だ……!?」
やはり力を出しきれないか。
困惑に息を切らした女は、歯噛みしてこちらを睨み付ける。その身体からは黒い霧が溢れ……いや、魔力が漏れている。
成程、今のを耐えきったのは魔力防護によるものか。無駄な魔力の使い方をしているな。魔力量自体は桁が違うが……
それにしても、竜種であることは間違いなさそうだ、が。
弱すぎる。戦争で戦ってきた連中の中でも、下の上といった程度だろうか。そもそも身体の使い方がなっていない……
いや、使っているのが人間の依代だから当然か。本来ならば巨体で空を飛びながら炎を吐く、なんてワイバーンみたいな戦いが本領なのだろう。
「哀れだな」
「なっ……貴様ッ……ぐ、ぅッ!!?」
背中に回り込み、短剣で女の横腹を軽く裂く。
振り払われる爪と尾を避けながら、少しだけ距離を取る。
「この程度か?」
「ぐ………ッ!」
短剣を腰の鞘に納め、その場に膝をつく女を見下ろす。
司教とやらが杖持ちでなくとも、あの騒動で死んだだろう。依頼は達成した。こいつもこの程度の強さならば、どこかで野垂れ死ぬ。放っておいても然したる問題はなさそうだ。
まぁ、殺すが。
ハルバードを手元に召喚し直す。
「まぁなんだ。悪いな。
寝起きにこういうのは疲れるだろ?」
「ッ………」
「一瞬で首を落とす。
目を閉じて、身体から力を抜くことだ。
痛い思いをしたくないのならな」
「やっ、やめろ……!!」
「動くと痛むって言ってるんだけど」
殺すから動くな、というと、焦った表情で女が喚き出す。
あんまり動かれると困るんだよ、最悪こっちまで汚れるし。取り押さえようとすると、ぺシリとその手を弾かれる。
仕方ない、腕から切り落とすか……
そうやってハルバードを振り上げると、女が叫ぶ。
「なっ、なんでも……貴様の願いを叶えてやる!!」
「えっマジ?」
「財宝かっ、いや、身分か!?
なんでもいいッ、言ってみろ!
だからッ、殺してくれるな………!」
こいつ今なんでもするって言ったよね?
びっくりした。命乞いとしては100点だわ。
ハルバードを下ろし、女の前に屈み込む。
改めて観察してみれば、中々に美形だ。大人びてはいるが、少女のあどけなさも残り、その顔もスタイルもかなり良い。怯えてる顔も可愛いね♡命乞いなら誠意を見せろ。
「………な、なんだ……?」
「んー」
「あぅ……ッ!?」
良し、決めた。
その頭を髪ごと鷲掴み、顔を更に近付けて笑う。
「俺のモノになれ」
なんでもするって言ったもんな?
女は、それに涙目でこくこくと首を振った。