将軍を目指した薙刀令嬢、愛欲の女神の寵愛を得て「娼婦」となる 〜神罰寸前で無恩寵の男に抱かれたら、無限の経験値で最強の武神になりました〜 作:夜叉五郎
社会人になって、ようやく迎えた初めてのゴールデンウィーク。
ブラックとまでは言わないが、新卒研修と現場配属の怒涛の毎日に擦り減らされていた俺にとって、この連休は文字通りの命綱だった。
「やっと……やっと羽根を伸ばせる……!」
学生時代からずっとやってみたかったのが、一人キャンプ――いわゆるソロキャンだ。
誰に気兼ねすることもなく、大自然の中で美味い飯を食って、ぼんやりと焚き火を眺めて過ごす。
この日のために、初任給の残りと学生時代の貯金をはたいて道具を一式買い揃えた。
大型のバックパックには、ロマンと実用性をこれでもかと詰め込んである。
ネットの動画で見て衝動買いしてしまった数千ルーメンを誇るバカみたいに明るい充電式LEDライト。
山歩き用の熊避けスプレー、頑丈さが売りのサバイバルナイフ、小型のガスコンロにクッカー。
それに、カップラーメン数個にペットボトルの水、行動食のカロリーメイトやチョコレート。
身だしなみ用の歯ブラシやカミソリ、爪切りまで完備した。
「いざ、出発!」
学生時代に必死にバイトして中古で購入したオンボロ愛車を走らせて数時間。
予約していた山奥のキャンプ場に到着した。
駐車場でエンジンを止め、車を降りる。
車のトランクから一人用のテントを抱え、ずっしりと重いバックパックを背負い直した。
新緑の澄んだ空気を胸いっぱいに吸い込み、意気揚々とキャンプサイトへ向かう遊歩道へと足を踏み出す。
だが、歩き始めて数分もしないうちに、妙な違和感を覚えた。
「……ん? 霧がすごいな」
さっきまで快晴だったはずなのに、あっという間に周囲を濃い白い靄が包み込んでいく。
足元の舗装された小道すら霞んで見えなくなり、ひんやりとした湿気が肌にまとわりつく。
スマホを取り出して確認しようとしたが、画面のアンテナピクトは一本も立っておらず、それどころか時計の針までおかしな点滅を繰り返していた。
「おいおい、マジかよ……。こっちであってるよな?」
案内看板を探しながら、視界の効かない霧の中を慎重に進む。
どれくらい歩いただろうか。
五分か、それとも三十分か。
時間感覚すら怪しくなってきた頃、不意に冷たい風が吹き抜け、目の前の霧がサーッと潮が引くように晴れていった。
「……あれ? ここ、どこだ?」
思わず足が止まり、間の抜けた声が口から漏れた。
視界の先に広がっていたのは、整備されたキャンプ場でも、山梨の山林でもなかった。
木造と漆喰で作られた、明らかに日本の建築様式ではない三角屋根の家々。
屋根の隙間からは薪を燃やす煙が立ち上り、舗装されていない土の道を、麻の粗末なチュニックを着た人々や、牛のような巨大な角を持つ見たこともない家畜がのんびりと歩いている。
まるでおとぎ話か、中世ヨーロッパ風のRPGに出てくるような――まごうことなき「ファンタジーな村」だった。
(え……? テーマパーク? いや、そんな施設近くにあったか……?)
呆然と立ち尽くしていると、荷車を引いていた麦わら帽子風の被り物をした初老の男が、俺の姿に気づいて足を止めた。
マウンテンパーカーにトレッキングパンツ、異様に巨大なリュックを背負った俺の姿は、どう見てもこの場の風景から浮きまくっている。
男は怪訝そうに眉をひそめ、声をかけてきた。
「おい、アンタ……見かけねぇ格好だな。旅の商人か何かいかい?」
「えっ……あ、いや……」
反射的に後ずさりしかけて、俺はもう一つの異常事態に気づき、目を丸くした。
なぜだか分からないが、相手の言葉がはっきりと日本語として頭に染み込んでくる。
そして、俺の口から出た言葉も、引っかかることなく相手に伝わっているようだった。
言語の壁が、最初から存在しないかのように。
「……あの、すみません。ここ、どこですか?」
恐る恐る尋ねてみる。男はますます不審そうに目を細め、当たり前のことのように告げた。
「どこって……オルドの村だが? 王都へ向かう街道沿いの、ちいせぇ開拓村だよ」
オルドの村。
王都。
街道。
知っている日本の地名は、一つとして出てこなかった。
「……嘘だろ……」
背中の重い荷物の重みを感じながら、俺は冷や汗が背筋を伝い落ちるのを感じていた。
連休のソロキャンプ初日。
どうやら俺は、取り返しのつかないとんでもない場所に迷い込んでしまったらしい。
〜 続く 〜