将軍を目指した薙刀令嬢、愛欲の女神の寵愛を得て「娼婦」となる 〜神罰寸前で無恩寵の男に抱かれたら、無限の経験値で最強の武神になりました〜 作:夜叉五郎
オルドの村を追い出されてから、ひたすら歩き続けて数日。
街道沿いでテントを張り、朝になれば元の状態に戻っているカップ麺や保存食を腹に収めるという、どこか非現実的な野営を続けながら、俺はやっとの思いで目的地に辿り着いた。
目の前にそびえ立つ、重厚な石造りの城壁。
天を突くような尖塔の群れと、途切れることなく行き交う荷馬車や人々の波。
ここが、大陸最大のダンジョンを擁する要塞都市であり、この国の王都だ。
「……でけぇな。要塞ってレベルじゃないぞ」
圧倒されつつ検問に並び、身分証がない旨を告げたが、オルドの村の外で仕留めた魔物の角を通行税代わりに差し出すことで、なんとか通行を許可された。
俺の目的は一つ。
この世界の社会システムの中心である「合神殿」へ向かうことだ。
村で投げつけられた石の痛みが脳裏をよぎる。
成人の儀を受けず、神の恩寵を持たない者は「服(まつろ)わぬ民」として社会的に白眼視される。
この街で身元を証明し、まともに寝泊まりして生活基盤を築くためには、何らかの職業(クラス)と恩寵を授かる必要があった。
街行く人に尋ねながら辿り着いた合神殿は、威厳に満ちた壮大な大聖堂だった。
法の神、戦さの神、商業の神、鍛冶の神――壁面には数多くの神像が刻まれ、冷厳な空気が満ちている。
広間には他国からの流民や、成人の儀を控え緊張した面持ちの若者たちが列を作っていた。
「次の方、祭壇の前へ」
白い神官服を着た案内に促され、俺は足を進めた。
祭壇の頭上には、淡い光を帯びた神聖水晶板が掲げられている。
当人の資質やこれまでの生き様を神々が査定し、相応しいクラスを神託として下す仕組みらしい。
(頼むぞ……大層な戦闘職じゃなくていいから、目立たず堅実に暮らせるクラスをくれ……!)
小さく息を整え、祭壇の前で頭を垂れる。
神官が祝詞を唱え、水晶板へと手をかざした。
――だが。
十秒。
三十秒。
一分。
静寂だけが場を支配する。
水晶板は青白い燐光を保ったまま、神託の文字はおろか、魔力の波紋一つ浮かび上がらせなかった。
「……ん? 反応がないな」
神官が眉をひそめ、水晶板の台座を軽く改める。
再度、朗々と祈りの言葉を紡ぎ直した。
しかし結果は変わらない。水晶は澄んだガラスの塊のように沈黙を保ったままだ。
「……あの、何か問題でも?」
「静かに。……妙だな。水晶板の魔力経路に異常はない。しかし、いかなる神託の兆候も降りてこぬ」
ざわめきを聞きつけ、奥の部屋から高位の神官たちが数名現れた。
代わる代わる水晶板に手をかざし、俺の頭上へ魔力を向けて確認を試みるが、どれほど時間をかけても何の反応も返ってこない。
「……あり得ん」
年配の神官が顔色を変えて呟いた。
「どんな身分の者であれ、魂を持つ者ならばいずれかの神の理に触れ、恩寵の雫が宿るはず。だが、この者からは……神の加護の痕跡はおろか、魂の波長そのものが感知できぬ」
「神官長、それは……」
「神々の庇護を受け付けぬのか、あるいは、この世界の理の外側にある異質な存在とでもいうのか……」
神官たちの視線から儀礼的な落ち着きが消え、底知れぬ異物を前にしたような警戒の色が濃くなっていく。
「……このような前例は過去にない。ただの無恩寵などという生易しい話ではないぞ。貴様、一体何者だ」
「いえ、自分でもよく分からなくて……」
「衛兵を呼べ! 神聖なる合神殿の秩序を乱す不審者として調査を――」
「ちょっ、失礼します!」
これ以上詮索されて拘束でもされたら目も当てられない。
俺はバックパックの肩紐を掴み直し、神官たちの制止の声を背に、一目散に合神殿を駆け出した。
大通りから外れ、入り組んだ路地裏に身を滑り込ませて息を整える。
石壁に背を預け、大きく息を吐き出した。
「……はぁ。やっぱりそう甘くはないか」
薄々予感はしていた。
突然の神隠しで別の世界から迷い込んできた身だ。
この世界の神々の管理下にあるはずがない。
恩寵がないということは、魔法も固有スキルも得られない。
社会的には相変わらず「服わぬ穀潰し」、正規の手続きで職を得る道は塞がれたも同然だ。
「さて……これからどうするか」
当面の身の振り方を考えるため、俺はボロ布のマントを深く被り直し、人の多い市場や大通りの酒場周辺を歩いて情報収集を始めた。
薄暗い酒場の軒先やテラス席の影に身を潜め、往来の雑談に聞き耳を立てる。
聞こえてくるのは、この世界の成り立ちや暮らしに直結する生々しい噂話ばかりだった。
遠い昔の「神々の大戦」の折、世界中にばら撒かれた悪神の種――「ダンジョンコア」が地脈の魔力を吸い上げて芽吹き、地下迷宮となったのだという。
迷宮からは際限なく魔物が湧き出し、定期的に間引かなければ、やがて地上へ魔物が溢れ出る大災害「スタンピード」を引き起こす。
だが同時に、ダンジョンは莫大な魔石や未知の鉱石、貴重な宝物を生み出す宝の山でもある。
この王都そのものが、元はといえば大陸最大規模の超巨大ダンジョンの傍らに形成された小さな集落が、迷宮の資源とそれを求める人々を呑み込んで発展した要塞都市なのだそうだ。
さらに驚いたのは、酒を呷る男たちの口から漏れる愚痴だった。
「今週の鍛冶神殿への納付ノルマ、まだ半分も届いてねえよ……」
「サボってると顔に赤い隈取りが出てきて、最後は神罰で灰にされちまうぞ」
「分かってるっての! だから昼は工房で叩いて、夜はダンジョンへ潜るんだよ。兼業しなきゃノルマも税も払いきれねえ」
この世界の人間は誰もが何かしらの職業神殿に属し、厳しいノルマを課されて生きている。
そして、その過酷な義務を果たしつつ一攫千金を狙う者たちが、所属する神殿に籍を置きながら「冒険者」を兼業してダンジョンへと潜っているのだ。
――冒険者ギルド。
酒場の荒くれ者たちが頻繁に口にするその組織は、常にダンジョンの魔物を間引く実働部隊を欲しているという。
神殿のような厳格な格式や身元確認に縛られず、腕さえ立てば、事情を抱えた流れ者であっても仕事と報酬にありつける掃き溜めのような場所らしい。
(なるほどな……。神殿のノルマに追われる連中が兼業で潜る場所なら、俺みたいな身元不明者でも紛れ込める隙があるかもしれない)
幸い、俺には何故か絶対に壊れないサバイバルナイフと、毎朝満タンに戻る熊避けスプレーがある。
昨晩モンスターを倒した際に跳ね上がった身体能力から見ても、浅い階層なら戦えるはずだ。
俺は外套をしっかりと引き締め、酒場の喧騒を背に裏通りへと踏み出した。
生きる糧を得るため、鉄と土の匂いが立ち込める冒険者ギルドの扉を目指して。
〜 続く 〜