将軍を目指した薙刀令嬢、愛欲の女神の寵愛を得て「娼婦」となる 〜神罰寸前で無恩寵の男に抱かれたら、無限の経験値で最強の武神になりました〜 作:夜叉五郎
冒険者ギルド「荒鷲の嘴亭」で、薄っぺらい鉄製のギルド証を受け取ってから数日。
俺の異世界サバイバルは、いよいよ本格的な迷宮(ダンジョン)生活へと移行していた。
結論から言うと、俺は完全にソロ――ぼっちである。
ギルドの酒場に入り浸る荒くれ者たちに声をかけようにも、そもそもパーティ結成なんて夢のまた夢だった。
身分を隠してダンジョンに潜る者もいるため、ギルド登録の書類には「神の恩寵」の欄を無記名にできる抜け道があった。
無恩寵なのがバレて騒ぎになるのを恐れた俺は、迷わず無記名で提出したのだ。
だが、後から知って激しく頭を抱えることになった。
無記名で登録してダンジョンに潜る連中というのは、あらかじめ気心の知れた身内や仲間内でパーティが百パーセント揃っているような連中だけだったのだ。
(……いや、普通に考えたら当たり前だろ、俺のバカ……!)
どこの馬の骨かも知れず、身元はおろか恩寵すら隠している怪しい奴を、わざわざパーティに入れて命を預ける奇特な奴がいるはずもない。
声をかけようにも、胡散臭い腫れ物を見るような冷たい目を向けられ、完全に門前払い。
結果として、俺には「一人で潜る(ソロ)」という選択肢しか残されていなかった。
だが、現代日本で鍛えたぼっち適性を舐めてもらっては困る。
もともと一人キャンプを満喫するはずだった男だ。
他人に気兼ねせず、自分のペースで動けるソロ活動のほうが、性に合っているとさえ言えた。
「――グルルッ!」
王都の地下に広がる広大な迷宮・浅層の薄暗い回廊。
湿り気を含んだカビ臭い空気の向こうから、ぬらぬらとした緑色の皮膚を持つ小鬼――ゴブリンが三匹、錆びた短剣を構えて飛び出してきた。
普通の新米冒険者なら腰を抜かすか、前衛と後衛で連携を取る場面だろう。
だが、俺の手には地球の文明が生んだ規格外の二刀流がある。
右手には、なぜか絶対に刃こぼれしない不壊のサバイバルナイフ。
左手には、どんな凶暴な熊をも悶絶させ、翌日にはこれまたなぜか容量が復活してる熊避けスプレー。
「悪いな、正々堂々とか武士道とか、俺には関係ないんでね」
先頭のゴブリンが跳躍した瞬間、俺は左手のスプレーのレバーをためらいなく押し込んだ。
『プシャァァァァッ!』
至近距離から噴射された超高濃度のカプサイシンガスが、ゴブリンたちの顔面を霧状に包み込む。
「ギギャアアアッ!?」
「ギャッ、ギャエエエッ!」
人間より遥かに嗅覚や粘膜の敏感な魔物にとって、それは文字通りの致死級の劇毒だった。
目を押さえ、鼻水を撒き散らして床をのたうち回るゴブリンたち。
狂乱して無防備になった喉元へ、俺は音もなく踏み込み、サバイバルナイフを流れるように一閃させた。
硬い皮膚も骨も、バターのように滑らかに切り裂く不壊の刃。
三つの首が宙を舞い、黒い血を噴き出しながらゴブリンの体が光の粒子となって消滅していく。
残されたのは、小さな魔石が三つだけだ。
瞬間、全身の毛穴がカッと開き、背骨の奥から熱い奔流が駆け巡った。
(……また上がったか)
脳内に直接響く、確かなレベルアップの感覚。
俺はこの数日で、自分の身体に起きている恐ろしいほどの異常事態を完全に把握していた。
この世界の住人は、神から与えられた恩寵によって「レベル上限(才能限界)」がガチガチに決められているらしい。
さらに、レベルが上がれば魔法や武技といった「スキル」に魂の器が割り振られる。
だが、俺は異世界から迷い込んだ無恩寵のイレギュラーだ。
才能限界の天井がないばかりか、スキルを一つも取得できない。
その結果、本来スキルや魔法適性に配分されるはずの成長値が、すべて筋力・敏捷・耐久といった「基礎身体ステータス」に強制全振りされていた。
しかも、ソロだからモンスターを倒して得られる経験値は完全に独り占めだ。
ナイフで切り裂く手応えは日を追うごとに羽のように軽くなり、足を踏み込めば床の石畳にヒビが入りそうになる。
ゴブリンの緩慢な斬撃など、今の俺には止まって見えるほどだった。
不壊のナイフで受け、スプレーで目を潰し、圧倒的な身体能力のゴリ押しで仕留める。
泥臭い作業ゲーの繰り返しで、俺のステータスは新米の枠をとうに踏み越えて爆上がりしていた。
「ふぅ……。ちょっと休憩にするか」
壁際に腰を下ろし、背中のバックパックからペットボトルの水を取り出して喉を潤す。
毎朝リセットされて新品に戻る水とカロリーメイト。
これのおかげで食費は浮き、迷宮内で手に入れた魔石を換金した金は、そのまま安宿の宿泊代と貯金に回せていた。
他人に頼らず、一人で淡々と稼いで生きる。
このまま誰にも干渉されず、王都の片隅で細々と安全に暮らしていければ、それで十分だった。
落ち着いたら、元の世界に帰る方法を探そう。
――そう、思っていたのだが。
通路の奥から、数人の足音と怒号が響いてきた。
「おい、アストリア! 抜け駆けなんぞしやがって、いい度胸じゃねえか!」
「……ボマーか。僕たちはギルドの正式な依頼を受けて下見に来ただけだ。君たちに難癖をつけられる筋合いはない」
物陰からそっと覗き見ると、通路の分岐点で二つのパーティが対峙していた。
一方は、端正な顔立ちの若い剣士アストリアが率いる、身なりの整った若手パーティ。
もう一方は、身の丈ほどもある巨大な両刃斧を担いだ筋骨隆々の大男・ボマーと、その取り巻きの薄汚い荒くれどもだ。
酒場で何度か見かけた顔だ。
確かボマーはギルドでも札付きのゴロツキで、暴力と脅迫で他の新人を締め出している危険人物。
対するアストリアは、若手ながら正義感が強く、腕も立つ有望株として期待されている剣士だった。
水と油。
日頃から睨み合っているという噂は聞いていたが、ダンジョンの中でまでバチバチやっているらしい。
「ケッ、清廉潔白ぶった坊ちゃんが! この区画の獲物は昔から俺たちのシマなんだよ。邪魔するってんなら、ダンジョンの底で事故に見せかけて消えてもらうしかねぇなぁ!」
「脅しのつもりかい? 受けて立つよ。君たちのような悪党に、ギルドの秩序を乱されてたまるか」
剣を抜き放つアストリア。
両者の間に、ピリピリとした殺気が張り詰める。
だが、俺はフードを深く被り直し、足音を殺してその場からスッと身を引いた。
(関わらんとこ……)
どっちが正義でどっちが悪かなんて、異界から流れてきた俺には知ったこっちゃない。
ここは地球の法が届かないファンタジーの迷宮だ。
揉め事に首を突っ込めば、面倒なトラブルに巻き込まれて命がいくつあっても足りない。
俺は口汚く争う二組の冒険者に背を向け、一人静かに別の通路へと歩き出した。
自分の身は自分で守る。
誰とも交わらず、ただ生き残るために力をつける。
その冷徹なサバイバル精神こそが、この理不尽な世界で生き延びる唯一の道だと信じて疑っていなかった。
〜 続く 〜