氷河期肉便器マンション ── 山本沙耶香の狂気調教と堕ちた女たち 作:black menthol
四十九日目。
灰色の塵に覆われた空の下、タワーマンションは凍てつく世界で唯一の灯火のように聳え立っていた。氷河期突入から48日目、外気温は摂氏マイナス25度を記録し、窓の外には粉雪が絶え間なく舞い落ちている。
屋内プールの配給会場は、氷のような冷気と異質な緊張感が張り詰める空間だった。水を完全に抜かれた水深二メートルのプールサイドには、勇人が創造した軍用アンドロイド20機が寸分の狂いもなく整然と並び、その重厚な漆黒の装甲が薄暗い照明を反射して鈍い光を放っている。アンドロイドたちの単眼センサーは無音で稼働し、集まった住民たちの微細な生体反応や挙動の全てを監視していた。
「皆さん、静かにしてください」
沙耶香の声が、広大なプール全体に透き通るような高音で響き渡った。
彼女は最高級の真紅のファーコートを羽織り、その極上の毛皮が彼女の白く引き締まった頬を柔らかく縁取っていた。足元には濡れたコンクリートを鳴らす防水加工のハイヒール、手にはクリスタルグラスが握られ、中には勇人が創造した最高級シャンパンが黄金の繊細な泡を立てている。首元や手首、そして服の隙間からは、先日取り付けられた純金製のピアスが動くたびに微かな金属音を奏でていた。
勇人は彼女の半歩後ろに立ち、黒い革のコートを着込んでいた。その表情は硬く、深く落ち落ちとした沈黙を守っている。
(……この女は、どこまでこの地獄を楽しもうというのか)
勇人はグラスを持つ沙耶香の横顔を、冷えた眼差しで見つめていた。
無から物資を生み出し、あらゆる傷を癒す己の絶対的なチート能力。それを提示し、無償で分け与えること自体に異論はない。だが、沙耶香が狂気の果てに構築した「性的奉仕の階級化」というシステム。飢餓と恐怖に震える人々の前に、真紅のファーコートとシャンパンという圧倒的な「支配者の記号」を纏って現れた彼女のエゴイズムに対し、勇人の内面には深く重い冷めた感覚が横たわっていた。
「基本配給は無味栄養ペースト1800キロカロリーと水2リットルです」
沙耶香が優雅にグラスを傾け、氷点下の会場を見下ろすように告げた。
「お子様には特別に、チョコレート100グラムを追加でお配りします」
プールサイドに集まった数百人の住民たちの間から、低く重い溜息が漏れた。大人たちの目には「たったそれだけか」という失望と落胴の色が浮かんだが、親に抱えられた子供たちの痩せた顔にはかすかな歓喜の光が灯る。
配給が始まった。黒い巨躯のアンドロイドたちが、機械的な無駄のない動作で住民たちに物資を手渡していく。無味ペーストは灰色の粘土のような見た目で、味は文字通り「完全無味」。しかし、精密に計算されたカロリーと栄養素は確実に保証されており、極寒の飢えを凌ぐには十分すぎる代物だった。
沙耶香の鋭い瞳が、整列する住民の列を舐めるように走る。彼女の視線が、若く美しい女性の上で止まるたびに、サディスティックで怪しい輝きを帯びた。
「あなた、そこの方」
沙耶香が指差したのは、浅黒い肌に大きな瞳を持つ23歳の女性だった。髪は簡素なポニーテールにまとめられ、痩せた頬がかつての美しさをかろうじて物語っている。
「藤原美羽さん、でしたね」
女性が驚いたように肩を跳ねさせた。沙耶香が自分の名前と部屋番号を完全に把握していることに、強い恐怖と戸惑いを隠せない。
「特別追加配給です。チョコレート100グラムと、桃の缶詰一つ」
その瞬間、周囲から激しいざわめきと殺気立った視線が沸き起こった。美羽の隣に立っていた40代の肥満体の男性が、顔を血の気に奔走させて前へと躍り出た。
「ふ、不公平だ! なんでその女だけ桃の缶詰なんだよ! 俺たちは二日もまともな固形物を食ってないんだぞ!」
男性の叫び声は怒りに震えていた。それを火種に、周りの男性住民たちも一斉に口々に叫び始める。
「そうだ! 俺たちにも缶詰をよこせ!」
「贔屓するな! 権力をチラつかせて女だけ優遇する気か!」
その暴動の気配を感知した瞬間、プール底に控えていた20機の軍用アンドロイドが一斉に駆動音を響かせた。重厚な金属足音がコンクリートを揺らし、瞬時に騒ぎの渦中へと殺到する。
「ぐわああっ!?」
抗議した男の腕が、アンドロイドの鋼鉄の拳によって一瞬で捩じ上げられた。鈍い骨折音が静寂なプール内に生々しく響き渡る。
(暴力で抑えつけるのは容易いが……歪みは必ず蓄積する)
勇人は眉間に皺を寄せ、惨状を静かに見つめた。
「治療してください、ご主人様。壊れてしまっては、今後の配給の手際が悪くなります」
沙耶香が一切の感情を含まない涼やかな声で言った。勇人は息を小さく吐き出し、静かに手をかざした。彼の指先から淡い光が放出され、男の折れた腕と挫傷が一瞬で細胞レベルで修復されていく。
「な……痛みが、消えた……?」
腕をさする男に対し、沙耶香は可憐に微笑んだ。
「暴力は感心しませんね。ですがご安心ください、我がご主人様の御力があれば、どんな怪我も一瞬で『元通り』になりますから。どれほど壊されても、ね♡」
(どれほど痛めつけてもリセットできる——彼女は本気でそれを『慈悲』だと思っているのか)
勇人は己の内に湧き上がる暗い嫌悪感を抑え込んだ。傷を治す能力があるからこそ、沙耶香の冷酷さは歯止めを失っていく。その罪悪感と共犯関係の重みが、勇人の胸を重く圧迫していた。
見せしめのような治癒劇と圧倒的な武力を目の当たりにし、住民たちは完全に沈黙した。誰も文句を言えなくなった空気の中、配給が淡々と再開される。配給されたチョコレートを貪るように食べる子供たちの姿を見て、勇人は微かに目を細めた。この理不尽な惨状の中でも、幼い命が繋ぎ止められていることだけが、唯一の救いだった。
しかし、本題はここからだった。
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