チート召喚勇者男性妊娠現代転生もの 作:さくらんぼ
アーク様が、空前絶後のモテ期を迎えている。
私の小説が大流行したせいである。
白髪碧眼の美青年が空間魔法を駆使して活躍する物語なのだが、読者の皆さんはアーク様を連想しているらしい。実際、モデルにしたので当然である。
しかも、アーク様には天空島がある。将来の国王である。
つまり、今のうちに取り入っておけば、将来いいことがあるかもしれない。
そう考える人が大量発生した。
「アーク様! 我が家の晩餐会へ、ぜひ!」
「アーク様、父が一度お会いしたいと申しております!」
「アーク様! こちら、私が刺繍した面布ですの。ぜひお使いくださいませ!」
大人気である。ちなみに、以前はアーク様に近づくことすら嫌がっていた人達も混じっている。手のひら返しが凄い。
「ありがとう。でも、面布は今使っているもので十分なんだ」
「まあ! でも、黒では少し地味ではありませんこと? アーク様ほどお美しい方なら、もっと華やかなお色が似合いますわ!」
「そうかもしれないね。でも、私はこの色が気に入っているんだ」
アーク様は穏やかに微笑んだ。
ですよね、黒い目隠し格好いいですよね!
私の推しキャラにも、黒い装束が似合う人がいる。強くて美しくて、孤高で、何があっても屈しない。アーク様にもそういう格好良さがあると思うんですよ。
以前、その話をしたら、アーク様は随分嬉しそうにしていた。
「……では、せめてこちらの刺繍入りのものを」
「気持ちだけいただくよ。ありがとう」
アーク様は丁寧に断って、こちらへ歩いてきた。
「お疲れ様です!」
「ありがとう。……君は楽しそうだね」
「アーク様がモテモテなので!」
「君は妬いてくれないのかな?」
「妬いてますよ! でも、アーク様の魅力が世間に知れ渡ったのは喜ばしいことでもあるので!」
「……複雑だね」
アーク様は苦笑して、私の腕を取った。
「じゃあ、少し独占してもいいかな」
「もちろんです!」
ひょえええ!
アーク様から腕を組んでくださった!
幸せ!
周囲から視線が集まったけれど、気にしない。アーク様のご機嫌がよろしいなら、私はそれでいいのである。
◇
アークは、黒い面布を指先で整えた。以前は、この色が好きではなかった。
本当なら、鮮やかな色の布に美しい刺繍を施し、宝石や金糸で飾ったものを身につけたかった。エルフの血を引く自分には、そうした装いがよく似合うだろうと思っていたし、母も昔、華やかな衣装を着たエルフ達の話をしてくれた。
だが、そんなものを買う金はなかった。
王族の血を引いているとはいえ、アークに与えられるものは限られている。学園で恥をかかない程度の衣服は支給されるが、自分の好みで贅沢をする余裕などない。
だから、黒を選んだ。
安価で、汚れが目立たず、余計な装飾も必要ない。ただ、それだけだった。
けれど、トールは違った。
黒い簡素な布を目に巻いたアークを見て、格好いいと褒めてくれた。トールが好きだという英雄達の話にも、黒い装束を身につけた人物が何人も登場する。
トールは黒が好きなようだった。トールが黒は高貴といえば、なるほどそんな気もする。黒を、汚れが目立たない色ではなく、なにものにも染まらない色だとトールは言う。強く、誇り高く、誰にも屈しない英雄。
彼らを知ってから、黒という色が好きになった。
今なら、色鮮やかな面布を買えるようになっても、黒いものを一枚は持っていたいと思う。
もっとも、今はまだ買えないのだけれど。
「……さて」
アークは机の上に積み上がった見積書を見た。
建国のために必要なものは、あまりにも多い。
そして、残念なことに、金がない。
◇
「アーク様。こちらの食器一式、ぜひ献上させていただきたく」
「代金はいくらかな」
「いえいえ! そのような! その代わりと言っては何ですが、我が商会に天空島との独占交易権をお認めいただければ……」
「それはできない」
アークは微笑んだ。
「僕は食器を購入したいのであって、交易権を売りたいわけではないからね」
「ですが、将来のことをお考えになれば、我が商会との関係は必ずやお役に立ちますぞ」
「だったら、まずは商人として信用できるところを見せて欲しいね」
商人は言葉に詰まった。アークは次の見積書を手に取った。
「こちらの家具は、随分と高額だね」
「最高級品でございますので」
「そうだね。では、他の商会にも同じ仕様で見積もりをお願いしてみよう」
「お、お待ちください!」
面倒だった。本当に面倒だった。以前なら、まともに相手をしてもらうことさえ難しかった商人達が、今では向こうから押しかけてくる。
ただし、普通に商品を売ってくれる者は少ない。
献上という形で恩を売り、見返りに権利を要求する者。王国との取引を仲介すると言って、将来の利益を確保しようとする者。自分の娘や息子を側近として送り込もうとする者。
中には、王家の意向を受けていることが明らかな者までいた。
「ところで、アーク様。実は我が娘が、ぜひ一度お目にかかりたいと申しておりまして」
「あいにく、私は魔王の眷属でね。勝手な行動は慎まないと」
「まだ何も申し上げておりませんが」
「申し上げていただかなくて大丈夫。僕がしたいのは商談だからね」
商人は黙った。
その日の面会が終わる頃には、アークはすっかり疲れ果てていた。
それでも、収穫はあった。
こちらが提示した条件で見積もりを作り直すと約束した商会が二つ。価格が明確で、納期も現実的な工房が一つ。そして、以前から変わらず普通に接してくれていた商人が、必要な品を揃えるために協力を申し出てくれた。
最後の商人は、特別な権利を要求しなかった。
「商売ですからね。良い品を納めて、代金をいただく。それで十分ですよ」
その言葉が、どれほどありがたかったことか。だが、問題は残っている。
信用できる取引先が見つかっても、支払う金がないのだ。
◇
「トール。少し相談してもいいかな」
「はい! 何でしょう、アーク様!」
放課後、アーク様が分厚い書類の束を持ってきた。
うわあ何これ。見積書?
「建国のための資金についてなんだけどね」
「はい!」
「君が用意してくれる城や土地は、本当にありがたい。でも、そこで暮らすための品々は別に調達しなくてはいけない。家具や食器、寝具、衣類、文房具。それから、各種族の代表者を迎えるための調度品や、行政に必要な備品もある」
「そうですね!」
「できる限り自分で用意するつもりだったんだけど、私の手持ちでは到底足りない。商人達からは援助の申し出もあるけれど、その見返りに権利を要求されていてね」
「うわー……」
「……何か、良い方法はないだろうか」
なるほど。資金調達ですね!
確かに、お城があっても食器や家具がなければ困る。システムで用意できる設備には限りがあるし、現地で調達した方がいいものも沢山ある。
それに、アーク様は王族とはいえ、お金持ちではない。
むしろ、あの王家が十分な資金を与えているとは思えない。
「それなら、私から借りませんか?」
「……君から?」
「はい! 多少なら金貨を用意できますよ!」
アーク様が驚いた顔になった。
「……君は、そんなにお金を持っているのかい?」
「金鉱山があるので!」
「…………」
アーク様が固まった。
「……金鉱山?」
「はい! プレイヤーハウスの設備なんですけど、魔物に採掘してもらって、システムで金貨を生産してるんですよ!」
「……そんなことまでできるのか」
「便利ですよね! アーク様の島でも出来ますよ! でも、生産量には限りがありますし、他にも使うので、いくらでも出せるわけじゃありませんけど」
「それは当然だよ」
アーク様は少し考えてから、真剣な顔になった。
「もし借りられるなら、正式な契約を結びたい。返済についても、国の収入が安定してからになると思うけれど、きちんと計画を立てて利子をつけて返すよ」
「もちろんです!」
「……ありがとう。正直、助かったよ」
アーク様はほっとしたように微笑んだ。
ああ、今日も美しい。ちょーだいと言わなかった所が、さすがはアーク様である。
あげると言うか、貸すというかはちょっとした勇気がいった。
テイカーとはいい関係が築けないし、返す返さないで大好きな人が嫌いな人になるのも怖い。貸すならあげるつもりで、って言うけど、見返りなくあげてテイカーになっちゃったら同じ事だと思うんだよね。
その時点で関係が破綻しちゃってるというか。
返せないほど借りちゃう時点で破綻しているのだ。
大好きなアーク様がヒモになるのも嫌だった。
その点、アーク様は今のところ大丈夫そうだった。よかった。
実のところ、金貨は大量にある。ゲーム時代から持ってる金貨……ゲーム通貨は、システムにも使える大切な資産だ。でもそれは、システムだけに使いたい。なので、今のプレイヤーハウスの生産分のシステム決済に使えない金貨で賄える範囲にしておきたいし、足りないなら計画そのものを見直してもらうことになる。
そもそも、これから日本に帰るのだ。何が必要になるか分からない以上、手札は多い方がいい。資金はあればあるほどいいのは言うまでもない。
アーク様が大好きなのは本当だけれど、それと財産管理は別問題なのである。
良妻賢母は貯金から!
「じゃあ、まず必要な金額と優先順位を決めましょう!」
「……そうだね。全部を一度に揃える必要はないから、優先順位をつけよう」
「はい! それと、金貨だけじゃなくて現物で渡せるものもあるかもしれませんし!」
「それは助かるよ。……でも、君に頼りきりにならないようにしなくてはね」
「はい、期待してます」
アーク様は少し目を見開いて、それから嬉しそうに笑った。
「……うん、頑張るよ」
うむ。
アーク様は優秀なのだ。
私は国を作ることはできても、運営するのは面倒だし、そもそも集団行動が苦手なのである。アーク様がいてくれて、本当に良かった。
◇
そして、半年後。ついに移住説明会の日がやってきた。
大変残念なお知らせがあります。
王国の監視が、めちゃくちゃ厳しくなっています。
「……トール。今日の外出は、少し難しいかもしれないね」
「そうですねぇ」
学園の門の外には、見覚えのない馬車が何台も停まっていた。しかも、周囲には明らかに軍人っぽい人達がいる。隠す気ある?
「……どうします?」
「普通に転移するよ。手を握って」
「了解です!」
わーアーク様の手、スベスベ!
私達は、王都から遥か遠く離れた山の上にいた。
「おお! アーク様、転移が上手くなりましたね!」
「君のおかげだよ」
「いえいえ!」
アーク様は微笑んだ。
「……これで、追手は撒けたかな」
「多分!」
私はアイテムボックスから飛空艇を取り出した。
今日使うのは、アーク様と一緒にデザインした船である。
白と銀を基調とした美しい船体に、青い装飾。客室も広く、食堂や談話室も備えている。そして、何より。
「アーク様の船、格好いいですね!」
「……ありがとう。君と一緒に考えたからね」
アーク様が嬉しそうに笑った。
ああもう、ほんとイケメン。
◇
最初の迎え先は、エルフの森だった。
長老達との約束通り、代表者を迎えに行くのである。
ところが。
「……何で人間がいるんですか?」
森の入口には、王国の兵士達がいた。しかも、エルフの代表者達と何やら揉めている。
おかしいな。王都の追手は撒いたはずなんだけど。
「……目的地を監視していたんだろうね」
アーク様が静かに言った。
「私達の出発地点を追う必要はない。迎えに来る場所が分かっていれば、そこで待てばいいんだから」
「なるほど!」
頭いい! いや、敵も頭いい!
困る!
「……我が国の許可なく、住民を連れ出すことは認められない!」
兵士の一人が叫んでいた。
エルフの長老が、険しい顔で答える。
「我らは貴国の臣民ではない。何の権利があって、我らの行動を制限する」
「王国の安全保障に関わる問題だ!」
「……何が安全保障だ。貴様らが欲しいのは天空島の利権であろう!」
うわー揉めてる。
アーク様が小さく息を吐いた。
「……私が話してくるよ」
「お願いします!」
アーク様は兵士達の前へ歩いていった。
「何か問題があるのかな?」
「ア、アーク様!」
兵士達が慌てて姿勢を正した。
「本日は、各種族の代表者をお迎えに来ただけです。移住の可否を決める説明会であって、今すぐ全員を連れ去るわけではありません」
「し、しかし……」
「それとも、王国は他国の民が会議に参加することまで禁止するのですか?」
「後ろ暗い事がないなら、どうぞ我らも会議とやらに参加させてください」
「人間とは関係ない会議ですが、気になるなら後ほど概要の報告書を王国にあげます」
「しかし!」
「先に報告に戻ってください」
アーク様は兵士達を王都へ飛ばした。
さすがアーク様! 転移を使いこなしてますね!
私達はエルフの皆さんを飛空艇に乗せ、次の目的地へ向かった。
◇
ドワーフの山では、別の問題が発生した。
「おお! 魔王殿! 待っておったぞ!」
「こんにちは!」
「これを持っていってくれ!」
ドワーフの皆さんが、大量の荷物を運んできた。
鉱石。工具。鍛冶道具。何やら巨大な炉まである。
「……あの、今日は説明会ですよ?」
「分かっておる! ついでに旧魔王領に送ってもらえるのだろう! いい鉱山があると聞いてな!」
「なるほど」
いや、なるほどじゃない。
引っ越しの手伝いかぁ。大変そうだ。
「……トール」
「はい!」
「積めるかな?」
「積めますけど!」
アーク様が苦笑した。
「……では、積んであげよう。お引っ越しの練習はしておくに越したことはない」
「はい!」
結局、ドワーフの皆さんの荷物は、私のアイテムボックスに収納することになった。そして、獣人の集落では、代表者の他に子供達が乗りたがって大騒ぎになった。
「空飛ぶ船だ!」
「乗りたい!」
「俺も!」
「今日は代表者だけですよー!」
子供達がわらわらと集まってくる。もふもふ可愛い。でも、困る。
代表者の一人が慌てて子供達を追い返していた。
「お前ら! 遊びじゃないんだぞ!」
「えー!」
「ずるい!」
うん。気持ちは分かる。私だって子供の頃にこんな船を見たら、絶対乗りたがったと思う。
◇
そうして、各地の代表者を迎えた私達は、説明会場へ向かった。
既に武さんの天空島に移住している部族もいるので、全員を迎えに行く必要はない。
その分、時間には余裕があるはずだった。
……はずだったんだけど。
「……トール」
「はい!」
「予定より、随分遅れているね」
「そうですね!」
何故か、各地で人間が待ち伏せしていたのである。
エルフの森だけではない。ドワーフの山にも、獣人の集落にも、竜族の住処の近くにまで。しかも、国が違う。王国だけでなく、周辺諸国まで動いているらしい。
「……随分と大事になってしまったね」
「そうですねぇ」
私はため息をついた。ただのお引っ越しなのに。
いや、魔王の地位を持って異世界に行くんだから、ただのお引っ越しではないのかもしれないけど。でも、私としては、故郷に帰ってのんびりしたいだけなのである。
◇
説明会場は、武さんの天空島に用意した。
広い会議室には、各種族の代表者達が集まっている。
エルフ。ドワーフ。獣人。ドリアッド。竜族。そして魔族。
壮観である。
私は壇上に立った。
「皆さん! 本日はお集まりいただき、ありがとうございます!」
拍手が起こった。
おお、緊張する。
「まず、今回の説明会では、私が用意できるものと、できないものについてお話しします!」
私は設計画面を開いた。巨大な立体地図が、会場の中央に浮かび上がる。
「こちらが、アーク様の国になる予定の天空島です!」
ざわめきが広がった。まだ何もない土地。中央には城の模型がある。
「まず、地形についてです! 山、森、湖、川、平原などを配置できます。農地や牧場、鉱山なども設置できますが、選べる種類や数には限りがあります!」
私は画面を操作した。地図の上に山脈が現れ、森林が広がり、湖が生まれる。
「おお……!」
「なんという魔法だ……!」
「……神の御業ではないか」
ふふふ。驚いてる驚いてる。
「ただし、何でも自由に作れるわけではありません! システムに用意されているものしか設置できませんし、設置には費用がかかるものもあります!」
私は説明を続けた。
城。住宅地。道路。農地。牧場。鉱山。防衛設備。
そして、各種族が暮らすための環境。
「例えば、エルフの皆さんが特別な樹木を希望しても、システムに存在しないものは直接作れません。その場合は、苗木や種子を持ち込んで育てていただくことになります!」
エルフの代表者達が真剣な顔で頷いた。
「それから、一度設置して稼働させると、大幅な変更は難しくなります! ですので、これから時間をかけて、皆さんの希望を聞きながら設計を進めたいと思います!」
私はアーク様を見た。アーク様が頷いた。
「ここからは、私が説明します」
アーク様が壇上に立った。
「まず、皆様には、どのような環境で暮らしたいか、大まかな希望を提出していただきます。森が必要なのか、山が必要なのか、水辺が必要なのか。人口や生活様式によっても、必要な土地は変わるでしょう」
アーク様は、各種族の代表者を見渡した。
「ただし、希望を全て叶えられるとは限りません。土地には限りがありますし、他の種族との調整も必要です」
会場が静かになった。
「そして、もう一つ重要なことがあります。新しい国を作る以上、税金、法律、自治権、指揮系統などについても決めなくてはなりません」
ざわめきが広がった。
「皆様には、各種族の代表者として、これからの話し合いに参加していただきたいと思っています。今日ここで全てを決めるわけではありません。まずは、どのような国にしたいのか、皆で考えるところから始めましょう」
アーク様は微笑んだ。
「私達が目指しているのは、誰か一人が好き勝手に支配する国ではありません。種族ごとの違いを尊重しながら、共に暮らせる国です」
素晴らしい。私は拍手した。会場からも拍手が起こった。
アーク様、格好いい!
◇
説明会の後半は、質疑応答になった。
「鉱山は、どの程度の規模まで設置できるのか?」
「森の樹木は、後から植え替えられるのか?」
「竜族が飛行するための空間は確保できるのか?」
「魔族の自治権は、どこまで認められるのか?」
質問が次々に飛んでくる。
私はシステム上の可否について答え、アーク様は制度や運営について答えた。
武さんも、魔族の代表として意見を述べている。
そして、話題は税金へと移った。
「……税を取るというが、どの程度を想定している?」
エルフの代表者が尋ねた。
アーク様は頷いた。
「まだ決まっていません。ですが、国を運営する以上、公共施設の維持や防衛、行政などに費用がかかります。その負担をどう分けるか、皆様と相談したいと思っています」
「……我らは、これまで人間の国に重い税を課されてきた」
「承知しています。ですからこそ、税率や徴収方法については、最初に明確なルールを作りたいのです」
アーク様は静かに続けた。
「後から統治者が勝手に税を増やしたり、特定の種族だけに負担を押しつけたりすることがないように」
会場が静かになった。
「法律についても同じです。誰が裁くのか、どのような行為を禁じるのか、種族ごとの慣習をどこまで認めるのか。これらは、時間をかけて決める必要があります」
ドワーフの代表者が腕を組んだ。
「……面倒な話だな」
「そうですね」
アーク様は微笑んだ。
「ですが、最初に決めておかなければ、後からもっと面倒なことになります」
「……違いねえ!」
笑いが起こった。アーク様、いい感じに話せてる! いいぞー!
◇
説明会が終わる頃には、すっかり夕方になっていた。
各種族の代表者達は、今後の話し合いについて相談しながら、それぞれの宿泊場所へ向かっていった。
私は、アーク様と武さんと一緒に会議室に残っていた。
「……お疲れ様でした!」
「ありがとう、トール」
「いやあ、立派だったな」
武さんが笑った。
「俺が魔王をやっていた頃は、こんなに丁寧な説明会なんて開かなかったぞ」
「武さん、もっと頑張ってくださいよ!」
「ははは。耳が痛い」
アーク様が微笑んだ。
「まだ始まったばかりですよ。これから、各種族の希望をまとめて、何度も話し合いを重ねなくてはいけません」
「そうだな。俺の方でも協力しよう」
「ありがとうございます」
アーク様は深く頭を下げた。私は、その様子を眺めていた。
アーク様と武さん。二人とも、私の眷属である。
武さんが眷属になることを申し出たのは、両派閥の争いを防ぐためだった。
それぞれが独立した国を運営していても、主君は同じ。その方が、後々揉めにくい。
なるほど、政治って難しい。私はアーク様を眺めた。
アーク様は楽しそうに武さんと難しい話をしてる。
うん。
やっぱり、アーク様に任せて良かった。
◇
その夜。
アークは、一人で書類を整理していた。
説明会で提出された希望書。各種族の人口。必要な土地の広さ。
税制についての意見。法律や自治権に関する要望。
山のような書類だった。
だが、不思議と嫌ではなかった。自分が望んで始めた仕事だからだ。
これまで、アークは王家の命令に従って生きてきた。
学園で良い成績を収めることも、魔法を学ぶことも、周囲に愛想よく振る舞うことも、全ては生き残るためだった。
だが、今は違う。
自分の国を作る。自分の意思で人を選び、法律を作り、未来を決める。
そのために勉強し、働く。こんなにも楽しいことがあるとは思わなかった。
「……トール」
アークは、小さく呟いた。あの人は、本当に不思議な人だ。
自分を王にすると言いながら、必要以上に支配しようとはしない。
城も土地も与えてくれる。魔法も教えてくれる。
資金まで貸してくれる。
それなのに、自分の財産を全て明かすことはないし、譲れない条件については決して譲らない。その距離感が、アークにはありがたかった。
自分は、何もかも与えられるだけの存在ではない。
トールが用意してくれたものを使って、自分の国を作るのだ。
そして、いつか。王家の支配から完全に離れたとき。
最初にしなければならないことがある。
トールと、武への謝罪だ。
自分は、王国の行いに直接関わったわけではない。
それでも、王族の血を引いている。
勇者として召喚され、利用され、殺されかけたトール。
王国によって討伐の対象とされた武。
その二人に、王族として、きちんと頭を下げたい。
もちろん、謝罪したからといって、全てが許されるわけではない。
それでも、自分の意思で謝罪したかった。王家の命令ではなく。誰かに強制されたわけでもなく。自分自身の言葉で。頭を下げるべきだと思った。
彼らと友人でいたいなら、そこは避けて通れない。通るべきではない。
「……そのためにも」
アークは、書類に目を落とした。まだまだ、やることは山ほどある。
だが、未来は明るい。自分の城がある。自分の国がある。
そして、隣にはトールがいる。
アークは微笑んだ。
「……頑張ろう」
机の上には、黒い面布が置かれていた。
以前は、仕方なく選んだ色。今は、自分が好きになった色。
いつか、色鮮やかな面布も買ってみよう。
でも、きっと。この黒い面布も、大切に使い続けるのだろう。
アークは灯りを少し明るくして、次の書類に手を伸ばした。
◇
それから、数ヶ月が経った。
各種族との協議は順調に進んでいた。
森の管理権。鉱山の所有権。税率。自治権。法律。防衛。
そして、日本との関係。
決めなければならないことは山ほどあったが、アーク様は優秀だった。
各種族の意見を丁寧に聞き、必要なところでは譲歩し、譲れないところでは決して譲らない。
武さんも協力してくれた。
魔族の代表として、そして私の眷属として、アーク様の国づくりを支援してくれている。
ありがたい。
私は、二人に任せておけば大丈夫だと思った。
ところが、大変残念な事に。
王国が、ついに動いたのだった。
◇
アークは、王宮に呼び出されていた。
「……天空島の管理権を、王家へ譲渡せよ」
王の言葉に、アークは微笑んだ。
「申し訳ありませんが、それはできません」
「……何だと?」
「天空島は、トールが移住者達のために用意したものです。私の一存で譲渡できるものではありません」
「貴様は王族だろう!」
「私が王族として認められた事はないし、天空島は王国の領土ではありません」
王の顔が歪んだ。
「……貴様、誰のおかげで今まで生きてこられたと思っている」
「……陛下のおかげでしょうね。私は陛下に生かされている」
アークは微笑んだ。
その言葉に、王は満足そうな顔をした。
だが、次の瞬間。
「ですが、これからは違います」
「…………」
「私は、王国を離れます。これからは、自分で生きる」
王の顔から笑みが消えた。
「……貴様」
「母も、私と共に連れていきます。既に準備は整っています」
「……許さん」
「許可を求めているわけではありません」
アークは、静かに言った。
「報告しているのです」
王の顔が、怒りに染まった。
「……愚かな息子だ」
その声と共に、王のそばにいた魔術師が杖をあげる。
「……? 何故倒れない!」
「目的のものはこれですか?」
アークが掲げたハンカチに、血に濡れたカプセルがあった。
それは布を溶かし、アークはそれを捨てる。
床で布を溶かし続ける、カプセルから漏れた液。
それはアークに昨夜まで埋め込まれていた首輪だった。
「空間魔法を研鑽して、ようやく取り出す事に成功しました。母様の体からも抜いてあります」
アークは、冷たい目で告げた。
「……生意気な! 世界の壁は生きては通れない!」
「知ってるんですよ、そんな事は。これでもう2度と会う事はないでしょう。さようなら」
アークは空間転移で王宮を後にした。
「お疲れ様。格好良かったよ」
ゆらり、と倒れかかるアークを待っていたトールが支えた。
「はいこれ。飲んで」
疑いもせず、アークはそれを飲み干した。
◇
大変残念なというか、喜ばしいというか。
王国とアーク様がとうとう決裂しました。
アーク様には毒が埋め込まれていて、アーク様はそれの切除を強行。
そして堂々と王都から脱出しました。
辛そうだったけど、アーク様は見事見栄を貫き通した。
倒れかかったアーク様を支えて、私は勇者時代にも隠し通したポーションを渡す。
疑いもせず、飲み干すアーク様。
「……これは」
「お加減は如何ですか?」
「……母にも飲ませていいだろうか」
そうして半分残すアーク様。
「全部飲んでください。お母さんにはお母さんであげますから」
「本当にありがとう。そしてすまない。母はきっと君を罵倒すると思う。まだ説得できてなくて、会わせられない」
「えっ 残念です」
アーク様はきゅっとポーションを飲み干した。
「ありがとう。とうとう自由だ。自由になったら、まず初めにしたかった事がある」
「まずは、安全な場所に向かいましょう」
私たちは転移した。
アーク様の母親と、大切な人達は、既に保護していた。
王宮から脱出する前に、トールの影の眷属達が動いていたのだ。
黒い猫のような、黒い鼠のような、黒い犬のような生き物。
彼らは、アークの大切な人達を守り、必要なときには安全な場所へ誘導してくれた。
アーク様は上手く指揮権を使えたようである。
アークは、母の無事を確認してから、ようやく息を吐いた。
「……終わったんだね」
「はい! もう、王国の言うことを聞く必要はありません!」
アーク様は、目を閉じた。
きっと自由を噛み締めているのだろう。
「……トール」
「はい!」
「……ありがとう」
アーク様は、私を抱きしめた。脳みそ沸騰しちゃうよー!
勘違いしちゃいそうになる。アーク様が私を好きだって。
でも、アーク様はもう王宮に従って私にすり寄る必要はないのだ。
嬉しくもあり、心配でもある。ここではしご外されたらどうしよう。
アーク様は、私の髪に頬を寄せた。そして、静かに告げた。
「これからは、私は自分の人生を生きる」
「はい」
「自分の意思で選び、自分の意思で愛し、自分の意思で未来を作る。その最初の一歩として。やらねばならない事がある。迷ったんだ。それが正しいかどうか。私の独りよがりの自己満足なんじゃないかって。それでも、やりたい事がある」
「はい」
「君と武に、王族として謝罪する。一生償っていく」
私は眼を見開いた。期待してなかった。そんなことしなくていいのに。
私は口を開いた。
「痛かった! まだ生きたかった!!」
「すまない」
「ありえないよ、こんな蛮族の国! なにも娯楽ないし、生きてるだけで地獄!」
「そ、そうか。本当にすまなかった」
「苦しかったよ。痛かったよ。そんなあって」
「すまない」
「絶対幸せになってやろうって思った。こいつらから奪われた分、絶対絶対転んでもタダで起きないって」
「ああ、そうだな。絶対幸せになろう。その考えは好きだ」
「本当に謝るなら!」
「うん。本当に謝る」
「私と結婚してよ! お嫁さんにして!」
「うん、覚悟して……うん?」
「責任もって、私のこと幸せにして。私と子供作って、一緒に演劇見て、デートして、キスして、一緒に子育てして……なんてね」
ようやく、理性が追いつく。なにいってるんだ私は。
「アーク様も被害者ですもんね。脅されて私にハニトラかけてきてたの知ってる。アーク様だって、幸せになっていいんですよ」
顎を抑えて、アーク様は私にキスした。
「私は、確かに、打算で付き合ってた。君に抱かれる事を納得してたけど、それは私にとって覚悟で代償で贖罪だった。君に惹かれてたのは本当だけどね」
「アーク様……」
「私は、本当に身勝手だ」
「アーク様」
「私が抱く側だと分かった途端、君が欲しくてしょうがない。君ととても子作りがしたい。今とても幸せでとても嬉しい」
「アーク様……」
「好きだ、トール。結婚してほしい」
「アーク様、20歳になったら、私を娶ってくれますか……?」
「喜んで。帰ったらまずドワーフに君が言っていた婚約指輪を作らせよう」
「そっ その前にお母さんにポーション飲ませなきゃですよね。急ぎましょう、アーク様」
私は慌ててアーク様を離す。アーク様のアーク様が、私の腰に当たって存在を主張していた。私がちゃんと愛されてるって、私は理解してしまった。少なくとも性愛はある、と。ヒャ、ひゃあああああああああ!! 推しキャラと結ばれる!