チート召喚勇者男性妊娠現代転生もの 作:さくらんぼ
美の化身、ハイパーエンジェルアーク様に推しっぽい能力の空間魔法スキルを埋め込み眷属とした私は、翌日鏡の前で、念入りに身だしなみを整えていた。
ゲームキャラ由来のこの身体は元々かなり顔がいい。転生してからは、身だしなみを整えるのが好きになった。ナルシストってやつである。
それに今日は特別。何故なら、特別な存在であるアーク様と学生恋愛をしちゃうからだ。
アーク様と!! 学生恋愛!!!
「ふへへ……」
笑みくずれて、手の甲のキスされた場所を掲げる。
王子様にキスされちゃった。すごくない?
起床の鐘がなる。そろそろ朝食の時間だ。
「よし、いくぞ!」
私は自分にエールを送り、寮の自室のドアを開けた。
◇
「おはよう、トール」
「おはようございます、アーク様!」
「……朝から元気だね」
「はい!」
教室へ入った瞬間、アーク様を発見した。
今日も美しい。
窓から入る朝日に白銀の髪が輝いている。蒼い瞳は今日も星のようで、ちょっと長い耳まで美しい。美しい……流石はエルフである。というか、ナーロッパのエルフの血の混じった超絶美形の王子様にそっくりなんだから、推しが凄く人並みはずれた美形だったんだなとしみじみ思う。これは惚れるわ。誰だって惚れるわ。
あとは空間魔法スキルさえ習得して貰えば、完全に推し!
しかも昨日から恋人!
……恋人? 学生恋愛の思い出をくれるって言われただけだから、まだ恋人ではない? かな……。
いやでも手の甲にキスされた。でも王子様ならデフォっぽいし?
異世界基準ではどうなんだ?
「トール?」
「はい!」
「……どうして私を見ながら百面相しているんだい?」
「アーク様が今日も美しいなと思いまして!」
「…………」
アーク様が瞬いた。それから、ふっと笑う。
「ありがとう。君も格好いいよ」
「ふおっ」
危ない。
昨日と同じ声が出るところだった。
耐えた、偉いぞ私。
「隣、いいかな?」
「もちろんです!」
席は決まっているので、そもそもアーク様の席は隣である。
首席と次席だから、委員長と副委員長。お似合いじゃない? お似合いと言え!
そんなばかみたいなことを考えながら椅子を引く。
アーク様が席につく。
ふわりと甘い香りがした。
「ひゃっ……匂いまで高貴!」
「トール」
「はい」
「昨日の話だけど」
「学生恋愛ですね!」
「う、うん」
なぜかアーク様が一瞬たじろいだ。
「君は、どういうことがしたい?」
「デートです!」
「……デート」
「はい! お昼ご飯デート、放課後デート、休日デート、図書館デート、部屋でお勉強会! とにかくアーク様と一緒にいたいです!」
「そ、そう……」
「試験前に二人で勉強して、アーク様にここ分からないって聞かれたい! いや首席だから聞くの私の方かな!? それもいい! 学生恋愛っぽい! すごい!」
「…………」
アーク様が黙ってしまった。
しまった。引かれた?
「す、すみません。浮かれました」
「いや」
アーク様は微笑んだ。
「……トールは可愛いね」
「アーク様も!」
「そうか、ありがとう」
アーク様が微笑む。はわー!
アーク様を守る護衛にカミカミされた。
痛い痛い、アーク様をいじめたりしないって。
「じゃあ、今日は昼食を一緒に食べようか」
「いいんですか!?」
「私から誘ったんだよ?」
「そうでした!」
「放課後も空いている?」
「空けます!」
「予定があるなら無理をしなくても」
「ありません!」
「即答だね」
「アーク様より大事な予定なんてありません!」
アーク様がまた瞬いた。
それから、今度は少し困ったように笑った。
「……本当に可愛い人だね、君は」
ひゃー!
◇
昼休み。
アーク様と二人で中庭に出た。
学校には食堂もあるけれど、アーク様が人の少ないところがいいと言ったので、木陰のベンチで食べることになった。
お弁当である。異世界にも弁当文化がある。ただ日本に比べて質素。
流石に王族のアーク様はいいものを食べてるみたい。
「アーク様のお弁当、綺麗ですね」
「料理人が作ったものだからね」
「王子様!」
「王族として数えられてはいないよ。それに君の食事の方がすごい」
「あ」
そうだった。
王様の子供だけど、お母様が奴隷だったハーフエルフだから正式な王族ではない。
私は一瞬迷ってから、卵らしきものを口に運んだ。
「じゃあ、アーク様!」
「何も変わっていないじゃないか」
「私にとっては王子様なので!」
「……いけないな。私はすぐ君を侮ってしまう」
アーク様は首を振った。
「でも君を見ていると、世界はずっと簡単なんじゃないかって思うよ」
「簡単かもしれませんよ? そう、力があればね!」
「力か。私も力があれば、いや、あったところで、か」
「訓練楽しいですよ! ないよりはあった方がいいですって!」
「君は本当にまっすぐだね」
アーク様は笑う。悲しい笑みだった。
「アーク様の望みはなんです? 目的がわかってないから迷うのかもですよ。認められること? ザマアミロって笑う事? ぶん殴ること?」
「私の望み? そうだね……。小さくてもいいから、城が欲しい。アークキャッスルって名付けて、玉座に座るんだ」
「とってもいい望みですね! 小さくていいです? でもせっかくですから、五階建てくらい欲しいかも? いや、ここはどーんと! 大きい城でも良くないですか? どっちが好み?」
「大きい城、いいね」
「私が建てられるのは、柄が……」
「待って。待った勝手に建てようとするな」
「ちゃんと好み聞いてますよ」
「聞かなくていい。言ってみただけだ。それに城を建てても君の故郷に持ってけないだろう」
「持ってけますよ」
「本当に? 私の屋敷もそのまま持ってける?」
「出来ます」
「ええ、すごいな……」
アーク様はそれが嘘か本当か図り兼ねているようだった。
「トール、昨日の夜、君は……」
「?」
「いや。何でもないよ」
「夜何かあったんですか?」
そこでアーク様の陰に配した護衛が反応した。
チーチー報告してくる。不埒な輩がアーク様に迫ったらしい。
「王子様に手出ししようとする人がいるんですか!? めっちゃ不敬罪じゃないですか!」
「私は立場が弱くてね」
「じゃあ強くしないと! とりあえず放課後、身を守る訓練しましょう!」
アーク様は、何かを言いかけてやめる。
そして、こくりと頷いた。
「訓練の前にはしっかり食べなきゃ。これ、美味しいですよ」
自分の弁当のおかずを指した。
「食べます?」
「いいの?」
「もちろん」
「じゃあ、もらおうかな」
「はい、あーん」
「…………」
「…………」
あれ? 勢いでやったけど。これ、恋人がやるやつでは?
「す、すみません!」
慌てて引っ込めようとした手首を、アーク様に掴まれた。
「え」
そのまま小さな口を開けてパクリ。
「…………」
「美味しいね」
「…………」
「トール?」
「プシュううううう……」
「なに、それ」
アーク様は笑う。
「戦っているんです……!」
「何と?」
「アーク様に慣れない自分と……!」
「勝ったら慣れちゃうのかい? それはちょっと寂しいな」
「一生勝てそうにないので安心してください!!」
「そう」
笑う。完全に遊んでいる。
この手のひらコロコロ感、たまらん……!
推しに遊ばれる人生、最高!
◇
放課後。
委員長と副委員長の仕事を終え、アーク様と一緒に訓練場で訓練をした。
「空間っていうのは、世界一高貴で無敵な力なんです!」
「空間? それはどういうものなんだい?」
「えっと……!」
説明しようとすると難しい!
「無限なのです……!」
「無限って何?」
「えっとぉ……!」
なんてこった。準備が足りない!
「一ヶ月後までに教材を準備しておきます……」
できるか? 推し漫画を記憶模写……!
「僕の為にいっぱい考えてくれてありがとう。疲れちゃったよね。街に出て甘いもの食べる?」
「食べます」
そして一緒に帰る。
イケメンとだと隣を歩いているだけで天国の心地。
これだけでもうウキウキドキドキそわそわワクワク。
学生時代に恋人と一緒に帰るとか、一回やってみたかったんだよね。
恋人なのかはまだ分からないけど。
学校の近くには学生向けの店が並んでいる。
魔道具屋、文具店、菓子屋、本屋。
学校は基本貴族向けなので、お高いお店が並んでいる。
「何か欲しいものがあります?」
「特には。君と歩いてみたかっただけだよ」
「ぐっ」
推しがイケメンすぎる。
「大丈夫?」
「大丈夫です。致命傷です」
「大丈夫ではないね」
楽しい。めちゃくちゃ楽しい。
異世界召喚なんて碌なものじゃなかったけど、最後にこんなご褒美があるとは思わなかった。おかしい、勇者の時にはこんなイケメンいなかったぞ、さては隠してたな?
お土産を回収して、学校を卒業して、それから日本へ帰る。
その時、アーク様も来るらしい。二度と帰れないのに、昨日会ったばかりの私についてくると。……それはどれほどの覚悟で、絶望なのだろう。
「……アーク様」
「うん?」
「本当に日本に来るんですか?」
アーク様の足が、ほんの少し止まった。
「行きたいよ」
「二度と帰れませんよ」
「聞いた」
「ご家族とか、お友達とか」
「…………」
「今すぐ決めなくていいですよ。私、しばらくこっちにいますから。彼らを連れて言ったっていい。囚われてるなら助け出す方法を探します」
「どうして?」
「どうしてって」
逆に聞かれて困った。
「そんなに顔って大事かな」
「ウルトラ大事だと思います」
はっ 今わたし、とんでもないことを言ってしまった!? 明らかに不正解!
「顔がよければ、昨日会ったばかりの人間の為に命を掛けると?」
「いやぁ、魔王倒してるんですよ、私。今更人間に負けないですね」
「私を助けるのは片手間で済むから、顔の良さに免じて救ってやると? その後の責任も取れないのに」
「ダメですか? 一応、日本に周囲の方含めてご案内して、馴染めるまで援助できると思います。責任はそれで勘弁して欲しいなぁって。今の所、殿下のこと全部好きだし……」
「そうか」
アーク様はポツリと言った。空気が重かった。完全にやらかした。
「欲しいもの、本当はあるんだ」
「なんでしょう」
「誇りが欲しい」
重い。めちゃくちゃ重いものを感じた。
「日本にくれば肯定感爆上がりだと思います」
「何故?」
「アーク様、きっと日本で人気出るから。日本では可愛いは正義って言われてるんです。イケメンも正義です。その上文武両道。魔法も使えちゃう。勝ち組です」
「勝ち……私は勝てるかな」
「あなたの素晴らしさを見ない相手にあなたが傷つく必要はないですよ」
「……僕が空間魔法を自在に操れるようになったら、眷属に相応しくなったら。本当に城をくれる?」
「もちろん」
殿下は顔を上げた。
「今はいい。でも、いずれ保護して欲しい人を頼むかもしれない」
「今から教えてください。今すぐ助けてって言われてもどこにいるかわからないのは困ります。後、家畜とか植物の種とか集めておいてください。食べ物が合わないときついですからね」
殿下は頷いた。本当に日本に来たいのか、とは言えない。
殿下は日本に来たいんじゃなくて、逃げ場を必要としているのだから。
「私の故郷はすみ良いところです。二回転生して、それでも故郷に帰りたいと思うだけはあります。でも、二回転生してもまだ故郷を懐かしむ心も知ってます。準備はしっかりして行きましょう」
「そうだね。でも私は懐かしまないと思うよ」
「今すぐさらってお連れすることも可能ですが」
「いや。どうせなら、やれることをやってしっかり別れを告げて行きたいから。ここに心をおいて行きたくはない」
もはや私は何も言えなかった。
そーっとアーク様の手に触れる。
アーク様はその手を握った。
「君は、本当に変わった人だね」
「そうですか?」
「ああ。なんていうか、余裕がある。それが力ゆえだというのなら、私は力が欲しい」
「練習しないとですね」
「うん」
私の手を頰に当てる。
「ふおおおおおおおおおお!!!」
なんていい匂い!
「さあ、デートの続きをしよう」
「でっデート!? デートだ!」
私は舞い上がっていた。
だから、少し離れたところで私達を見ていた男達にも、アーク様が私の腕を取る直前、一瞬だけそちらを確認したことにも気づかなかった。
◇
「上手くいったようだな」
「はい」
寮に帰ったアークを待っていた男は、満足そうに笑った。
「随分と気に入られたものだ。さすがは下賤な娼婦の血を引いているだけはある」
「……ありがとうございます」
「次代魔王を完全に籠絡しろ。お前が眷属になったのなら都合がいい。何を考えているのか、何を持っているのか、誰を恨んでいるのか。全て聞き出せ」
「承知しました」
「必要なら身体を使え。魔王に渡すからと必死に守り抜いた貞操をな」
一瞬。
アークの指が動いた。
「……承知しております」
「お前の価値を示せ。母親のようにはなるなよ」
「はい」
男が去っていく。
扉が閉じるまで、アークは微笑んでいた。
閉じた瞬間、その目から温度が消える。
「…………」
息を吐く。
昨日までは、覚悟していた。
次代魔王。
国を滅ぼすかもしれない怪物。
勇者として魔王を殺し、自らも殺され、それでも戻ってきた人間。それを誘惑し、籠絡し、操るのがアークの使命だった。
断れるはずがなかった。母は今だに囚われている。
だから、最初の眷属にしてほしいと頼んだ。
身体を求められることも覚悟した。
国の為と言いつつ、本心では国を滅ぼして欲しいと思っていた。
けれど。
『デートです!』
頭の中に、今日のトールの声が蘇った。
『一緒にお昼ご飯食べたいです!』
「…………」
『あなたの素晴らしいところを見ない人のためにあなたが傷つく必要はないですよ』
アークは両手で顔を覆った。
「なんなんだ、あいつ……」
眷属にした直後、トールが最初にしたことは、自分を縛ることではなかった。
大量の護衛をつけた。危険があったら守れ、と。
何かはわからないけれど、高貴らしいスキルをくれた。
望みを聞かれて助けるとは言われたが、要求は一つもされなかった。
今日だって、手を握ることすらしてこなかった。
自分から触れたら、それだけで尻尾を握られた猫のようになった。
『可愛いが正義です』
「…………」
そんなことを大真面目に言われたのは初めてだった。
外見を褒められたのに、困ったことにちっともやな感じがしなかった。
「困ったな……」
誘惑するだけなら、できる。
そういうふうに育てられた。
「これじゃあ……」
本当に学生恋愛をしているみたいじゃないか。
アークはしばらく顔を覆ったまま動かなかった。
やがて、耳まで赤くなった顔を上げる。
「……明日は、どこに誘おう」
呟いてから。
「違う」
頭を抱えた。
「そうじゃないだろ、私……」
命令されたからではなく、本心から惹かれ始めている自分がいた。