チート召喚勇者男性妊娠現代転生もの 作:さくらんぼ
「アーク様、今度のお休み、私の家に来ませんか?」
「君の家?」
「はい! 武さんとちょっとお仕事の相談をする予定なんですけど、せっかくなのでアーク様も一緒にどうかなって。あ、もちろんデートも兼ねてます!」
「ふふ、仕事とデートを一緒にしてしまうのかい?」
「だってアーク様と一緒にいたいんですもん!」
トールは堂々と言い切った。
アークは思わず笑ってしまったが、内心では少し驚いていた。
トールの家。つまり、実家である。
王家の調査によって、トールが平民の家に転生したことは知っている。家族構成も、これまでの生活も、ある程度は把握していた。
魔王としての力を持っているからといって、生まれ育った家まで特別なわけではない。ごく普通の平民の家で、家族とは疎遠という事だったが、情報というのは実際に触れて見なくてはわからないものだ。
トールの実家へ招待される。
出会って間もないというのに、随分と気を許されているらしい。
武という人物については知らないが、仕事の相談相手だというのなら、トールの協力者なのだろう。
「分かった。ぜひお邪魔させてもらうよ」
「やったー! じゃあ、お迎えに行きますね!」
トールは満面の笑みを浮かべた。
その笑顔につられて、アークも微笑んだ。
◇
休日の早朝、まだ暗い頃。アークは焼き菓子を持って寮の前にいた。
アークは前日、放課後に王都でも評判の菓子店に立ち寄り、焼き菓子の詰め合わせを購入していた。初めて恋人の実家にお邪魔するのだ。手ぶらで訪問するわけにはいかない。王族と認められていないとはいえ、さすが王子様と言われるようにしたかった。
それに、トールは甘いものが好きなようだから、きっと喜んでくれるだろう。
そう考えてから、アークは少しだけ頬を緩めた。
唯一の命綱というだけでなく、トールは既にアークにとって笑顔でいてほしい人だった。
「アーク様ー!」
寮から出てきたトールが、声を抑えつつ叫ぶ器用な真似をして、大きく手を振った。
「おはよう、トール」
「おはようございます! 今日も素敵ですね! 待たせてしまってすみません」
「ありがとう。これ、手土産なんだけど」
「えっ! 私にですか!?」
「君の家にお邪魔するのだから、何か持っていくべきだろう?」
「ふおおおおお! ありがとうございます! アーク様からお菓子もらっちゃった!」
トールは両手で箱を受け取り、宝物でも手に入れたように喜んだ。
そこまで喜んでもらえるなら、買ってきた甲斐がある。
「ご家族の好みに合うといいんだけど」
「えっ?」
「……どうしたんだい?」
「あー。家族とは別居してるんですよ。でも同居してる仕事仲間は喜ぶと思います! ありがとうございます!」
トールは嬉しそうに菓子箱をアイテムボックスへしまった。
同居してる仕事仲間? そんなのは報告になかった。それに、仲がいいのだろうか? アークの胸がつきりと痛む。
「それじゃあ行きましょう!」
「ああ」
アークはトールの隣に並んだ。
◇
トールの家は、思っていたより遠いらしい。
学園を出て、商店街を抜け、住宅街を通り過ぎても、まだ到着しない。
やがて二人は王都の門まで来てしまった。
「……トール」
「はい!」
「君の家は、街の外なのかい?」
「そうですよ!」
「そうだったのか」
トールは瞬間移動も使える。トールの家は他の街で、途中で移動魔法を使うのかもしれない。
「疲れてません?」
「大丈夫だよ」
「よかった! もうすぐです!」
トールは上機嫌だった。
アークも、その楽しそうな様子を眺めながら歩いていたのだが。
街道から少し外れた草地に出たところで、足を止めた。
「…………」
魔族がいた。
それも、一人や二人ではない。
百名に届くかという数の魔族が、荷車や家畜を連れて集まっている。
牛に似た大きな獣や、角の生えた羊、見慣れない鳥までいた。荷車には飼料や木箱が山のように積まれている。
しかも、魔族達は武装していた。
王都の近郊に、これほどの魔族がいる。
王国軍が知れば大騒ぎになるだろう。
アークは反射的にトールの腕を掴んだ。
「トール、待って」
「はい?」
「魔族がいる」
「ええ、待ち合わせしてましたから」
トールは嬉しそうに手を振った。
「おーい! お疲れ様でーす!」
「トール!?」
魔族の一団から、長身の男が進み出た。
額から二本の黒い角を生やし、軍服のような衣装をまとった男である。腰には長剣を佩き、見るからに歴戦の戦士という風格があった。
男はトールの前で膝をついた。
「新魔王陛下。お待ちしておりました」
「ガルディスさん! おはようございます!」
「おはようございます。ご指示の家畜と種子、それに保存食を用意いたしました」
「ありがとうございます! 大変だったでしょう?」
「いえ。陛下のご命令とあらば」
「じゃあ、積み込みをお願いしますね!」
「はっ!」
アークは二人を交互に見た。
魔族がトールに従っていること自体は、理屈では理解できる。
彼は新しい魔王なのだから。
だが、実際には魔王就任に転生を挟む事もあるため珍しい事例だし、何より心が理解できなかった。騙された? そんなことすら思ってしまう。
「……トール、これは?」
「お仕事です! 故郷の日本に荷物をお土産を持って行こうということで、準備してもらってたんです」
「……そうか」
アークは頷いた。そうだ、トールは全く隠してなかった。
確かにお土産を持って行くと言っていた。
家畜を連れた魔族の集団もそうなのだろう。
「あ、紹介しますね! こちら魔族の将軍、ガルディスさんです!」
「ガルディスと申します」
「アークです。よろしくお願いします」
アークが礼をすると、ガルディスはその尖った耳に視線を向けた。
「……エルフか」
「ハーフエルフです」
「なるほど」
ガルディスの声が少し冷たくなる。
魔族と人間やエルフの間には、長い対立の歴史がある。歓迎されないのも無理はない。ところが、トールはにこにこと笑っていた。
「アーク様は私の大切な恋人で、一緒に日本に行く仲間なので、よろしくお願いしますね!」
「…………」
「…………」
アークとガルディスが同時に黙った。
「……恋人、ですか」
「はい!」
ガルディスはアークを見た。先ほどとは明らかに違う目だった。
「……失礼いたしました。今後ともよろしくお願いいたします」
「……こちらこそ」
アークは微笑みを返した。
トールは何事もなかったように、草地の中央へ歩いていく。
「それじゃあ、船を出しますね! 別に転移でもいいですけど、みんなで軽く旅行するのもいいと思って!」
「船?」
アークは首を傾げた。
川も湖もない。
ここで船を出すとは、どういう意味だろう。
「よいしょ!」
トールが片手を振った。
次の瞬間、巨大な船が現れた。
「…………は?」
アークは思わず声を漏らした。
白銀の船体。金色の装飾。左右に広がる巨大な翼。
何層にも重なった甲板と、船体を覆う無数の魔法陣。
王国の大型軍船を何隻も繋げたような大きさの船が、何もない草地に突然出現したのである。
騒ぎになってにわかに王都が騒がしくなる。
「わっ 早くみんな乗って!」
アークは固まった。
ガルディスも固まった。
魔族達も固まった。
牛に似た家畜が一頭、のんきに鳴いた。
その間に、トールは何か操作すると船から何か降りてきて坂になった。
「……陛下」
ガルディスが震える声で尋ねた。
「これは、一体……?」
「飛空艇! 空飛ぶ船! いいから乗って! 早く!」
「飛空艇……?」
「ほら、アーク様も早く!」
「いやしかし」
「来ないなら置いてくよ!」
戸惑いのまま追い立てられ、全員が乗ったら坂がするすると上に引き上げられていく。
トールは船首の操舵輪をぐるぐる回す。
船がふわりと浮いて、浮いて、王都があっという間に小さくなった。
子供達が船の柵に取り付く。
「危ないよー! 絶対物を落とさないでね。中から外を見れる窓があるから、そっちにしてねー!」
「こ、これはなんですか!」
ガルディスが叫んだ。
「飛空艇だって。好きに見て回っていいよ」
「船が空を飛ぶなんて! それと、どこから出されたのですか!?」
「アイテムボックス。それと、家畜の糞とか落とされるの嫌だからさ。家畜室に早く家畜移動させてよ。下の方にあるよ。行けばすぐわかる」
「…………」
ガルディスは天を仰いだ。アークも同じ気持ちだった。
アイテムボックス。確かに、トールが使えることは知っている。
しかし、船を丸ごと収納しているとは思わなかった。
しかも、こんな巨大な船を。
「……トール」
「はい!」
「君のアイテムボックスは、どれくらいの容量があるんだい?」
「さあ? 困らない程度には大きいですよ!」
「…………困らないかぁ。確かに困らなそう」
「アーク様もできるようになってくださいね!」
「お前、これができるのか……」
「ええ……」
アークは考えるのをやめた。
◇
飛空艇の内部は、さらに驚くべきものだった。
豪華な客室。広々とした食堂。浴室に娯楽室。
魔法灯が照らす廊下には美しい絨毯が敷かれ、窓からは外の景色が見える。
王宮の一角を、そのまま船にしてしまったようだった。
魔族達は家畜を専用の区画へ運び込み、荷物を積み込んでいる。
「アーク様、こちらです!」
操舵輪を動かすのに飽きたらしいトールが自動操縦とやらに切り替え、アークを案内したのは、船首近くの展望室だった。
大きな窓に囲まれた部屋には、ゆったりしたソファとテーブルが置かれている。
「お好きな席へどうぞ!」
「……ありがとう」
アークが窓際のソファに座ると、トールはその隣に腰を下ろした。
窓から見る王都はもう豆粒のような小ささになっていた。
子供達はぺったりと窓に張り付いている。
「……本当に飛んでいる」
「はい!」
「揺れないんだね」
「今日は風がなくて良かったです」
「ああ、本当に」
とてもそうは見えないが、目の前の男はまさしく強大な力を持ち、今まで数多の魔王が出来なかった帰還の方法を見つけたと豪語する男だった。
「トール」
「はい!」
「君の家に行くんだったよね?」
「そうですよ!」
「……飛空艇で?」
「はい!」
「…………」
アークは窓の外を見た。雲が近づいてくる。
いくつもの街が瞬きの間に過ぎて行く。
どう考えても、平民の家へ向かう道中ではない。
「……君の実家は、ずいぶん遠いところにあるんだね」
「え?」
「いや、何でもないよ」
アークは微笑んだ。トールは首を傾げたが、すぐに嬉しそうに話し始めた。
「アーク様、空からの景色、綺麗でしょう!」
「ああ。本当に綺麗だね」
「よかった! 今日はもっとすごいものが見られますよ!」
「……これ以上?」
「はい!」
アークは少し不安になった。
◇
雲を抜けてすぐ、子供達は歓声をあげ、アーク達は息を飲んだ。
最初、アークは山だと思った。だが、山が空に浮かんでいる。
山だけではない。森があって湖がある。川があって周辺に水が浮いている。
島から流れ落ちる水は島の中央部に吸い込まれていた。
そして、島の中央には巨大な城がそびえていた。
「…………」
アークは言葉を失った。
白亜の城壁。天へ伸びる幾つもの塔。広大な庭園。
山頂から流れ落ちる滝は湖へ注ぎ、余った水が島の周囲を一周して島の中央に下部から戻っている。
まるで神話の世界だった。
いや、神話にすら、こんなものが登場しただろうか。
「見えてきましたね!」
トールが嬉しそうに言った。
「ようこそ、私のお家へ!」
「…………」
アークはゆっくり振り返った。
「……トール」
「はい!」
「君の家というのは……」
「はい!」
「……あの城?」
「そうです! 一応魔王ですので!」
「…………すごいね、魔王」
それだけ言うと、アークはしばらく黙った。
それから、手元を見た。空になった手。
今朝買った焼き菓子は、トールのアイテムボックスにしまわれている。
自分は今日、平民の家に招待されたと思っていた。
ご家族に挨拶することになるかもしれないと、少し緊張していた。
それなのに。
目の前には、天空に浮かぶ巨大な城がある。
「……君は、本当に」
「はい?」
「……いや、何でもないよ」
アークは笑った。
ただ、今日という日に王子様ルックを選択した自分を盛大に褒める。
向こうに合わせて平民の服で行こうとか考えなくて良かった。
トールもなんだかいい服を着ている。
もう何があっても驚かないぞ。
しかし、その考えが甘かったことを、彼はすぐに思い知ることになる。
◇
飛空艇は城の前の広場に着陸した。
魔族達が荷物を下ろす中、トールはアークの手を取った。
「武さんが待ってると思います!」
「そうか。お仕事の相手なんだよね?」
「はい! 今日は色々相談したいことがあるんです!」
アークは頷いた。
この城の管理人か、あるいはトールの協力者だろうか。
それにしても、これほどの城を管理する人物とは、一体どんな人なのだろう。
そんなことを考えていると、城の扉が開いた。
「久しぶりだな、勇者殿、そして我が後継者」
「お客さん!」
「武さん!」
トールが嬉しそうに手を振った。現れたのは、一人の男だった。
堂々とした体格。鋭い眼差し。圧倒的な存在感。コウモリのような羽と角。
穏やかな顔で、竜の翼を持つ子を肩車している。
アークはその姿を見た瞬間、息を呑んだ。
「…………っ!」
知っている。肖像画で何度も見た。
王国軍が何十年にもわたって恐れ続けた存在。
勇者によって討伐されたはずの、前魔王。
「……前代、魔王……?」
思わず呟いた。男がアークを見る。
「ほう。俺を知っているのか」
「……当然でしょう」
アークの声が震えた。
「あなたは、勇者に討伐されたはずでは……」
「いや、殴り倒されて正気に戻されて、助けるし匿うからと言われて、魔王を譲っただけだが?」
「現代魔王です!」
「随分とひょろりとした姿に転生したな」
「今回は研究用なので魔力をあげたんですよー」
その時だった。
「魔王陛下ぁぁぁぁ!!」
背後から絶叫が響いた。ガルディスだった。
彼は荷物を放り出し、武の前に駆け寄ると、その場に膝をついた。
「陛下! ご無事で……! ご無事でいらしたのですか!!」
「ガルディスか。久しいな」
「陛下ぁぁぁ!!」
ガルディスが泣き出した。
他の魔族達も次々と駆け寄ってくる。
「本当に陛下だ!」
「生きておられたのか!」
「陛下ぁぁぁ!!」
「へーか。へーかって誰? お父さん?」
「そうだよ」
大騒ぎである。武は少し困ったように笑った。
「皆、心配をかけたな」
「……あれ? ちゃんと旧魔王はこっちで保護してるって連絡してたはずだけど」
トールが首を傾げた。
「聞くのと見るのは別ということだろう」
「誠に! 嘘をつかれていいように操られているだけでは、となんど思ったことか……」
「ひどい!?」
「皆、城の中へ」
豪華な調度品なのに、奥は少し雑然としていた。
「掃除が行き届いていなくてすまないな。なにぶん、私と客人の竜族しかいなくてな」
「子供がいるから仕方ないですね。後で引き払う時に大掃除してください。じゃあ、改めて紹介しますね!」
魔族達に向き直る。
「こちら、前魔王の武さんです! 生きてます! 魔力汚染の影響もだいぶ抜けてます!」
「説明が雑すぎる!」
武が文句をいう。アークは思った。この人達、本当に魔王なのだろうか。
◇
ひとしきり再会を喜んだ後、私達は会議室へ移動した。
いやー、よかったよかった。
魔族の皆さん、武さんが生きてるって聞いてたはずなんだけど、実際に見るまでは信じられなかったみたい。
まあ、だいぶ末期だったし、私にボコられてたしね。信じられないか。
竜族引き込んで子作りしてたのは意外だったな……。うーん掃除。
でも15年放置してたから、ある程度は仕方ないか。
「さて、今日は今後の移住計画について相談したいと思います!」
私は机の上に資料を広げた。
アーク様はまだ少し呆然としていたけど、すぐに姿勢を正した。
さすが首席、切り替えが早い。
「まず、魔族の皆さんの移住先ですけど、勇者時代に作ったギルドキャッスルを使おうと思います!」
「……ギルドキャッスルというのはこことは別の城という事だったか」
「はい! 今いるのはプレイヤーハウスなんですけど、ギルドキャッスルは別にあるんですよ!」
「……これが家なのか?」
「かなり奮発しましたから結構立派ですけど、家ですよー。プレイヤーハウスって言います!」
「…………」
武さんが天井を見上げた。
「……家、か」
「家ですよ?」
「……そうか」
なんだか納得していない。
城だからね。でもシステム的には家なんですよ。
「それで、この前言った通り、ギルドキャッスルを再設定して、武さんに譲ろうと思ってます!」
勇者時代に作っておいたギルドキャッスルだが、実際に国にするとなると修正も必要だろう。
「……譲る? これより大きい城を?」
「はい!」
「ここだけでも十分そうだが……」
「ここは私の家なのでダメですね」
「家は駄目で城を譲るのは良いのか……」
武さんが困惑した。アーク様も黙った。ガルディスさん達も黙った。
「……トール」
武さんが口を開いた。
「本当に譲ってしまっていいのか?」
「もちろんです!」
「お前自身の拠点だろう?」
「まあ、そうですけど」
私は肩をすくめた。
「一人で住む分にはこの家だけで十分だと思いません? 他にもありますし」
「十分すぎて掃除とかすごく大変なまであるな……。参考までに、いくつ城を持ってるか聞いていいか?」
「駄目でーす」
「そうか……まあわかった。ありがたくもらう」
「日本に敵対しない事とか、いくつか結んでもらう条約はありますよ」
「承知している」
転生する度に、飛空艇とプレイヤーハウスが設定できるんだよね。資産が一定以上だと、ギルドキャッスルも得られる。つまり、転生一回で拠点二つ、移動手段一つが得られるのだ。
事前に用意していた条約を渡して武さんに確認してもらっていると、アーク様が静かに手を挙げた。
「トール」
「はい!」
「少し確認してもいいかな?」
「どうぞ!」
「以前私にお城あげるよって言ってたの、あれってマジ?」
「当たり前じゃないですか! アーク様にもギルドキャッスルをお譲りしますよ」
アーク様が額を押さえた。
どうしたんだろう。
「君は私をどうしたいのかな? 性奴隷?」
「こんな使い古した体で良ければ……」
「なんで私が援助交際する流れ!? もっと自分を大切にしてください!」
「トール。普通は体くらいで城は買えないんだ。ある意味自分を高く見積もってるような……?」
「一応、利点はありますよ? 私は地球に色々お土産持って行きたいんです。それは異世界の人だったり、物だったり、生き物だったり、植物だったりも含めてます。ただ、連れて行った人が向こうの国と戦争になるのは大変困るので、手綱をとってくれる人が欲しいんです。もちろん、向こうの人達の奴隷や実験材料になれとまでは言わないです。ただ、向こうの人を会話や文化で楽しませてくれたり、対等な取引をしてくれればそれで。武さんは元は同国人だし、問題ないと思ってます」
「管財人か……。それならば、まあ」
「私は?」
「アーク様は最強で富豪だと私が嬉しいので……。あっ でも日本と戦争しないとか、守ってもらう条約はあります!」
「顔だけでそこまでする?」
「後、声と体型と若さもあります」
真剣な顔で言う。
「僕は……」
「まあ、アーク様の努力家なところとか手のひらコロコロしようとしてくるところとかすっごく好きなんですけどね」
アーク様が赤くなってフリーズした。話を進めよう。
その後、武さんがエルフ、獣人、ドワーフ、ドリアッドの受け入れをアーク様にお願いした。アーク様は自分の支配を受け入れてくれるかご不安に思われ、結局、移住する本人に選んでもらう事となった。
二人とも、問題なく条約に調印してくれた。
◇
まずは武さんのギルドキャッスルを再設定することになった。
私は設計画面を開いた。
半透明の巨大な地図が、会議室の中央に浮かび上がる。
「これが武さんに譲る予定のギルドキャッスルです!」
ただし、当時は魔族だけ収容する予定だったので居住区画はそれほど広くない。
最大が北海道だとすると、いまは沖縄くらい。
多種族の移住が絡むので、これは目一杯広げなくてはだろう。
まず土地をグリグリと広げる。
「土地はこんな物で良いとして、どんな環境が必要ですか?」
武さんが腕を組んだ。
「魔族の居住区は、城の周辺にまとめたい。種族ごとの生活環境も考える必要があるな」
「了解です!」
「軍の訓練場も必要だ」
「広めに取りましょう!」
「農地と牧場は?」
「作ります!」
「水源は?」
「湖と川を!」
「ドワーフが移住を希望した場合、鉱山が」
「作ります!」
「防衛設備は?」
「結界と砲台を!」
「待て、砲台とは何だ」
「防衛用の魔道具です!」
「……日本に持っていくんだよな?」
「はい!」
「日本と戦争する気はないぞ」
「私もないですよ! でも防衛設備は必要でしょう? 無防備に向こうについたらあっという間にアメリカかロシアか中国の属国ですよ」
「……それはそうだ。目一杯頼む」
さすが戦時中だった時代から来た人は危機意識が違う。
そこからは、ガルディスさんや他の魔族達も交えて相談を続けた。
山岳地帯を広げ、平原を増やし、湖を配置する。
魔族の種族ごとに必要な環境を聞き、住居や施設の配置を調整していく。
それから、農業区画。牧場。工房。学校。病院。市場。
必要なものを次々と追加していった。
「……すごいね」
アーク様が設計画面を見つめていた。
「君は、こんなものまで作れるのかい?」
「はい! ただ、今は設計の再設定だけですけどね」
「……再設定?」
「元々あるギルドキャッスルを作り直すんです。だからキャッスルの方は以前に私が作ったままですね。植物も融通効いた設置はできません」
「…………」
「あとで具現化します」
アーク様は何かを言いかけて、やめた。
ふふふ。驚いてる驚いてる。でも、まだまだこれからですよ!
◇
設計がまとまったところで、いよいよ具現化することになった。
私達は城の外へ出た。天空島の端からは、雲海が広がっている。
「それでは、出します!」
「……ここに?」
アーク様が首を傾げた。
「はい!」
私は設計画面を開いた。
勇者時代のギルドキャッスル。
再設定完了。具現化可能。
「では、いきます!」
私は実行を選択した。空が震えた。
雲が押し退けられ、巨大な影が現れる。
今いるプレイヤーハウスの島よりも、遥かに大きい。
複数の山脈と広大な森林、湖、平原を持つ、空に浮かぶ大地。
「よし!」
私は満足して頷いた。
「できました!」
「…………」
誰も喋らなかった。武さんも。ガルディスさんも。アーク様も。
全員、呆然と空を見上げていた。
「……トール」
武さんが口を開いた。
「……これが、ギルドキャッスルか?」
「はい!」
「……城どころではないだろう」
「城もありますよ?」
「そういう意味ではない!」
また怒られた。
なぜ。
「じゃあ、所有権を譲渡しますね!」
私は設計画面を操作した。所有者変更。武。譲渡完了。
「はい! 武さんのものになりました!」
「…………」
武さんが黙った。
「……本当に?」
「はい! メニューの呼び出しして見てください」
「…………できた」
武さんは新しい天空島を見つめた。
そして、深く息を吐いた。
「……これで、魔族達を守れるのか」
「それは武さん次第ですね。魔力源は私が定期的に巨大魔石を提供します。あとは武さんの責任ってことで一つ。あっ あと、細かい家具とか調度品とか生活用品はないですから、これから自分で用意してください。船は貸すんで、あと竜族さんの手を借りて頑張って引越しして整えてくださいね。使ったあとのプレイヤーハウスは一週間後までに綺麗に掃除しておいてください」
「わかった」
武さんは静かに笑った。
「ありがとう、トール」
「いえいえ!」
◇
「さて!」
私はアーク様に向き直った。
「次はアーク様です!」
「……私?」
「はい!」
私は設計画面を切り替えた。
今の私に割り当てられたギルドキャッスル。その設計画面。真っ白な状態である。
まずは城の選択だ。
「どの城にしますー?」
「これ全部持っているというのか?」
「まさか。これは設計図ですよ」
「そうか……。確か、異種族の受け入れだったね。随分と大きな仕事だね」
「そうですね」
「君は、私にできると思うのかい?」
「もちろん」
私は即答した。
「アーク様、優秀ですし!」
「……それだけ?」
「あと、やりたいって言ってたじゃないですか!」
「……何を?」
「自分の城が欲しいって! 城にはやっぱり民がいなきゃね」
「…………」
アーク様が黙った。確かに、アーク様は自分の城が欲しいと言っていた。
小さくてもいいから、自分の城を持ちたいと。だったら、ちょうどいいではないか。
私は城を譲りたい。アーク様は城が欲しい。完璧な組み合わせ!
「……トール」
「はい!」
「それは、私に国を治めろということ?」
「条約結んだから、もうアーク様は一国の主人ですよ。でも、民に自治を与えるか議会制度にするか連邦制にするか独裁にするか、そこはアーク様次第です。ただ、自治を認める場合も日本に攻撃しないというのは守ってもらいますけどね!」
アーク様が額を押さえた。
「……君は、本当に」
「はい?」
「……いや、何でもないよ」
アーク様は少し考え込んだ。それから、ゆっくり口を開いた。
「私一人では無理だ。各種族の代表者を集めて、協議する仕組みを作りたい」
「いいですね!」
「それから、私の権限を明確にしたい。誰が何を決めるのか、曖昧なままでは困る」
「了解です!」
「……君は本当に、何でも簡単に頷くね」
「だって、アーク様の方が詳しいでしょう?」
「…………」
アーク様は私を見つめた。そして、小さく笑った。
「……分かった。引き受けよう」
「やったー!」
私は両手を上げた。
「じゃあ、早速お城のデザインを決めましょう!」
「……いや、待ってほしい。国がどの程度の大きさになるか、どんな形になるか分からない。移住する者たちの代表者と話し合ってから決めたい」
「仮の滞在場所が必要になるな。その場所は俺が提供しよう」
「ありがとうございます」
アーク様は笑った。
「まだ確定はしないにしても、どんな国がいいとか、城がいいとかあります?」
「……白い城がいい」
「はい!」
「高い塔があって、大きな図書館があって……庭園も欲しい」
「いいですね!」
「それから、広い謁見の間。人々を迎えられる場所がいい」
「なるほど! 玉座は?」
「…………」
「アーク様、玉座に座りたいんですよね?」
アーク様が私を見た。
「……覚えていたんだね」
「もちろんです!」
アーク様は少し笑った。
「じゃあ、玉座も欲しい」
「はい!」
「でも、あまり大きすぎないものがいい。私が座って、ちゃんと足が床につくくらいの。夢見たいな国だけど、だからこそちゃんと地に足をつけた国にしたい。農業とか、基本的なことに力を入れて」
「ふふっ」
「何がおかしいんだい?」
「可愛いなって!」
「君はなんていうか、大きな人だね」
「じゃあ、少しずつ考えて行きましょう。あっ 武さん。ギルドキャッスル……というかギルドの名前どうします? 国名!」
「私には聞いてくれないのかな?」
「アークキャッスルですよね?」
告げると、アーク様は口を閉じて、赤くなった。
「別の名前を考えるよ……」
◇
帰りは転移魔法で帰った。すでに日は落ちていた。
「……トール」
「はい?」
「今日、私は随分と大きなものをもらってしまったね」
「まだ何もあげてませんよ?」
「……そうだね」
アーク様は笑った。
「君にとっては、そうなんだろうね」
「?」
「でも、私にとっては違うんだ」
アーク様は私を見る。
「自分の城を、自分で考えていいと言われたのは初めてだよ」
「…………」
「自分の望みを、誰かに聞いてもらえたのも」
私は少しだけ黙った。
それから、アーク様の手を握った。
「じゃあ、これからいっぱい聞きます!」
「……いっぱい?」
「はい! お城だけじゃなくて、家具とか、庭とか、食べ物とか、服とか! 日本に行ったら何がしたいかも!」
「…………」
「アーク様の好きなもの、全部知りたいです!」
アーク様は目を伏せた。そして、小さく笑った。
「……困ったな」
「何がです?」
「君といると、欲しいものが増えてしまう」
「いいじゃないですか!」
「……そうかな」
「そうですよ!」
私は胸を張った。
「欲しいものがいっぱいある方が、人生楽しいです!」
アーク様はしばらく私を見つめていた。それから、そっと肩に頭を預けた。
「……そうだね」
「ふおっ」
「少しだけ、このままでいい?」
「もちろんです!」
アーク様の髪が頬に触れる。
いい匂い。
幸せ。
もう本当に、異世界召喚されてよかったかもしれない。
いや、それはない。
それは絶対にない。
でも、アーク様に出会えたことだけは、心から感謝している。
◇
その夜。
アークは自室で、一枚の紙を広げていた。今日、トールと一緒に試しに書いて見た設計図だ。
白い城。高い塔。図書館。庭園。そして玉座。
自分の望みを、そのまま形にした城。
「…………」
アークは指先で図面をなぞった。魔王は、何もない空に大地を作った。山を作り、湖を作り、森を作った。あれほどの力があれば、この国を滅ぼすことなど容易いだろう。
なのに、トールは国を滅ぼそうとはしない。
自分の故郷に帰るために、準備を進めている。
そして、自分にもその未来を分け与えようとしている。
「……馬鹿みたいだ」
アークは小さく笑った。
自分が今まで必死に求めてきたものを、あの人は当たり前のように差し出してくる。
城も。力も。自由も。何一つ、見返りを求めずに。
「……本当に、困った人だ」
紙を大切に畳む。
そして、胸元に抱いた。
明日も学校がある。
明日もトールに会える。
そのことが、こんなにも楽しみだなんて。
そして誓う。トールから貰った物を、その価値を決して見誤らず、大切に扱うと。
「……早く、明日にならないかな」
アークは微笑んだ。
それが誰に見せるためでもない笑顔だということに、本人はまだ気づいていなかった。