紫剣閃姫アーヴィオラ -煌光解放のレクイエム- 作:ホリス_if
穏やかに続くと思われていた時間は、携帯から聞こえた悲鳴で終わる。
出会ったばかりの少女を救うべく、玲奈は自ら封印していた変身アイテムのペンダントを握りしめ、彼女の元へと向かうのだった。
「……クソっ」
あの偵察兵器……どうせあれは、私を連れ戻すために放たれたモノだろう。
何かあった時のために、私が作製した数々の変身アイテム、その心臓部をブラックボックスにしておいたからだ。
……システム、プログラムを作る基本は、利用者を信用しないことだからな。
それに私謹製、緊急制御のバックドアも仕込んである。
その結果、私がいなければ、折角の変身アイテムの強化も改造もできない仕様だ。
そりゃ上の連中は、意地になって私を連れ戻しにかかるだろう。
むしろ今までレーダーに引っかかる距離まで接近されていなかったのが不思議なくらいだ。
「……間が悪いぞ、全く」
しかし……あまりにも悪過ぎるタイミングに、思わず文句が漏れ出る。
かといって、ボヤいたからって事態が好転する訳でもないが。
……あの偵察兵器を作ったのは私ではない。
だが、その姿だけは見たことがある。
侵入に適した軟体生物のような姿。
侵入先の世界にいる周囲の一般人に対して効果を発揮する、生体反応を弾くジャミング。
それに加えて、対象の思考を奪う独自の麻酔毒。
どれもこれも、今は対峙したくない要素たっぷりだ。
……私には今、二つの選択肢がある。
一つは試作型の変身アイテムとともに向かい、一気に叩くこと。
そしてもう一つは、相手がまだ私の詳細な位置を把握していないことを幸いとし……このまま無干渉を貫くことだ。
前者であれば、向こうに知られる情報を最低限に抑えることができる。
対して後者であれば、むしろ泳がせて観察を続け、可能ならば通信傍受を行うことで、私の方でも情報を手に入れ、他の対策を打てる可能性がある。
もっとも、向こうがそれを考えていない訳がないのだが。
……この状況において、自分から動くことは得策ではないだろう。
何より、彼女を……結衣を巻き込むのは好ましくない。
であれば、やはり取れるのは後者……
「玲奈さん、お風呂ありがとうございました」
思考の最中、結衣の呼びかけが背後から聞こえてくる。
……一旦、この件は保留だ。
「おぉ、お疲れ様。狭い風呂で申し訳なかったね」
「いえいえ、とんでもないですよ。久しぶりに、ゆっくりと湯船に浸かりました」
「それは良かった。じゃ、私も入らせてもらおうかな。冷蔵庫に入っているものは好きに飲み食いしてくれていいからな。寝る時は手前側の部屋のベッドを使ってもらって構わない。寛いでいてくれたまえ」
「……では、お言葉に甘えさせて頂きますね。ありがとうございます、玲奈さん」
「礼には及ばんよ、それじゃ、ごゆっくり」
そう言い残し、私は結衣と入れ違いになる形で浴室へと入る。
結衣が使った白いバスタオルは……洗濯機に入れてくれたみたいだ。
白衣と下着を脱ぎ、一緒くたにドラム式洗濯機へと突っ込み、そのまま洗濯開始。
ゴウゴウと音を立てだした洗濯機に背を向けながら、私は久しぶりの湯船付きの風呂へと入るのだった。
……
……
「……ふぅ」
湯船の栓を抜き、温まった身体で、足拭きマットの上へと降り立つ。
隣に掛けてある私用の黒いバスタオルを雑に頭の上から被り、換気扇のスイッチを押す。
「さて、と……」
適当に身体を拭き、床に積まれている洗濯後の衣類の中から、下着のセットを取り出し身につける。
そのまま肩からバスタオルを掛け……
「お待たせ結衣君。部屋の温度は大丈夫だったかい?」
「あ、玲奈さん。はい、快適に過ごさせてもらってます」
ソファーに腰掛けた結衣へと声をかけた。
前のテーブルには……ふむ、新しい物は置かれていない、と。
全く……冷蔵庫の中、好きにしていいと言ったのに。
「そうか、それは良かった」
私はクローゼットから、もう一着の白衣を取り出し、羽織る。
続けて、冷蔵庫へと向かう。
「ふむ……これでいいか」
ペットボトルの、冷えたサイダーとオレンジジュースを取り出し……
「ほら、結衣君」
彼女に向けて、オレンジジュースを放り投げた。
「え、ぅわっと!? れ、玲奈さん……」
「いいからいいから。大事だぞ、湯上りの水分補給は」
「いえ、私は水だけでも……」
「家主の言うことは素直に聞くものだぞ?」
「……そういうことなら……いえ、ありがとうございます」
「それでよし、素直が一番だ」
結衣がオレンジジュースに口をつけた事を確認してから、自分もサイダーを飲み始める。
……こうやって、誰かと夜を過ごすのはいつぶりだろうか。
なんて……ふっ、らしくないな。
「そいつを飲み終わったら、今日はもう寝るといい。明日も行かなきゃいかんのだろう?」
「えぇ……はい、そうさせてもらいますね」
「そうしたまえ。明日の朝には制服は乾いているはずだ。勝手に出して着てくれればいい。それとほら、歯ブラシはコレを使うといいさ」
「……はい、本当に、色々と……ありがとうございます」
「だから言ってるだろ? これは私の自己満足だ。礼を言われるような事じゃないさ」
結衣は軽く微笑むと、私が差し出した個包装の歯ブラシを受け取り、オレンジジュースの残りを一気に飲み干した。
そして一度ペコリとお辞儀をしてから、結衣は洗面所へ向かう。
一通り歯を磨いてから出てきた結衣は、私が開いた寝室の扉の中へと入る。
その中から……ふと、私に向けられた、結衣の怪訝な表情が見えた。
「……何かあるかな?」
「いえ、その……」
結衣は少しだけ目を伏せた後……
「……あの、玲奈さんはどこで寝るんですか?」
そんな、至極軽い質問を投げかけてきた。
……その程度、聞くほどでもないと思うのだが。
私は後ろにある答えを、親指で指す。
「どこでって……そこのソファーだが」
……その答えに、結衣の顔が徐々に歪んでいく。
何かは知らんが……どうやら答えを間違えたようだ。
「……玲奈さん、歯を磨いて来てください」
「は? いや、私には寝る前のタバコが……」
「いいから、早く磨いて来てください!」
結衣に押し出されるように、強引に洗面所へと連れてこられる。
そのまま水と歯磨き粉を付けた歯ブラシを持たされ、歯磨きをさせられる、監視付きで。
「……全く、誰の家だと思ってるんだ」
なんて文句を言いながらも、何とも言えない心地良さを感じながら、私は言われた通りに大人しく歯を磨く。
「さ、こっちに来てください」
そして歯磨きが終わり次第……結衣に腕を引かれ、そのまま寝室へと連れ込まれる。
「……結衣君。私が言うのもなんだが、あまり知らない人と同じ部屋で寝るモノではないぞ? いや何かするつもりもないんだが、いかんせんベッドも寝室も狭いし……」
「私はいいですから。というか、恩人をソファーで寝かせてたら私もロクに寝れませんって」
「と言っても、なぁ……」
「じゃ、こうしましょうか。これは私の自己満足、です。これでもまだ、ダメですか?」
……そのワードを出されたら、もう私には断ることができない。
なんせ、私が彼女を家に連れ込んだ理由も、自己満足、だったのだから……
「……ふっ、分かったよ、私の負けだ。今夜はご厚意に甘えよう」
「分かってもらえて何よりです……ふふっ」
結衣は軽く笑うと、私と一緒にベッドへと入る。
狭いセミダブルサイズのベッドの上で、私たちは二人で身を寄せ合うように並んで寝転ぶ。
「……そうだ、玲奈さん」
「ん、なんだい?」
「折角ですし、連絡先、交換しませんか?」
「あぁ、構わないよ」
私の返答を待つより先に、結衣がポケットから携帯を取り出し、私に突き出してくる。
それに返すように私も携帯を取り出し、連絡先を交換する。
……連絡先交換、なぁ。
随分と久しぶり……というか、この世界に来てから初めてだな、そういえば。
彼女の携帯の画面を横から覗き込むと、早速私の連絡先を登録していた。
私の名前が、他の携帯に表示されている……なんて事ない光景のはずなのに、懐かしさを覚えるのは何故だろうか。
私の方は……そうだな、そのまま〝結衣〟とでも付けておこう。
「……よしっ」
彼女は小さく呟くと、そのまま携帯を枕元に置く。
「結衣君、充電はそこのケーブルを使ってもらって構わないよ」
「……あ、これですね? ありがとうございます」
そして結衣が携帯を充電器に接続したのを見てから、私も携帯を枕元へと置いた。
「それじゃ、玲奈さん……おやすみなさい」
「あぁ、おやすみ、結衣君」
軽く言葉を交わした数秒後、隣からは安らかな寝息が聞こえてくる。
どうやらすぐに寝てしまったようだ。
……ま、疲れているだろうからな。
慣れないベッドだろうが、少しでもゆっくりと休めたらいいのだが。
さて……では私も寝るとしよう。
なんせ、明日は久々の早起きになりそうだ。
久々の朝日に対抗するには、少しでも体力を回復させておかないとな。
なんてボソボソと考えつつ……それでいてほんの少しだけ、未知の心地良さに身を任せながら……私も、眠りにつくのだった。
……
……
昨晩の雨模様から一転、よく晴れた翌朝のこと。
「あ、おはようございます、玲奈さん」
私が目を覚まし寝室から出ると……既に結衣は乾いていた制服に身を包み、朝の支度を行っていた。
「あぁ、おはよう、結衣君。昨晩は良く眠れたかい?」
「はい、おかげさまで。あんなにゆっくりと眠れたのは久しぶりでした」
「そうかそうか、そいつは良かった」
私は彼女に笑いかけながら、怪しまれない程度に彼女の様子を確認する。
顔色は悪くない、が……少しだけ、痩せているか?
しまったな……昨日、ついでに飯でも食わせてやれば良かった。
「すまないが、朝飯はどこかから自分で調達してくれたまえ。あいにく、自炊をしないものでな。材料が無いんだ」
そう言いながら、私は携帯の裏からお札を数枚抜き出し、差し出した。
「い、いえっ、大丈夫ですよっ!? 流石にっ、これ以上は!」
「良いからいいから。ほら、余ったらお菓子とかにでも使えばいいさ。それに……」
私は結衣越しに、チラッと時計を見る。
……ちょうど、途中で目覚めた時、通学路のガキ共がうるさい時間だ。
まぁ大体が二度寝するから、今までの私には関係のない話だったのだが。
「ほら、もうそろそろ、いい時間だろう? 早く行かないと遅刻するぞ」
「でもっ、昨日だけでも、もう……っ!」
「……よし、受け取ってくれないのなら、私は君を部屋から出さない。絶対に、だ」
ゴネ始める結衣の前に、私は大袈裟に腕を広げて立ち塞がった。
そんな私を前に、苦虫を噛み潰したような顔をする結衣。
だが、やがてため息をつき……
「……いえ、分かりました。玲奈さんって、実は結構強引なところ、ありますよね」
観念したように、押し付けられたお札数枚を、自身の財布の中へとしまってくれた。
「さて、なんの事かな? それよりほら、友人に預けた学園の荷物も受け取る必要もあるだろ?」
そうなんですよね、と笑いながら答えつつ、結衣は制服のポケットに財布と携帯をしまい込んだ。
そのまま彼女は私の横を通り過ぎ、玄関で昨日履いてきたローファーを履く。
そして……
「それじゃ……行ってきます。今日も帰ってきても、いいんですよね?」
手を振りながら、少し照れくさそうに笑った。
「あぁ、当然だ。行っておいで。気をつけてな」
私も同じように手を振り、去っていく結衣の後ろ姿を見送る。
バタンと閉まった扉の鍵を閉めて、そのままベランダへと直行。
途中で机の上のタバコを拾い上げ、ベランダへと出る。
目的は当然、大事な大事な、朝の一服。
憎たらしいほどに爽やかな風と太陽の光を浴びながら、私は一本咥えて火をつける。
「……ふぅ」
一息吐いてから、自分が白衣を着たまま寝ていた事に気がつく。
……ま、昨日は色々あったからな。
コイツはまた後で洗濯してやればいい。
「っと……」
臭いはいい。
しかし、灰が付くのは好ましくない。
私は白衣を脱ぎ、部屋の中のソファーへと投げ掛ける。
……こんな女の下着姿を見たところで、興奮する野郎もいないだろ、多分。
「……にしても、か」
備え付けの灰皿と化したコーヒーの空き缶へと灰を落とす。
……昨晩、レーダーで捕捉した偵察兵器。
結局、それ以上の反応は無かった。
杞憂だったと思いたいが……油断は禁物だろう。
かといって、ならばコチラから動く理由もない。
「……料理、久しぶりに作ってみるか」
夜前にはまた帰ってくるであろう結衣へのおもてなしプランを考えつつ……私は、静かな午前中を過ごすのだった。
……
……
……事態が動いたのは、夕方過ぎのことだった。
それは結衣が帰ってきたら一緒に買い物にでも行こうと、いつものシャツとスラックスに身を包み終え、少しだけ研究を進めようと白衣を羽織った直後の事。
「……ん?」
突然、たまたま机の上に置いておいた私の携帯が、激しくバイブレーションを起こす。
画面には、〝結衣〟の文字。
私は通話開始のボタンを押し、携帯を耳に当てる。
「もしもし、私だ。どうかしたかな?」
その直後……
「助け……っ、玲奈さっ、きゃあぁぁぁっ!?」
「っ!? 結衣君っ!?」
耳に入ってきたのは……悲鳴と、薄気味悪い水音。
「結衣君っ! どうしたっ、何があった!?」
私の問いへの返答はなく、代わりにプツッと電話が切れる音が聞こえる。
同時に、腕時計からも強いバイブレーション。
「……っ、クソッ!!」
慌てて研究室へと入り、レーダーを確認する。
場所は……近いな、昨日のコンビニ近くの裏路地か。
場所を把握すると、私は調整途中だった試作型の変身アイテム、ハート型のペンダントを掴み、白衣のポケットの中へと入れる。
……迂闊だった。
昨日の出現は、ただ私を探していたんじゃない……私の人間関係、弱点を探るための偵察だったってことか。
「無事でいてくれよ、結衣君……っ!」
無関係の少女を巻き込んだことへの罪悪感と、一刻も早く助けに行かなければ、という焦燥感。
二つの感情に押し出されるように、そのまま私は白衣を翻しながらマンションを飛び出すのだった。
……
……
「っ、結衣君っ!!」
誰も寄り付かないような裏路地。
「……っ、れ……いな……さ、ん……」
そこで私は、触手の形をした偵察兵器に脚を掴まれ、逆さ吊りにされている結衣の姿を見つける。
意識が朦朧としている。おそらく、コイツの麻酔毒を吸わされたのだろう。
そんな状態にも関わらず……結衣は、私に向かって手を伸ばしている。
その光景を前に……私の中で、プツッと何かが切れる音がした。
「……っ、ふざけるなよ……私が目的ならっ、直接来るといいだろうっ!!」
怒りのままに、私は変身アイテムであるハート型のペンダントを取り出す。
「ズッタズタに引き裂いてやるっ……覚悟したまえっ、薄汚い触手風情がっ!!」
そのまま、ハート型のペンダントを目の前に掲げる。
想い出せ、心に描け……っ!!
「ドライブ・イグニッションっ!!」
ペンダントをグッと握りしめ、その言葉を叫ぶ……瞬間、私の身体が、ペンダントから放たれた眩い光に包まれた。
身体中に溢れ出す、心地よい力強さ。
その力が四肢の先まで行き渡るのを感じると同時に、パッと光が弾け飛ぶ。
……白を基調とした、両肩を大きく開けたオフショルダーのボディスーツ。
首元から肩口、それに鎖骨のラインを守る密着度の高いこの構成は、運動性と実用性を両立させた代物だ。
しかも生地は強度と柔軟性を両立させ、近接戦闘においても十分すぎる効果を発揮してくれる……あくまでも理論上は、だが。
加えて、二の腕と腰にはそれぞれ、出力を安定化させるために強固に締め上げられた、軽く装飾の付いた黒いバンド。
動きやすさを考慮した、裏地が青紫のミニスカート、肘までを覆う白のロンググローブと太ももまで伸びた黒のニーソックス、そして足元を固める頑丈な白のショートブーツが身体を包む。
動きやすさを重視した白く短いスカートの裏側には、とりあえずで実装した接近戦用のナイフ。
左右それぞれ一本ずつ、ひっそりと格納されている。
これが、変身ヒロインとしての私……かつて自分が〝アーヴィオラ〟と名付けた姿だ。
……ついでに言えば、変身アイテムのハート型のペンダント。
あれは起動と同時に粒子状に分解され、コスチュームの内側各所に分散させる仕様にしてある。
……当たり前だろう。
あんなものを身につけて戦うなど……無理だ、私には似合わなさすぎる。
「……さて……少しだけ我慢していてくれよ、結衣君」
変身に伴い、黒から鮮烈な紫へと変わった、普段よりも少し長めのショートヘアが、風でさらさらと揺れる。
「ここから先は……大人の時間だ」
私はスカートの裏からナイフを引き抜き、右の逆手で構える。
そして地面をグッと踏みしめ……
「さぁ……行くぞっ!!」
結衣を掴んだ触手へと、突撃を開始するのだった。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
静かな時間は、あっという間に崩れていきます。
次の第3話には、R-18描写が入ります。
また、第3話もすぐに投稿します。
引き続き、お付き合いいただけると嬉しいです。