※この作品はR-18です。

復讐撃退~やめさせるに限る~   作:HF-4

1 / 1
仇を見つけたんですけど

 その日の夕方、アスカリオンは警備兵たちともめていた。

 

「その人間に会いに来たって言ってるでしょ! どうして何度も止めるのよ?!」

 

「これ以上続けるなら、さらに兵を呼びます」

 

 警備兵の一人が奥へ走っていくと、ラウレルの表情が強張った。

 

「アスカリオン、大変なことになりました。行きましょう」

 

「え? 今さら?」

 

「捕まって、まず身分を調べられたいなら残って」

 

 ラウレルは二人の妹を連れて、急いで路地へ逃げ込んだ。

 

 キルメインは息を切らして泣きそうになり、三人は追いかけてくる兵士たちを避けるため、目の前の塀を越えて一軒の家の庭に隠れた。

 

「痛い……私、本当にもう走れない……」

 

「しっ。もう少し静かにして」

 

 その瞬間、遠くから鐘の音が立て続けに鳴り響いた。

やがて、通りのあちこちから警備兵たちの叫び声が聞こえてきた。

 

「非常警戒! 怪しい三人を捜索する! 今夜の通行を禁ずる!」

 

 ラウレルの顔が強張った。

 

「……今日は出られそうにない……」

 

「誰のせいなの?」

 

 キルメインの視線がアスカリオンへ向いた。

 

「私ばかり見ないで!」

 

 そのとき、三姉妹は自分たちが忍び込んだ家の主と出会った。

 

 あれほど探し回っていた父の仇、カイン=スペースだった。

 

「おやおや、騒がしいと思ったら……復讐か?

邪竜の娘達よ」

 

 冷え切った夜の庭に、張り詰めた沈黙が落ちる。

 

 松明の光が塀の外をかすめ、遠くで犬の遠吠えと兵士たちの怒号が響く中、三姉妹の視線が目の前の男へと突き刺さった。

 

 「邪竜」という侮蔑の言葉を耳にした瞬間、アスカリオンの瞳が金色の光を帯びて激しく揺らめいた。

 

「……誰が邪竜ですって!? お父様を殺した下等な人間の分際で、よくもそんな口が利けたものね!」

 

 アスカリオンは鋭い爪を立て、今にも飛びかからんばかりに前へ踏み出す。だがその肩を、背後にいたラウレルの手が強く掴んで引き戻した。

 

「待ちなさい、アスカリオン。軽率に動かないで」

 

「離して、お姉様! こいつが……こいつがお父様を奪った仇なのよ!?」

 

「外を見て。今ここで騒げば、兵士たちが庭へ雪崩れ込んでくる。私たちの正体が露見すれば、逃げ場すらなくなるのよ」

 

 ラウレルは冷静に周囲の気配を伺いながら、目の前の男──かつて最強を誇った父ヴァルガネスを討ち取ったドラゴンスレイヤーを鋭い眼差しで見据えた。底知れぬ実力を持つ相手に対し、未覚醒の自分たちが感情任せに挑めばどうなるか、彼女は痛いほど理解していた。

 

 一方、二人の姉の後ろに隠れていたキルメインは、男から放たれる威圧感に耐えかねて震え上がっていた。

 

「ひっ……! お、お姉様……どうしよう……! この人、本当にあの恐ろしいドラゴンスレイヤーなんでしょう……? 私たち、殺されちゃうよ……!」

 

 キルメインはラウレルの服の裾をぎゅっと握りしめ、涙目になりながら後ずさりする。

 

「怯えるんじゃないわよ、キルメイン! こんな人間、私が引き裂いて──」

 

「口を閉じなさい、アスカリオン!」

 

 ラウレルの冷たくも重い一喝に、アスカリオンは忌々しそうに唇を噛み締めた。

 

 ラウレルはゆっくりと視線を男へと戻し、警戒を解かないまま低い声で問いかける。

 

「……あなたがヴァルガネス様を手にかけた人間ね。偶然とはいえ、こうして庭に迷い込んだ以上、言い逃れはしないわ。……私たちを兵士に突き出すつもり?」

 

 三者三様の感情──激しい憎悪、拭いきれぬ恐怖、そして張り詰めた警戒心が、静まり返った夜の庭に交錯していた。

 

「俺からは何もしないさ……俺が戦うと周辺被害は深刻。万全の貴殿らは警備兵がどうこう出来る存在ではない。今は去ると良い、麗しき人ならざる者達よ」

 

 予想だにしなかった男の言葉に、庭の張り詰めた空気がわずかに揺らぐ。

 

 圧倒的な武威を持つドラゴンスレイヤーが、刃を交えるどころか自ら見逃すと言い放ったのだ。だが、その寛大な態度は三姉妹にそれぞれ異なる波紋を広げた。

 

 真っ先に噛みついたのは、プライドを極限まで逆撫でされたアスカリオンだった。

 

「見逃すですって……!? ふざけないで! 誰が貴方なんかの施しを受けるものですか! お父様を奪っておいて、そんな余裕ぶった態度……絶対に許さないんだから!」

 

 銀髪を逆立て、金色の瞳を激怒に染めるアスカリオンは、今にも爪を突き立てようと地を蹴りかける。しかし、その肩をラウレルが厳しく押し留めた。

 

「静かにしなさい、アスカリオン! ……貴方、本当に私たちをそのまま帰すつもりなの?」

 

 ラウレルは冷静さを保ちつつも、困惑と疑念の混じった眼差しで男を見つめる。

 

 強者が弱者を見逃す理由など、打算か侮蔑のどちらかだと考えていたが、男の纏う空気に明確な殺気は見当たらない。だが、去れと言われて素直に頷けるほど、事態は単純ではなかった。

 

 塀の向こうの路地からは、遠く響く警備兵たちの金属鎧の擦れる音と、激しい怒号が聞こえてくる。

 

「ひぅっ……! お、お姉様、外……兵士さんたちの声がすぐそこまで来てるよぉ……! 今ここを出たら、絶対に囲まれちゃう……!」 

 

 キルメインは怯えた小動物のようにラウレルの背中に張り付き、涙目で小刻みに震えている。

 

 父を失い、住処を追われ、ドラゴンへの変身すら叶わない今の三姉妹にとって、村全体に敷かれた包囲網を突破するのは容易ではない。

 

 ラウレルは外の気配を慎重に探り、深く息を吐き出すと、視線を再び目の前のドラゴンスレイヤーへと向けた。

 

「……去れと言われても、今は外に出られないわ。あのアスカリオンの騒ぎのせいで、村中は厳戒態勢よ。正体が露見すれば、警備兵どころか王国軍まで動き出しかねない」

 

「な、何よ私のせいにして! そもそも人間風情が私の言うことを聞かないのが悪いのよ!」

 

「今は言い争っている場合じゃないでしょう。……父の仇である貴方の庭に隠れることになるとは、皮肉にも程があるけれど……夜が明けて警戒が解けるまで、私たちをここに置く気はあるかしら?」

 

 敵意と警戒は依然として消えていないものの、ラウレルは冷徹な現実主義者として、生き残るための最善手を冷ややかに模索していた。

 

「勝手にしておけ……麗人を遠目に見た以外に、兵へ話をしない」

 

 冷徹な夜気の中、男の投げやりとも取れる寛大な言葉が庭に落ちた。

 

 敵を討ち果たすどころか、捜索の手から隠すことすら厭わないというドラゴンスレイヤーの態度に、三姉妹の間に再び異なる衝撃が走る。

 

 誰よりも激しくプライドを逆撫でされたアスカリオンは、金色の双眸を険しく吊り上げ、忌々しそうに牙を剥いた。

 

「勝手にしろですって……!? まるで私たちが哀れな野良犬で、見逃してやっているとでも言いたげな態度じゃない! 仇の情けなんて受けるくらいなら、兵士の群れに突っ込んで全員八つ裂きにしてやるわ!」

 

「いい加減にしなさい、アスカリオン! 今の私たちが変身もできずに力任せに暴れれば、どうなるか分からないの!?」

 

 ラウレルが厳しく腕を掴んで引き戻すと、アスカリオンは歯噛みしながらも、力づくで振り解くことはできなかった。

 

 一方、最悪の流血沙汰を免れたと悟ったキルメインは、へなへなと地面に座り込みそうになりながら、胸を撫で下ろして小さく息を吐いた。

 

「ふぇぇ……よ、よかったぁ……。追い出されて兵士さんたちに捕まるかと思ったよぉ……。痛いのも怖いのも、もう絶対に嫌……」

 

「キルメイン! あんた、お父様を奪った男に感謝する気なの!? 恥を知りなさい!」

 

「だ、だってぇ……! 今外に出たら殺されちゃうかもしれないんだもん……!」

 

 二人の妹の言い争いを片手で制しながら、ラウレルは静かに男の顔を見据えた。

 

 感情を表に出さないその瞳の奥には、底知れぬ実力者に対する強い警戒と、不可解な寛容さへの疑念が渦巻いている。

 

「……言葉通りに受け取らせてもらうわ。兵に余計な口を利かないという約束、違えないでちょうだい。私たちも今夜のところは、ここで大人しく夜が明けるのを待つ」

 

 ラウレルは小さく息を整え、庭の片隅、屋根の庇が伸びた薄暗い物陰へと妹たちを促した。

 

「恩に着るとは言わないわ。貴方がヴァルガネス様を奪った事実は消えない。けれど……今この状況で不必要な血を流さないという判断には、従わせてもらうわ」

 

 遠くの路地では、兵士たちの足音と松明の明かりが塀の隙間を不気味に照らし、夜の帳が降りた庭には、奇妙で張り詰めた同居の空気が漂い始めていた。

 

 カインは寝室で思う。

 

 あんな良い娘達に育てた父親の側面とは真逆、非道や外道の側面……いや、結論は出していたではないか。

 

 対象が同種ではなく人だからだと。魔物の集まりや巣を惨殺した時、何が悪いのか理解に遅れるように、ヤツは人の気を知らないのだ。

 

 その寝室の窓から微かに漏れる灯りが、庭の片隅の冷え切った影を淡く照らしていた。

 

 北部の夜気は容赦なく肌を刺し、凍てつく風が庭の木々をざわめかせる中、三姉妹は軒下の薄暗い物陰に身を寄せていた。

 

 屋根の下とはいえ、吹き抜ける寒風と硬い石畳の冷気は、かつて宮殿のようなオルデガントで何不自由なく暮らしていた彼女たちにとって過酷なものであった。

 

「うぅ……寒いよぉ……。足の先が痛いくらい冷たい……。お腹も空いたし、どうして私たちがこんな目に遭わなきゃいけないの……?」

 

 キルメインは震える手で両腕を抱きしめ、ラウレルの体にすがるようにして涙声を漏らす。

 

「泣き言を言わないで、キルメイン! こんな惨めな姿を、あの人間に見られたらどうするのよ……!」

 

 アスカリオンは憤りを露わにしながらも、寒さに耐えかねて小さく身震いしていた。窓の向こうで静まり返る寝室を睨みつけ、忌々しそうに唇を噛む。

 

「……あいつ、本当に私たちを放り出しもしないで寝るつもりなの? お父様を手にかけた冷酷な怪物のくせに、何が『麗しき人ならざる者』よ……! 見下して、嘲笑っているに決まってるわ!」

 

「そうかもしれないし、そうではないかもしれないわ」

 

 ラウレルは静かに息を吐き出し、白く濁る息を見つめながら二人の妹を自らの温もりで包み込むように引き寄せた。

 

「彼にとっては、私たちがドラゴンであることも、ヴァルガネス様の娘であることも、取るに足らないことなのかもしれない。……あの男の目に、私たちに対する恐怖も、過剰な憎しみもなかった」

 

「それが余計に腹立たしいのよ! 私たちはドラゴンの誇り高き血を引いているのよ!? ただの人間風情が、なぜあんな態度を取れるの!?」

 

「……父様を討ち破ったからよ。現実にね」

 

 ラウレルの静かで重い言葉に、アスカリオンはぐっと言葉を詰まらせた。

 

 ラウレルは寝室の窓の明かりを見上げながら、深い思索に沈む。自分たちが知る慈愛に満ちた優しい父と、人間たちが恐れ、憎悪を向ける対象としての父の姿。その間に横たわる決定的な断絶の正体を、彼女はまだ正確に測りかねていた。

 

「今は体力を温存しなさい。夜が明けて警備兵の警戒が薄れた瞬間に出ていくわ。……それまでは、敵の懐だろうと耐えるのよ」

 

 外の路地からは依然として遠い警備兵の巡回音が響き、冷たい夜は静かに更けていく。

 

 ルメイン暦305年3月6日の朝。カインは目覚め、環境を認知する。

 

 白み始めたベロクの空から薄い朝靄が降り注ぎ、冷え切っていた庭を淡い陽光が照らし出していく。

 

 村中に響き渡っていた鐘の音と兵士たちの騒がしい足音も、夜明けとともにひとまずの沈静を見せていた。

 

 軒下で丸くなって身を寄せていた三姉妹は、朝の光に目を覚まし、体を強張らせながら立ち上がった。

 

「ふぁ……朝だぁ……。寒くて全然眠れなかったよぉ……。でも、もう外の兵士さんたち、騒いでないみたい……?」

 

 キルメインは冷えた手足をさすりながら、ほっとしたように胸を撫で下ろす。

 

 寝室の窓越しに男の視線を感じ取ったアスカリオンは、銀髪を鋭く払いのけ、金色の瞳を敵意でギラつかせながら窓を睨みつけた。

 

「ふん……! 見送りなんて気取って、虫酸が走るわ! 今回は見逃してあげるけれど、次に会ったときは必ずお父様の仇を討って、その首をへし折ってやるんだから! 首を洗って待っていなさい!」

 

 激しく毒づくアスカリオンの背中を、ラウレルが冷静に押し出した。

 

「無駄口を叩いている暇はないわ、アスカリオン。警備の交代時間で隙ができているうちに抜けるわよ」

 

 ラウレルは塀の向こうの気配を慎重に探り、門の方へと歩みを進めながら、最後に一度だけ屋敷の主へと冷徹な視線を向けた。

 

「……約束通り、兵を呼ばなかったことには礼を言っておくわ。けれど、私たちの因縁が終わったわけではない。……次に対峙する時、情けは不要よ」

 

 短く言い残すと、ラウレルは二人の妹を促し、軽やかな身のこなしで高い塀を飛び越えて路地へと姿を消した。

 

 朝日が差し込む庭には、静寂だけが残されていた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
点
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。