インフィニット・ストラトス 〜まどろむ狼たち〜 作:ラグ0109
まったく…手のかかる子供だよ、お前は。
私、織斑 千冬は教師だ。
周囲の人間はやれ『ブリュンヒルデ』だの『世界最強』だのと持ち上げてくるが、私の今の立場はIS学園に在学する
故に此度の銀の福音迎撃作戦は腸が煮えくり返る思いだった。
轡木 十蔵理事長の判断ではなくもう一人のお飾りの判断。
それは理解していたが、学園と言う歯車の構成部品である以上私は力なく頷くしかなかった。
そもそも…そもそもだ…
篠ノ之 箒に渡された第四世代IS『紅椿』のお披露目を派手にやりつつ、目障りな実験を潰す絶好の機会だったのだろう。
まったく…一度顔面整形を施してやらねばならんな。
「狼牙…貴様は…身体は大丈夫なのか?」
「問題があるならば
月が海を照らす中、私と
未成年に酒を飲ますなって?
ばれなければ飲んでいないのと変わらないだろう?
自腹だしな。
障子を挟んだ隣の部屋で愚弟が寝ているのであまり大きな声で酒盛りできないのは仕方ないか。
狼牙にしろ一夏にしろ…大人の都合に振り回され、命のやり取りをさせる結果となってしまった。
狼牙に到っては体を破壊しながらの殿をしたうえ、撃墜されてしまった。
…ISコアに身体再生機能は無い。
私の使っていたコアを除いては。
だが、コイツは一夏と同じ重傷を負ったにも関わらず無傷で生還して来た。
ISコアから送られてきたスペックデータを見る限り、人は乗れない代物だ。
それを狼牙だけの
私には、今の狼牙には違和感を拭えない。
まるで…。
「どうした…酒が進んでいないようだが?」
「フン、大人はな…酒の席でも考え事が多い物なんだよ」
私はグラスに入った日本酒を一気に飲み干し一息つく。
口いっぱいに広がる香りが美酒であることを私に知らせてくる。
…ケースで学園に送るか。
「それも仕方ないか…山田先生に全て押し付けてきたのにな?」
「失敬な、私は私の仕事をしている」
狼牙は茶化すように笑みを浮かべ此方を見つめてくる。
生意気に、サボっているわけが無いだろう?
あぁ、忙しいのさ、私は。
飲み干したばかりのグラスに酒が注がれ、満たされていく。
こうして飲み始めて早二時間だ。
一向に酔う素振りを狼牙は見せない。
いや…若干顔が赤いくらいか?
私はゆっくりと立ち上がり、狼牙の隣に座る。
「千冬さん?」
「なんだ、私が隣では酒が飲めんか?んん?」
「おっさん臭い絡み方をせんでくれ…」
互いに浴衣姿…私に到ってはブラは身に着けていない。
ふん、学生みたいにからかってみるのも悪くは無いか?
狼牙にしなだれかかるようにして体を預け酒を飲み始める。
どれ、子供らしい反応は…
「千冬さん…一応男なんで止めてもらいたいんだがな?」
「知らんなー、酔っ払ってるから構わんだろう?」
狼牙は大して慌てた風でもなくやんわりと諌めるように言いつつ酒を飲んでいる。
つまらん男だな…聞いていた話と違うが…。
「オルコットや更識から、お前はそこらの狼よりも飢えていると聞いていたんだがな?」
「何を言っているんだあいつらは…」
「例えば、一人で三人の相手を一気にしたとか…寮の風呂場で、とかな」
ニヤニヤと笑みを浮かべながら狼牙を上目遣いで見つめる。
いかんな…流石にアルコールが回ってきたかもしれない。
さりとて、ここで普通に接しなおすのも女の矜持に関わるな…どうせコイツしか知らんのだ…女っぽくしてみるか?
「本当に何を言ってるんだ…あいつらは…」
「節度があれば何も言わないさ…見て見ぬフリくらいはしてやる」
「寮長がそんなので大丈夫なのか?」
「大丈夫だ、問題ないと言っているだろう?私が法だ」
「暴君か?」
狼牙は呆れたような顔で、此方へと顔を向けてくる。
間違ったことは言っていないだろう?
私が統治する寮なのだからな…。
気付けば手元のグラスの中身が無くなっており、少しだけ不機嫌になる。
「第一だな、勝手に部屋を抜け出してお前の部屋に入り浸っているのを知っているのだぞ私は」
「だろうな…」
「もっと私に感謝すべきだと思えないのか?」
「そうだな、寮長殿には感謝しているよ」
やや気持ちの伴わない声音で返事をするものだから、私は狼牙の手からグラスを引ったくり中身を一気に飲み干す。
ざまぁみろ…大人を小ばかにするからだ。
「人のグラスを取るんじゃぁない」
「私の酒だ、文句は聞かん」
お代わりと言わんばかりにグラスを突き出し狼牙に酌をさせる。
狼牙は渋々といった感じで私の持つグラスに酒を注いでいる。
存外につまらん男だな…本当に。
「小娘共よりは色香があると思っていたんだがな…」
「そうだな…これでもドギマギしている」
「にしては反応が悪い!」
私は狼牙へと顔を向け不満を露に口を尖らせる。
一体何をやっているんだ私は…。
これはきっと酒の所為だと自身に言い訳をし、一気に酒を煽る。
口から溢れた酒が喉をつたって着崩れた浴衣の胸元に流れていく。
火照った体に冷えた酒が心地よく感じるな。
「まったく、付いているなら甲斐性くらい見せろ」
「その甲斐性はあの三人だけに決めている…不義理を貫くのであればせめてあの三人だけに絞りたい」
「一丁前に…ガキが言うじゃないか」
狼牙は肩を竦め、先ほどまで私が使っていたグラスに酒を注ぎ一気に煽る。
いかんな、本当に酔っ払っているのが分かる…先ほどの飲む所作だけで少しだけドギマギとしてしまっている。
こいつはきっと子供ではない…寧ろ私よりも年上の様な風格を漂わせるときがある。
私では変えられなかったラウラの時、特にそう感じていた。
本当に、何者なのやら…な。
「ガキだから口にしておかんと不安でな」
「まったく…お前はガキだがガキではないよ、狼牙。事実お前はよくやっているし、な」
「どうだかな…時々、俺が居るからしっちゃかめっちゃかになっている気がする」
自信を持って行動しているかと思えば、途端に自信を失くして卑下するのはコイツの悪い癖だな。
ある意味で覚悟が足りていないのか。
「自惚れるなよ。たった一人が関わって台無しにできるなんぞ、束くらいのものなんだぞ」
「アレと同列は嫌だな…」
狼牙は苦笑し深く溜息を吐く。
事あるごとに溜息を吐いてこいつは幸せを逃しすぎてるんじゃないだろうな…?
思い切り狼牙の頭を胸元に抱き締め頭を優しく撫でる。
「千冬さ…!?」
「お前はな、大人に甘えろ。それが許される年齢なんだからな」
「…できたら苦労せんよ」
私はただ優しく頭を撫で続ける…こいつの経歴は知っている。
ご両親が亡くなった本当の訳も、その後こいつが歩んだ道程も。
本当は、酒を酌み交わすことも…こうして頭を撫でてやる資格も私には無いのかもしれないな。
だが、それでも私はこいつよりも大人で、教師だ。
正解ではなくとも、私は…。
「もう、いい…ありがとう千冬さん」
「ふん、お前は当然の権利を行使しただけなんだからな?」
「青少年にはやや刺激が強いがな」
狼牙は私から離れ、互いのグラスに酒を注いでいく。
その顔は先ほどよりもアルコールが回っているかのように真っ赤だ。
…可愛いところがあるじゃないか。
並々と注がれたグラスを手に取り打ち合わせれば、再び私達は酒を煽っていく。
足りんな、まったく…誰か、酒を持ってきてくれないものか…。
朝まで狼牙にだらしなく寄りかかり酒を飲んでいたところを一夏に見つかり、こっ酷く怒られた。
時折、親のように一夏は私を叱り付ける事がある。
いつもこれくらいシャキっとしてくれると良いんだがな…能天気な所は誰に似たのやら?
シャワーを浴びて意識を切り替え仕事モードになる。
部屋の片付けは一夏達がやってくれるので非常に楽が出来る。
…こんなだから、私は片付けられないのか…?
いや、考えるのはよそう…死人が出るわけでもないしな。
「各班、点呼を取ったら速やかにバスに乗って待機しろ!」
「「「「はい!!」」」」
小娘達に指示を送り、人の列がバスに飲み込まれていくのを眺めていく。
…今後、今回の様な襲撃事件が起きてもいい様に職員間での連携…そして生徒達が危険な目に合わないようにしなければな。
一夏と狼牙が復活しなければ全滅するところだったのだからな。
「千冬、貴女の弟君のバスはどれかしら?」
「…昨日の今日で動いて平気なのか?」
背後から声をかけられて思考を現実に戻せば、背後にナターシャ・ファイルスが立っている。
昨日のメディカルチェックでは、打撲にアバラと二の腕の骨に罅が入っていたはずだが…。
「それはもう…あの子と狼さんが守ってくれたんだもの、元気な姿を見せてあげなくちゃ」
「狼さん…?」
「私だけの秘密よ、千冬」
ファイルスはクスリと笑った後、真剣な顔になる。
こういうオンオフの切り替えがハッキリしているやつは好感が持てる。
「あの子は私を守るために身を粉にして犠牲になったわ…無理矢理な第二次形態移行を起こしていたのにも関わらず。…これから、私の拘束は強まるでしょう。もしかしたら国から出られなくなるかもしれない。それでも…」
「ナターシャ、無茶だけはするな。口添えくらいならこちらからでもできる…だから、派手に動くな」
「それは警告ですか、ブリュンヒルデ?」
私は静かに頷く。
あまり目立った動きをしたとき、今度はファイルスの身柄の安全が保証されなくなる。
ISコアに精通した組織…束の夢を踏みにじる連中に腸が煮えくり返る思いをしているのは私も同じなのだ。
だが、だからこそ動かない。
動いても極静かに…確実に仕留める好機を待つために。
「ファイルス、愚弟の乗るバスはあそこだ」
「あら、ありがと…それじゃ、行ってくるわ」
一夏と狼牙がバスに乗り込んだのが見えたので、私はファイルスにバスを教え送り出すと同時に背を向ける。
きっとすぐに再会する、確信を感じながら。
…これが限界なんじゃよ(溶鉱炉ダイブ)