未来設定ですね、こんな未来ではない祐巳たちのif設定と思ってください。
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祐巳は今日も何も無かった一日を過ごせたことに安堵した。そうしてスーパーで買ってきた食材を冷蔵庫に仕舞い、調理するものの仕込みを始めた。
単調なリズムを刻み、野菜を切る。それは現在の祐巳の生活にも似ていた。
誰とも深く付き合わず、上辺だけの言葉と笑顔。実家にも年に四回あるかないかの帰省。
大学を途中で地方の学校に変え、そこから就職先を探し、住まいも分からなくなるように何度か替えた。
お姉さまべったりで、妹馬鹿だった祐巳は遠い過去に捨てた。もう傷つくのは嫌だと言うように、切った食材をフライパンに入れ炒め出す。じゅっと音が出る。
チカチカと帰宅の時から光っている携帯が煩く思い、電源を切る。
出来上がった料理を手を合わせて食べ始める。
こうして祐巳は一日をやり過ごす。
もう何年もそうしてきたし、これからも変えるつもりも祐巳には無い。
祐巳がそんな毎日を送るきっかけは、祥子と瞳子のほんの些細な自慢だった。妹に、姉に、凄い!さすが。そう言って欲しい想いからの出来事だった。
最初は祐巳もそんな二人に純粋な気持ちが大きかった。それが徐々に、長年愛用していた容器がヒビが入るように、嫌悪を二人に抱くように感じてしまった。
それが目に見える形で表れたのは、祐巳が大学二年になる年の誕生日での席だった。元山百合会メンバーで集まった日、二人がどうしようもなく醜く感じられトイレに駆け込んだ。
そこからは、下り坂を転げ降りるでは足らない、そうジェットコースターの一番の絶叫スポットのように。顔を見るのも声も、最後には名前を聞くのも時には駄目になった。
リリアンの教育学部に進んだ祐巳には学校は苦痛でしかなかった。何処かしこでもお姉さまの名前が聞こえてくる。高等部にいる妹の名前も聞かされる。他学部に進んだ志摩子と由乃が誕生日の集まりでの出来事から何かを感じ取り、傍に居ようとしてはくれたがその気遣いが祐巳を追い詰めていき逃げるように休学した。母の実家で静養し、お姉さまや妹の連絡も志摩子と由乃、果ては聖や蓉子たちからの連絡も遮断した。何とか一年の静養で済ませ、地方の大学で福祉関係を学ぶことにした。家族の邪魔にこれ以上ならない為の選択であり、祐巳には救いをそこに求めれる気がした。結果、水を得た魚のようにのめり込めた。大学でも就職先でも小笠原や松平の名前は余り聞こえて来なかったのが救いだった。それでも、テレビや情報では聞かされる。瞳子は女優になっているし、祥子は若き女性社長として付いて行きたいランキング上位にいつもいる。だから人付き合いに不自由さを感じられてしまう。
何故、こうなったのか祐巳には分からないし専門家も首を傾げた。環境の変化だけの問題ではないのではないか?が最終的に下された結論だった。
リリアンを離れた頃は毎日のように祥子や瞳子、由乃、志摩子から連絡と自宅に訪問はあったようだ。今ではアメリカの日本建築学で成功を収めつつある祐麒が何とも言えない声音で言ってきたのを祐巳はいつでも覚えてる。
そして、祐巳のヒーローでナイトのような聖とおばあちゃんだと表現した蓉子は江利子を伴って何故か、母の実家である山梨までやってきた。
祐巳は動悸と吐き気、そして流れる脂汗を抑えるのに必死だった。
『祐巳ちゃん、どうか返事して...何があったの?どうしたの...どうしてこうなったの?』
誰が言ったのか判断出来なかった。耳で聞こえるのではなく、字が送り込まれるような錯覚に襲われたせいでその言葉は記憶に残り続けている。
その日を境に、リリアンの頃の人間すら駄目になり、逃げるように山梨を出て西へ住まいを移し、学部も変え一から受験をした。
それなのに、祥子や瞳子は手紙を送ってきた。祐巳は手紙自体が汚れているかのような感覚になり、何度も吐いた。戻すものがなくなった時に手紙を燃やした。大学在学時に四、五回は転居をした。それでも祥子、瞳子も由乃や志摩子、そしてその四人を想う皆から手紙や電話は止むことがなかった。
就職も大学があるこの地方では小笠原も松平も、リリアンですら重きを置かれないような場所だったからそのまま活動した。祐麒のように、皆からの連絡に疲れ海外に行こうかと思ったが母親に泣かれた。
『祐巳ちゃんは時差を盾に連絡も帰省もしなくなるでしょう?なら、本当に駄目になったり海外でしかやれないことが見つかってからにして』
そう泣いてお願いをされた。祐巳にしたら、転学を何故、海外にしなかったかと悔やんだが頭になかった自分はどこかで期待をし、甘さを感じて頷くしかなかった。
祐麒のように成功も親への安心も喜ばれる結婚も出来なくなった祐巳は、自分を守れる事とこの地域に密着した福祉関係に腰を一旦下ろした。
由乃も志摩子も一足先に社会に出ており、妹世代と同じ時期に社会に出た。
大学の卒業式には出ないつもりだった。マンションに引きこもり、一日を流すつもりだった。祐巳がお昼の支度をしていた時に、招かざる客は来た。居留守を使おうにも玄関近くにあるキッチンからの音は先ほどから漏れているはずで。躊躇いながら、インターフォン越しに確認した。
「祐巳さん、志摩子です。今日、大学の卒業式でしょう?おめでとう」
志摩子の妹の卒業式はいいのか、とため息と苦い液がせり上がってきて何も言わずにいるとがさごそ音がして向こうでのやり取りが終わった。
「祐巳さんっ。開けてよ、由乃よ。祥子さまも瞳子ちゃんも居ないから。ね?お願い」
イケイケ青信号でありながら、泣いているような声。祐巳は苦い酸い液が増しながらも少し、泣けてきた。
「ごめんね、ごめんなさい...会えないの...もう、会いたくないの。お願いだから、今の私もこれからの私も...見ないふりして...ください」
そう言い終わるや胃の中に少しあったものを戻した。外れた受話器から何か聞こえてくるが祐巳の耳に届くことはなかった。
あれから何年過ぎようとも祐巳は寛解の兆しも見えず、やり過ごすことが出来るようになっただけだった。仕事で似た名前やそのままを見ると動悸が激しくなり、トイレに駆け込みたい気持ちにもなるが深呼吸と流し読みで済ますようにしている。聖の苗字は避けれないから耐性は出来た。
これからも、ただやり過ごすように流すように毎日を祐巳は送るのは変わらない。
壊れたものはどうにも出来ないのだ。新しくも修理をしても、前との齟齬にお互い苦しむことになる。
道は分かたれたのだ。ただ、それだけだった。