※この作品はR-18です。

無題   作:待兼山

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どうしてか書いてしまいました。連載ものを執筆中に浮かんだのは乃梨子と祐巳のこのやり取りでした。
続かせるつもりなかったのに...


第2話

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生きてればそれだけで、いいんだよ。

そう言っていたのは誰だっただろうか。分かっている、あの先輩だったと分かっているが思い出が邪魔をする。特殊な環境に馴染めなかったのに無理やり振り回してきたあの先輩だった。傍迷惑を毛布のように包み込み、誰よりも周りを見渡していた。

それに私も志摩子さんも当時のリリアン高等学部自体、寄り掛かりながら自分で立って居られた。祥子さまも瞳子もやきもちを焼きながら、それでも微笑んでいられた。それなのに、ある日を境に避けるでは生易しい、拒絶に拒絶を繰り返す。そんな表現でいいのか分からないが、していき瞳子の精彩を欠いていった。紆余曲折の上、姉妹になれた二人の再びを、信仰もしていないが志摩子さんと共に祈りもした。

志摩子さんや由乃さま、令さまに聖さま、蓉子さまと江利子さまと私で打開策を練りもした。皆、気持ちは同じだった。確かに、祥子さまや瞳子への拒絶がきっかけだとしても、一人きりで抱えるには孤独で寂しい荒廃した道を旅するものだと。

 

先ず、蓉子さまと聖さま、江利子さまが祐巳さまのお母様の現在、実家がある山梨まで行かれた。

その報告の席では、かなり暗いものだった。皆、未だそう悪化しているとは思わなかったから。聖さまや蓉子さま、江利子さまは祐巳さまを可愛がっていたし、瞳子の存在がタイミングが悪かったあの時だって心を開いたのは聖さまや蓉子さまの指し示しだったと聞くから大丈夫だろうと。

席を立つ前に、誰かが言った。時間を置いてまた、誰かが、と。

それも拒絶されることになる。

なすべくもなくなった私たちは、それぞれに道を歩んで行った。

私も、志摩子さんに軽く相談をして仏像への興味を掘り下げていける道に進んだ。蓉子さまではないが、それを勉強していたらここに辿り着いた。そう思えるかなって、軽く、力なく考えた。あの人の光りはこんなにも大きかったのかと入試の時に感じた。志摩子さんを失くす、その次に力を削がれる。多分、皆、そうなんだろう。

どこか、生活に張りがないようなそんな顔をしていた。

志摩子さんも時折、まるでこちらとあちらを行き来するような雰囲気を醸し出す。待ち合わせをしている時、ふと話が途切れた時。

瞳子も夢見がちな少女のように、時には母を恋しがる幼子のように、もの思いに耽っていた。

私には親友にかける言葉も、志摩子さんにかける言葉さえ見つけれなかった。自分自身も喪失感との折り合いをつけて行かなければならなかったから。

 

時は進み、日々は流れ、年は重ね、それぞれが押し出されるように社会に出た。

祐巳さまの弟さんは海外で成功への階段を着実に上っていると聞いた。

祥子さまは若き女性社長として、瞳子は舞台女優で四苦八苦しながら、祐巳さまが居ない現実に縋っているように感じる顔をテレビ、雑誌、情報で間近で見る。

 

 

/

その日、私は西日本のある都市で開かれた余り重要ではないが顔を売っておくには十分すぎる会合に参加していた。

次期に准教授の席が用意されてしまった私はそういう重要ではないが、顔を売るには...の為に趣味や自分の時間を割くことが多くなった。自費での活動が少なくなった手前、余り誰それと言えない事だが。

話が盛り上がると専門家と呼ばれる人たちはどうも時間の心配をしなくなる。なんせ、夕方にはお開きになるはずがとっくに晩御飯には遅すぎる時間で、大御所たちはこぞって有名料亭へ、中堅たちは話足りない熱意を吐き出しにと言いつつ若い女性がいる場所に腰を落ち着けに行った。私のように若手たちは居場所なくそれぞれの懐を心配しつつ顔見知りと示し合せるしかなかった。唯一の女性であることをほんの少し盾にして、断った。今日の会合の内容や究めている事を論ずる気分ではない、移動途中で夢を見てしまったからだ。まだ、あの先輩が学園を右往左往と楽しそうに駆け回っていた頃の夢を。

だから、私は有り難いことに大学が用意してくれたホテルに向かう途中にある駅前で晩御飯をどうしようかと思った。コンビニでおにぎりとサラダなどでいいかと思いもして、足を向けかけたその先にまさか出会うとは。

駅から吐き出された人々の中に、志摩子さんや聖さまほどではないが淡い色の髪は変わらず。伸ばされた髪は肩より下に、嘆いていた癖は丁寧にのばされているのだろうか。背丈や歩き方は当時のままで、雰囲気は他者をやんわりと拒絶するとも言い難いような何とも言えないもので。

本当にそうなのかなどと考える暇なく、追いかけていた。他人の空似、似ている人は三人と言うけれど、その時はその時で対処しようという様に本能が動いていた。

 

「祐巳さま、祐巳さまっ。福沢祐巳さんですよね?」

そう声を掛け、肩を叩いた。瞬間、ビクッと震え、恐々と振り向かれた。

「祐巳さま、お元気ですか?」

自分でも少し卑怯だと感じる問いかけ。大衆の面前でリリアンでの習わしのままに声を掛ける。避けようとも、避けにくいだろう。

「の...りこ...ちゃん」

振り絞るかのような、声を久しぶりに出すかのようなそんな応じ方に、私は少しバツの悪さを感じた。こんなにもこの人は過去から逃れようとしていたのに、運命の悪戯で私に発見され、声を掛けられ律儀に答えてしまった。咄嗟とはいえ、知らないふりが出来ないのは根本が変わらないからなのだろう。性善説を地で表していたような人だから。

「ええ、二条乃梨子です。お久しぶりです」

私はその人の律義さを利用してしまい、重ねるようにもう知らないふりをさせないようにしてしまった。

「乃梨子ちゃん...、どうしてここに...」

零れるままに任せて言ったかのような物言いが悲しかった。私たちからこれからも逃げる祐巳さまが見え隠れしている。

「仕事関係でこちらに来たんです。もし、よろしければどこかに入りませんか?晩御飯、まだなのでお腹空いてるんです」

縋るように言えば、拒否されないかもしれないから。それに、視線をわざと行きかう人に向けているから少し邪魔になって居ることも分かってもらえるはず。

「...そう、だね。あそこに、カフェがあるの...入ったことはない、から味は、分からないんだけれど...」

切れ切れに紡ぐ言葉は、心細くて本当は逃げ出したい思いを分からせていた。視線も避けて、向かう途中ですら会話をさせないように距離を開けていた。

 

祐巳さまが入ったことない店、そこは女性が集って会話するには向きであるからなのだろう。

いつかの伝え聞いた聖さまや志摩子さんの雰囲気とはまた違い、他者をやんわりと拒絶しながらも埋もれるように生きる祐巳さまの現在ではここは、きついのだろう。

私は女性が喜びそうなセットを頼んだ。祐巳さまは、野菜メインのパスタだけを頼んでいた。場を持たせる為に、お得なドリンクセットを私が付けさせた。頼んでいたのは炭酸のジュースだった。

「意外ですね、炭酸のイメージが結びつきません」

そう思い出すように笑えば、祐巳さまはここに来て初めて視線を向けてくれた。

「人と、いるとね。こう...喉が、乾く、の。温かい、もの、も飲めなくなって...」

本当に喉の渇きを表すかのように言う祐巳さまは、言い終わるとコップの水を一気に飲んだ。カラン、と氷だけになったコップが音を立てる。

「元気、そうだね。随分、綺麗になったね」

無理やり笑った祐巳さまは、先ほどよりも会話をしようとしてくれている。

「ええ。健康に気を配ることは余りしてませんが、大叔母や母、と...友人があれやこれやと干渉してくれるので」

寸でのところで飲み込め無かったが、瞳子のことを端に言ってしまった。恐る恐る窺うと、タイミング良くなのか悪いのか私のセットメニューのサラダとスープがやってきた。祐巳さまの空のコップを見て、お代わりを足すために店員は一旦、離れた。

「と...うこは、元気?」

名前を言う、それだけなのに振り絞る。

「テレビ、見ないから。雑誌、も仕事場の、休憩室にあるのしか」

そのタイミングで祐巳さまのパスタがやってきて、中断される会話。やっと注ぎにきた、水。同時に、ドリンクも。

「舞台だけの女優で色々あるみたいですが、元気にしてますよ。この前、主役をやりました。」

優しく言えたのか不安になる。何も含みを入れないつもりでも、言外を絡ませてるようでもあるのに気が付いたのは、言ってからで優しく言うよう意識したのは途中からだった。

「とう...こ、舞台、好きだった、もんね」

コップの水を少し、私は飲む。祐巳さまの代わりのように、いや、私も乾いていたのかもしれない。口を開くタイミングで、私のメインメニューが来る。

「食べよう?温かい内に。いただきます」

少し、微笑みながら祐巳さまはそう言うとぎこちない手つきで食べ始める。私も手を合わせて箸を取る。味はこういうカフェではありがちな、でも、瞳子や志摩子さんと行く店とは違い今日の再会には打ってつけのものだった。

「祐巳さまは、お変わりありませんか?」

ある程度、堪能した時点で再開させたくて切り出す。パスタは少ししか減ってない。

「う、ん。身体の健康は、大丈夫」

炭酸を口にし、ため息を吐く。その仕草に、時間の流れを感じざる得ない。

「そうですか。ご実家には帰られてるんですか?」

答えを余り期待してなかった。つっかえつっかえに話す祐巳さまに、それはきついかもしれないから。そう思い、箸を動かして食べ進む。

「年に、四回は。母と約束、したから。祐麒は、親孝行者なのにね。」

パスタを少し、乱暴にフォークに絡め上げ、口に無理やりのように入れる。

「生きてれば、それだけでいいんだよ。そう言ったじゃないですか。だから、祐巳さんもそれだけで孝行してます。私たちだって、どこかで生きてる祐巳さんが居るからそれで良いとも思ってます。今日はこうしてまさかの再会をしましたが、私も分かってれば声を掛けずに姿を見て立ち去ったと思います。懐かしさと夢を見て、居てもたっていられずに声をかけましたけど」

何故か、習わしである『さま』付けをしないで言い募った。祐巳さまは昔のように呆気に取られた表情をしていた。

「覚えてたんだ...」

小さく微笑んで、それはまるで昔のようで。

「忘れる訳ありません。何故、そんな話になったのかは覚えてませんが。瞳子も、志摩子さんもしっかり覚えてます」

本当はその話題も覚えている。由乃さまの猪突猛進ぶりに瞳子と私が嘆いていた時に、祐巳さまと志摩子さんが入ってきた。それまでのエピソードを聞いて、聖さまの『いばらの森』事件になった。瞳子や志摩子さんは何も言わなかったが、私がその作者が当時、どう思ったのかをそのままに言ったのだ。それに祐巳さまは答えた言葉だった。

「そっか...志摩子さん、元気?」

少し、取り戻したのか祐巳さまは会話を継いでくれる。

「はい、シスターになる夢をそのままに今は、社会に出てます。」

いつでもなれるから。そう笑っていた志摩子さんは柵が多くあるシスターにその時なるよりも、祐巳さまと再会出来てもいいようにとの想いも多大にあった。それを伝えるには、祐巳さまには重いだろうから。本当は私とだって早く切り上げたいだろうに。

「すぐになるか、進学するかでも、悩んでたもんね」

そう言うと何かを思い出すように、目を伏せて遮断をした。私は食事を再開し、邪魔にならないように咀嚼に専念した。

 

何分、何十分そうしていたのだろうか。私の皿は綺麗になくなり、下げにきた店員の気配で祐巳さまは目を開けた。

「ごめんなさい、美味しかったです。お腹いっぱいで...」

そう店員に声を掛けて、残してしまったパスタを下げてもらっていた。

「自分でもどうしてこうなったか、分からないんだ。急に、お姉...さまやと...う、こが酷く、汚くて、醜くて...そう感じられた、の。それからは、もうどうしようもなく、心配してくれてるのに、皆さえも駄目になって...」

祐巳さまはそう言うと炭酸を飲み、ため息のようなそうでもないような、小さく息を吐き出した。

「心配してくれた志摩子さんや由乃さん、わざわざ母の実家に来てくれた蓉子さまや聖さまに江利子さまですら脂汗が出て気持ち悪くて...自分なのに、自分の感情が気持ちが怖くなって。もう駄目で...こっちに大学も変えて、人と関わるのさえ本当は駄目なの...」

繋ぎ合わせるかのように語る、顔に少しの季節に不似合いな汗と僅かな手の震え。日々、微調整をして生きているのかもしれない。だから、少量の食事と炭酸を摂り入れる事が祐巳さまの現実との折り合いなのかもしれない。

「だから...修復、出来ないかもしれない...お医者さんも、環境の変化だけが問題かどうかも、分からない、って」

祐巳さまは人の機微に敏感で、私たちが気が付かない内に傷つき、痛めたままの心が腐食していたのだろうか。高等部在学時の事件も要因かもしれない。私たち人間は機械のように修理してこれからも問題なく、なんて出来ずにどうにかこうにか宥めすかしながら他者とやっていかなくてはならない。リセットが簡単に押せないし無いのだ。機械なら、修理しても駄目なら廃棄や必要なパーツだけを取り除けるが人間は代替なんてない。

「自分でもこうして皆を避けてる私が嫌なの...皆の名前、似た名前も怖いし聞きたくないって思うのも...こうして、乃梨子ちゃんと今日会話出来てる、のも調子がいいから。」

残っていた炭酸を飲みきり、まだ癒えない傷を表すように水に手を伸ばす。

「はい。声を掛けて、打算のように続けた事が祐巳さんの優しさを前提にあったんです。でも、志摩子さんや瞳子のことを取り払っても私は祐巳さんを想う後輩として何か力になれたらって。それだけは伝えたかったんです」

謝罪なんてものは益々、追い詰めるだろうからしなかった。愛用の志摩子さんと聖さまから貰った革の鞄から手帳を取り出し、連絡先を書く。

「それ、聖...さまからの?」

祐巳さまは鞄に視線を向けて、気持ち柔らかい表情をした。

「はい、志摩子さんと聖さまから頂きました。よく分かりましたね?」

書く手を完全に止めて訊ねる。

「昔、好きな、ブランドだって言って、たから」

そう、イタリア製で少し背伸びをしないと今でも買えない、知る人ぞ知る鞄の老舗ブランド。

「これ、連絡先です。いつでもいいんです、何十年先でも何か私でも力になれる時に連絡をください。住所は変えるつもりありませんが、一応念のために実家と菫子さんの住所も書いておきました。どちらも自然災害がない限り変わらないので」

言い終わると、卑怯だと分かりながら祐巳さまの手を掴み、握らす。

「...約束、出来ないけど、ありがとう...」

少し涙目になりながら言う祐巳さまに頷きながら、私も涙目だと思ったのは滲みぼやけた視界に不自由さを感じた時だった。

 

私の近況と志摩子さんと聖さまから貰った鞄の使い心地を話していると、時計が随分と過ぎた事に気が付いた。

「もう、遅いね...。今日は駅前のホテル?」

祐巳さまが腕時計に目をやり、聞いてくる。

「ええ、明日は始発で電車に乗って新幹線に飛び乗ります。」

茶化して言えば、祐巳さまは少し笑った。

「大変だ、良い子は早く寝ないと」

付き合いで答えてくれる、昔のようにはいかないけれど。

「社会人っていいような悪いような、でも、同じままでは居られないんですよね」

だから、いつでも待っていると重くならないように、それでも負担にはなるかもしれないが想いを伝えたくて言う。

「そう、だね...笑える日ばかりではない、けど、今日こうして、乃梨子ちゃんに会えて、良かった...」

絞り出す言葉に力はないけれど、本心からだと直感が告げていた。そして、気持ちだけでも前進したいのだとも。どこかで挫けるかもしれないが、今はその祐巳さまの前向きな想いを受け止めたいから強く、頷く。

 

店を出ると近くにある居酒屋から大学生の一団が出て来ていた。サークルか何かの飲み会だろう、騒々しさから守るようにすると

「ああいうのを見ると、調子いい時は、私は、経験しないままこんな、生き方をして何してんだろうって。とう、こや、おね、さま方にも皆に不在を知らしめて、何がしたい、のって」

視線を私に戻すと、深呼吸をして祐巳さまはぎこちなくではあるが笑った。

「今日はどうも、ありがとう。明日、寝坊しないように。気を付けて帰ってね、もし、もしもまたがあるなら、それまでごきげんよう」

拙くはあるが、今日の中で一番の祐巳さま本人のような口調で言うと昔のように手を振り前を向いて歩いて行った。

帰った私は慌ただしい毎日に飲まれないように奮い立ち、志摩子さんや聖さま、瞳子と連絡を取ったりした。

志摩子さんにすら祐巳さまとの再会を伝えなかった。伝えたら、祐巳さまの気持ちを踏みにじるからだ。

志摩子さんに出会った季節の今日に、私は准教授の席に座る。住み替えを親や菫子さん、聖さまなどの人生の先輩方に言われるが私はまだまだ変えるつもりはない。

 

 

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