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聖と江利子と待ち合わせをする。
一か月に一回は必ずしているようなものだが、今日はいつもと違う。こうしてもう一度、会えるとは思わなかった人物が待っているから。
聖の“孫”の乃梨子ちゃんは感情を入れないようにして再会の日の様子を伝えてきていたが、怖かった。山梨の小母さまのご実家に行った日のように、拒否されるのではないかと。
彼女がどうしてそうなってしまったのか、誰にも分かれないことだった。祥子に問い詰めても、梅雨の擦れ違い以上に打ちひしがれた姿には何の答えも無かった。瞳子ちゃんに会ってみても同じだった。誰も、何も、私も掴めないまま。彼女は酷い雨の後の川のように勢い良く流れて姿が見えなくなった。
私は、影響を受けるように法律をもっともイメージされやすい場所に身を置かず、法人組織の顧問弁護をメインにしている事務所に気が付いたら席を置いていた。そう、気が付いたら、だ。選択肢が無数にあったはずなのに私は考えたのだろうが、顧問弁護を主にする事にし、事務所に貢献をし、取締役の恩恵を頂いてしまった。
毎朝、毎夜と鏡に映る私は何とも言えない顔をしている。
付き合う男性や会社関係の人たちは良く私を褒めるが、江利子や聖、祥子にも染みついた彼女が居ない空白が私にも浮かんでいた。
テレビ、雑誌、間近に見る祥子は綺麗なままだが、精巧な人形でもあり部下や会社を大事にしているようであるが、彼女に向けて救いを求めているようで痛ましくて。
私は“姉”として駆け寄り、肩を背を撫でるべきなのだが、出来なかった。私も、日々に染まり浸かるのに必死で。どうにかこうにか声を掛ける事しか出来なかった。
ねえ、祐巳ちゃん。
こうして再会出来ることはこれからも、そして、この道はまた繋がると信じて進んでもいいのかしら...
震える夜も凍える朝も風雨の昼も堪えてきたけど、皆、限界なんだと思うの。
お願い、もう一度笑って。
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再会の場所に向かう私たちは言葉を必要最低限交わすきりで、気持ちは急いて足は緊張をしていて。
「こんなに緊張したのは初めてよ。さすが、祐巳ちゃんだわ」
江利子が少し震える声を隠そうともせずに言う。
「江利子、震えてるよ。過去形にしてるけどさ」
聖がからかうように言うけれど、聖もしっかり震えてる。私は声すら出せない。二人よりも私は臆病で、小心者なのだろう。
志摩子と乃梨子ちゃんはもうすでに、祐巳ちゃんと合流していると聖が言っていた。本当は私たちもそうしたかったが、仕事やしなければならない日常の雑事があり仕方がなかった。
江利子が予約した、静かで少しの雑音を与えるその店をくぐる。
まるでスポットライトが存在するかのように、案内される前に判った。
もう充分苦しみを痛みを身に受けた、それでも欠片を散らさないように留めて生きてる彼女は小さく座っていた。
いつかのリリアンでの姿が連想されそうになるが、私たちのように大人になったではなく、埋もれるままに歳月を流し過ごしてきたとでも言うかのようにぶれる戸惑いの姿。
「祐巳、ちゃん...」
そう誰かに問うとも本人に言うともなく、声に出していた。声を出す前から震えていた肩が更に縮こまった気がした。志摩子が、いや、乃梨子ちゃんかもしれないが席を促してくる。
お手洗いに立った祐巳ちゃんが先ほどと違い、無理やりのような笑顔を見せて席に座った。
料理などは適当に頼み、江利子が祐巳ちゃんにはお代わりの飲み物を戻ったタイミングで出す様に店員に言っていた。ほぼ同時に祐巳ちゃんの前にグラスが置かれる。
「すみ、ません...気、を遣わ、せてしまって...」
切れ切れに紡ぎ出される言葉は良く知っている祐巳ちゃんではなかった。昔のような眼差しではなく、人と居る事に心からの怯えがあり、視線がさっきかち合ったきり合わない。
「祐巳ちゃんのペースでいいからね?私たちが無理を通したんだから」
優しく笑いかけれただろうか。聖も江利子も優しい雰囲気を自然と出している。
「は、い。皆さん、お綺、麗に、なられ、ました、ね」
懐かしみからの涙もあって欲しいと願ってしまうくらいに、目が潤んでいる。
「大丈夫ですか?」
乃梨子ちゃんが祐巳ちゃんを心配し、汗ふきシートを手渡していた。
「ごめ、んなさ、い。最、近人と席を、一緒に座るけど、まだ慣れないよ、で」
比較的、調子が良いから今日を指定された。昨日の夕方、連絡メールとして志摩子より着たけど本当に無理をさせたのかもしれない。
「祐巳ちゃん、少し私たちは席を外したほうが良いかしら?」
江利子の声に私と聖は縋るように見てしまった。
「こんな、に調子がいいのは、久しぶりですから。大丈夫、です」
炭酸が満たされたグラスを手に取り、少しの強張りがあるが優しい表情が見える。そうしている内に、料理がやってきて祐巳ちゃんが口を開くのは応える時に変わる。神経を集中してみないと逃してしまいそうになるが、この席に座る誰もがそれに苦痛を感じていない。
なるべく各々がそれぞれに手をつける料理を注文したが、江利子や聖の我が儘で大皿を頼んだ。
「食べる?」
自信を持って言えるくらいに優しく言えた。祐巳ちゃんの料理は乃梨子ちゃんが前回頼んでいるのを聞いた、野菜メインのパスタ。
「ほんの、少し、だけ。いただき、ます」
視線をまともに合わせた気がする。聖が少し、ぶーぶー言っている。祐巳ちゃんを可愛がっていたからだろう。私だって、“おばあちゃん”として少し先輩として祐巳ちゃんと過ごしたかった想いをぶつけたいから今は遠慮してもらおう。
各々が誰に向けてでもなく、適当に学生が会話するかのようにして料理に手を付けたりをしていく。祐巳ちゃんは静かにそれを見守り、ときたまパスタや取り分けた料理に箸を向けていた。
完全に料理ではなく、会話メインになり、それがふと途切れた瞬間に。
「ご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした」
切れ切れだった言葉が嘘のように、はっきりと昔の祐巳ちゃんがそのまま成長したかのような物言い。全員が息を飲んだ。
「どうして、こうなったのか。逃げるようにして生きてるのかまだ、これからも、ずっと分からないんです...」
寂しく笑いながら、視線を私や江利子、聖に向ける。
「山梨まで来てくださったのに、お会いするのが怖くなったんです。心の隙間に自分自身の厭らしさが住み込み、成長させてしまったんでしょうね...だから、だから...お姉さまも瞳子も、皆さんも駄目になったんだと今の仕事をしていて思います。私が一番醜いのに、気持ち悪くてどうしょうもない存在なのに...」
口調は悲痛な叫びを出しているのに、顔は平静で。少し季節感のない長そでから覗く腕に違和感を感じ、感情に動かされて私は掴み撫でる。
「いいのよ、こうして再会出来たんだから。もう充分過ぎるくらいに一人で抱え込んだんでしょう」
古傷とは言い難い、真新しいとも言えない、そのなんの躊躇いもない、一線。
聖と江利子が気が付き、目を閉じた。泣かないように、零してしまわないように。江利子は遠くでいつも、仲間を見守る事を選んできた。聖の高等学部二年の時も。だが、祐巳ちゃんに関しては、永続的になるかもしれない想いがあったようだ。
「これは、乃梨子ちゃんと再会してしばらく調子が良かったんですけど。期待してたんですけど、私の中の私は酷く拒んで...母がたまたま部屋にきてくれなかったら...」
そう言い、自然と離れたかのような解け方をしてその線をなぞる。
「祐巳ちゃん、祐巳ちゃんは今日、これからはこれからの人生で私たちはどう感じれる?」
聖が泣きそうになりながら、必死に我慢をして喋ってる。
「祐巳さん、私たちは、今後も関わりを持ちたいと思ってるの。前に進む手助けなんて烏滸がましいけれど...どうにか、せめて」
志摩子が縋るように、祈りを捧げるかのように手を合わせて声を出している。
「期待をさせるような約束はしません。今日を迎えるまでに、母に頼んで色々聞きました。皆さん、やはり凄いんですね。」
擦り切れた布の綻びが、何かに引っ掛かり全てを解かしていくように。祐巳ちゃんはしっかりと話しているのに、酷く遠くで声がしているかのようで。それに気が付いたのは私だけではなく、江利子と乃梨子ちゃんも顔を向けて注意をしている。
「弟が両親を呼び寄せているんです。そろそろ気侭に暮らさないかって、孫に囲まれて。弟は優しいから、私にも声を掛けてくれて。甘えるわけにはいかないんですが...母が少し、向こうの療養施設にもお世話になってみないかって」
倦んだ表情に笑いを張り付かせたらそんな顔になるんじゃないかって思うくらいに祐巳ちゃんの顔は生気とが欠落していた。怖くなり、もう一度手を添える。
「離れたく、はないんです。皆さんと、おね、さまととぅ、ことの、思い出、詰まった、日本を。せ、いさまやよ、こさまにえり、こさまが、迎えて、くれた、リリアンがある日本を」
手を添えたことがきっかけになったのか、たどたどしく喋る様に戻ったのか、変わったのか。
涙を流し、江利子がデザインしたブランドのハンカチを祐巳ちゃんに渡している。由乃ちゃんや令ですら、その手つきや気遣いに触れたことがないだろう。物言わぬが、江利子にとって祐巳ちゃんはリリアンでの習わしでの“妹”ではなく、妹のような存在だったのだろう。聖にしろ、私にしろそうだった。その気持ちは今でも、そしてこれからも。
「あり、がとう、ございます。ど、してこう、も折り合い、つけれなく、なったのか。わかんない、のが、いや、なんです。避けて、逃げて、蓋、して生きるのが」
声なき声とはこの事なのだろうか。必死に抵抗しても繰り返される、見えない痛みに祐巳ちゃんは疲れていた。そして、眠りについていたのかもしれない。
「もういいから。ゆっくりでいいから、無理、しないで」
本心とは逆の事を言わなければならない、聖はいつかのヒーローよろしくで祐巳ちゃんを宥めている。
「ごめん、なさい...」
そう言い、静かに泣いてる。その様は綺麗で、怖くなる姿だった。祥子が生きながらにして精巧な人形であるなら、祐巳ちゃんは生きてる人間を模して造られたモノなのかもしれない。少しうすら寒さを感じて、祐巳ちゃんの手に温かさを求めてしまう。
沈黙とも静寂ともつかない時間が包み、ぱらぱらと会話を散らせて時間がやってきた。
再会、それが目的だった為に、今後があるとも策があるでなく。
店を出て、少しウインドウショッピングをする。
「由乃、さんや、令さ、まはお元、気ですか」
祐巳ちゃんがしっかりと、私たちの口から聞きたかったのか口にする。江利子が代表して、現在の二人を面白おかしく話す。乃梨子ちゃんが窘める役目を、志摩子が少し茶化す。
聖と私が必然と並び歩く。
「これが良いきっかけになったらいいよね」
聖が希望に満ちた言葉と表情をする。
「そうね。悪い“姉”だけれど、祥子や瞳子ちゃんを今は置いておいて。繋いでいけたら嬉しいわ」
私の言葉に聖は優しく笑い、茶化す。
「うん。悪い“姉”だね、よーこさん。でも、何年経っても求めてしまう彼女は“姉妹”を超えた妹であり姉であり、そして親友なんだろうね」
聖は祐巳ちゃんにしっかりと視線を向けて私の応えを求めてる感じもしない、だが、私も誰もがそれを想っていた。
それから、私たちは自分たちのアドレス一式を彼女に押し付けて別れた。
次の日、日曜日で連休でもあり惰眠を珍しく貪ろうと決めていたが、電話と玄関のチャイムにより叩き起こされた。
携帯は祥子からで、固定電話は福沢家からで、玄関は聖だった。
推奨される睡眠時間を取ったのにも関わらず、目眩と耳鳴りで三様の声が遠く、煩い。
とにかく、五月蠅く感じられて。
取敢えず、目を瞑った。
蓉子視点でなんだか無理して続けた感がありますが...待兼山の未来ifではこれが結末です。
こんな未来ではないと信じてますが、待兼山は祐巳を苦しめすぎてますね...好きなんですよこれでも。