1.
放課後の生徒会室には、相変わらず一色がペンを走らせる音と俺がパソコンのキーボードを打つ音だけが淡々と響いている。
一色をちらりと見るが、なんかもう完全に会話する気が無いようにしか見えない。いや、集中してるのは良いんですけど……ねえ? なんかもうちょっと……楽しくなくても良いからこの場の空気を繋ぐ簡単な会話でも……などと思っていたら。
「先輩」
一色が、視線を紙に落としたまま、何の気なしに話しかけてきた。
おうふ、ちょうど良いところに。
「んー」
無駄にテンションが上がりそうになるのを何とか堪えて、いつものテイストで返事をする。
「先輩ってー、付き合ってる人はいないんですよね?」
…………。
…………んん?
ほーん。ここで突然の飛び道具? 急に来たね、急に!
この後の展開がどうなるか全く読めな過ぎて怖いんですけど。恐いって言うよりかは怖いって感じ。
一先ず、この話題には変にひねりを加えずに乗るしかない。
キーボードを打つ手を止めて、視線は画面に向けたまま、小さく息を吐いて吸った。
「……ああ、まあ、居ない……けど」
「ですよねー。前聞きましたしねー」
全く以て平坦な調子でのご回答。
くそ……っ、興味無さげに言いやがって……!
「じゃあ、付き合ったことはあるんですかー?」
あれ、この感じがまだ続くのん? 一色さん、気紛れが過ぎますよ? 帰りたくなってきた……。
この状況、俺にとっては質問タイムって言うよりは詰問タイム、もっと言えば尋問タイム、下手をすれば拷問タイムなんですけどね。
しかし、どう頭を捻って答えたところで、どうせ興味無さげな反応が返ってくるんだろう。
それならば、俺も何とはなしに答えちゃうおうじゃないの!
「ねえよ」
視線だけ横に動かし、一色の反応を窺う。
「……ふむふむ」
あれ。
あごに手を当てて、何やら考える仕草を見せていらっしゃる。
え、なにその反応?
ここで一色はついにペンを置いてしまい、椅子の向きをくるりと変えて俺を振り返る。
目が雑談のときに比べて、いくらか真剣味を帯びている。
「じゃあ、告白したことは?」
「……形式を問わないなら、何回か」
ちゃんと答えたぞ。瞬間的にトラウマと向き合ったぞ。やばい、超帰りたくなってきた!
一色をちらりと見たら、尋常でないほど悲しげな顔をしていた。
「……うわぁ……なんか、聞いちゃってごめんなさい」
「うるせえよ……」
すげえ気の毒がりながら引くんじゃねえよ……。
謝った場合の方が人を傷付けることがあることを知れ……!
俺をチラ見しながら、うわーうわーかわいそーとか鬼みたいなことをしばしぶつぶつと呟いていた一色が、突然動きをピタリと止めた。
足を揃えて、手を膝の上に置く。
拳が握られていて、何だか男子学生の卒業式みたいだ。
この妙な気合はなんなんだろうなんて思ったら、何か急にどきどきした。
こんなどきどき、あんまり経験無いぞ。
ちょっとこの数瞬の間に、過去のどきどき経験を振り返ってみたいと思います。
①告白したとき。あとフラれた翌日、朝教室に入る時。
泣いちゃう。
②由比ヶ浜と行った花火大会の帰り。
思い出したら顔が熱くなってきた……。
③雪ノ下に笑顔で見つめられたとき。
心臓がどきどき動くって言うかびきびきと不自然に硬直してやがて止まりそう。
④戸塚とおしゃべりしているとき。
文句無しのどきどき。
結論:戸塚はただの天使。
なんてどうでも良い現実逃避をしてしまうくらいには、この数瞬は異常に長く感じられた。
一瞬俯いた一色が、くいと顔を上げる。
「……じゃ、じゃあ、告白された……ことは……あるんですか?」
どくん、と心臓が跳ねた。
一色は最初こそ俺を見つめていたが、言葉が進むにつれて視線がふわふわと漂い出して、どこを見るでもなくなっている。
「……ね、ねえよ?」
危うく裏返りそうになりながら答える。
緊張の余り一瞬視線をパソコンの画面に移すが、文字情報がまるで頭に入ってこない。
「……そ、そうです……か……」
ぽそりと呟くと、一色は再び作業に戻る。
今の質問は、どんな意図があってしたのか。
そして、もしかしたら一色は、今の質問をするためにわざわざこんな質問タイムを作っていたのか。
疑問は色々と尽きないけれど。
まあ、女の子にあれやこれやと聞くのも無粋だろう。
ふう、と短く息を吐く。
俺は、結局何も言うことなく作業を再開した。
2.
20分程経った頃だろうか。
「先輩」
「ん」
一色が再び、紙から視線を上げることなく話しかけてきた。
なんか、この不思議な空気での会話に慣れてきた感があるな……。
仕事自体はだいぶ終わりが見えて来たのだろうか、一色の声音はさっきよりも幾分柔らかい。
両手を上にんんーっと伸ばして、ふいーっと息を吐くと、首をくるりとこちらに向けた。
「女の子の好みのタイプってありますか?」
「え? ……や、えっと……」
何、詰問タイム続いてたの? そんな真実知りたくなかった!
「具体的に、芸能人とか……周りの、人とかでも、挙げてくれていいんですよ?」
声が、心なしか少し震えている。
両手を合わせて、指をこちょこちょと動かしていた。
「あ、あーっと、あ、そうだ」
「あ、はい、どうぞ」
初めての冠番組を持つMCみたいなふわふわ感を漂わせながら、一色が俺に回答の許可を与える。
「戸塚と、小町」
「却下」
……ふえぇ……ばっさり切るのに躊躇が無さ過ぎるよぉ……。
一色はどん引きした目で俺を一度見て、はあぁと分かりやすいため息を吐いた。
「うーん……じゃあ、先輩・同輩・後輩だとどれがタイプですか」
……詰問から逃げられない……。
なんか包囲網が狭められて行く。
「いや、そんなこと言われても……」
「じゃあ具体例出しますね。先輩だとはるさん先輩、城廻先輩かな。それで同輩は雪ノ下先輩と結衣先輩。それで、後輩はわたし。さあ、誰を選ぶ!?」
なんだこのえげつない選択肢?
戸塚とか小町とか材木座とかが居ない分、ネタとかその他の成分で逃げることが出来ない。
しかも結構それっぽいところを並べやがってぇ……!
腕を組んでうんうん悩んでいると、一色がどんどん不機嫌になっているのに気付いた。ふえぇ……怖いよぉ……後輩の女の子にビビるとか情けなすぎるよぉ……。
「……先輩、あんまり答えないと、今挙げた人一人一人の名前を順に言っていって、先輩の反応を見ますよ。すっごく見ますよ」
「え、なに、俺今質問されてるんじゃなくて責められてるの? これ何の裁判?」
言うと、一色はふいーとため息を吐いて、肩を竦めた。
馬鹿にした表情になるのかと思いきや、妙に温かみのある呆れ顔になった。
……ちょっと、小町っぽいかも。いやそんな筈はない。小町は唯一無二の天使だ。
優しい眼差しで見つめられてどきどきしていると、一色がゆっくり口を開いた。
「まったく……先輩はとことんこういう会話に弱いですね。もっと言えば女の子との会話に弱いです」
「いや待て、俺には」
「小町が、って言うのはもう絶対無しですよ? 言ったら引きます。超引きます」
…………。
……何だろう、心臓を手で鷲掴みにされてる気分……。
「だから」
一色がこちらにずいと身を乗り出す。近い近い、顔が近い!
「先輩が女の子慣れをするのを、わたしが手伝ってあげましょう!」
えっへんと言わんばかりのドヤ顔で、すげえこと言われた。
「……いや、なんでだよ」
俺の抵抗の言葉を一切聞くことなく、一色はさっきよりも更に顔を近付け、両手をこちらの胸にとんと置いた。
そして、一瞬視線を伏せる。
その間が、妙な期待感を持たせてくる。
やがて顔を上げると、熱のこもった眼差しを向けてきた。
「先輩……。今、好きな人って、……いますか?」
熱くて、微かに甘い香りのする吐息が、鼻腔をくすぐった。
今にも泣き出しそうな、潤んだ瞳。
ごくりと息を呑みそうになったが、その音を聞かれまいと何とか堪えた。
「いない、けど……」
やっとのことで言葉を絞り出すと、一色がにっこり微笑んで、安堵の表情を浮かべた。
その表情に、いつものあざとさはなく、妙に少女っぽさがあって。
正直、ものすごくグッときた。
完全に固まっていると、一色が顔を離し、ふうぅと妙に長い息を吐いた。
「……はい、練習第1弾、終了です!」
「え、第1弾って何? これ何弾かあんの?」
「さあて、どうでしょう?」
指を頬に添えながら、斜め上を見ながらわざとらしい声音でとぼけられた。ちくしょう……可愛いって思っちまったせいでツッコみ損ねた……!
3.
「……ふう。今日はこんなところですかね」
辺りがすっかり暗くなった頃、やっとのことで仕事から解放された。
「おう。お疲れ」
パソコンをちゃっちゃと片付けて、帰る準備をする。ああもう何かやたらと疲れましたよ今日は! 原因の十割はそこに居るあざと可愛い後輩のせいですね!
部室に一瞬顔を出すか迷いながら立ち上がると、背中に何か温かいものが触れた。
「……え」
首だけ振り返ると、いつの間にか立ち上がっていた一色がこちらの背中に手を添えて、おでこをぽすっと当ててきていた。
え、何この恋人みたいな体勢? 今の二人の状況を横から見た場合を想像したら、それだけで顔が熱くなってきた……!
「先輩」
「はひゃい!」
「なんですかその声……もう」
さっきも垣間見えた、優しい呆れ声が、背中から沁み渡るように響く。
「明日、お昼ここでご一緒しませんか? その……もうちょっと、先輩には練習が必要ですし……」
物理的な距離が近いからだろうか。
一色の言葉が、背中を伝って、直接心臓に響いたような気がした。
「や、いいってそんなの」
「……さっきの台詞、また言ってあげますよ……?」
「や、ちょっ、おいっ……?」
一色は、今度は俺の両肩に手を添えて、右耳をこちらの背中に当てるようにして、更に身体を密着させて来た。
胸がばっちり当たり、一色の心音がはっきり聞こえてきそうな程にくっついている。
「先輩さえ良ければ、別に今日だけ、明日だけじゃなくても、その後もいくらでも付き合いますよ? それに、他の台詞だって言ってあげます。それに……」
一色が一呼吸置く。息に混じる声が、微かに震えていた。
「せ、先輩からわたしに何かする練習も……して、良いんですよ?」
……って、おぉぉぉおおぉぉいぃぃぃ!
思わず心の中で、材木座のウザいノリツッコミが発動してしまった。
「え、そ、それ、どういう……」
どもりながら質問すると、とーんと背中を押された。
「うおっ!? っとっと……何すんだ……」
振り返ると、一色がにこにこと満面の笑みを浮かべている。
そして俺の目の前まで歩み寄ると、
「それは、明日のお楽しみです! ……どうですか?」
上目遣いで、少し困ったように眉をひそめて、やや緊張した面持ちで一色が問い掛ける。
…………。
……いや。
こんなの。
無理でしょ?
断るのなんて。
「……昼休みに、ここで良いんだな?」
頭をがしがしと掻きながら確認すると、一色の表情がぱぁっと明るくなった。
「はい! よぉっし……よぉっし……」
俺に背を向けて、小さくガッツポーズしたように見えたのは気のせいだろうか。
数秒後、一色は妙にやる気に満ちた顔で振り返ると、ぱたぱたと手早く片付けを済ませて、俺の背中をぐいぐい押して、あっと言う間に生徒会室の鍵を閉めた。
取り留めのない会話をしながら校舎を歩いて外に出る。
駐輪場に差し掛かったとき、一色がぱたぱたと小走りで、俺から2、3歩前に出たかと思うと、くるりと振り返った。
「楽しみにしてますからね?」
言って、にひっと笑う。
「お、おう……」
普段のあざとさが欠片もない、あまりにも眩しいその笑顔に、思わず目を少しばかり逸らしてしまった。
「それじゃ、今日はありがとうございました!」
元気な挨拶をして、ぱたぱたと駆けて行く一色の後ろ姿を、ぼーっと眺めていた。
……あ、結局部室に顔出せなかったな。後でメールしとこう。
……なんなの、なんなのさあの子! 死んじゃう! どきどきで死んじゃう!
明日以降……俺、どうなるんだろ?
続く。
じっくりとした描写の書き甲斐があるなぁ、いろはすは……。
八幡、順調に攻略されてます。
いろはす編、非エロ・微エロ・どエロがどれも激アツの予感がしてます。頭の中で。
ここで明日の予告を。
小町、行きます。
ご感想の返信はちょこちょことやって行こうと思います。
いつも皆さん、本当にありがとうございます!!
<余談>
このサイトの俺ガイル小説、2ヶ月前にこの小説を書こうと思ったときはまだR-18の俺ガイル小説が無い状態でした。そして通常の俺ガイル小説は116件あって「多っ!」ってびっくりしていたんですが……今は190件に達しているんですね。R-18の方はまだ3つですが。なんと言う人気なのでしょう。
それでは、今回もお読み頂きありがとうございました(^^)!!