1.
昼休みの時間は、一色による強制あーんにより残り時間はわずかなものになっていた。強制あーんって語感がなんか凄い。
そんな訳で、この謎の練習の前に躊躇っている時間もあまり残されていない。
もしこれで5限に遅れて、その理由を部室で由比ヶ浜に聞かれでもしたら、雪の女王の猛攻にあっさり屈する自信がある。助けて!
「じゃ、じゃあ、行きます……よ?」
隣り合った状態で、互いに前を向いて視線を交わさぬまま、一色がぽそりと宣言する。
視界の端でもじもじするのが見えて、正直もう落ち着かないっていうか緊張で逃げ出したい……。
「……先輩。今、逃げ出したいとか思いませんでしたか?」
読まれた。
何とか弁解しようと、一色の首をぐるりと向けて、
「そ、そんなことないぞ。むしろぜひ言ってもらいたいくらい……だ……」
と、言って。
やらかしたことに気付く。
「あ、そ、そそ、そうですか……」
一色が全力で俺から目を背ける。
なんだろう。
唐突に、死にたくなった。
一色はそれでもすぐに切り替えようとしたのか、髪を手でちょいちょいと直し、胸に手を当て深く呼吸をすると、慎ましい胸が緩やかに上下した。慎ましいって言っちゃった。
こほん、それでは、と。
一色は首の向きは変えず、代わりにすすすと椅子を近付けて、俺に身を寄せるようにぴたりとくっつく。
近い近い近いいい匂い!
この距離感はまずい。距離感っていうか0距離感。
一色の二の腕の柔らかさが制服越しでも分かるなーとかつい考えちゃったけど。
テンぱったときの殺せんせーばりに目を泳がせていると、一色が顔をこちらに向けた。
さっきまでと、纏っている雰囲気がまるで違う。
この緊張感は、まるで。
告は――。
「先輩」
心の声を言い終える間も無く、一色が口を開いた。
「先輩……。今、好きな人って、……いますか?」
切なさを帯びて潤んだ瞳を、俺を真っ直ぐに見据える。
好き、というフレーズだけ、何故かほんの少し噛み締めるようにゆっくり言ったように聞こえたのは、俺の気のせいなのだろうか。
「いま……っぶねぇ!」
「……はぁ?」
俺のリアクション一つで、一色が一瞬でいつもの侮蔑モードに戻った。
簡単に説明すると、今俺は、一色のあまりの可愛さとこの密着具合にテンションがおかしくなり、一色の言葉に対して「います。今目の前にいるあなたです」とかって勢いで答えそうになった。
いや、ほんと危なかった。勢いって怖い。
一色はしらっとした目で見ている。
「……はぁ。なんなんですか、今のリアクションは。こんなんじゃまだ全然ダメですね、先輩」
立ち上がって、んーと伸びをしながら、呆れ顔で一色が言う。
「いや、どうしろってんだよ……」
何を言いかけたのかと追及されなかったのは、不幸中の幸いだろうか。
だから、と。
一色は唐突に切り出してきた。
「ほ、放課後……先輩が部活終わった後も……少し、練習しましょう? 場所はまたここで。今日は生徒会の仕事も無いけど、わたしは適当に仕事をでっち上げて一人で残っておきますから」
でっち上げるって。いいのかそれ?
「い、いや、でも」
「今度は」
反駁の言葉をまたしてもぶった切られた。お前はどこの抜刀斎だ。
「……先輩から、その、わたしにする、練習をします」
「え」
本当にやるの? ていうか何させられるの? 超怖いんですけど。
一色は更にまくし立てるように、手をぶんぶんと振りながら鼻をふんすっと鳴らす。いちいちあざと可愛いなこいつは……。
「絶対ですよ。来てくださいね。先輩の連絡先知らないから、ドタキャンなんかされたらわたし泣いちゃいますよ。泣いて泣いて泣いて先輩を学校社会的に終わらせますよ」
「それは勘弁してくれ……」
そのあざといキャラと生徒会長という立ち位置をフルに利用されたら、それこそあっと言う間にぼこぼこにされてしまう。俺のHPに対して攻撃力が高すぎる。物語の最初に出てくるぶちスライムにバイキルト&ばくれつけんをかますくらい攻撃力が余っている。
「いいですか」
「……わーかったよ。いつもの部活終わりの時間まで待ってろ」
あー、その、なんだ、と。
少しばかり言葉を付け加える。
「生徒会室に一人で居ても退屈だし寂しいだろ。練習は生徒会室以外でも良いし、部活終わるまで……その、なんだ、遊びに来ててもいいぞ。その後は適当にごまかすから」
頭をがしがしと掻いて、一色から目を逸らしながら伝えた。
ごまかせるかは甚だ疑問だけど。本当に疑問だけどね! どうしよう!
「……あ……」
一色は、スカートの裾を両手できゅっと掴み、何故か少し泣きそうな表情を浮かべた。
ついっと俺の方に近寄り、袖を摘まんできた。なんか小動物みたい。
「お気遣いありがとうございます。……先輩のそういうとこ、あざといですよね……」
言って、少し口を尖らせる一色に、
「お前が言うな。世界中の誰よりもお前が言うな」
ふっ、と呆れたような声を出しながら、俺は一色の頭をぽんぽんと撫でた。
俺の妹スキルの攻撃を受けた一色は、「あう……」と小さな声を漏らしたかと思うと、自分の頭を撫でている俺の手に、小さな両手をぽすりと重ねた。
そして、数秒だけむ~と唸ると、
「でも、奉仕部に行くのは今日は遠慮しておきます。だって、先輩も……多分、私も、きっと顔に出ちゃうじゃないですか」
「顔に出るって、何がだよ」
俺の手を頭の上で捕獲したまま、一色がんーと唸る。
「『俺たちこれから、逢引するんだよなー! どうしよう、どきどきするなー!』……みたいな気持ち?」
「お前ばかじゃねえのか……」
ちょっとだけだけど。
素で言っちゃった。
「ばかとか失礼ですよ。目が腐ってるくせに……」
「そっちのがひどいじゃねえか」
お返しに一色の髪をくしゃくしゃに撫でると、ちょっと不機嫌でちょっと楽しそうに「わーっ! きゃーっ!」という声を出した。なんだこいつ。超可愛いんだけど。
「それじゃ、放課後、部活の後。……生徒会室で待ってますね」
「改めて言うなよ。なんか急に恥ずかしくなるだろ」
告白されるみたいじゃねえか。
「だって先輩との約束だと、念を入れないと怖いんですもん」
そう言って、一色はくすっと笑った。
2.
そして、迎えた放課後。
部活に行くとは言っても、依頼が無ければただの茶話会だ。
今日も今日とて平和に過ごして、部活動終了の時刻を迎えると、3人で部室を出た。
「じゃ、俺ちょっと職員室に用事があるから、先帰っててくれ」
「あ、そうなんだ」
「平塚先生にまた呼び出されたの? あなたも大変ね」
「満面の笑みで言うんじゃねえよ。ちがうっつの。じゃあな」
「ええ、さよなら。また明日」
「ヒッキー、また明日ね」
「おう。また明日」
確認するように、その言葉の大事さを確認するかのように、3人で同じ言葉を口にして、俺は生徒会室に足を向けた。
「あ、おかえりなさーい」
「お、おう……ただい、ま……」
生徒会室に入るなり、一色がのんびりとした様子で俺に声を掛けて来た。
あまりに自然だったので、つい勢いで答えてしまった。
…………。
……え、なにこののっけから超絶恥ずかしい感じ?
一色も、言うならもっと平然と言って俺を一方的に困らせろよ。なんでちょっと恥ずかしげに目を逸らすんだよ。やりきれよ! こっちは余計恥ずかしくなるんだから!
こほん、と一色が軽く咳払いをする。
すっくと立ち上がると、
「それじゃ、時間も遅いですから、早速お題に移りましょう」
言って、何故か腰に手を当てて妙に気合の入った立ち姿になった。
「お、おう」
「先輩にやってもらう練習は……」
すぐに言うのかと思ったら、若干躊躇して、顔を赤くして目を泳がせている。なんだなんだ?
「か、か、かか、かべ……」
「かべ?」
かべ、カベ、壁、KABE? だめだ、分からん。
「か、壁ドンです!」
びしっと指差された。
…………。
……いや。
なんでそんな、「ただしイケメンに限る」って注釈が付く代表格みたいな行為をしなきゃいけないのん?
「あー、それな。よく俺も夜中本読んで声を上げて笑ってると、隣の部屋の小町にやられるわ」
「近所迷惑に対する抗議行動のことじゃないですよ!」
ぷんすかと頬を膨らませた。その頬をぷにってしたい。
や。
とぼけて、ごめんなさい。
「だろうな。でもなんでまた?」
「そんなの、やってほしいからに決まっ……さあ、やりましょう!」
「お前自由すぎるだろ」
自分の言葉を言い終えるのすら待たないって。お前の中には何人の意識が混在してるんだ。
と、まあ。
多少の抵抗はするものの。
もはやこの強引な流れにも慣れてきた節はある。
恥ずかしいのは変わりないけどね。これからやることを考えただけでなんかもう夜空を見上げたくなるけどね。
「……わーかったよ」
頭をがしがしと掻きながら、しぶしぶ了承した。
3.
「…………」
…………。
壁に背中を付けて、おどおどしている一色の目の前に、俺が立ちすくんでいる。
だめだ、俺がやると色気の欠片もねえ。
「せ、先輩、まずは実践ですよ」
上ずった声を出して、一色が両手で小さくガッツポーズをする。なるほど、このポーズで練習のときや試合前にサッカー部員を虜にしてたんだな。恐ろしいやつめ。これからはそのポーズを傾国のピーカブーと名付けよう。やっぱやめた。
「じゃあ、右手を、私の左耳ぎりぎりのとこを通って壁に……そう、そう……」
一色の指示に従い、右手を壁に付ける。
自然と、一色との顔の距離が近くなる。
ん、なんだろう。死にそう。
「そうそう。良い感じ……です。じゃ、次は、わたしに何か囁きかけてみてください。日頃から思ってる褒め言葉をわたしに! さあ!」
緊張はしているものの、すごい楽しそうで僕は嬉しいです。
でも、ちょーっと何言ってるか分かんないですね!
「早く早く」
俺の躊躇なんざ眼中に無いらしい。
期待に満ちた目で自分の右耳をちょんちょんと指差す。
むう。
何を言ったら良いのか。
褒め言葉って……あざとい、は絶対怒られるし、頑張ってる、ってのは昨日言ったし……。
しょうがない。
少し深めに息を吸って、ゆっくり吐く。
一色の右耳に口を寄せると、思った以上に身体が近くなって。
なんかもう、傍から見たらこれ絶対キス……ショット・アセロラオリオン・ハートアンダーブレード。
ふう、危ない危ない。口にしたら超絶恥ずかしい台詞を、何とか人名で誤魔化せた。やはり木を隠すなら森の中だな。人名って言ったけど、吸血鬼の名前って人名で括っちゃっていいのかな。
一色を見ると、俺が耳元で呼吸をするだけでも吐息が耳に当たるのか、俺が軽く息を吐く度にふるふると身体を震わせていた。
ぞくっ、と何かいけないものが背筋を駆け抜けるのを感じながら、ゆっくりと口を開いた。
「一色……お前、すげえ可愛いよ」
言ってて悪寒が走ったけど。超走ったけど。
やるならちゃんとやらなきゃと思って!
超恥ずかしいけど!
言い終えて、ちょっと息を吹きかけてみました。
さー、一色はさぞドン引きなんだろうなと思って顔を引いて一色を見ると、意外や意外、特に引いた様子は見せていなかった。
それどころか、耳まで真っ赤にして、頬に手を当てている。
「はわ……はわわわ……」
あわあわと慌てているところは昼休みにも見たけれど。
前回と今回の違いは、慌てた後の行動にあった。
「うー……うー……」
依然として頬に手を当てたまま、今度は今にも泣きそうな唸り声を上げ始めた。
何かしたくて、でもそれを我慢しているような。
犬がエサを前にして、待てと言われているような。
言ってしまえば、物欲しそうな目をしている。
何度も俺を見ては目を逸らしを繰り返した後、不意に俯いた。
そして、顔を上げたかと思うと、
「うー……先輩……先輩……!」
泣き出しそうな、感情を爆発させたような表情で、俺の背中に手を回して抱きしめてきた。
続く。
かける時間的に、どこで切るか迷いました。
ここからまた色々します。しますって言っちゃった。
21時半くらいから書き始めて、半分くらいで少し休憩を入れて、一度書き切った後に走りに行って、その後推敲してたらもう日付が変わる10分になってました。なんという。
アクセス数が徐々に伸びています。いやもう超嬉しいです。
R-18の累計ランキングで9位まで上がっていて、週間ランキングでは結構長いこと1位になっています。嬉しいので自慢にしか見えないだろうとは思いつつ報告させて頂きます。皆さんのおかげでしかないですもの。
はるのんのアイディアが結構固まってきたので、今進行しているエピソード×4のうちどれかが終わったら始めようと思います。多分結構先です←
あと、めぐりんのアイディアもちょっと出て来ました。同じ年上女性でも、平塚先生ともはるのんとも違う程良いテイストで行けそうです。
毎日書いてたら、絶対原作の11巻が出る前に書くこと無くなるよなーなんて思ってたら……全然書き終わらない……!
毎日書くという制約で自分のレベルアップを図りつつ、妄想を具現化して皆さんに楽しんで頂けるよう頑張りたいと思います。
1週間が長かったような短かったような……。
平日は非エロの方が書きやすいためいろはすが多めになりました。明日明後日の夜はエロかなー。ゆきのん・小町・ガハマさん編のどれかを書くと思います。全裸待機の人が多くて、このままだと夏風邪を引かせてしまうので何とかしたいと思います!
それでは、今回もお読み頂きありがとうございました(^^)!!