1.
校舎内に入り、1年と2年の階が違う為そろそろ解散だな、と考えていると、一色が不意に袖を掴んできた。お前、その仕草ほんと好きだな……。
「ん、どうした?」
「あ、あの、先輩……連絡先……」
「あーっ! いろはー! おはよー」
一色が何か言いかけたところで、彼女の友達と思しき女子が声を掛けてきた。
一瞬、ほんの一瞬だけど、一色が尋常でない程機嫌が悪そうな顔になって身震いしたけど、まあそれは見なかったことにしよう。下手に記憶に留めると、怖くて泣いちゃう。
頭をがしがしと掻いて、その友達からは見えない角度で、一色の肩にそっと手を添える。
「ほら、行ってやれ」
言うと、一色は何か言いたげな顔を一瞬だけして、すぐにやめた。
「……はい、また後で」
少し切なそうに笑うと、いつものあざと可愛い笑顔を振りまいて、その友達の下へと駆けて行った。
2.
その日の昼休み。
購買でパンを買おうと思ったところ、行列の最後尾によく見慣れた二人を見付けた。
見慣れた二人ではあるが、「この場所では見慣れない」と言うのが正しいだろう。
「あ、ヒッキーだ!」
二人のうちの一人が、というか由比ヶ浜がこちらに気付き、元気よく手を振ってきた。やめろ、二つのメロンがたゆんたゆんと揺れてるから! 目の保養……違う、目に毒だから!
「あら、こんなに沢山の人が居る中でも、負のオーラは目立つものなのね。すぐ分かったわよ?」
雪ノ下が振り返り、いつも通りの毒を吐いてきた。日常的に毒を吐くってお前どこのマタドガスだ……。
「…………」
ん?
雪ノ下は毒を吐きつつも、視線が何故か由比ヶ浜に向いている。なに、そんなにこいつのこと好きなのん? いよいよがちゆりの世界に……。
などと思っていたけれど、よく見たら違った。
由比ヶ浜のたゆんたゆんと揺れている胸元に視線が行っていた。
今この瞬間の雪ノ下の瞳に宿る感情が、もう色々と複雑すぎて煩雑すぎてやばい。
由比ヶ浜への親愛、羨望、嫉妬、その他諸々。
うーん、切ない。
あ、自分の胸に手を当てた。やめて! 傷の上塗りをしないで! もっと自分に優しく!
俺が見ている事に気付いたのか、雪ノ下ははっとして、キッと睨み付けてきた。誤解だ、俺は戦争を仕掛けるつもりなんて無いんだ……。
ものの数秒の間にやたらと複雑なやりとりをしながら歩いて行くと、俺と雪ノ下・由比ヶ浜との中間くらいの位置に、一色が友達と雑談しながら並んでいるのが見えた。
おうふ。こんなこともあるものなのか。
まあ、奉仕部の部室でよく顔を合わせる4人なのだ。場所が違う分妙な気恥ずかしさはあるが、別にそれまでのことだろう。雪ノ下と由比ヶ浜は二人仲良く百合ってるし、一色も友達と居るのだから、ここは軽い挨拶を済ませたら即座に空気に溶け込もう、闇に紛れ込もう。
一色はまだこちらに気付いていないが、かといってスルーして向こうに気付かれると、またいつものように何で挨拶をしないのかと怒られてしまう。
不自然じゃないように、不自然じゃないように……。この言い聞かせが既に不自然だけども。
いつもなら声を掛けるだけなのだが、この時は一色との関係性に気が緩んでいたのか、
「おう」
挨拶をしながら、肩をぽんと軽く叩いてしまった。
その瞬間。
「わひゃぁっ!?」
一色がこちらの声と顔に気付いて、驚きのあまり妙ちきりんな声を出した。
「あっ、わわっ、うわっ……わわわっ!?」
「うおっ!? ……とぉ……」
そして財布をぽーんと上に放り投げてしまい、受け止めようとして慌ててお手玉のように弾ませた後、最終的に俺の胸に不時着した。
朝も嗅いだ、一色の髪から香るシャンプーの匂いに頭がくらっとする。
「あ……」
ほんの数瞬ではあるが、一色は公衆の面前であることを忘れて、俺の胸に身を預けていた。
「わりいな、急に声かけて。大丈夫か?」
言って、ここでもまだ懲りずに、一色の頭をぽんぽんと撫でてしまった。や、つい……。
俺が撫でた後の頭をさすりながら、一色が顔を赤らめる。
「あ、ご、ごめんなさい……それと、ありがとうございます……」
頬を赤らめながら、上目遣いでこちらを見つめる。
……あー、ちょっと、もう。
あと少しで、思わず抱きしめるところだった。や、ほんと危なかった。
一色もこの雰囲気は非常にまずいということに気付いたのか、一緒に来ていた友達の方に向き直ると、
「ご、ごめん。わたしの分も買っといてもらえる!?」
「あ、ちょ、ちょっと! いろはー!?」
友達の制止も意に介さず、ぺこりと頭を下げて、足早に去ってしまった。
……なんか悪いことしちまったなぁ……。
などと思っていると。
大事なことを忘れている事に気付いた。
「ヒッキー……?」
「比企谷くん……?」
背後から俺を呼ぶ声。
…………。
振り向いたら、殺(や)られる。
3.
あの後、購買でまだ何も買ってないのに部室に引きずっていかれ、尋問を受けた。あなたたちも何も買ってなかったでしょうに……。
このままでは死ぬ……! と思ったいたら、タイミング良く平塚先生が俺を探して部室に来てくれたため、それに便乗して難を逃れた。
奇跡的なタイミングで部室に来てくれた先生があまりにも眩しく見えて、廊下を歩いている間褒めちぎっていたら先生が本気で照れてしまい、対応に困って「アラサーでもそれだけ素敵なところがあるなら、きっと良いことありますよ」とほざくという出来る限りの悪手を打ってしまい、派手にぶん殴られた。5~6限は殴られた腹部をさすり続けていた。痛すぎて寝ることも出来なかったんだけど……。
しかし授業中にそれっぽい言い訳を考えていたため、部活中はそれとなくはぐらかすことが出来た。いややっぱり全然それとなくなかった。命懸け。超ギリ。川の向こうに材木座が見えた。やめろ……応募する訳でもないラノベのプロットを見せるな……!
そして部活終わり。
自転車を取りに行こうと駐輪場に向かうと、再び人影が見えた。
「一色……?」
暗がりのためやや不安げに声をかけると、亜麻色の髪がふわっとなびくのが見えた。
こちらの声に反応して、一色がぱぁっと表情を明るくして振り返った。
……うぅ、ほんと、いちいち可愛いなこいつ……。素じゃねえかよどう見ても……。
「先輩、お疲れ様です」
とててとこちらに小走りで駆け付けて、少しばかり照れながらも満面の笑みを浮かべる。
……うおぉぉ……何この可愛い生き物ぉ……!?
「お、おう、お疲れ。……どうした、こんな所で」
理由は聞かなくても……とは一瞬考えたけれど、思わず聞かずには居られなかった。
聞くと、髪の毛先を指でくりくりとして、少し目線を逸らす。
「……もう、察してくださいよぉ……」
…………。
んー。
やばい。
戸塚だったら、もう5~6回プロポーズしてるところだ。
しばらく照れていた一色だが、はっと何かを思い出したように手を叩く。
「あ、そうだ、先輩。連絡先交換しましょう? 朝出来なかったですし。そもそも今こんな状態で連絡先を聞いてないとかおかしいですもんねー」
言って、きゃるんと笑った。
あ、そういうことだったのね。
「そうだな。じゃあ……ほれ」
「おわっとっ……とっ……!?」
自分の携帯をほいと放り投げて渡すと、慌てて受け取られた。
呆れた顔をして、携帯を見つめる。
「もう……どんだけ無防備なんですかー」
「良いだろ別に。見られて困るものはない」
ふんすっと鼻息を慣らしてドヤった。
「へー」
「…………」
華麗なるスルー。ほんといい性格してんなこいつ……。
「へー、ほー、ふむふむ……」
「あ、あの、一色さん……?」
すぐに自分の連絡先を入力して返してもらうつもりだったのだけれど、何やらまじまじと見られている。入力らしき操作は最初にしていたようだけれど……。
「えーっと……何をご覧になっているんですかね……?」
「あ、先輩の着信履歴と受信メールと送信メールですー」
「返せこら」
あらん限り調べられてた。
「最初だけですよー最初だけ! 見られて困るものはないと言っても、今後見るつもりは無いので安心してください。……いやーでも、ほんと妹さんとばっかり電話してるんですねー。メールは妹さんと後は……アマゾンか―……ドン引きです」
「うるせえよ……」
客観的に言われると悲しくなっちゃう。
「あとー、結衣先輩への送信メールを見てるとどうもぶっきらぼうですよねー。もうちょっとしっかり文を考えないとー」
「おいこら、返せ。今すぐ返せ。お仕置きすんぞ」
「きゃー!」
逃げやがった。
なんか楽しそうな追いかけっこになったけど、ダメ出しを鬼のように受けている俺としてはたまったものではない。
楽しそうにきゃーきゃーと言いながら、ぱたぱた逃げ回る一色の肩を掴み、やっとのことで携帯を取り返す。
一色の連絡先は……あった。打つのどんだけはええんだよ……。一色といい由比ヶ浜といい、もはや存在が奇跡だな。
「先輩……」
ふと、一色に呼ばれて彼女の方を振り返ると、携帯を片手に、未だに彼女の肩をもう片方の手で掴んでいたことに気付く。
「お、おう、すまんすまん」
慌てて手を放す。
しかし、一色は振り向かない。
「先輩……わたしに、その……お仕置き、するんですか……?」
声音が、不意に変わった。
声も震えている。
さっきまでの一色と、何かが違う。
「お、おお、そうだな、お仕置きしなきゃな……」
相槌を打ちながら、言いようのない期待感が身体中を駆け巡る。
一色はゆっくり振り返り、目の前まで寄ってきてぴたりと止まった。
唇が、微かに震えている。
「じゃ、じゃあ、お仕置きしてくださいよ……ろーろ(どーぞ)?」
「う……お……」
熱を帯びた目でこちらを見つめると、目の前に自分の舌を伸ばして差し出してきた。
両手はこちらの腰にそっと添えられ、本当に「どうにでもしてください」とでも言っているかのようだ。
……っていうか、こいつ……自分でお仕置きを指定するってどういうことだよ……。
それでも、そんなことがどうでもよくなるくらいに。
背中に、ぞくぞくとしたものが駆け抜けた。
「じゃ、じゃあ、行くぞ……」
彼女の背中に腕を回し、舌をまるまる食べてしまうかのように咥え込むと、腕の中で細い身体がびくんと震えた。
続く。
いろはす欲が半端ないことになってます。
デレデレのところを多めにしつつ、もっと色々な面を出して行こうと思います。
うーん。
どの話も、書き進めたいことだらけで参りましたわ。気長に行きます。
お気に入り2000件突破しましたーーーーー!!!うおぉぉぉぉ!!!
ありがとうございます!!!引き続き閲覧・感想・評価の程よろしくお願い致します(^^)!!
今朝ランキングを見た時なんですが、通常小説の日間ランキング&R-18小説の週間ランキングで、俺ガイル小説が共にワンツーを決めていました。勢いが半端ないですね。
あ、最新の話には「●NEW!」、次に新しい話には「▲NEW!」と付けてみました。〇や△だと見づらかったので、取り敢えずこれでやってみようと思います。他に良い案がありましたらぜひ(^^)!
新しい一週間が始まりますね。といってもこれを書いているのが16時半過ぎなんですがw
頑張りましょ~!日付が変わる頃にまた会いましょう(^^)!
それでは、今回もお読み頂きありがとうございました(^^)!!