1.
肘掛の上で手を握り合ったまま、一色とそっと唇を重ねる。
「んっ……」
映画の音に紛れて、彼女の息混じりの声が漏れる。
自然と、繋いだ手は互いに求めるように指を絡め合う。
「んっ、あっ、んんっ……」
徐に、徐々に、互いの舌を絡ませ合う。
こんな場所でという緊張が相俟って、否が応でも興奮が高まる。
「ふあっ、あふっ、んむぅ……っ」
彼女の声は痺れるような甘さを帯びていき、空いていた左手が俺の右肩を掴み、顔や身体を更に密着するよう促してくる。
彼女の求めに応じて、身体ごと左を向いて、更に密着して彼女の口内を貪り、仄かに香る甘い匂いを堪能する。
いつからか、映画の音がほとんど耳に入らなくなっていた。
2.
「……ぷはっ。……うー……うー……」
唇を離すと、一色は物欲しげな顔をしながら、可愛らしい唸り声を上げ始めた。
……いや、その声すごい可愛いんだけど、え、なに、ここでもっと何かしたいの? 何すれば良いの?
彼女の顔を目の前で凝視しながら考えていると、彼女が突然立ち上がった。
「うおっ? お、おい、どうしたんだよ……?」
距離的に離れているとは言え他の客が居る為、声は自然と小さくなる。
「うー……」
彼女は子供が拗ねているような表情を浮かべながら、そのまま俺の正面に立って仁王立ちした。
……え、なんで?
「お、おい、一色……?」
自分でもびっくりするくらい恐る恐る聞くと、彼女は俺の言葉を聞くことなく、前屈みになって俺に顔をぐっと近付けた。俺の質問ガン無視☆
俺の戸惑いに構わず、右足を上げて、そのまま膝を俺が座っている椅子に乗せようとしてきた。
――が。
「いって……!」
「あっ……ご、ごめんなさい……!」
映画館の椅子はそんなに横幅の余裕が無い為、余裕を無くしていた彼女はその点に気付かずに、物の見事に俺の腿へ膝を乗せてきた。
幸いすぐ気付いて離してくれたので、そこまで痛くはなかったけれど。
……ってか、こいつほんと軽いな……。
何食べてたらこんな軽くて甘い匂いのする身体になるの? わたあめ?
「あう……ごめんなさい……うー、でも、でも……うー……あ」
両頬に手を当てながら、謝ったり唸ったり困ったりと忙しそうにしていたが、不意に何かを思い付いたような声を上げる。こっちは未だに、君が何をしようとしてるのか分からないんですけど……。
「先輩、こっちです、こっち」
いつもの小悪魔顔スマイルを浮かべたかと思うと、俺の腕をくいくいと引っ張ってきた。いたいいたい鬱陶しい可愛い恥ずかしいいい匂い!
「え、ここ? え?」
「早く座ってください!」
目の前でこしょこしょと指示を出される。
指示された場所は、自分の席の目の前。の、床。
椅子と椅子の間の狭い通路だ。
そこに腰を下ろして、壁にもたれかかるように言われる。足は投げ出したように前に伸ばしている。
言われた通りにすると、すぐ左側には自分が座っていた椅子、正面には前屈みでこちらを覗き込んでいる一色、右側には前の椅子及びスクリーンと言う状態になっていた。
……まだ、これから何が起きるのか分かんないんだけど。何で俺、映画上映中に床に座らされてるの? カーペットっぽいからそれなりにはもふもふしてるけど。
「おい、一色。ほんとに何なん……だ……よ……」
思わず言葉が失速する。
一色の表情がさっきよりも更に色を帯びていて、正直その顔を見ただけで勃ってしまいそうだったからだ。
「うふふ……せーんぱい……」
とろんとした声音で俺を呼んだかと思うと、彼女自身も腰を下ろして、女の子座りで俺に密着してきた。
所謂、対面座位と呼ばれる体勢だ。
ズボン越しに、彼女の柔らかい尻の感触を味わう体勢。
え、この子何してはりまんの? 思わず言葉がぶれた。
流石にやばいだろうと思って彼女の顔を見ると、もう、完全にスイッチが入っていた。
「えへへ……んっ……」
「んむっ……!?」
にへっと笑うと、そのまま細い腕を俺の首に回して、待ち焦がれたかのように唇を重ねてきた。
3.
「んっ、んちゅるっ、れろっ、じゅるるっ、はむっ、あむっ、れるっ、んむっ、ちゅるるっ、んんっ……んんんっ……」
「~~~~……っ! ~~~~……っ!」
想像を超えていた。
一色の舌による蹂躙があまりにも激しくて、声にならない悲鳴を断続的に上げてしまう。
首に絡めた腕が巧みに俺の顔の角度を変え、様々な角度から俺の口内を舐め、歯列を舐り、舌を咥え込んで啜りに啜る。
しかもこの責めをしている間中、彼女は腰を悩ましくくねらせて絶え間なく俺のモノを刺激してくる。
頭がおかしくなりそうだった。
映画の音が微かに聞こえる。どうやらまた濡れ場のようだ。
きっと、さっき見た綺麗な俳優と女優が艶めかしく抱き合ってるんだろう。
でも、そんなものはもうどうでも良かった。
今目の前にいるこの子の方が、絶対に何倍も、何十倍も色っぽい。
キスだけで、思考が溶け、視界が霞み、何も分からなくなる。
気付けば、俺も彼女の背中に腕を回して、目一杯密着していた。
コートこそ脱いでいるが、互いに何枚も服を着ている状態で、こんな狂おしい程の快感に支配されてしまうのなら。
互いに一糸纏わぬ姿で同じことをしたら、一体どうなってしまうのか。
虚ろな瞳でぼんやりと彼女の淫靡な表情を眺めながら、そんなことを考えていた。
4.
ふと、一色が唇を離した。
「……はぁっ、はっ、はっ、はぁっ、うぅっ……」
自分の息が尋常でない程荒れていて、尚且つさっきの彼女と同じように唸り声を漏らしたことに自分で驚く。
「……はっ、はっ、はっ……先輩」
俺をしっかり見つめているかどうかも怪しい程焦点の合わぬ目で、一色が俺を呼ぶ。
鼻と鼻が触れ合う程近い距離で、彼女がにっこりと微笑む。その艶やかさに、腹の奥底から震えた。
「今度は……先輩からどうぞ?」
言って、俺の目の前に舌をべろりと垂らして見せ、とびきりいやらしく目を細める。
まるで待ての合図を解かれた犬のように、彼女の舌にかぶりついた。
5.
「えぐっ、んぶっ、じゅるるるっ、ごくっ、うぇっ、んっく、ひぅっ、ふぐぅっ、じゅるるっ、ごくっ、あふあっ、じゅるっ、ごきゅっ、んあっ、んあぁぁ……っ」
右手で一色の後頭部を、左手で背中を押さえ込む。何をしても逃げられぬように、きつくきつく抱きしめる。
彼女を仰け反らせるようにして、止めどなく唾液を彼女の口に流し込む。
口の中では、彼女にさっきやられたことをそのまま仕返すようにひたすら彼女の粘膜を蹂躙している。
既に散々高揚している状態でこんな責めを受けたためか、彼女は腕をだらりと垂らして、目をむいては細めむいては細めを繰り返し、断続的に幾度となく痙攣していた。
それでも、責めるのを止めない。
「ひぐっ、んぐっ、わたしだっ、てぇっ……!」
彼女が力の抜けたまま、舌だけで反撃をしてきた。
その後も、責められて、責めて、少しだけ休んで、また責められて、責めて……と繰り返し続け、気付けば映画はエンドロールを迎えていた。
6.
館内が明るくなった所で、二人ともようやく我に返る。
「うおっ、やべっ。一色、立つぞ。……一色?」
「あ、あはは……腰が……」
俺の上で、一色は腰を抜かしていた。
……まあ、そりゃそうか。
「取り敢えず俺の上からどかすぞ。……うりゃっ」
「わひゃぁっ!?」
脇を掴んで横にずらしたら、何気に今日一で大きい声を出された。
あうあう言って顔を真っ赤にしながら俺の頭をぽかぽか叩いてくるけれど、そんな可愛い攻撃は意に介さない。
先に立ち上がり、彼女に手を伸ばす。
「あ……ありがとうございます」
少し頬を赤らめながら、俺の手を握った。
「他の人が先に帰ってて良かったな。見つかったら恥ずかしいなんてもんじゃねえぞ……」
「あはは……そうですね……」
彼女はどうやら完全に素に戻ったようで、明らかに言動がしどろもどろになっていた。
……今頃恥ずかしくなったの? 2時間くらい遅いよ?
「取り敢えず、どっかで休むか」
「……ですね」
立ち上がらせる時に繋いだ手はそのままに、出口に向かって歩き始めた。
7.
映画館というものは、本当に時間感覚を狂わせる。
まだ建物の中だが、映画館を出ただけで「そう言えば、まだ日中だったな」と驚きを覚えた。
手近な所にベンチがあったので、そこに一色を座らせる。
「ほら、ここ座っとけ」
「あ……ありがとうございます」
「ちょっと飲み物買ってくるから待ってろ」
「は、はい」
しどろもどろなないろはす、略してろはすを残して自販機に向かう。この略称、いろはすを更に略したようにしか見えねえな。
「…………」
二人分のマッカンを買いながら、ふとさっきの行為を思い返す。
結果。
映画を見た時間:最初の10分弱。
キスしてた時間:残りの2時間強。
…………。
……いやいやいやいや。
頭おかしいでしょ、俺も、一色も。
唇ふやけるわ。ふにゅんふにゅんになるわ。
……触ったら割と普通だった。人体って丈夫!
っていうか、思い出したら勃っちゃった。
マッカン2本を持ってテント張って佇む男とかもう怪しい気配しかしないので、足早に戻ることにした。
「ほれ」
「あ、ありがとうござ……うわ……」
……こいつ、マッカンを見てうわって言いやがった……!
「おい、何が不満なんだ。千葉県民みんな大好きマッカンだぞ」
「わたしも千葉県民ですよ……この時点で先輩の認識間違ってますよ……」
すんごい悲しげな表情で言われた。おいおい、今日は表情が豊かにも程があるぞいろはす。何かいいことでもあったのかい?
「まあ、ありがたくもらっておきますよ……うへぇ」
飲んですぐのこの怪訝な表情……腹立つ……!
マッカンを両手で持って、くゆくゆとかき混ぜるように回しながら彼女がちらりと俺を見る。
……かき混ぜて攪拌したところで甘さは柔らがないからね?
「その……さっきはすみませんでした。やり過ぎちゃいました……ちょっと」
「や、別に良いぞ。俺も乗ったんだし」
ていうか、あれでちょっとなの? 上限が見えない……。
「朝一なのに、いざ先輩と過ごすと、なんかもう……あうぅ」
くぅんと鳴きそうなくらいに、眉をくにゃっと曲げる。何この子、超可愛いんですけど。
「気にすんなよ。休憩したら次行こうぜ」
言って彼女の頭に手をぽんと乗せると、ほわっと顔がほころんだ。
「……はい。……それで、次なんですけど……もうお昼ですよね」
「ん、ああ、そういやそうだな」
時計を見ると、既に12時を回っていた。ちょうど良い時間帯だ。
「それで……最初は前先輩が連れて行ってくれたラーメン屋さんに行って、その後またぷらぷらしようとしてたんですけど……」
「おお、マジで?」
おいおいいろはす、ラーメンの魅力が分かっちゃったの? どんどん深みに落とし込んでやるよ?
「でも、ちょっと今は気分がそういう感じじゃないので……場所を変えようと思います」
なんだ残念……ああ、いとしのなりたけ……。
不意に、彼女が顔をしゅばっと上げて、にこっと微笑んだ。しゅばにこっ!
朝ズバッ! と同じテンションで言えばなんとかならないかな? ならないな。
「お昼ごはんは私が作りますね」
「ん、そうか。……って、え?」
作ります?
どっかに行くんじゃなくて?
実はお弁当作ってきましたとかでもなく?
「え、なに、お好み焼きとかもんじゃ焼きとかに行くの?」
「そんな訳無いじゃないですか……」
呆れられた……。
「ほら、行きますよー!」
「あ、お、おい……」
急に元気に立ち上がったかと思うと、俺の腕を強引に引っ張って行く。
……もう、好きにしてください……。
俺の腕を引っ張る一色の横顔をちらりと見る。
……まあ、すげえ楽しそうだから良いか。
続く。
いろはす2連投でした。
今週末までに小町編を一区切り付けたいと思います。
あと、めぐりんorはるのん編を来週末くらいから始めます。こっちは多分っていう程度です。
それでは、今回もお読み頂きありがとうございました(^^)!!