1.
一色に腕を引っ張られて歩き始めたが、途中から彼女はごく自然に俺の手を握っていた。
彼女の手から伝わる温もりが、妙にこそばゆい。
うーん。
さっきは腕に抱き付かれてやんややんやと騒いでいたけど、こうも普通に手を繋がれるとどうにも断りづらい。
いや、別にいやって訳じゃないんだけどね。
恥ずかしいんです。鬼恥ずかしいんです。ほんと。
悶々としながらも彼女を見ると、相変わらず楽しそうな表情だ。まあ、これくらいの恥ずかしさなら我慢するか……。
しかし、歩きはじめてからそれなりに時間が経つ。そろそろどこに向かうのか本格的に気になってきた。
「おい一色、一体どこに……」
「はい、ここです」
「……え?」
連れられて行った先は、この街へ来る時に使った駅だった。
……ご飯を作るって言われて、更に駅に……。
「なあ、一色。もしかしてお前が行こうとしてるのってお前の」
「まずは電車に乗りましょー」
MU☆SHI!
みんな、もうちょっと俺の人権について考えてほしいな! 泣いちゃうぞ☆
言葉を叩き潰されたショックから立ち直る間も無く、二人で電車に乗り込んだ。
つら。
2.
電車の中は中々の込み具合だった。
ふと、目の前に居る一色を見る。
電車に乗るときまで続けるのは迷惑だと思ったのか、どちらから言うでもなく繋いだ手は離していた。繋いだ手を離さぬようにとかJ-POPでよく見る歌詞だよね。素敵なフレーズだから良いんだけどね。もう離さないから的なね。
周りをちらりと見渡すと、男どもが彼女をちらちらと見ているのが分かる。
……うーん。
なんだか……うーん。
彼女が可愛いのは、まあ、認めよう。実際かなり可愛いと言うことをここ数日で猛烈に実感してるし。
でも、なんだか、うーん。
なーんか、なーんかやだな。
……うん、すごいやだな。
この密閉された狭い空間で、彼女が男どもの視線に晒されるというこの状況が、なんかものすごくやだ。
腕を組んでうんうん悩んだ後、ちっぽけな決意を心の中で固めて、彼女に話しかける。
「一色、これからしばらくこの電車乗るのか?」
「そうですねー、8駅くらいですかね」
「そうか……じゃ、ちょっとこっち来てくれ」
「え、ちょっと、先輩?」
戸惑う彼女の手を引いて、少しばかり移動することにした。
3.
「わ、わー……わー……」
一色が俺の顎のすぐ下で、何とも言えない声を上げている。
あの後俺は一色に、電車の壁に背を付けるように言って、俺が彼女を周りから守る形になるようにした。
男どもに彼女が見られるのもいやだし、もっと混んできたときに彼女を安全な状態にしていたい。
そう考えたら、自然とこの行動に移っていた。
……ただ、ちょっとまずいことになっている。
思った以上に混んでしまい、気が付けば右手は彼女の肩に添え、左手は彼女の耳のすぐ横を通り過ぎてすぐ後ろの壁に付けている。
つい数日前の、生徒会室での壁ドンを思い出した。あれと同じ状況だ。
逃げ場がない分、今の状態の方がより激アツ……間違えた、色々とまずい。
こんな体勢の為か、彼女はずっとおろおろしている。可愛いなこいつ。うりうり。実際は何もしてないけど、心の中で彼女の頬当たりを指でうりうり。……俺超気持ち悪いな。
「ふ、ふふ……せ、せせ、先輩、わたしをこんな風にしっかり守ろうとするなんて……良いですよ、ポイント高いですよー?」
……震える声で上から目線ってすげえなこいつ。
「小町みてえなこと言ってんじゃねえよ。わりいな、もうちょっとスペース確保したかったんだけど」
「い、いえ、大丈夫……です、よ?」
言って、彼女が俺の胸にそっと手を添える。
ただ添えただけで終わらなそうな、そんな手の添え方だった。
「お、おい、こら、ここ電車だぞ、やめろって」
ひそひそ声で彼女に注意を促す。どうでもいいけどひそひそ声って案外周りに聞こえちゃうみたい。意外と喉への負担もあるから、喉を傷めた時にしゃべると逆効果みたいだし。じゃあいつ使うんだって話だよな。ちなみに今はこんなこと考えてる余裕ないのでひそひそしちゃいます。この段落見てると余裕綽綽みたいだけどね。
俺の注意を聞いて、不意に彼女が顔を上げ、にやっと笑った。うっ、いやな予感……。
「そっか、そうですよね……先輩困っちゃいますよねー。……じゃ、どうします? 抱き合っちゃいますか?」
「ばっ……!」
馬鹿と言おうとするも言葉にならず、ミス・メリークリスマスみたいになってしまった。このバッ!
「あ、じゃあ、先輩はどちらでも良いですよ? わたしは抱き付いちゃいますねー」
呑気な口調で言って、彼女が本当に俺の背中に腕を回してくる。
「こ、こら……っ!」
幸い、端っこにいることも相俟ってまだ周りからの視線は感じないが、バレるのは時間の問題だ。
「うふふー……あー、先輩に抱き付くとなんか安心しちゃうなー……」
嬉しそうに俺の胸におでこをすりすりとこすり付ける。
……え、なに、この子。
超押し倒したいんですけど。
や、でも、今はそんなこと考えてる場合じゃない。
「こら、離れろって……」
「えへへー」
……全然離れない。超楽しそうですね、いろはす。
離れろと言う側と、言われても離れない側との完全ないたちごっこになっている。や、マジでどうしよう?
どうしようかと悩んだ末に、彼女の肩に添えていた手を彼女の耳元に動かし、もう一方の耳に顔を近付けて囁きかける。
「いいから、離れろよ。言うこと聞かないと……」
息混じりで、少しだけ雰囲気を作ってみる。
この後の言葉は特に考えてはいなかった。まあ多少怯んでくれれば良いだろうという程度の、苦肉の策に過ぎない。
そう思って掛けた言葉だったが、彼女の反応は予想していなかったものだった。
ぴたりと止まっている。
俺からは彼女のつむじしか見えないのだけど、本当にぴたりと止まっているのが分かった。
「お、おい、一色……?」
彼女に問いかけると、震えるような呼吸音が聞こえた。
「……ど、どうするんですか……?」
「ん?」
俺を抱きしめる腕の力が、不意に増す。
「離れなかったら……どうするんですか? わたし、何かされるんですか? 先輩、わたしに、何かするんですか……?」
彼女は不安と期待が入り混じった声音でそう呟くと、ゆっくり顔を上げた。
色を帯びた瞳に、胸がどくんと高鳴る。
つい昨日の駐輪場でのやりとりが、頭を過ぎった。
「あ、や、流石にこんな場所じゃ……」
言うと、彼女は再び俯いた。
電車の中は車両の駆動音や人の声などが溢れている筈なのに、気付けばそれらの音が全く耳に入らなくなっていた。
聞こえるのは、互いの呼吸の音だけだ。
「……じゃ、じゃあ、ここじゃなかったら、先輩の言うことを聞かずにこのままくっついてたら、何かするんですか、何かしてくれるんですか……?」
声音に期待がどんどん混じっていく。俺を抱きしめる腕は絡めるようにして、背中をしゅるしゅると撫でている。
完全に固まってしまい、何も答えることが出来ないでいると、彼女は再び顔を上げ、俺の耳元に顔を近付けた。
「えへへ……わたし、先輩の言うこと聞かずにこんな恥ずかしいことしちゃいました。……後で、その……おしお……き……あう……」
自分で言っていて途中で恥ずかしくなったのだろうか、言葉は尻すぼみになっていき、最後の部分はほとんど聞き取れなかった。
ぱっと俺から顔を離した彼女は耳まで真っ赤になっていて。
小悪魔が覗かせた可愛げに、正直心臓のBPMが死ぬぎりぎりくらいまで上がっていた。
……恥ずかしがってんのに、抱き付きは解除しないのね……。
可愛すぎて頭がくらくらしてきたので、少しでも思考を整理しようと質問を投げかけることにする。
「や、お前、ほんとどうしたんだよここ数日?」
「え、何がですか?」
「今まであれだかあざとくやってきたのに、ここ数日の間はお前ほとんどあざとくなかったぞ? これじゃもうただのめっちゃ可愛い……あ」
「え、あう、え、え、え?」
……しまった。
勢いに任せて一息に話そうとしたら、ものの見事に自爆した。ただの本音暴露になっちゃった。
比企谷八幡、だいばくはつである。
むしろメガンテ。
「あ、あう、可愛いって……先輩がわたしのこと可愛いって……あうう」
生徒会室でも一応言ったことはあるけど、今回は口が滑って言った分、より本気度が高いように聞こえたのかもしれない。
彼女は俺の胸に再びおでこをこすり付け、あうあう言いながらぷるぷるしてた。
……くうぅ。
理性が、理性が、もう!
ぶっちゃけ途中から周りの視線をちょくちょく感じてはいたのだけれど、もうどうでも良くなっていた。
残りの数駅は、俺が彼女の頭をひたすら撫で、彼女は俺の胸元でひたすらあうあう言いながらおでこをこすり続けるというシュール極まりない光景になっていた。
や、本当に、何これ?
そんで結局、俺たちはどこに向かってるのん?
続く。
いろはすでした。
基本的にどのヒロインも、書き始めたときはどんな風になって行くのかほとんど見えていないのですが……いろはすは一際予想外の動きを見せてくれます。勿論良い意味で。すごいないろはす……。
いろはす編はまだしっばーーーらく続きます。ゆきのん編もガハマさん編もしばーらく続きます。
小町編は土日の深夜(日付で言うと日月)辺りに恐らく連続で上げます。うおぉ。
80話達成しました。びっくりです。
今日も今日とてご感想お待ちしております。普通のテンションでも狂ったようなテンションでも大歓迎です。全裸待機の方やら賢者になられる方やらが結構いらっしゃいますので、まだ迷っている方はぜひ。何だこの勧め。
それでは、今回もお読み頂きありがとうございました(^^)!!