1.
一色と俺はコンビニを出て、再び目的地へ向かって歩き始める。
まあ、俺は未だに行き先を知らないんだけどね。
一色は俺の手をしっかり握ったままずんずん進んでいる。俺はただただ連行されるだけだ。
……や、もう、場所はだいぶ前から見当が付いてるし、普通に言ってくれたって良いじゃないですかねえいろはすさん……。
ふう、とため息を吐きながらも歩き続けると、見覚えのある住宅街の景色が周りに広がってきた。
……うん。もう、これは確定だ。
まさかここから一色のお友達の家に行くとかいう訳の分からん展開は無いだろうし。もしそんな状況になったら、俺はうごくせきぞうならぬうごかぬせきぞうになる。それただの石像だな。
「はーい、ここでーす!」
一色がぴたりと止まり、ぴしっと指を差した先は、2階建ての一軒家だった。うちと同じような、一般的な水準の家だ。
「……ここ、お前ん家だよな?」
確認の意を込めて疑問を投げかけると一色は、
「はい、そーです! 驚きましたか?」
と、とてもわざとらしく笑顔を作った。
「や、そんなの電車に乗る前から見当は付いてたけど……。昼ご飯作るって言っちゃってたし……」
「あー、確かに分かりやすかったかもですねー。ま、いいでしょう! じゃあ入りますよー」
……ここまで引っ張った意味、全然無いやないかーい。
心の中で似非関西弁でツッコんでいると、一色のある挙動に対して神経が集中した。
「……あ」
一色にも聞こえない程度の、小さい声が出た。
ちゃりん、という音と共に一色が出したのは、家の鍵だった。
その行動から導き出される結論に、心拍数が跳ね上がる。
「……家、誰も居ないんだな」
一色が鍵を開けてドアからかちゃっと言う音がすると共に、俺がぽそりとさりげなく言うと、一色が一瞬だけ動きを止めた。
一色が言葉を発するまでの僅かな間が、妖しい空気を作る。
「……はい、明日まで居ないんですよ」
「……っ」
振り向きもしないまま言った言葉に、心臓を鷲掴みにされた。
息をするのも忘れて固まっている俺を尻目に、一色は家のドアをがちゃりと開けた。
2.
「はい、どうぞー」
一色が身体を玄関の中に入れた状態で手招きする。
「おう、お邪魔し……ま……!?」
その瞬間。
俺が玄関に一歩足を踏み入れて、まだドアは外に開け放たれている状態で。
一色は、俺に抱き付いて唇を重ねてきた。
「……んっ……はむっ、んんっ……」
映画館の時程の濃厚さはないものの、味わうように舌を絡ませながら、左手を俺の背後に伸ばしてそろりとドアを閉める。
ばたん、とドアが閉まる音がしたと同時に、一色は両手を再び俺の首や背中に絡めるように回し、身体を密着させてきた。
「~~~~っ! ~~~~っ!?」
俺は思考が追い付かず、腕は真っ直ぐ下に伸ばしたまま、指をただただわきわきと動かしている。
そのまま10秒程、俺は一切動けぬまま一色に口内を蹂躙され続けた。
「……ぷはっ……ふふ、先輩、いらっしゃいませ」
「……お邪魔……します……」
唇を離して、目を細めて艶やかに微笑む一色が発する言葉に、俺は完全に固まって放心したまま、ぽけーっと返事をした。
一色が腕を離し、くるりと向きを変える。
「はい、スリッパはこれをどうぞ。まずはリビングに来てもらっていいですかー?」
ぱたぱたと手際良く準備し始める一色の切り替えの早さに驚愕した。や、ちょっと、2時間程待って頂きたい……。頭が付いていかないよぉ……。
「あ、ああ、わかった」
外国人に日本語を教えるとき、「生返事」という言葉はこういう時に使うんだよって言えるくらいの、典型的な生返事をしてしまった。
一色の後ろ姿を追いながら、ぼそりと一言、
「小悪魔め……」
と、唇をさすりながら呟いた。
3.
「先輩、お腹減ってますか? 減ってますよね?」
リビングに入るなり、質問というか付加疑問文を投げかけられた。
ねえ、それ、聞く意味ある?
しかし実際、腹は割と減っていた。
……午前中が濃厚すぎたしなぁ……。
「ああ、結構減ってるわ」
腹をさすりながら一色をちらりと見ると、俺の返事を受けてきゃるんと笑った。
「よーし、じゃあ、がっつりしたの作っちゃいますね!」
胸の前で両手で小さくガッツポーズを作って、むんと気合を入れる。
……くっそ、いちいち可愛いな……。
さっきの不意打ちのこともあり、心がぐらんぐらんに揺らいでいると、一色がぽんと手を叩いた。
「あ、そうだ、その前に……」
言って、ぱたぱたと小走りで視界から消えた。え、なになに?
一色はものの10数秒程で戻ってきた。
「先輩、これ、どうですかー?」
「うお……」
一色は戻ってくると、エプロンを身に着けていた。
イメージに反して、と言うべきなのかは分からないが、着ていたのはシックなベージュのエプロンだった。
お腹の辺りにリボンが結ばれているのもまた可愛らしい。
まだ幼さが残る容姿と、大人っぽい落ち着いた雰囲気のエプロンとのギャップもまたたまらない。
なんと言うか、下手に可愛らしいものを着るよりも遥かに似合っていた。
うん、可愛――。
「どうですか?」
心の中で感想を述べ終わらないうちに、一色がにこにことしながら俺に顔をずいと近付けてきた。
……すんごいにこにこしてる。
「うっ……ま、まあ、悪くないんじゃねえか?」
にこにこ顔の圧力、略してにこ圧に負けて、思い切り目を逸らしながら答えた。超恥ずかしいんだけど……。
俺の感想に対して、一色があごに手を当ててむむむと唸る。
「うーん……それ、本音じゃないですよね? 嘘とまでは言いませんけど、控えめに言ってる感じがします」
「うぐっ……」
バレた。
「さあ、どうですか? 正直に」
更にずいと近寄られる。にこ圧も増している。ふえぇ、怖いよぉ……。
「ま、まあ、似合ってんじゃねえかな……」
背中に冷や汗をかきながら答える。
すると、一色が再びむむむと唸った。
「……まだ、ですね?」
「うっぐぅ……」
もうやめて! とっくに八幡のライフは0よ!
「ど・う・で・す・か? わたしのエプロン姿は?」
鼻と鼻が触れ合う程の距離にまで近付いて、一色がにこにこと笑う。
……もはやこれまで……。
観念して、一色の目をあまり見ないようにしながら、
「……あー、なんだ、その、すげえ、可愛い、と、思う……」
ぽそりと言うと、途端に一色が耳まで真っ赤になった。
「……あう……」
小さく呻いたかと思うと、くるりと向きを変えて、両頬に手を当てたままぱたぱたと冷蔵庫の方に走って行った。
……そんなに照れるなら、追及しなきゃいいだろうが……!
言う方も。
聞く方も。
顔が真っ赤だった。
4.
リビングのソファに腰を下ろし、ぷひーと深く息を吐く。なんか温泉に入ったみたいな声が出た。
台所からは、一色がハミングするように小さく口ずさむ歌声と、とんとんと小気味良いリズムで野菜を切る音がする。
……ううむ……素敵な時間だ……。
一色が何を作ってくれるのかは分からないが、この間作ってもらった弁当のクオリティを考えれば、きっと良い感じのものを作ってくれるに違いない。
美味しいご飯もそうだけれど、一色が作ってくれるという事実が、また妙にこそばゆい。
ソファに座りながら、せわしなくもぞもぞ動いていると、台所に居る一色から声をかけられた。
「せんぱーい」
「んー」
「落ち着いてください。キモいですよー」
…………。
「……はい」
全然。
容赦が無かった。
そこから料理が出来るまでの間、どう振る舞えば良いか全く分からなくなり、ひたすらソファの上で固まっていた。……ソファで姿勢を固めると変なとこに力入って超きついんだな……こんな発見要らなかった……。
5.
「はーい、出来ましたよー。テーブルのお箸置いてあるとこに座ってくださーい」
「おー」
さりげない気配りが上手いなーと思いながら、テーブルに腰を下ろす。
運ばれてきたのは、蓋をかぶせた丼だった。
俺がごきゅっと唾を飲み込む音が聞こえたのか、一色がにんまりと微笑む。
「うふふ……ではでは、開けたいと思います!」
じゃじゃーん! と、ベタを通り越して古典的な効果音を自分の口で言うと、一色は丼の蓋をかぱっと開けた。
金色に彩られた丼の表面と、ところどころに見え隠れする肉厚な鶏肉。
見た目の細かな違いはあれど、よく見慣れた料理だ。
「……これは、親子丼?」
聞くと、一色がにこっと微笑んだ。
「正解です! では、どうぞ」
一色は俺の正面に座って、両肘をついてあごに手を乗せると、大人びた笑みを浮かべて食べるように促した。
一色の仕草にどきどきしながらも、深く呼吸をして手を合わせる。
「いただきます」
言って、一色が作ってくれた親子丼を箸でかきこむ。
口の中で、ふんわりとした卵とボリューミーな鶏肉とふっくらしたご飯が心地良く混ざり合い、時折玉ねぎがしゃきしゃきとした食感を提供してくれて、それに加えて程好い甘味がふわっと広がる。
「……すげえ美味い」
心の底からそう感じて、なんら躊躇することなく思ったことが口から出た。
一色はそれを聞いて安心したのか、ほっと胸を撫で下ろす。
「良かったぁ……先輩の味覚を考慮して甘めにしてみたんですけど、お口に合ったようで良かったです」
「お……マジか?」
驚いて聞き直すと、一色は気恥ずかしそうに笑った。
「えへへ……はい。……こう見えて、結構頑張ったんですよ?」
顔を逸らしながら流し目を送るその振る舞いに、鼓動が跳ね上がった。
動揺がバレないように必死で平静を装っていると、一色がすっと席を立ち、俺の隣に座った。
「……だから、はい、お願いします。わたし、頑張りました……よ?」
ねだるような声音でもう一度自分の頑張りを強調すると、俺の前にすっと頭を差し出す。
…………。
……んん?
……あ、そういうことね。
仕方ねえなあと呟きながら、一色の方を向く。
「……ありがとな」
一色の頭をくしゃりと撫でると、ふわりとシャンプーの良い匂いがした。「あう」と唸る可愛らしい声も聞こえてくる。
その後、一色はそのまま俺の隣で食べ始めたものの、視線が丼:俺=0.5:9.5くらいの比率だったもんでやたら恥ずかしかった。そんなに俺のこと見る必要ある? 超恥ずかしいんだけど……。
続く。
のんびりのんびり。
予定していたところまでも進まなかった……!
気付いたら、まだ微エロ程度の描写しかしてないのに14話まで来てました。小町編で「初の二桁です!」とか言ってたあの頃の僕はどこへ。
いろはすやガハマさんを書き始める前は「5話ずつくらいかなぁ……」とか考えていたのに……恐ろしいことです。多分、書こうと思えば25話ずつくらい書けちゃいます。終わらないからそこまでは書きませんが!
ここまで来ると、川崎や平塚先生も書き直したいと思ってしまいますが、そこまですると流石にしんどいので、アフターエピソードで気合を入れたいと思います。
昨日、評価投票をたくさんの方にして頂けました。ありがとうございます!!!
感想同様、評価投票もとても力になりますので、宜しければ是非お願い致します(^^)
日間ランキング、21時時点で俺ガイル作品が1・2・3位独占しておりますやん……半端ないですね。
引き続き、精進します。
それでは、今回もお読み頂きありがとうございました(^^)!!