1.
「ごちそう様でした」
「はーい、お粗末さまでしたー」
ついこの間も聞いた、一色からの丁寧な返しに顔が綻ぶ。
食べた丼を洗い場に持って行き、さて俺の出番だと袖を捲ると、一色が横から手を伸ばし、俺の腕を引っ掴んで止めにかかってきた。
「いいですよー、わたしが洗いますから」
「や、せっかく作ってもらったんだし、これくらいはさせてもらわねえと」
俺は俺で負けじと、一色が伸ばした細い腕をもう片方の手で掴んで応戦する。
「むむむむ……」
「むむむむ……」
謎の家事争奪戦in一色家キッチン。
いや。
なんでだよ。
この状況ではまあ、一色の厚意に甘えるのが無難だろう。
「……わかったよ、よろしくな」
一色の腕を放しながら言うと、一色がにこっと微笑んだ。
「はい。先輩はソファで大人しく座っててください!」
「なんでその副詞付けたの? 俺は犬か何かなの?」
「んー、何の犬種が混ざったらそんなに目が腐るんですかねえ……。……んん……」
「例えることが出来ないなら無理に捻り出そうとすんなよ……」
ここで変にそれっぽい神話上の生き物とかを引き合いに出してきたらすげえなって思うけど、一色はそういうタイプではなかった。
キッチンでの軽いめお……ミニ漫才を終えたところで、一色の頭をくしゃりと撫でる。
あうっ、と小さな声で唸った一色にちょっと抱き付きたいなとか考えながらソファに向かった。
うん、それなりにくつろぐとしよう。
2.
「くつろぎすぎです……」
耳元で発せられる幾分冷ややかな声で、世界が不意に明転する。
「……はっ! しまった、いつの間に!」
時間にすれば20分程度だったのだけど、既に今日ここまでの時間が物凄く濃厚だったせいだろうか、気付けば人様の家だというのに、食事前も加えて2度目のソファと言うだけで、何故か安心してがっつり寝そべっていた。
すげえ、この短時間で夢まで見ちゃった。まさか戸塚があんなあられも無い格好で俺の家に来てくれるなんて……! ※学ラン。
「や、すまん。……ご飯が旨かったからかな。すっかり安らいでた」
「あ、そ、そうです、か……それなら、まあ……」
寝ていた言い訳にしては稚拙極まりないものだと思うけれど、一色には思いの外効果的だったようだ。「不意打ちで褒められると顔がにやけちゃうよぉ……」と何やらこしょこしょ言っている気がするが、なんかすごく恥ずかしいので聞き流すことにする。
「……あれ」
ふと、時計を見て思うことがあった。
「……思ったより長かったな?」
頭をぶんぶんと振って無理矢理意識を覚醒させた所で、皿洗いだけにしては時間がかかったなと思いふと尋ねた。
「ああ、ちょっと用意したいものがありまして」
言って、一色がにっこりと微笑む。
……うーん。
今日一色と会って一緒に過ごした時間はまだ数時間なのだけど、素の表情をこうも連続で見せられると、正直ちょっともう心臓どきどきしすぎてが持ちそうにないんだけど。素いろはすすげえな。
「ん、用意ってなんのだ?」
「まーまー、まずは起き上がりましょう」
疑問を口にすると、一色が俺の両腕を引っ張って起き上がらせてくれた。ここまでの会話を寝転がったまましちゃう俺マジでワイルド。単に横着者なだけですねごめんなさい。
「これからすぐお出ししますから! その前にまず……わたしの部屋に行きましょう」
俺を起き上がらせた後、その勢いでそのまま俺を立たせると、俺の背中に手とおでこを当てて、甘く優しい声で囁いた。
「あ、は、ひゃいっ」
「キモいですよ……」
…………。
緊張で裏返った俺も俺だけど、自宅にまで呼んでおいて先輩を罵倒する一色さんマジクール。っべーわー。
3.
一色の部屋は、なんとなく想定内の雰囲気だった。
なんというか、全体的にさっぱりしている。
部屋のポイントポイントには可愛らしいぬいぐるみ等を置いているが、それ以外は家具の色遣いなどが控えめなため、学校でのあざとい一色しか知らない人が見たら驚くようなシンプルな印象を受ける部屋だった。
「……どうですか?」
部屋に1歩入った俺に感想を尋ねてくる。や、その質問するのに背中から抱き付く必要無いと思うんですけど……どうなんでしょうかね一色さん……。
「や、なんか想像してた通りな気がする。お前のさばさばした部分がよく表れてる」
「それ褒めてるつもりなんですか……」
背中に感じる柔らかい感触に動揺を示さないように取り繕いながらも答えると、背後で呆れ気味の声とため息を吐く音が聞こえた。ご、ごめんね、こんな気の遣えない先輩で……。
ま、わたしのことをよく見てくれてると思えば良いか、と一色が呟くと、そのまま俺を部屋の中にぐいぐいと押していった。
ドアがばたんと閉められた瞬間、さっぱりしていると感じた部屋の中とはいえ、やはり女の子の部屋なのだと思わせる、色々な要因が混じっているであろう甘い匂いがしていることに気付き、緊張の度合いが跳ね上がった。
4.
「ちょっと持ってくるものがあるので、ここに座っててください。1mmでも動いたら……分かってますね?」
「や、何されるんだよ……何ここ、どこの国の領地? 俺はどこのスパイなの?」
俺のツッコミも最後までちゃんと聞いたんだか聞いてないんだか曖昧なまま(多分聞いてない)、一色はぱたぱたと部屋を出ていった。
きちんとドアを閉められ、一色の部屋の中にぼっち1人という状態になると、妙にそわそわしてしまう。
首を動かすくらいは良いだろう……とそれとなく見回していると、シンプルな白色のクローゼットが目に入った。
……クローゼット、か……。
……ここで俺が変態キャラだったら、迷わず開けに行くんだろうなあ……などと阿呆な妄想に浸っていると、一色が部屋に戻ってきた。
「おう、おかえり」
慌てて視線を戻したが、俺の妙な挙動ですぐに「こいつ、わたしの部屋で何かしてたんじゃないか」と思ったのだろう、目を細めてごみを見るような目で俺を睨ねつける。
「……な、何もしてないぞ?」
よせばいいのに、と数秒後の俺から警告されそうなしょうもない言い訳をすると、一色がちらりと視線を横に向けた。
しまった、クローゼットを見ている。
「……クローゼットを見付けたものの、動くのは躊躇われた為に何かしら妄想することで気を紛らわせていた……という感じですか? 先輩、キモいですよ」
なんだよこいつ、鋭すぎるだろ。お前はどこの珈琲店の女バリスタなんだっつの。コリコリコリ。
「あ、えーっと、その……」
冷や汗をだらだら流す俺をよそに、一色としてはこの件は大した意味を持っていないと考えたのか、ふっと息を吐いて瞑目すると、一転してにっこりと笑みを浮かべた。
「コーヒーと手作りお菓子、お持ちしました!」
やっぱりこいつ、バリスタかもしれない。勢いで言ったみただけ。
……ここ、千葉だよね? 京都じゃないよね? コリコリコリ。
コーヒー豆を挽く音を脳内再生させながら、トレイに乗せられたものを見て自然と頬が緩んだ。
5.
テーブルの上にあるのは、湯気立つコーヒーが入ったマグカップが2つと、可愛らしいクッキーが入っている大き目の皿。
「さ、さ、どうぞ、召し上がってください」
一色が俺の隣で今にもくっつきそうなくらい、ていうかもうくっついてる、ていうか既に腕を組んでる状態で俺にコーヒーとクッキーを勧めてきた。状況説明してる途中で俺に絡み付いてくるのやめてくんないかな……説明が二転三転してややこしいから……。
「おう、じゃ、頂きます」
言って、まずはクッキーに手を伸ばす。
程好いサイズで焼き上げられたクッキーで、形の良さや焼き加減の程良さから、一色がお菓子作りが趣味なのは嘘偽りの無いことなんだなと思い、改めて感心する。別に嘘偽りだとは思っていないけれど、それでもこうして実物を見ると何だか嬉しくなってしまう。
口に運び込み、半分程噛んで口に入れる。
さくっ、さくっ、さくっ。
口の中で小気味良い音が鳴り、程良い甘味を帯びた風味がふわりと広がって、口腔と鼻腔を心地良く満たしていく。
思わず、続けざまにもう1つを手に取って、再び口の中に運び入れる。
さくっ、さくっ、ぽりっ。
今度はチョコが入っていたようで、クッキーの軽やかな食感の中に素敵なアクセントを加えてくれている。
しかし、2つ食べてふと気づいたことがある。
心地良い甘味なのだけれど、どことなく控えめな風に思えるのだ。
ここで、目の前に置かれたコーヒーの優しい色合いを改めてよく見てみる。
「……あ、そうか」
小さく声を上げた俺を見て、一色が嬉しそうに微笑む。
「ふふ、気付いちゃいました? ……3つ目は、食べてる途中にコーヒーを飲んでみて下さい」
「……なるほど」
言われて、3つ目のクッキーを口にする。
やはり穏やかで愛情に満ちた味わいだ。
そしてそれを口の中で咀嚼している間に、マグカップを手にとり、中のコーヒーを口の中にくぴりと流し込む。
「……おお……っ」
自然と、感嘆の声が漏れた。
甘さ控えめなクッキーと、マッカン程までは行かないが、それでもかなり甘めにされたコーヒーとが、素晴らしく合う。
俺のリアクションを見て、一色が満足そうに微笑んだ。
「先輩にクッキーを作ろうって思ったんですけど、それなら一緒に口にするであろう飲み物のことも考えなきゃなーって思ったんです。マッカンだと甘すぎてちょっとクッキーとのバランスが取れなそうだったので、色々試してこのバランスに落ち着きました」
一色の言葉に、一瞬動きが止まってしまう。
「……え……そんなこと考えてくれてたのか……?」
驚いた。いつの間にそんなことを。
俺の声でハッとしたのか、一色の顔が急に赤く染まる。
「いえいえいえいえ勘違いしないでくださいよ別に昨日の夜先輩と電話した後に『明日先輩とデートだー!』って張り切って夜遅くまで作ってたなんてそんなことは全然ないんですほんと勘違いしないでください別にそのまま興奮で寝付けなくってそれで朝もそわそわして早く出掛けちゃったなんてそんなそんなそんな」
…………。
一色いろは、大混乱である。
まさかのオール自白。
……だから、あんなに早く来てたのか。いつ来たかは正確には分からないけれど、かなりの時間あの辺りでうろうろしていたんだろう。その様子を想像して、目の前にいるこのあざと可愛い後輩が、たまらなく愛おしく思えた。
俺が憐みの視線を向けると、自爆行為をしていたことに気付いたのか、更に真っ赤になってあうあう言っている一色に、「美味かったぞ」と微笑みながら言って宥めた。
6.
数分で落ち着くと、一色は唐突に俺に体育座りで足を開いた状態にするよう指示を出してきた。
ちなみに今俺が座っているのは壁際で、一色の指示通り足を開きながら壁に背を付けたことで、不良高校生が街でたむろしてるときの様な体勢になった。おうこら、何見てんだーみたいな。イメージが雑。むしろ俺はジャンプさせられる側だわ……。
「はい、そんな感じでオッケーです。こほん、こほん。……それでは……」
俺の体勢を見てオーケーサインを出したかと思うと、一色はそそくさと俺の前に座り込み、そのまま俺に背を向けて俺の股座にすっぽりと入った。リクライニングっぽく少し後傾にしていた俺の身体にすっぽりと重なるように身体を倒してきて、気付けば一色の柔らかな甘い香りのする後頭部が目の前に来ていた。
「……あのー、一色さん、これは一体何なんでしょう?」
背後から呼びかけると、一色が少しだけ首をこちらに向けた。
「先輩。わたし、お昼ごはんに加えて、クッキーとコーヒーも頑張って作りました」
「お、おう、そうだな」
「だから、先輩はそんな頑張ったわたしを全力で労わるべきです」
「それ、お前が言っちゃうの……」
「そんなの気にしなくていいです。はいっ」
俺のツッコミを一蹴すると、一色は自分の頭をぽんぽんと叩いた。
おうふ、頭なでなでリクエスト再び?
しかもこの体勢で要求すると言うことは、結構持久戦になるんですかね?
「……あいよ」
ツッコミたいことは多々あるけれど、一色が俺の為に頑張ってくれたというのは紛うこと無き事実だ。
それには感謝の意をきちんと示さなければならない。
……まあ、正直そんな義務感よりも、ただただ「撫でたい」って気持が勝ってるんだけれど。
だから、俺は特に躊躇することもなく、左腕で一色の首回りをそっと抱きしめて、彼女の肩にあごを乗せると、一色の頭をくしゃくしゃと撫で始めた。
抱きしめとあご乗せは想定外だったのか、一色が「ひゃうっ!」と可愛らしい声を上げた。
その声に驚いて一度あごも腕も離してしまったけれど、お前がこんなに健気で可愛いのが悪いんだぞと心の中で言い訳をして、2人の温もりを混ぜ合わせるかのように一色を再びきゅっと抱きしめた。
「あう……」
耳元で聞こえる、この恥ずかしがっているような、あるいは困っているような可愛らしい声は、ずっと聞いていたくなるなあ……。
……心の中で考えただけで死にたくなった……。
続く。
いろはすの更新が9日ぶりということで、物凄くいろはす欲が高まってました。
それでいて書こうと思ったシーンまで進まなかったので、恐らくいろはすは結構連投で行きます。微エロ……? なシーンを終えるまでは確実に進めます。微エロってもはやなんなんだろう……。
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何気にもうすぐ100話です。60話くらいのときも何か書いていたと思うのですがもはや思い出せませんw
お祝いの話を書き下ろす程余裕は無いので、100話達成の際は後書きでのみテンションを上げようと思います!w
明日で平日が終わりますね。お仕事・学校・その他諸々がある方は一緒に頑張りましょう!!そうでない方はこの小説をぜひ読み直してみて下さいませ!w
それでは、今回もお読み頂きありがとうございました(^^)!!